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27.研究施設②

 がらーっと戸を開けると、清潔で広い部屋が待っている。

 そこには十名以上の者たちがおり、壁のホワイトボードにはびっしりと文字とか記号とか訳の分からんものが書かれていた。振り返る彼らの形相は俺からすると「こりゃ寝てねえな」の一言だ。


「こんちわーっす」


 そうアホっぽく手をあげ、元気に声をかけてみた。あれー、返事がないぞ?

 誰だこの人、という風に皆は顔を見合わせていたが、遅れてやってきたゆとり君に彼らは一様にぎょっとする。


「若林君、まさかこの人は!」

「はい、さきほど電話でお伝えをした『協力者のAさん』です」


 おお、と彼らは呻くような声を漏らし、それから安堵の表情をする。その顔を見てピンときた。俺みたいな奴が来て喜ぶなんて、こりゃまるっきり研究が進んでいないわ。


 いわゆる渋谷事変を受けてから、早々に対策本部の設置がされたまでは良い。しかし、上の連中から「はやく市民に発表できるよう詳細を調べろ!」と無茶難題を振られているのが彼らというわけだ。


 上の連中はあぐらをかき、下の連中は地獄を見る。それってピラミッドとか作ってるのと一緒でさ、どこにでもある光景だと思う。間違ってもこういう奴らにはお近づきになりたくねえなーというのが正直な感想でもある。たったいま接触しちゃったけどね。

 その俺の手が、がっしりと握られた。


「Aさん、よく来てくれました! 私はここの所長をしております。いや驚きましたよ。映像とまるで雰囲気が違うせいか、すぐに気づけず申し訳ない。さ、さ、おかけください、こちらです」


 ああ、そういやそうか。剣術士ソードマンを無効にしたから当時と体格も変わったしな。そういう意味で、あれは良い変装にもなる。こんな安っぽいカツラをつけるだけで、同一人物とはなかなか思われまい。

 だけど前に見かけた大学生は、なんで俺だと分かったんだ。メットだってかぶってたのに。……まあいいや。


 案内する男性は髪の毛が薄いってのに、ここ数日でさらに毛根を死滅させたような人だった。物腰は柔らかいけど、やや強引にテーブルへ連れて行く様子は「私と一緒にデスマーチに突入しましょう」と誘っているようにしか見えない。


 そのように非常に危険ではあるが、しかしここで俺は重要な任務ミッションをこなすつもりだ。苦労せず、美味いところだけいただくという、とてもエコロジーな作戦である。あ、エコロジーは別に関係ねえや。


 示された椅子に座ると、すぐに珈琲なども出てくる。今日はちょっと寒かったのでありがたくいただこう。

 いまも研究員である彼らからたくさんの視線を集めており、きょろりと見回しながら問いかける。


「いやー、皆さん大変そうですね。それで魔物については何か分かりましたか?」


 答える前に、彼はちらりとゆとり君を見る。こいつは別に偉い人でもなんでも無いけれど、うなずき返すと彼は安堵の表情を見せる。たぶんマスゴミには情報を漏らさないって意味だろね。漏らすわけないじゃん。そっちこそ完全に近づきたくないんだし。


「それが……残骸しかない状態で、何を調べたら良いのかも分かっていません。しかし組織体を見る限り、あれが動き、ましてや人を襲うなどとても信じられない。知能の痕跡さえ見当たらないんです」

「ふーん。生きたサンプルとか取らないんですか?」

「あのね、そう無茶を言わないで下さいよ。現場は命懸けで対処してるのに、捕獲なんて簡単にはできません」


 ゆとり君が間に入って来て、そう否定をしてきたけど俺としては「アホか」としか思わない。この状況で諸外国が絡んでこないわけがない。彼らはきっと同じようなことを要求しているはずだ。

 けれど俺は表面上だけ「そうなんですかー大変なんですねー」と頭からっぽ女の声色をする。

 彼らは研究者であり、人畜無害なマウスみたいに素直な相手を好む。だから俺はゆとり君が頬を引きつらせるくらいの猫をかぶる。


「そうだ、ひとつお力になれるかもしれませんよ。先ほど役立たないと言われた残骸、それにはひとつだけ力があるんです」


 ズズと珈琲を飲みながらそう話しかける。

 その提案は劇的だった。研究室の彼らはゆっくりと論議をやめ、静寂が部屋に満ちてゆく。集まる視線には好奇心が満ちており、その答えは今のところ俺からしか教わることは出来ない。


 ではゆったりと腰かけて、講師のように彼らへ教えてやるとしよう。余裕のある笑みを、彼らへ向けてやった。



 テーブルに用意された「巣」の残骸は3つ。

 まだまだあるらしいが、デモンストレーションとしては十分か。こちらとしても最初から根こそぎにできるとは考えていない。研究所は他にもあるのだから、徐々に奪い去るとしよう。待ってろよ、特上級の鎧ちゃん。出来上がるのはあと少しだぁ。ぐへへ。


 表面上は静かな顔をしつつ、内心でよだれを垂らしながら俺は四角いケースをどかしてゆく。それから立ち並ぶ彼らへ向けて、それっぽいことを説明してゆく。


「渋谷事変で私は魔物と戦いました。あれほどの被害を出した者になぜ立ち向かえたかというと、それは特別な力を得たからです」


 はい、はい、と幾つもの手があがる。背が高くて痩せた男に「どうぞ」と俺は手を向ける。


「その力というのは具体的に何でしょうか。抽象的なものか、それとも我々が見てもすぐに分かるものか、という意味です」

「すぐに分かると思います。映像でもあった武器、それに防具などがそれにあたりますから」


 ちらりと視線を向けると、そこの液晶モニターにはギズモの親玉と死闘を繰り広げる姿が写っている。瞬時に展開される盾、それに射出をする黒剣とこの世界ではどれも見たことが無いものだ。


 というよりこれが悩みの種だった。

 知らなかったけどさ、渋谷の駅前って定点カメラが24時間作動して、誰でも観れるようになってんのね。さすがは都内の有名観光所だわ。

 おかげで日本国内だけでなく、海外でもバンバン映されてしまい、あっという間に「Aさん」は時の人となってしまった。


 だけどカメラ精度の低さ、それから先ほど言ったように剣術士ソードマンの無効による雰囲気の変化にも助けられている。ここで再び顔バレしてしまったが、背に腹は代えられない。俺の物欲センサーはとびきりにデカいのだ。


「Aさん、魔物とは何ですか? これは生物なのですか?」


 その時、もう一人から問いかけをされた。青白い顔をしており、今にも倒れそうな男だった。そんな質問するくらいなら家に帰って風呂でも入れよ、なんて思う。

 だけどその問いには答えられない。なぜなら俺にもまだ分かっていないし、それを調べなければならないのは彼らだからだ。


 その代わり、にやりと笑みを返す。電灯を落とした薄暗い部屋で素材へと手を向けて、子供のような表情をする彼らに声をかける。


「魔物は魔物だ。これまで地球にいなかった奴だし、絶対に常識で考えちゃだめだ。柔軟な発想で正体を突き止めろ。こういう風にな――素材収集コレクト


 一斉に彼らはどよめいた。青白いラインを描き、離れた「巣」から素材が俺の手に集まったのだ。その代わりに残骸たちは一斉に形を失い、ざらりと砂に還ってゆく。

 平均レベル3はあったのか、手にした素材はずしりと重い。核となる魔石はひとつきりだったが、闇礫の弾丸バレットだけでも掴み切れずに床へ落ちてゆく。


「こ、これは……!!」

「素材、と私は呼んでいます。これらを組み合わせて特殊なアイテムが出来上がり、魔物と戦うことも……おっと、足元を失礼」


 床に落ちた素材を右手で拾い上げ、逆側の左手はポッケに素材をしまっている。マジックの応用だけど話に集中している彼らは気づきもしない。差し出した手にサイコロみたいな素材があれば尚更だ。


「これは、重いな。鉛よりもずっと重い。どうだ、金くらいはあるか?」

「それくらいですね。しかしこの色でこの重さの金属は見たことがありません。素材……これが素材か。Aさん、先ほど言っていたアイテムというのは何ですか?」


 良い問いかけだと言う風に、俺はにこりと笑いかける。だけど内心ではまるっきり別のことを考えており、こんな風に笑ってた。

 ぐふふ、馬鹿な奴らだぜ。税金をたらふく使って集めた素材を、まさか俺のスキル上げのために使って構わないとは。ひゃっはー、パーティーの始まりだぜ、とな。



 さて、研究機関としては、ようやくにして一歩進んだのが嬉しかったのだろう。まずは一番驚くだろう盾を生み出し、実際に彼らへ触れさせてみる。その間も盾を拡張するための部品を組み立て、またお替りとして「巣の残骸」を取り寄せさせる。


「すっ、すごい! わはは、見てみろ、原理がまるで分からんぞ!」

「つ、次は私っ、私に触らせてくださいっ! お願いしますっ!」


 おーおー、大の大人が子供みたいにはしゃいじゃって。いやでもカキキキッ!と合体する盾って滅茶苦茶カッケーからな。集合するとマンホールの蓋くらいの強度になるしさ。


 やれエネルギー源が不明だとか、浮いている原理が分からないとか、彼らは熱心に語り合う。それは寝不足など吹き飛ぶほどの熱気であり、順調に加工スキルをアップさせてゆく俺としても嬉しい限りだった。ああ、手の上で奴らを好きなように転がせるってのは素晴らしいな。


 椅子に座って順調に素材収集コレクトや加工スキルを伸ばしていると、隣に腰を下ろす男性がいた。新しいコーヒーを置いてくれたのは、ゆとり君だった。


「あんまり手を出し過ぎると、ここから抜け出れなくなりますよ」

「んー、それをどうにかするのがゆとり君の仕事でしょ?」


 しばしの間を置き、まあねと彼は苦笑を返した。

 彼らの研究は進んだが、しかし「後藤」という人間だけが鍵を握ってしまっている。それはあまり良いことでないと彼は心配してくれたらしい。

 だけどこちらとしては、そんな彼こそが心配だったりする。心づかいへの礼もあり、そいつの袖を引くと助言として囁きかける。


「それよりも、本当に分かっているのか。俺みたいな能力者をどれだけ囲えるかで、今後の未来が変わるんだぞ」

「それは、どういう……」


 意味だ、という言葉をゆとり君は飲みこんだ。それから思わずという風にガタンと席を立つ。悠長に構えているようだから教えてやったのだ。これから予想される未来の姿を。


「そうか、そういう事か……!」

「ま、座んなよ。一日でどうにかなったりはしないんだから」


 彼がじっとりとした汗をかき、椅子に腰かけるくらいに後藤という人間は強烈だったのだ。大事件を解決し、今は時の人になりつつある。連日のようにテレビで取り上げられるが、正体は未だ不明という女。


 しかし、それと同じくらいの存在が何十人、いや何百人という単位でこれから育つ。そのときの光景を思い浮かべてみろ。ギズモ退治なんかより、かなり面倒な事態が易々と想像できてしまう。

 そういう意味で喫茶店では「温厚そうな奴を見かけたら協力できるか聞いてみる」と言ってやったのだ。なのにこいつと来たらスルーしちゃってたしな。やっぱゆとりだわ、とその時は思ったもんだ。


 フーと彼は深々と息を吐く。それから眉間を揉みほぐし、疲れたような声をかけてきた。


「いくらなんでも後藤さんより上の人なんて居ないんじゃないですか?」

「んなわけねーだろ? 今は時間と地位のアドバンテージを生かしちゃいるが、強さに特化した奴も出てくるだろ。だけどこいつらみたいな研究機関は必要だと思うし、これからしばらくは協力をするよ」


 少なくとも今のところは互いに得をするウィンウィンの関係だしな。こちらとしても鎧が作れるくらい一人前の鍛冶士ブラックスミスになりたいところだし。

 それと可能性としてはまだ薄いけど、生み出したアイテムの改良という点でも彼らには活躍してもらいたい。


 などと思いながら俺は紙コップをくしゃりと握りつぶした。




 窓には相変わらず雨粒が落ちている。それがワイパーから拭かれてゆくのを俺はぼんやりと見上げていた。


 手に取りつけているのは新しい装備の闇礫の小手ガントレットであり、これは帰り間際に所長からこっそりプレゼントされた品だった。

 もちろん今後とも協力をして欲しいという意味だったろうけど、彼のような生真面目そうな者にしては珍しい行為だと思う。

 なぜなら素材は税金を投じて手にいれたものであり、当然のこと国の所有物だからだ。


『今日はありがとうございました。こちらはこれからの戦いにお役立てください』


 そう言って袋を差し出してきた彼の表情は、どうも忘れがたい。

 身につけた小手も、見た目は金属質だけど肌に触れる感触は骨のように有機的だった。ぺたりと張りつくけど不快感はそれほど無い。指を伸ばしたり曲げたりしても平気だ。


「もらっちゃった」

「良かったですね。あそこの所長はああ見えて後藤さんのファンですから。渋谷事変の戦いを見て、それから忘れられないのだと前に聞きました」


 へえ、変わった奴もいるもんだ。あの時なんてゴリラみたいな姿で戦ってたってのに。だけどまあ役立つものを貰えるのは素直に嬉しいかな。


 ちょっと気になるのは手の甲につけられた溝だ。手首の辺りに四角いブロックがあり、そこからまっすぐに伸びている。

 んんー?と思いつつ、溝を真っすぐになるよう手首を動かす。するとカチンと小さな音を立て、溝は直線となった。

 なんだろこれ。指に引っかかるような感触があって……。


 その指を引いた瞬間に、フロントガラスは真っ白になった。もちろん俺の頭も、ゆとり君の頭も真っ白になった。耳に残っているのはズドンという射出音であり、目の前には拳大の穴が空いていて……。


「「うわああああっっ!」」


 急ブレーキをかけ、あわや電柱へ激突する寸前に停車をした。


 《 闇礫の小手バレットガントレットです。右手には弾丸バレットを射出するギミックがあります 》


 さ、さ、先に言えやああああ! などと俺は口をパクパクする。

 どうしてこいつらはいつまで経っても事前に報告をしないんだ。報告、連絡、相談! それを決して忘れるな!


 このあと雨のなか呆然と突っ立つゆとり君に、俺は何度も頭を下げた。ローンがまだ残ってたんだって。

 ほんとごめん! ごめんって! などと、ずぶ濡れになりながら俺は謝り続けたもんだ。


 へーっきし!

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『気ままに東京サバイブ②』は、11月29日発売です!
(イラスト:巖本英利先生)

表紙&口絵

コミカライズもコミックPASH!様にて11/27に掲載予定です。
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