26.研究施設①
むーん、と俺は悩んでる。リクライニングチェアであぐらをかいて、貧乏ゆすりをするほど悩んでる。
睨みつける先にはちょっと大きめの宝石っぽい何かがあって、むっすりした俺の顔を反射していた。
手に取ってみるとズシリと重い。
首元に飾って見るとあら素敵。やっぱりお高いんでしょう?なんてつい呟いちゃう。
だってギズモの親玉をやっつけて手に入れた品だもんね。世界に一個だけしかないし、知名度がまったく無い今はともかく、将来的には価値が出ると思う。
だけど金よりも武器か防具にして今後の戦いに役立てたい。だって俺だけは死にたくないし。
いやー、もうほんと何日も悩んだけどさ、やっぱ鎧にするよ。ギズモシリーズってどれも格好良かったし、今は火力より防御力が大事だってはっきり分かんだね。この間は盾しか持たない「ほぼ裸状態」でボスに挑むとか、なにやってんだよって自分でも思うしさ。舐めプにもほどがある。
※舐めプとは、舐めたプレイをするアホな後藤という意味です(筆者談)
つってもアレだぞ、もしも出来上がりが一昔前のファンタジー衣装だったり、ハイレグとビキニとかだったらマジ無理だぞ。いや、そのときは下にジャージでも着ればいいか。
あのさあ、そもそもなんで生産リストに鎧が無いんだ? あと武器の制作リストって他に何があるの?
《 鎧の作成には鍛冶士のレベルが2つ足りません。また武器としてはこの世界の特性として銃が加わっています。また刀や槍といった…… 》
「銃あんのっ!? 何レベルで覚えられるっ!?」
ガイド君の説明をさえぎって、俺は驚愕をした。
俺が持っている剣は遠距離も近距離もこなせるけど、銃があるなら流石にちょっと悩んじゃう。もうとっくに銃刀法違反してるんだから、銃に切り替えても平気だろという謎理論だ。
《 習得出来るのはレベル6からです 》
はい、ムッリーー。いまレベル2だし遠すぎるっての。主力の剣術士だってレベル4だぞ。
などとブーブー言いながら、リクライニングチェアにぎしっと体重を預ける。
んーー、鍛冶士を上げるかどうするか。
これがゲームなら戦闘系に特化させてるけどさ、そうは行かないというのが俺の結論でもある。消耗し続ける一方なら、いつか備蓄が切れてアウトになるからな。だから敵が唯一落とす「素材」を有効活用しようと考えていた。
まあいいや、そんじゃ鎧にしよ。この間のレベルアップ分で得た職業ポイントをほぼ使い切るけど、いつか取るつもりだったから構わない。
「なら鍛冶士を2レベルアップするわ。これで鎧の成功率はどれくらい?」
《 高密度な闇礫の魔核を使用するため、成功率は42%です。加工スキルが不足しています 》
んああーーっ! やだやだ、半分以上の確率で壊れるなんてやだ!
あまりのショックに椅子から転げ落ち、そのまま座布団を抱えてごろごろした。
このアイテムを手に入れるのはすごく苦労したし、職業ポイントだって使い切ったんだぞ! なのに何の成果も得られない! ああもう条件が厳しすぎてイラっとするぅーー!
あ、そうだ。鎧の生産に必要な素材は他にいくついるの?
《 高密度な闇礫の魔核を使用するため、闇礫の弾丸が100個。闇礫の魔核が2個必要です 》
なんだとーー! ムリムリ、そんなの絶対にカタツムリじゃん。ちまちま稼いだ素材は盾の修復と弾丸に消費してるし、そこまで余裕は無いんだぞ!
くっそ、でも絶対に良い品が出来そうな気がする。むしろこんだけ素材を使って、もしもウンコアイテムが出来上がったら俺はすべての存在を憎む。ゆとり君を百回殴っても気が済まない。
決めた、絶対に作る。なら、どうにかできる方法を考えようぜ。
ごろんと床へ横になり、外から響く雨の音を聞きながら思考にふけってゆく。ちょっと肌寒いけど、これくらいの方が頭がちゃんと回ってくれる気がする。
クリアすべき課題は2つ。
ひとつはアイテムを作って加工スキルを上げること。
そしてもうひとつは、足りない分の素材を手に入れること。
だけどそれは簡単じゃなくて、日に日にギズモが出現数を減らしている以上、市場を独占するくらいの勢いが必要だ。
なのにあっさりと、その解決方法を俺は思いつく。やはり天才か、後藤よ。
うんせと手を伸ばした先にはスマホがあり、履歴のボタンをポチっと押す。すると数秒で相手は出た。
『はい、若林です。どうしたんです後藤さん』
「ゆとり君、よく聞け。あの計画を始めるぞ」
『計画……まさか! まだ早すぎます、考えなおしてください!』
なんだ、適当に言ったのを合わせてきやがった。気持ち悪いな、こいつ。
ゆとり君に電話をしたのは、このあいだ言った「協力なんてしねえよボケ」という言葉を撤回しようと思ったのだ。
なにしろ警察どもはギズモの素材をため込んでいる。きっと役に立たないアホ学者たちを集め、今ごろは途方に暮れているころだ。ならばこちらがする事はただひとつ。
にっこりと俺は笑顔をし、話しかけた。
「おほん。若林君、このあいだは朝食をありがとう。ナポリタン美味しかったよ。電話をしたのは俺の素材……じゃなくって、協力をしようと思ったんだ。そう、人類のためにね」
電話の向こうから顔を引きつらせる気配、そしてたくさんの疑念が伝わって来た。
しとしとと雨は尚も降り続いている。晴れたらまたバイクでツーリングに出かけたいのだが、こればかりはどうしようもない。
そう思いながら空を見あげ、それから目の前にあった車のドアを開く。ためらわず助手席に座ると、一人の男性が待っていた。
「何を買ってきたんです、後藤さん」
「うん、大したもんじゃないけど変装道具かなぁ。それと施設についたら俺のことはちゃんと『Aさん』って呼ぶんだぞ」
分かってますよと青年は答え、エンジンをかけた。
平日でも呼びつけるとすぐにやってくる彼は、俺のようなニートなどではなくれっきとした刑事だ。
なぜか知らんが先日の戦い以降、特別待遇をされている気がしないでもない。
「やー助かるよ、雨の日はやっぱり車がいいね」
「そういえば車は買わないんです? 後藤さんの場合はバイクのほうが似合いそうですけど」
ハンドルを切り、交差点を渡ってゆくと彼はかすかに視線を向けてくる。年齢の割に落ち着いた雰囲気をしており、今も缶コーヒーをご馳走されている。
「あー、維持費が高くて無理。ゆとり君が送り迎えしてくれるから困らないしさ」
「これでも事件の対応で大忙しなんですよ。だけど西岡さんからはこっちを優先するように言われていて……はあ」
ため息を吐きやがった。めんどくさい男だな、こいつは。
カチンと来たけど、そうなんだーと適当に相槌を打ちながら袋から小道具を取り出してゆく。
買い物したのは別にそう変わったものじゃなくって、長い黒髪のカツラだったり帽子だったり眼鏡だったりだ。そのへんの店で売ってる安物のやつね。
それを頭っからかぶり、上から帽子で押さえつける。整えるため前髪をハサミでじょきじょき切り始めると、さすがに驚愕の表情を向けてきた。
「あーー、なにやってるんですか! これ僕の車ですよ!」
「はいはい、ごめんなさいねー。それより事故らないよう気を付けてくれる?」
ちょっとゴミが出たからってガタガタ言うなや。
閉口させた彼は、呆れたようにため息をまたひとつする。それからギアを変えると車はゆるやかに速度を上げていった。
「でも意外でしたよ。後藤さんが協力してくれるなんて」
「そりゃあするさ。市民の義務ってもんだ。俺の知っている情報を教えてやれば、そのぶん魔物対策も進むだろうしさ」
心にも無いことを言って……という顔をされたけど半分くらいは本当だ。どっちにしろマスコミやネットを通じて顔バレをしたのだし、平穏な日常とやらが遠ざかったのも分かってる。たまに絡んでくるバカもいるしな。
だからって俺は負けたりなんてしないし、使えるものは何でも使う気持ちでいる。でないとせっかくの素材も宝の持ち腐れになってしまう。
そう考えていると、ゆとり君は神妙な顔を向けてきた。
「勝てますかね、魔物ってやつに。これから増えるという話がもし本当なら、いつか大変なことになりそうで……」
「この間は勝っただろ? それをずっと続けりゃいいんだよ」
不安げな声に、大して考えずにそう答えてやる。多少なりとも気持ちが伝わったのか、青年は喉をぐっと上下させ、それから「ですね」と気合の入った声を返してきた。
こうして見ると男らしい表情だ。初めて会ったときなんて、ゆるっゆるの顔をしてたのにな。
にやっと笑い返し、俺たちの車は研究施設へと向かって行った。




