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25.初めての狩り

 辺りには帰宅を促す音楽が流れていた。閑散とした店内も、音色をより寂しげなものへ変えている。

 それを聞きながらベンチに座り、ぼーっと天井を見あげていたら早足で後輩の雨竜が戻ってくる。手にした袋には俺が指定をした雨合羽、それから靴などが入っていた。


「戻りました」

「うん、お疲れ。じゃあ移動しよっか」


 メロディを背後に響かせ、そのままホームセンターから外に出る。既にとっぷりと暮れており、夜空からは霧のような雨が降りそそいでいた。


 閉店間際というのに、釣り竿入れを背負っているのは少し変かもしれない。こんな時間に何が釣れるんだって話でな。

 それと入り口で躊躇せず雨合羽を着て、のしのし山道に入っていくのも頭がおかしいと思う。見知らぬおっさんからじっと見られたけど……いいか、これは山芋掘りだ。新鮮な採れたての芋を喰うのが最近の女子のブームなんだよ。よく覚えとけ。


 今夜は初めて一人ではなく二人で狩りに向かう。彼女が能力に目覚め、そして魔物という存在に興味を持っていたからだ。

 しかし素質があるか、使い物になるかはまだ分からない。俺が言うのもアレだが、女性というのは大きなハンデがあるからな。肉体的にも精神的にも。


 さて、パキパキと草木を踏みつぶして山道に入って行く。

 俺は暗視能力があるらしくて平気だけど、雨竜はそういうわけではない。何度も足を滑らせながらも、意外に根性があるらしくて後をついてくる。

 こういう時って手を貸したほうが疲れるからさ、俺としては「頑張れ」としか声をかけられない。


 荒い呼吸をするのは主に彼女だったが、振り返ると「平気です」と意思の強そうな表情で応えてくる。こういう所は現代っ子らしくないな、などと俺は思う。


 普通の女性なら雨に濡れたり汗をかくのを嫌がるものだ。俺だってやだよ。だってベタベタするもん。その後にサウナでも待ってるなら、ちょっとは頑張ろうかなーとか思うけど。


「あった、あれだ。見えるか?」


 30分ほど歩き続けてから足を止める。それから尾根に向けて指を伸ばすと、雨竜はじっと同じ方向を眺める。しかしウロウロと視線をさ迷わせ、諦めたように首を横へ振った。

 そりゃそうだ。雨の降る夜だし、月明かりもほとんど無い。諦めてもう少し先へ獣道を進むことにした。


 最近だとこんな23区外の地域でも魔物が出てきてんだよ。八王子方面なんて用事も無いし、そうそう来ることはない。だけど、これはこれで都合が良かった。都内では地域課や交通課といった警察連中、それとマスコミや見物客でにぎわっているからな。

 西岡さん達からしても、俺に任せたら山を封鎖するような手間を省ける。だから雨竜の勉強にもちょうど良いという訳だ。


 くいと腕を引かれたので立ち止まる。振り返ると雨竜が頷いて来たので、ようやく「巣」を発見できたと分かる。見上げるとおぼろげな月明かりと重なるように、その黒い影はあった。ウン、オン、とかすかな羽ばたき音も聞こえてくる。


「じゃあ準備をしよう。使い方は前に教えた通り。残弾数もあるから5発で当ててくれ。自分が良いと思ったタイミングで撃っていい」


 こくりと彼女は頷き、背負いカバンからスラリと剣を抜き放つ。こいつは俺の闇礫の剣バレットソードという武器で、お試し品として貸したんだ。他にも生産できる武器はあるけどさ、まずは相性の良さを確かめたい。


 しとしとと雨の降るなか、膝をついて息を整えてゆく雨竜をぼんやりと眺める。

 あの渋谷の一件以来、魔物の数は減った。一晩で21箇所というのが最高だったが、今では大体6か所程度だ。今夜は7か所なので、ちょっと多いかなぐらいだ。


 だけどこれで落ち着くわけがない。終末までのカウントダウンは続いており、半年で現代兵器さえ効かない敵が出始めるのは確実なんだ。

 まだそのことは誰にも伝えていない。伝えるべき相手が見つからないって言うほうが正解か。今ならたぶん信じてくれる人も、力を貸してくれる人もいるだろうけどさ。


 ――シュドッ!


 と、雨竜の放った弾丸バレットによって思考から戻る。霧雨を貫きながら真っすぐに進むが、普段より弾速が遅いのはきっと悪天候によるものだ。

 これは弾自体が加速をするため反動が少なく、女性であっても扱いやすい。それと発砲音がしないのは活動において便利だ。反面、雨にも風にも弱くて当てづらい。彼女が撃った弾も1メートルほど巣から外れて遠くへ消えていった。


「軌道の修正はできそうか?」

「やってみます」


 そうは言ったものの難しいと俺は思っている。暗視のない彼女には、今の弾道も満足に追えなかっただろうしな。

 雨竜はごしごしと指を擦り、寒さで鈍った感覚を取り戻そうとする。それから再び黒剣を構え、柄を頬にぐっと当てた。どこか様になっており、プロの狙撃手を思わせる。

 そうして眺めていると、雨竜は再び引き金を絞った。


 ――シュドッ!


 帽子のつばから雨水をしたたらせ、弾道の行方をじっと見る。すると、パカンという音と共に巣の一部が破壊された。思わず「おっ」と声が漏れる。

 偶然か、それともちゃんと狙ったのか。その答えはすぐに分かった。


 ――シュドッ! シュドッ! シュドッ!


 たったの一発で射撃勘を身につけたのか、速射によって次々と巣は破壊されてゆく。

 ぶらん、と垂れさがる姿はもう決壊寸前で、狂ったようにギズモらは見当違いの場所を探していた。

 常識から外れた光景ではあるものの、その場へ極めて冷静な声が響く。


「5発を撃ちきりました」

「あと一発、とどめを撃ってくれ」


 はい、という返事と射撃音は同時だった。やがて山間には砕けた「巣」によるゴオォン!オン!という轟音が響き渡り、驚いた鳥たちが羽ばたいてゆく。突風によって一瞬だけ雨足は弱まり、またすぐに霧雨が降りそそぐ。


 うーん、やるね。思っていたよりずっとやる。このまま経験を積めばプロの殺し屋にでもなれるんじゃないのって思うくらいに。


 たぶん雨竜は精神力メンタルが強い。

 空き地で的を用意して当てさせるより、こうして最初から実戦に投入させたのは、主に素質を見たかったからだ。怖気づいてしまったり、不平や不満を漏らすんじゃないかって考えていた。

 だけど基本的にモンスターは夜に出る。明るくないと撃てません、なんて言っている場合じゃない。移動で体力を使った後に戦わないといけない場合だってある。


 しかし……。


 俺たちは浮かれることなく、しばらくしゃがみこんだまま動かない。一言も口をきかず、もちろん素材収集コレクトもしない。


 周囲には水滴の落ちる音だけが響き、霧雨とあって静かな夜だ。そのまま数分ほど辺りに気を配り続けていた俺は、ふうと息を吐いてから素材収集コレクトを実行した。

 青白い光はラインを描き、素材は俺の手のひらに収まる。計10個と、先ほど撃った分を上回っていた。


「大丈夫そうですか?」

「たぶんな。保証はしない」


 先ほどじっと動かなかった理由は、とある問題があったからだ。それは俺たち以外に能力者がおり、このような場でハチ合わせをする可能性がある、という問題だ。

 温厚な相手だったら構わないが、もしそうでなければ素材を奪う以上の行為をしてくるかもしれない。そういう意味で、以前とはまた異なる狩りの姿となったらしい。


 用心しながら山を下り、もう一カ所を退治してから本日の狩りはお開きとなった。




 どんっ、とビールグラスが卓上に置かれた。その向こうに現れたのは頬を染めた雨竜で、少しばかり目が据わってた。


「あんな生活をしていたのですか、今まで」

「うん、大体ね。ようやく俺の部屋にある荷物の意味が分かった?」

「分かりましたよ、そりゃあ。急に散財してるから、仕事をやめておかしくなったかと思いましたが違いましたね」


 へぇ、酔うとちょっとだけ早口になるなーこいつ。いつも飲み会を断る奴だったから、こんな姿を見るのは初めてなんだよね。自分の歓迎会ですら拒絶するから、部長が困った顔してたのを覚えてるぞ。


 飲み屋らしい音楽と赤提灯、それから周囲には酔っ払いとあって実に平日の夜らしい姿だ。なんだか懐かしいなーと眺めていると、雨竜の顔がぐんっと近づいた。


「せんぱいっ、聞いてますかぁ?」

「んわっ! えっと、なんの話だっけ?」


 じとっとした恨みがましい瞳を向けられてしまった。頭ひとつぶん小さな相手だが、酔っ払いには敵わない。

 すると雨竜は椅子に座り直し、ぽそりと小さな声を漏らした。


「あれから……仕事がつまらないです」

「そっか、今日サボった理由はそれだったんだ」


 文句を言おうとした雨竜は、しかしそのまま俯いてしまう。どうやら図星だったらしい。

 だけどそれに対して怒るなんて筋違いなことはしない。職場の近くで、そして駅前で2度も彼女は怖い目にあった。普通なら精神的なケアが必要だろうに、それでも会社に勤めているんだからな。俺には出来なかったことだ。


 だったらグラスに瓶ビールを注いでやり、かつての先輩としてアドバイスをしなくっちゃな。


「つまらないことを覚えるのも仕事だよ。むしろ仕事のうち99%以上はつまらないことだ。楽しませようとする上司なんて少ないだろ?」

「そう……でしょうか。今夜の仕事は楽しかったのですが」


 え、楽しかったの?

 そう尋ねると、酔ってもさほど表情を変えない雨竜はこっくりと頷いてくる。それから空中を指先でつつくと、ヴンッと画面を表示する。

 表れたのはたくさんのスキルリスト、それから雨竜のステータスだ。


「こういうの、面白くないですか? どれを取得しようか悩んだりして、つい夜更かしをしてしまいそう」

「分かるー、楽しいよな。でもたぶん普通の女は見向きもしないぜ。高級車に乗ったイケメンとか、そういう現実的なのをみんな欲しがるだろ?」


 ぱちっと瞬きをする雨竜は、まるで「理解できません」と言うような表情をしていた。

 尚も降り続ける雨空を見あげ、枝豆をひとつ食む。それから静かな声で囁いてきた。


「楽しいですよ。私の知らない夜があると分かって。ちょっとだけ怖くて、不思議で、闇夜の灯火リヒトの意味が分かる夜でした」


 俺にとってはその言葉こそ不思議なんだけどね。

 彼女はこう見えて感受性があるのか、とても不思議なことを言う。だけどこちらを振り向く瞳には、ランプの灯りが反射をしており輝いて見えた。

 それからゆっくりと、彼女にしては珍しく綺麗な笑みを見せてくる。


「ねえ、火の守り手リヒターさん。実はあなたも楽しんでいるでしょう?」


 まあね、そりゃ楽しいし楽しみだよ。などとジョッキに口をつけながら、俺は不貞腐れたように頷く。

 終末だなんだと怯えてはいるけどさ、会社勤めしてた時よりずっと充実しちゃってるしな。そうそう、刑事の連中とか雨竜とか、知り合いがどんどん増えていくのも不思議だよ。

 当てられっぱなしも癪なので、にやりと俺は笑いかける。


「そう言う雨竜は、実は怖がりだな。だから剣を持つと落ち着くんだ」

「……そう言う先輩は、見た目通りに意地悪です。私を寝不足にして遅刻させる気ですね」


 ははは、と思わず俺は笑った。

 まあそのように、初めて闇夜の灯火リヒトとやらを迎える会、いわゆる歓迎会をしたわけだ。雨竜にとっても初めてだったろうな、そんな会に参加をしたのはさ。


 乾杯、と俺たちは再びグラスを合わせた。

 これからよろしく、という意味もあったのかもしれない。

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