24.雨竜のレベルアップ
さて、本日は雨竜ちゃんをお持ち帰りしたぞー、うぇいっ。
今はちょこんとベッドに座っており、サバイバル道具の説明書をじっと読んでいる。タイツに包まれた太ももをスカートから覗かせ、集中しているのか口数は少ない。
彼女は知らないものを覚えようとする癖があり、放っておくといつまでも読み続ける。それは会社で仕事を教えるときから知ってたけど、この部屋には変なものばかりあるので、全てを理解するまで数日かかりそうだ。
「それで、事件について聞きたいことって何だったの?」
お茶を淹れながらそう尋ねると、ぱちっとひとつ瞬きをする。だけど文字の世界からなかなか帰ってこられず、言葉だけを戻してきた。
「レベルアップってなんですか? このあいだ、そう聞こえました」
ぼたたっと緑茶をテーブルに注いでしまった。あっつうい!
それから雑巾と化した穴あきシャツでごしごしと拭く。もちろんこの穴は、ゴミ虫たる魔物から開けられたやつだ。
おい、ガイド君。雨竜って能力者? レベルいくつ?
《 つい先日の戦いで“目覚め”ました。レベルは4です 》
まじかよ、あれから何日経ったと思ってんだ。そういう重要なことはすぐに言おうよ。ガイド君もそうだけど、こいつらってどうしてそういう常識がまったく無いんだ?
などと非常識の代表格である俺は、ひっそりと溜息をこぼした。座布団にあぐらをかいて、そんな雨竜に話しかける。
「うーん、雨竜ってゲームとかする?」
「FPSでしたら。それ以外は理解ができません」
うん、どっちかというと世間的にはFPSの方が理解されにくいからね。だからか。わざわざ一人でグアムまで行って、実銃を習っていたのは。まあいいや。
「レベルアップとか強化とか、その手の遊びをするゲームもあるんだ。今の雨竜はレベル4。未強化だろうけど、選ぶ技能によって強さの質ってやつが変わってくる」
そうストレートに伝えると、手にしている説明書よりずっと理解しづらい未知の世界と思われたのだろう。まつ毛の長い瞳がくるんとこちらを向いた。
おいでおいでと手で招くと、両手をついて前のめりになる。
ガイド君、雨竜のステータス画面を見せてあげられる?
《 サポート役が未設定のため可能です。これは他者と比べて目覚めが遅かったことが原因です。また規律によりプライバシー機能が働きます 》
目覚めが遅かったって……あー、要は席取りゲームみたくあぶれちゃったのね。可哀そうに。
それから、ヴンッと四角い画面が現れた。先ほど言っていたプライバシー機能とやらのせいか、俺からは〇や△などの記号が見え、定期的にその文字も入れ替わっている。こちらに分かるのはせいぜい顔写真くらいだ。
がしっと俺の肩を掴んで、雨竜が覗き込んできた。
完全に未知なるテクノロジーを見たせいか、肌を通じて興奮が伝わってくる。じいいーっと覗き込み、ちょんちょんと指で触れようとする仕草はまるっきり猫のそれだ。
「んっ、わっ、透けてる! これ何ですか。これ何ですか先輩」
「こらこら、首に爪を立てんな! 順に説明してやるから待っ……」
「うをおおっ、透けるっ、手が透けるっ! なにっ、なにこれっ、なになにこれすごいっ、見たことないっ」
ぐうっ、ふすふす鼻息がすごい……こら雨竜っ、現代っ子のクールキャラはどこいった! お前のそんな顔こそ見たことねえよ! 痛っ、痛いっ!
ストップストーップ! ガイド君、いっぺん停止して! ガイド君、機能オフ! なに失笑してんだてめえ、オフだっつってんだろがこらあああーー!!
俺は怒った。
お茶を飲ませると、雨竜はようやく落ち着いてくれる。取り乱したことが恥ずかしかったのか、少しだけ頬を赤く染めていた。
外からはざあざあと雨の音が聞こえており、窓を見上げながら俺はゆっくりと話しかける。
「じゃあ、もういっぺん最初っから教えるぞ」
こくんと雨竜は頷く。こういうとき、こいつは大人しくなる。情報を握っている相手に対し、それが欲しくて欲しくて仕方なさそうな顔をする。
だけどこれは見せかけだ。テクニックだ。こういう顔をした方が、相手は喜んでホイホイと情報を教えてくれるって学習してんだ。もしも可愛いとか思ったら、そいつはアホだぞ。
ヴンッと再び画面が開かれる。
もう見慣れてるけど、確かに珍しい光景だろう。宙に浮かんでおり、横からみたら糸みたいな線になる。文字だけの表示にも関わらず解像度が異常に高いしな。まるでプリントした紙みたいに見えるだろうよ。
「わ、あ、あ、あ、あああーー」
こらこら、雨竜君。手で触らない。
じっとしてなさい。
「はあ、はあ、すごい、すごいこれ、どうなってるんですか先輩っ、はやく説明っ、説明してくださいっ」
こら、こらこらっ、押さないっ! あいだだっ、足を踏まないっ!
さっきと同じ感じになってきたじゃ……うぶっ、こいつ俺の顔を押しのけてっ……!
いい加減にしろやてめえゴルアアああっ! 触んなっつってんのに、なんで3秒しかもたないんだよ! 鳩かよお前はっ!
ガイドっ、さっさと止めろっ! 聞いてんのかよてめえ、止めろっつってんだろうがあああーーっ!
もっかい俺は怒った。
その後に、大家さんから近所迷惑だと俺が怒られた。くっそ。
念のため先に言っておくが、俺にはそういう趣味は無い。
雨竜の手足を椅子に縛りつけているのは、単純に「じっとしてなさい」という言いつけを守らないからだ。決してSとかMとかそういう類じゃない。
ああ、俺のサバイバル道具の使い道が、まさかこんなことになるなんて……。
「納得ができません」
「なんできっぱりとそう言えるのかなぁ……逆にすごいよ。それと悪いがしばらく質問は無しだ。とりあえず説明が終わるまで俺は話し続けるぞ」
しばし悩み、雨竜はこっくりと頷く。納得は出来ないが好奇心だけが突っ走っており、仕方ねえから頷いてやんよって気配がプンプンする。こっちの事情なんて考えもしない、とんでもない現代っ子だよ、こいつは。
「このあいだお前がパンパン銃を撃った相手、あれが魔物だ。それくらいはテレビで知ってるな? ちなみに日本で銃を撃つのは違法だから、これから道に落ちてても絶対に触るなよ。FPSじゃねーんだから」
おいおい、嫌ですって首を振りやがったぞ。
まあいいや。いや良くはないけど、そもそもあんなもん普通は落ちてないだろうしさ。
「んで、あれを倒すとレベルアップをする。この画面にたぶん4って書いてあんだろ?」
ぎっし、と縄が鳴った。
ちょっとやり過ぎかなーとか思ったけどさ、縛っておいてよかったよ。こいつ「待て」も出来ない犬以下だったわ。
「たまたまお前がパンパンした相手は、めちゃくちゃ強い奴だった。んで、ゆとりに片足を突っ込んでる雨竜は、なーんの苦労も無く、なーんも怪我をせずレベルアップしたわけだ。雑草魂を持った俺と違ってな」
ふんふんと納得したように頷いてくる。こいつどっかで人を見下してるからさ、苦労している相手への気遣いとか無いんだろうな、きっと。
だけど俺は会社だけでなく、こちらの世界でも先輩だ。なのでしっかりと叩きこんでやる。
ああ、もちろん会社はとっくにやめたよ。だって終末が近いってのに、コピー機をぽちぽちしてられないだろ?
「んで、レベルがあがると剣とか魔法の――おっと魔法は無いんだっけ――まあ、そういう好きな技が取れるようになる。それで大体合ってるよな、ガイド君?」
《 は、い……宜しいと思います 》
うん、なんか説明を諦めたみたいに聞こえたな。
そういや、どうやってスキルを覚えるんだ? さっき聞いた限りだと雨竜にはガイドがいないんだろ。
俺の場合は画面をポチっとするか、面倒な時は「あげてー」って言えば済む。でも雨竜はこの画面だって見るのは初めてだ。
《 私を直結させれば代行が可能です。また暗号化を解きたい場合は、両名から闇夜の灯火の許可を受ける必要があります 》
は? なんだって?
講師であったはずの俺は、お茶を片手に「もう一回説明して?」とお願いをした。
ジジ……と空中に電気っぽい音がして、ぱっと雨竜の目の前に画面が出てくる。雨竜はそれを見て瞳を真ん丸にし、俺としては彼女専用の画面とやらに不思議な思いをしてるとこだ。
「はーー、本当に出た。さっき言ってた『りひと』ってやつのおかげか?」
《 闇夜の灯火です。統べる者「火の守り手」は後藤ですので、発音には気をつけてください 》
その言葉に雨竜はビクッとし、天井をきょろきょろ見上げていた。
はあ、なるほどな。ガイドがついたのは初めてだから、脳内への声を聞くのも初めてか。驚くのも無理ないな……などと思っていた矢先に、雨竜は画面をぐりぐりといじり始める。まるで先ほどまでの鬱憤を晴らすかのようで、これはもう止めるのも難しい。手を出したら今度こそ引っかかれそうだ。
「もうこんな時間か。雨竜ー、なんか食いたいのあるか?」
あーあ、全然聞いてねえや。鼻息がフスフスしてるし、子供みたいに目を輝かしてら。
特にリクエストも無いみたいだし、適当にピザでも頼むかぁー。
そう思いながら台所のチラシを取りに行くと、ぽーんという変な電子音と共に、俺の目の前にも画面が勝手に立ち上がる。
「おう? なんだこれ……」
ひょいとそれを覗き込むと、どアップの雨竜の目玉があって驚いた。なにこれ、ちょいホラーなんですけど。
「これ、通話? ねえ先輩、そっちからは見えてます?」
「おおっと、そんな機能があんのかぁーー! 待って待って、これって通話料とかある? 無料!? マジで!? すごいじゃん、ガイド君!」
どおお、と俺たちは沸いた。高性能だと知ってたけどさ、まさかこんなお助け機能があったとは。
最近の携帯電話でほんっとクソだと思うのは「お金がかかるから通話できない」って所だ。ほんとなにそれって話でさ、だったら携帯SNSとか携帯アプリとかって名前にすりゃいいんだよ。これを作った奴って、頭がぶっ壊れてんじゃねーの?
だけどこれからは違う。完全に、何も、一切、あらゆることから束縛されずに、好きなだけ会話を楽しめるんだ。
もちろん今のところ雨竜限定だけど、他に電話したい奴は思い浮かばないので構わない。未知の文明に触れられるほうが大事なんだよ。
へーい!と得意げな顔をした雨竜とハイタッチし、本日はこのままお泊り会、もとい夜を徘徊することにした。バールみたいな武器を持った女が2人でな。
雨竜がついて来たいってうるさかったんだよ。ほんとこいつ変わってんな。
書き忘れましたが、こちらの章にプロローグを加えています。




