23.あの日からの情勢②
ごとんと美味しそうなナポリタンがテーブルに置かれ、俺はにっこりした。
この安っぽい香り、ブヨブヨの麺、そして大量に振りかけた安っぽいチーズ。これこれ、これだよ。俺の大好きな味。
アルデンテなんてクソ喰らえと言わんばかりの作り置き。給食に出てきそうな安っぽい味。たまんないね。ナポリには存在しないだなんて信じらんないよ。かわいそうに。
などと和食だか洋食だか分からない料理を楽しんでいると、喫茶店のテレビではニュースが流れ始める。
先ほど言っていた「渋谷事変」ってのは、いまテレビやら何やらを大いに賑わせている一件だ。
死傷者数だけでも世界的な事件だったというのに、堂々と暴れまわるモンスターまで映っちゃったからね。まったくとんでもない世の中になったもんだよ。世も末なんだから、みんなも早いとこ備蓄しといたら?
幸いだったのは規模の割りに早期解決できたので、さほどマスコミから俺の顔は見られてないってことだ。事情聴取を受ける前に、そそくさと逃げたしな。
俺の正体についてはかなり情報開示を求められているが、でっちあげなことに「未成年のため」という方便で断っているらしい。年齢サギって言葉はあるが、まさか他人からサギ師にされるとは思わなかったよ。
それより頭が痛いのはネットの方で……いや、今はそれはいいか。
「んで、さっき言いかけてたのは何だっけ?」
「ええと……」
ゆとり君が躊躇うように雨竜を見たので、ごつんと足を蹴る。
先ほど「口外しないで下さいね」と言っていたのだし、たぶん重要な情報なのだろう。ゆとり君はそういう情報面ではしっかりしていると思うし。だけど雨竜も当事者なんだから別にいいだろ。
仕方ないなぁという「やれやれ」な仕草に血管をビキッとしたが、内緒話をするようにずいっと顔を寄せて来たのでこちらも顔を寄せる。
ドライな現代っ子である雨竜は、ストローをちゅーっと吸いながら見つめてた。
「例の渋谷事変から後藤さんが言っていた通り、おかしな者が混じり始めました。現場へ無理やりに入り込み、魔物を狩ろうとする者たちです。また彼らのうち7名ほどの死者が出ていますが、これは極秘情報です」
その言葉を聞き、俺は片眉を持ち上げる。
それから視線を上に向けると、テレビには「本日の危険地域」という、お天気情報と並ぶほど重要な案内がされていた。これは先ほど彼に教えていた情報であり、市民たちへ前もって情報を伝えるという役割があった。
はっきり言って、この対策は有効だ。野党や評論家やらはギャンギャン騒いでいるが、あいつらはそれが平常運転なのだから何も思わない。ご飯を食べたら美味しいって言うのと一緒だ。
政府は国民に納得できる説明をしろ、なんて言ったってさー、誰もそんなの分かりっこないじゃん。俺だってモンスターのことなんて知らんよ。唯一、日本語を理解した奴だってこのあいだブッ殺しちゃったし。
まあ、これほど世間を動かせたのは他でもない。先ほど言った通り「渋谷事変」が派手すぎたせいだ。
市民だけでなく世界から多くの注目を受け、動かざるを得なかったというのが正解か。たぶんアメリカなどからも情報開示なり協力を求められているだろう。
だけど問題は、モンスターなんてよく分からん存在がいても、会社が休みになるわけじゃないってことだ。経済が止まってしまえば今度は世界から負けてしまうからな。その為、最も重要なのは「被害があるかどうか」という情報にかかってくる。
相手が恐ろしい存在だとしても、近づかなければ無害であると分かれば心構えもまた変わる。要は自分に影響が無ければ「他人事」になるんだ。近所の人たちだって「なんだろうね、なにかしら」と噂話をする程度で済む。
ほら、人間ってのはたくましいからさ。図太くなきゃこんな薄給の国で生きてけないよ。
へえ、ふうん、なるほどね。
要はこうやって俺が出現情報を公表したせいで、他の能力者たちも遅まきながら動き出したってことか。だけどギズモってああ見えてクッソ強いからさ、けっこーな数が死んじゃったわけね。ご愁傷様ぁー。
ドライに聞こえるかもしれないけどさ、安全を守っているところへ無理して入ったんだから後は自己責任よ。
対する特殊部隊はというと、基本的には装甲車による体当たり。ないしは特注防護服による物理的な破壊などが中心だ。市街での発砲は、やむを得ない場合を除いて厳禁というスタンスは変わらない。
だけど手の届かない場所にはドローンなども使い始めており、人命に配慮した対策が日々練られている。今のところ能力者みたいな素人集団なんかよりよっぽど有能だ。
これは前に聞いたことだが、俺をサポートしている夜の案内者は他と比べて高性能らしい。それは単なる運だったらしいが、その恩恵として魔物出現情報まで知ることができる。
だけど他の連中はそうじゃない。自力で探さなければならないが、気がついたときには警察の地域課によって封鎖されて困った事態になっていた、と。
まあまあ、その辺りは予測してたよ。もちろんね。
だって逆の立場になって考えたらすぐに分かるでしょ。きっとそんな短絡的な行動をする奴も出て来るなーって思うよそりゃあ。だってみんな先行して勝ち組になりたいもん。
「んで、全員の身柄は押さえた?」
「ほぼ特定はできていますが、日に日に数を増やしています。今のところ確認できている限りで生存者は28名。いずれも男性です」
ふーむ、勢力としてはそう多くないな。予想では数百名規模かと睨んでいるが、それは単純に「それくらいじゃないと魔物に対抗できないだろう」という算段に過ぎない。
それから気になるのは「いずれも男性」という点かな。だったら俺は能力者の中で紅一点なわけか。なんて言ったら二人から鼻で笑われそうなので黙っとく。
「後藤さん……」
ゆとり君からの目配せにも頷き返す。先ほど彼が言いたかったのはこれだろう。人手不足のいま、駆除担当は是非とも任せたいが、現場でそいつらとハチ合わせをする可能性がある、と。まあその可能性は最初っから考えてたし構わないよ。
「じゃあ現場判断かなぁ。温厚そうな相手だったら協力できるか話を聞いてみるし、そうじゃなかったら捕まえて引き渡す。ついでにさ、前に言ってた警官殺しの顔写真をくれる?」
「……後藤さん、正式にうちの署に来ませんか。民間人と協力をして事件解決をするケースだって最近では珍しくありません」
その申し出は「冗談だろ」と鼻で笑っちゃう。
どうしてこんな協力体制を作ったかというと、俺の負担を減らすためだ。指の一本も動かさずに能力者の情報を得られるのは、俺の有能性を教えたからでもある。おっと、もちろん温厚で優しい人柄ってのも大事だぞ。
「……先輩が、温厚? 私の認識では野獣に近しいです」
「やめろ、野獣と先輩の言葉を近づけるのは絶対にやめろ」
そう極めて真面目な顔で伝えると、勢いに負けてコクコクと雨竜は頷いた。
ともかく本格的な協力までは無理だよ。だってキャンプとか釣りとかして遊びたいし。もうちょっとして天候が落ち着いたらバイクで風になりたいんだよね、俺って。
そう軽い感じで断ると、ゆとり君は意外にも残念そうな息を深々と吐く。よく分からんが、ちょっとは気に入られているのかねぇ。
「分かりました。それでは仕事に戻りますので、何かあったら携帯へ連絡してください。雨竜君、ここは僕が持つから、支払いは先に済ませておくよ」
「ありがとうございます」
ぱちっと瞬きをしてから雨竜はそうお辞儀をした。
しばし自分の頼んだ注文、アイスミルクティーをじっと眺めた雨竜は、次に俺の皿へ大きめの瞳を向けてくる。
「だから言ったろ。男が女に奢って、経済が回るって。もっと頼んでおけば良かったんだ」
「……勉強になります」
そう答える彼女と一緒に、がたっと席を立つことにした。




