プロローグ
青い空、白い雲、そして軽快なエンジン音を響かせる俺の愛車。
木々や草花が溢れていて、渓谷を見下ろすと源流と思わしきエメラルド色の川がある。
サスペンションもしっかりしているので、奥多摩への長旅でもぜんぜん疲れない。テントと寝袋、それに調理具も合わせるとやっぱ荷物が多いけどさ、渋い色したリアサイドの入れ物も買ってあるから大丈夫!
「はーーっ、たまらん。最高。自由ってマジ素晴らしい。終末が来てもきっとこういう生活をするんだろうなー」
久しぶりに着けたゴーグルも、全身で体重移動をしてカーブを抜けてゆくのも楽しい。おまけにサイドバッグにはキャンプ道具も入れてあるから、現地についてからも楽しみだ。
えへへ、帰りに温泉に行っちゃおうかなぁー。
おっと遊びじゃないぞ。これは特訓だ。自然のなかで生き残るという、極めて過酷な戦いが待っているのだよ。蛇の皮を剥いて焼く……とかはまだちょっと早いかな。もう少し大人になってからね。
だけどガイド君がいるから周辺地図まで見れちゃうし楽でいいね。やーほんと、のんびり走れるのってたまんないよ。社畜さん、お疲れさまっす!
いぇいっ、と歓声をあげたところでトンネルに突入をする。橙色の灯りに包まれて、ふんふん鼻歌をしていたときに背後からのライトに気がついた。
暗視能力というものが俺にはあり、車種を眺めてから瞳を細める。ずいぶん前に見かけたのと同じナンバーをしていたからだ。
んー、マスゴミって感じじゃないな。見たところ大学生とかその辺か。
ゴウ、とトンネルを抜けると空がもう少し広くなる。このあたりはなだらかに連なる山が多くって、日当たりも良く温かい。心なしか民家ものんびりしているように見える。
こんなところになら住んでもいいなー、と思っているときに後方の車は速度を上げてきた。
「お姉さーん」
風に髪を揺らしながら、片手をあげてきたのはやはり大学生と思わしき2人組だった。手を振ってきた方は嫌な感じにチャラく、やや長めの茶髪をしている。逆に運転をしている方は体格が良く、黒髪をさっぱりと刈っていた。
「んー、誰だお前ら」
「やっぱり似てるっ! まさかですけど、モンスター退治をした人、とかじゃないですよね?」
はい、一気にテンションダウンです。
なんなんだこの馬鹿大学生どもは。最近の奴らは勉強もしないで女の尻を追っかけ回してんのか。親の金で遊んで暮らしてるくせにとんでもないご身分だよ。
「知らん知らん。そんなアホなことをしてられるか」
「えーー、人違いかぁ。残念だけど、出会い記念でこれから一緒に食事でもどう?」
うっおぉ、鳥肌が立ったぁ! ピカピカの高級車を蹴飛ばしたくなるほど白い歯がウゼえ。この手慣れている感がとてつもなく腹が立つ。
なので迫力たっぷりに睨みつけたとき、カシャリとスマホで撮影をされた。
「じゃあ、もう一回。はいピース……ギャヒイッ!」
ずどんとピースで両目を潰してやった。
そのままアクセルをフルスロットにし、バーカ、アホーと罵ってから俺は走り去る。
はー、嫌な目にあった。だけど前を向けば大きく広がるダムがある。あともう少し走れば、綺麗な景色を楽しめるだろう。
オンッとエンジンをフカし、俺はカーブの向こうに消えていった。
しばらくし、彼ら2人は路肩に車を停め、大きく伸びをしていた。奥多摩は都内から大分距離があり、ほどよい疲労を感じていただろう。
単車に乗った女性が走り去った方角を眺め、それから表情の乏しい黒髪の男が口を開く。
「あれが後藤か。見た目や言動と違って強そうだな」
「……だね。それと非常に面倒な奴だよ。俺たちの新世界にとってな」
濡れたハンカチを目元から離し、軽薄そうな男は言葉を漏らす。しかし口調とは裏腹に、その表情は愉快げでもあった。
「まあ、近いうちどうにかしよう。今日はただのご挨拶だ」
不穏な言葉も何もかも、暖かな風が流し去る。
ここはドライブに適した道であり、多くの観光客が押し寄せる。しかしサングラスをかけた彼らは地面にUターンのブレーキ跡を残し、観光地から走り去った。




