【SS】蝶の羽ばたくところ
文字書きワードパレットより、No.11『フラメント』(止まる・贈り物・小指)。
エディとフィリミナの『妻編』後の日常の一コマ。
幼馴染から婚約者へとジョブチェンジしたおそらく友人――もとい、エギエディルズ・フォン・ランセントが、魔法学院に入学してから早数か月。
手紙のやり取りを欠かさず続けても、長期休暇に入ろうとも当の本人が帰ってくる気がないせいで、再会がいつになるかなんて考えるのもそろそろ馬鹿らしくなってきた今日この頃。
私、フィリミナ・ヴィア・アディナは、本日、十三歳になりました。
昼間は両親、乳母、弟、そしてランセントのおじ様が、ささやかな誕生日パーティーを開いてくださった。
成人するにはまだ三年必要であり、社交界デビューはまだ叶わないけれど、十三歳ともなれば立派なレディの一人として数えられるものだ。となれば当然、周囲から贈られるプレゼントも、そういう年頃を意識したものとなる。
両親からは、わざわざ職人に依頼して作ってもらったのだという、優美な貴婦人の横顔が刻まれたカメオのブローチを。
弟からは、腕一杯で抱えなくてはならないくらいに大きな薔薇の花束を。
乳母からはとっておきの手作りのケーキを。
そして、ランセントのおじ様からは、繊細なレースが実に見事な、髪飾りのリボンを頂いた。
毎年、結局新しい本ばかりをおねだりしていた私に対して、誰もが皆、思うところがあったらしいことに、それらのプレゼントを前にしてやっと気付かされてしまった。色気のない娘で申し訳ない。せっかく十三歳になったのだから、これからはもう少し身だしなみというものに気を遣おう。
楽しかった誕生日パーティーも終了し、とうに日も暮れて、寝室のベッドの上で本日頂いたプレゼントを並べてそう決意を新たにした。
夕食も入浴もとうに終えているので、さて後は寝るだけなのだが――しかし。
「まだ、これがあるのよね」
ぽつりと呟く私の手にあるのは、一通の手紙だ。上質な光沢のある紙で作られた封筒の差出人のサインは、見慣れた筆で書かれた、これまた見慣れた綴り。
エギエディルズ・フォン・ランセント。我が婚約者殿の名前である。
この手紙は、いつものような郵送ではなく、ランセントのおじ様が手ずから私に渡してくださったものだ。「あの子からだよ」という一言に、ついついどきりとしてしまった。
だが、すぐに「ああ、今年もか」と落ち着きを取り戻した私のことを、他人は枯れているだのなんだのと評するのかもしれない。とはいえ、せっかくの誕生日だというのに、毎年、毎年、毎年! そう、毎年! 同じように手紙を一通だけ寄越されていたら、今更ときめくはずもないだろう。
誕生日に合わせて手紙をくれることはとても嬉しいけれど、それにしても我が婚約者殿ときたら、いつもと同じ素っ気ない内容の手紙に、一言「おめでとう」と綴ってくれるくらいなのだから、まったくもって女心というものが解っていない。
まあ、魔法式の演算はできても女心を汲み取ることはできないあの少年に、気の利いた誕生日プレゼントなんて期待するだけ無駄だと解っている。
たぶんあの子は、そういうことにまったく向いていない。繰り返すが、期待するだけ無駄だ。
そう思うと、むしろ毎年、きちんと誕生日に手紙を寄越してくれるだけでも十分すぎる気遣いであると言うべきなのだろう。結局私も、なんだかんだで、あの子からの「おめでとう」というそのひとことだけを心待ちにしているのだから、これも一つのウィンウィンの形であると言えるはずだ。
私を慕ってくれている弟は、「姉上は毎年プレゼントを贈っているのに!」と例年と同じく今年も憤慨していたけれど、弟よ、あの不愛想な少年がわざわざ誕生日を忘れずに欠かさず手紙をくれていることだけでも奇跡のようなものだと私は思っているので、そんなに怒らないでほしい。私のために怒ってくれるその気持ちは嬉しいけれど。
そんな訳で、今年も例年のように「ありがとうございます」とランセントのおじ様から笑顔で手紙を受け取って、さっそくその場で開封しようとしたのだけれど……ここで、まさかのストップがかかった。
「エギエディルズからの伝言だ。『一人で開封してくれ』、だそうだよ」と、ランセントのおじ様は仰ったのである。
ううむ、何故だ。例年通りであれば、そんな言伝なんてわざわざ寄越さないだろうに、どういう意味なのだろう。
手紙を受け取り、首を捻りながらそれを見つめる私に、ランセントのおじ様は悪戯げに笑うばかりでそれ以上何も仰らなかった。ランセントのおじ様はとてもお優しい、正に紳士と呼ぶにふさわしい殿方だけれど、時々、ぎょっとするような冗談を口にすることもあるおちゃめな方でもある。それを踏まえると、いつも通りに見えるあの子からのこの手紙、油断して開封することはできない。
「……あら?」
手紙を両手で掲げて様々な角度で見ていた私は、ようやく気が付いた。この手紙、中身が空なのではなかろうかと。
天井の明かりに透かしてみると、それがはっきりとよく解る。地の厚い封筒だったから今の今まで気付かなかったけれど、これはもしや、あの子ったら中身を入れ忘れたのでは?
「案外うっかりさんなのね」
驚くほど――本当に驚かずにはいられないほどとびぬけて優秀な頭脳を持つあの子が、肝心の手紙を入れ忘れるなんて、随分と珍しいこともあったものだ。
少なくとも、あの子と手紙のやり取りを続けてきたこの四年もの間では初めてのことである。
「…………」
何と言ったらいいものか。どうしよう。自分でもびっくりするほどがっかりしている。
どうせ中身が入っていたって、ささやかななんてことのない近況報告と、たった一言の「おめでとう」が貰えるだけなのに、それなのに私は今どうして、こんなにもがっかりしているのか。
理由なんて解っている。期待するだけ無駄だと解っていながら、いいや、解っているからこそ、あの子がほんの少しだけ私に傾けてくれる些細な言葉を、心配りを、こんなにも期待して、楽しみにしていたのだ。
いい歳をして何を十二歳の男の子に期待しているのだろう。ああもう、無性に恥ずかしくなってくる。
それもこれも、あの子が中身を入れ忘れるからいけないのだ。誰にだって『うっかり』はあるだろうけれど、それにしてもよりにもよって誕生日にうっかりしなくたっていいではないか。なんだかだんだん腹が立ってきたぞ。
「一応、開けるだけ開けようかしら」
本音を言えば、苛立ちと一緒に文箱の奥底にこのまましまい込んでしまいたいけれど、ランセントのおじ様と、「一人で開封する」と約束した手前、たとえ中身が空であろうとも開封する義務が私にはある。こればかりは仕方があるまい。
次の手紙で文句の一つでもちくりと綴ってやる、と決意しながら、用意しておいたペーパーナイフで封筒の封を切る。
その時だった。
「――――えっ?」
封を切ったその瞬間、封筒の中から何かがふわりと飛び出してきた。思わず封筒とペーパーナイフをベッドの上に取り落とす私の視線の先で、ふわりふわりと舞い遊ぶのは、朝焼け色に透けて輝く翅を持つ美しい蝶だ。
きらきらと瞬く鱗粉を落としながら、私の周りをくるりくるりとゆっくりと周回するその姿に、私は呆然と見入ることしかできなかった。
「きれい……」
思わずそう呟くと、「そうだろう、そうだろう」と言いたげに朝焼けの翅を持つ蝶は私の鼻先で舞い遊ぶ。
思わず右手を伸ばすと、蝶はそのまま、私の小指にそっとその翅を休めた。じいっと見入るばかりの私に応えるように、小指に留まったまま二度、三度と羽ばたいた蝶の姿が、ふいに輝き出す。優しい朝焼け色の光は、そのまま私の右手の小指で、蝶結びのリボンとなった。
予想外すぎる手紙の中身にぽかんと間抜けに大口を開けるばかりだったけれど、ふと気付く。朝焼け色に染められたリボンに、さりげなく文字が綴られている。
ひらりと揺れる蝶結びの片端を持ち上げてそこをまじまじと見つめてから、私は小さくそこに記された文章を読み上げた。
「『誕生日おめでとう』……?」
え、ここまでお膳立てしておいて、これだけ?
……などと、ついつい贅沢なことを思ってしまった私は、責められて然るべきかもしれない。だって、こんなこと、初めてなのだ。だからこそ余計に期待してしまう。もっともっとと求めてしまう。
そうだとも、もしかしたらもっと何かが書いてあるかもしれない。そんな期待を込めて、蝶結びの片端を引っ張って、小指からリボンを解く。
「え、あっ!」
だがしかし、私がちゃんとリボンの内容を確認するよりも先に、ほどかれたリボンは朝焼け色の光の粒子となって宙に溶けてしまった。なんとか手の中に収めようにも、指の隙間からこぼれ落ちて、私の手の中には何一つ残らない。
どうやらリボンは、あの子の魔力によって織られたものであったらしい。
リボンを解くことで、リボンを形成していた魔法式もまたほどけてしまったのだろう。
なんてもったいない。こんなことなら、解かなければよかった。
そう思っても遅すぎる。『後で悔いる』と書いて後悔なのだ。
「右手の、小指なんて」
指輪をはめる指には、それぞれ意味があると言う。右手の小指は、お守りだ。右手の小指から倖せは入ってくると言われるから、その倖せをより一層呼び込もうという意図を込めてそこに指輪をはめるらしい。
あの子がそこまで考えていた上で、先程の蝶が右手の小指に留まってくれたのかは解らない。
けれど、そのつもりがなかったにしても、今の私はこんなにも嬉しくてたまらないのだから、結果オーライというやつだ。
「ふふ、さっそくお返事を書かなくちゃ」
今夜は夜更かしをすることになってしまうことが確定した訳だけれど、ちっとも嫌じゃない。
まずは『ありがとう』を伝えて、それから、それから――と何を書くかを考えながら、私はベッドから降りて、デスクへと向かった。
***
――――なーんてこともあった、十三歳の誕生日。
今となっては初々しくも気恥ずかしい、若かりし頃の思い出である。何故いきなりこんなことを思い出したかと言えば、久々に文箱を整理していたら、例の空っぽの封筒が出てきたからだ。
何度中身を覗いても、もう二度と蝶が飛び出してくることはなかった封筒を、後生大事に今日までとっておいた自分が実に涙ぐましい。我ながらよっぽど嬉しかったんだなぁと改めて思い知らされてしまった。
その空の封筒を手に、私はうきうきと、つい先程、本日の業務を終えて我が家であるランセント家別邸に帰宅したばかりである夫に笑いかけた。
「エディ、エディ、これを見てくださいな」
知らず知らずのうちに弾んでしまう声。自分でもはっきりとそうと解るほど浮かれた声で、私は夫の愛称を呼ぶ。
最近ようやく帰宅が午前様ではなくなりつつある我が夫、エギエディルズ・フォン・ランセントは、私がいつになくにこにこと笑みを――それも、そうとうご機嫌なそれを浮かべていることにすぐに気付いたらしく、訝しげにそのとんでもなく美しい御尊顔を傾けて、私をじっと見遣った。
「なんだ、何かあったのか?」
いつもであれば、夫婦のお約束的会話、つまりは「食事にしますか? 先にお風呂に?」とでも問いかける私である。
なお、「それとも、わ・た・し?」なんてこっぱずかしすぎる三つ目の問いかけはもちろん封印済みだ。時々、私が聞いてもいないのに、勝手にこの三つ目を選ばれることもあるのだけれど、それはまったく別の話であるからにしてさておいて、それよりもこの封筒である。
男の目の前まで、空の封筒を持ち上げてみせると、それをじいとしばし見つめていた男は、やがて納得したように、「ああ」と頷いた。
「俺が贈った手紙か。確か……十三の頃か?」
「まあ、よくお解りになられましたね」
「お前から訊いてきたんだろうが」
「然様ですけれど、まさかこの封筒だけで解っていただけるとは思いませんでした」
てっきり、「なんだこれは」とでも言って首を傾げられるとばかり思っていたのに。何せ、宛名である私の名前と、差出人である男の名前しか綴られておらず、中身は何度でも繰り返すが空っぽの封筒なのである。
以前、この男が贈ってくれた雛菊が仕込んであった封筒のように、封蝋に特徴がある訳でもない。何の変哲もない、それこそ紙切れ一枚と言われても過言ではない封筒を見て、よくもまあ十三歳の誕生日の時の手紙だなんて気付けるものだ。
私達の間でやり取りされた手紙の数を鑑みても、そう簡単に気付けるものではないだろう。
せっかくだからここぞとばかりにからかってやろう、なんて思っていただけに、こうもあっさり看破されてしまっては、少しばかり残念ではある。
そんな私のささやかな不満は、男にしっかり伝わっていたらしい。涼しい顔で、同様一つ見せずに、薄い唇が動く。
「俺の魔力の気配が残っているからな。お前に送った手紙で、わざわざ魔力を込めたものなど数えるほどにもない。流石に解る」
「そう、ですか」
そう言われると納得せざるを得ない。ぐぬう、なんだかとても悔しい気分だ。
ついつい恨めしい気持ちを込めて男のことを見上げると、男は珍しくも困ったようにその整った眉尻を下げた。
おや、と首を傾げてみせると、男の手が伸びて、私の手から空の封筒をかすめ取っていく。あ、と思う間もなかった。
「エディ?」
「少し貸りるぞ」
「え? ええ、どうぞ」
何をする気なのだろう。この男が、今更空っぽの封筒に用があるとは到底思えないというのに。
ただ私にとっては、その、ええと、後生大事に取っておくだけの価値があるもので……改めて考えてみると、この男の前に空の封筒を自慢げに見せるって、ものすごく恥ずかしい行為であったのではなかろうか。いいや、『なかろうか』という疑問形ではない。『である』と断言するべき、極めて恥ずかしい行為である。
今更ながら自覚が追い付いてきて、うわああああああ、と、赤くなり熱を孕む顔を両手で覆いたくなっていると、男が小さく何かを呟いた。
それは、まるで美しい詩歌を唱えるかのような、短い魔法言語だ。
その言葉を皮切りにして、ふわりと封筒が宙に浮く。そして。
「――――まあ!」
封筒から、何匹もの、数えきれないほどの蝶が飛び出してくる。かつて見た朝焼け色に輝く蝶だ。
きらめく鱗粉を舞わせながら優雅に飛び回る蝶の群れの、この美しさをなんと表現したらいいのだろう。
ぶわりと胸の奥底から、十三歳の誕生日のあの夜に受けた衝撃が、言葉すら忘れた感動が蘇る。
はっきりと覚えていたつもりだったのに、実物を見てみたら、結局ちっとも覚えていなかったことを思い知らされた。記憶の中のあの蝶も、目の前で舞い遊ぶ蝶の群れも、きっと、私の言葉では言い尽くせないくらいに美しいのだ。
蝶の群れの中で、その美しさに見入ったまま立ち竦む私の背後から、男の腕が回されて、そのまま優しく抱き締められる。
男の腕の中から見上げる蝶の群れは、なんだかより一層美しく見えるから不思議なものである。
気恥ずかしさよりも喜びの方が勝って、男の胸に身体を預けると、きゅ、と、男の腕の力が強くなった。
思わずそちらを見上げると、ばちりと朝焼け色の瞳と視線が噛み合う。きらきらと降り注ぐ鱗粉を浴びる男の姿もまた、例えようもなく美しい。
「あの年は、やっとこの術式を完成させた年だった。いつもお前は誕生日に何かしら贈ってくれたが、俺からは言葉一つくらいしか用意できないのは、まあ、俺でもまずいと思っていた。だから……まあ、あれが当時の俺なりの精一杯のプレゼントだったんだ」
「そう、でしたの」
「ああ。幸いなことにお前が喜んでくれたらしいことは、返信の手紙からよく伝わってきた。あの時ほど、お前からの手紙を開封するのにためらったことはない。試験の結果が発表される時だって、あれほど緊張しないぞ」
「あらあら」
私と同じように、どうやらこの男も随分と気恥ずかしいことを言っている自覚はあるらしい。白磁の顔が、耳までうっすらと薄紅に染まっているのがなんだかおかしくて、ついついくすくすと笑ってしまう。
男がムッとしたように私を見下ろしてくるけれど、ちっとも怖くなんてない。ああ、かわいい人だなぁ、と、再確認するばかりなのだ。
やがて舞い遊んでいた蝶達は、徐々にその輪郭を曖昧にさせ、気付けばすべて宙に溶け、跡形もなく消え失せていた。あんなにもたくさんいたのに、つくづく魔法とは不思議なものだ。降り積もるかとすら思った鱗粉も、一粒として残っていない。まるですべてが幻だったと言わんばかりである。
なんてもったいない、と残念に思っていた私は、そうして、ふいに思い出した。
「そういえば、一つ伺いたいのですが」
「なんだ?」
「十三歳の時の蝶は、最後にリボンの姿になって、わたくしの右手の小指に止まってくれました。けれど、解いたらそのまま消えてしまったのが、今でも残念でなりませんの。どうしてあのリボン、手元に残るようにしてくださらなかったのですか?」
思い返すだに惜しいことをした。まさかずっとリボンを付けたままでいられる訳がなかったのだけれど、それでも消えてしまうことが解っていたら、できる限り解かないように気を付けながら、少なくとも数日間すごしていたに違いない。
それなのに、何の説明もなく、あのリボンは消えてしまった。当時の返信の手紙には書かなかった恨み言が、今になって込み上げてくる。
せめて一言カードにでも記してくれれば、と男のことを睨み上げると、男はぐっと言葉に詰まってしまった。
おや? 予想外の反応だ。
てっきり「大したことじゃないだろう」とでも言って、諦めるように促されるかと思ったのに。
これはもしや、この男にはこの男なりの理由が……? と、じっとその花よりも華やかなかんばせを見上げていると、やがて男は、ぼそりと呟いた。
「……お前が喜んでくれるか解らなかったからだ」
小さな呟きに、ぱちりと瞬きをする。予想外の台詞だった。
どういう意味かと視線で先を促せば、男は散々視線を泳がせた後、やがて深く溜息を吐き、いかにも不承不承といった様子で続ける。
「使ってもらえなかったら、立ち直れない。現に、養父上が、リボンの髪飾りを贈ったと聞かされたからな。どうせお前のことだから、俺からのプレゼントよりも、養父上からのプレゼントを優先するだろう?」
「そんなこと……」
「ないのか?」
「……も、黙秘権を使わせていただきます」
私が目を逸らしてそう続けると、男はほら見たことかと言わんばかりに半目になった。男の言う通りである。現在ならばともなく、十三歳の時点で私がこの男とランセントのお義父様を天秤にかけると……うむ、やはり黙秘権が必要だ。
こ、こんなはずではなかったのに。男のことをからかうだけのつもりだったのに、何故私がこうも責められなくてはならないのか。いや、この男としては責めているつもりはなく、事実を述べているだけのつもりなのだろうけれど……事実が真実であるだけに、私は何も反論できない。
当時から私のことを想っていてくれたらしいこの男。齢十二歳の少年に、私は、もしかしなくても、結構酷いことをしてしまっていたのではなかろうか。
今更ながらとっても申し訳ない。何と申し開きをしたらいいものかと男の顔色を恐る恐る窺っていると、男はそんな私を見下ろして、にやりと口の端をつり上げた。あ、これ、意地悪するときの笑い方だ。
「別に構わない。そうと知っていたからこそ、俺はああいう形のプレゼントにした。それを今でも恨めしく思ってくれるなら、俺にとっては願ったり叶ったりの結果だ」
ざまをみろ、とうそぶいて、小さく笑う男に、私はやっぱり何も言えなかった。悔しいけれど、何も言えるはずがない。
十三歳当時の私よ、やはり後悔は後で悔いるから後悔なんだぞ、と言ってももう意味はないのだ。
だから代わりに、私はこれからのことを口にする。男の腕の中で身体を反転させて向き直り、男の前に両手の手の平を見せた。
ぱちりと瞬く朝焼け色の瞳に笑いかけて、とっておきの問いかけをする。
「ねえ、エディ。あの時は右手の小指でしたけれど、今ならばあなたはどの指を選んでくださいますか?」
「――――それは、もちろん決まっているだろう」
愚問だな、と笑った男は、私の左手を取り、その薬指に唇を寄せた。
既に男と揃いの銀の指輪がはめられた指。永久売約済みのその指に落とされた口付けに、私は胸いっぱいの満足を抱き締めながら笑い、私もまた男の左手の薬指に口付けを落とし、改めてこの想いを男に誓ったのだった。




