【SS】恋なんて!
妻編後のとある日。フェルナンとエディ。
フェルナン・ヴィア・アディナは激怒した。
必ず、かの邪知暴虐の魔法使いを除かねばならぬと決意した。フェルナンには色恋沙汰は解らぬ。フェルナンは、王都に住まう貴族嫡男にして、次代の魔導書司官である。あらゆる本を読み、魔導書を転写して暮らして来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。
――――と、いう訳で。
「勝負だ、エギエディルズ!」
「またか」
びしぃっ!!と人差し指を突き付けて、フェルナンはその邪知暴虐の魔法使い――すなわち、不本意ながらも自身の三つ年上の幼馴染にして、これまたこの上なく不本意ながらも愛する姉フィリミナの夫であり、つまりは自分にとっては義兄にあたる、我が国における王宮筆頭魔法使い、エギエディルズ・フォン・ランセントに向かって怒鳴りつけた。
ここはアディナ家の応接室だ。そこにエギエディルズ以外の姿はない。ならばフェルナンが遠慮する必要はどこにもなかった。フェルナンは誰の目にも見咎められないのをいいことに、それはそれは堂々と、思い切り乱暴に扉を開けて、これまた堂々と礼を欠いた仕草……すなわち、人差し指で他人を思い切り指差すという真似をして、声を張り上げたわけである。
フェルナンの愛する姉でありエギエディルズの妻であるフィリミナ・フォン・ランセントが、母であるフィオーラに「久々に一緒にお出かけしましょうか」という誘いを受けたのが、若きランセント夫妻のアディナ家訪問の発端であった。
なかなか満足に取れないせっかくの休日にゆっくり妻と過ごせないことを不満に思っているに違いないエギエディルズを連れて、フィリミナは実家であるアディナ家へとやってきた。そしてそのまま「行ってまいりますね」と、至極あっさりさっぱりすっぱりと、もの言いたげな夫を残し、フィリミナは母と乳母と共に出かけてしまった。
そうしてアディナ家に残されたのは、妻に置いてきぼりを喰らったエギエディルズと、同じく置いてきぼりを喰らったフェルナンである。
叶うことならば自分もついていきたかったとフェルナンは思うが、母と姉、そして乳母が過ごす時間を邪魔したい訳でもなかったので諦めた。あの三人はフェルナンのことを邪魔だなんて思わないだろうけれど、女性同士でしかできない話もあるのだということを、フェルナンは幼い頃からその三人から教え込まれてきた。
だからこそこうして自宅であるアディナ邸に残り、手持無沙汰に留守番役を務めているエギエディルズに勝負を挑む運びとなったのである。
唐突であるとは言うなかれ。先程エギエディルズが口にした通り、フェルナンがエギエディルズに勝負を挑むのは、何もこれが初めてではない。それこそ、何度でも、何度でも、愛する姉が普段浮かべている穏やかな笑みを苦笑へと変えるほどに、繰り返しフェルナンはエギエディルズに勝負を挑み続けてきた。そして、非常に悔しいことに、何度でも、何度でも、負け続けてきた。
だが、それでもフェルナンは諦めない。愛する姉を奪ったこの男に、一言「まいった」と言わせてやりたい。そして姉に、「フェルナン、おめでとう。流石わたくしの自慢の弟ね」と笑いかけてもらいたい。それは何歳になっても変わらない、フェルナンの人生の命題となっていた。閑話休題。
とにもかくにも、母と姉と乳母の目がないのをいいことに、今日も今日とてフェルナンは、憎き悪の魔法使いに勝負を挑む訳である。
だが、フェルナンの威勢のいい声音にも、その勝負を挑まれた相手であるエギエディルズは、大層面倒臭そうに溜息を吐くばかりだ。
その物憂げな仕草を、世間は絵姿に残したいほどに美しいと持て囃すのだという。世も末だ。まったくもって忌々しいことこの上ない。
「俺は忙しい。お前の相手をしてやっている暇はない」
「……僕の目にはお前が暇を持て余しているようにしか見えないんだが」
「気のせいだ」
「どこがだ!」
エギエディルズの手にあるのは、アディナ家に昔から貯蔵されている本の内の一冊である、とある植物図鑑だ。挿絵が特に重んじられる図鑑よりも、文字でびっしりと紙面が埋め尽くされている類の本を好むエギエディルズが読むにしては珍しいと言える本だろう。
アディナ家には、世間から忘れ去られた貴重な書物が数多貯蔵されている。現アディナ家当主であり、つまりはフェルナンとフィリミナの実父である、当代魔導書司官ラウール・ヴィア・アディナの許可が無ければ読めないものばかりだが、エギエディルズは魔法学院を卒業した時点で、好きなようにどれでも手に取っていいと許可されているはずだ。
収集家が涎を垂らすような貴重書をさておいて、今は植物図鑑なんて読んでいるエギエディルズは、その内容を頭に入れる気などないに違いない。ようするに、本当に暇潰しなのだ。それなのに、「忙しい」とはこれ如何に。
ぐぬぬぬぬ、と歯噛みしたフェルナンは、ツカツカと大股で、ソファーに座っているエギエディルズの元まで歩み寄る。
そして、妻に置いてきぼりを喰らって内心あまり機嫌がよろしくないであろう大人げない魔法使いの目の前に、一通の手紙を突き付けた。
「何だ」
「ここに、姉上が行きたがっていた国立美術館特別企画展の招待状がある」
そのフェルナンの台詞に、エギエディルズは自身の朝焼け色の瞳を、ゆっくりと瞬かせた。その反応から、エギエディルズが自身の話を聞く気になったことを確認して、フェルナンはフフンと鼻を鳴らして笑う。
エギエディルズの手が伸びて、フェルナンの手から『国立美術館特企画展招待状』をさらおうとするが、その白い手が招待状に触れる寸前で、フェルナンはすっとそれを懐へと隠した。エギエディルズの整った眉がひそめられ、その美貌が険しいものへと変わる。
歴戦の戦士すら震え上がり降参するに違いない、凄絶という言葉が大層似合う、それはそれは恐ろしい表情だ。だが、フェルナンにとっては今更すぎる表情である。昔から大体こういう表情か、それとも感情の窺い知れない無表情かのどちらかばかりを浮かべていたのがこのエギエディルズという男だ。幼い頃ならいざ知らず、いい加減フェルナンだって慣れもする。というか、こんな表情に怯えるような根性で、この男に勝負を申し込めるものか。姉上、僕は負けません。
そう内心で呟くフェルナンを、エギエディルズはソファーに座ったままぎろりと見上げた。
「今回の特別展の招待状は一般には出回らなかったはずだ。俺ですら手に入らなかったそれを、何故お前が持っている?」
「生憎、僕はお前とは違って交友関係が広いんだ。そもそも僕だって国立図書館の書庫勤めだということを忘れたか?」
この王都におけるもっとも大きな国立美術館は、毎月、特別企画展を催している。その内容は王宮の奥深くに眠る国宝の展示であったり、新進気鋭の芸術家による前衛美術の展示であったりと様々だが、その中でも今月の企画展は特別なものだった。
何せ、魔導書の展示なのだ。それも、魔法言語だけではなく、その美しい挿絵にも魔力が込められた、禁書の類に一歩足を踏み込んでいる魔導書の類の。それらは普段は国立図書館の書庫の最奥に封印されているものばかりである。
その貴重なる魔導書を展示するにあたって、父と共に最近忙しくしていたフェルナンだったが、その対価がこの招待状だった。
第十四代魔導書司官の第一息女として生まれ、幼い頃から本に慣れ親しんでいたフィリミナは、此度の特別展に大層興味を示したが、招待状がなければお目にかかることはできないということ知った際には、とても残念がっていた。
だからこそ、エギエディルズがこの招待状を得ようと動いていたことを、フェルナンは知っていた。そしてその招待状が、エギエディルズには届かないということもまた、フェルナンは知っていたのである。
エギエディルズの元に招待状が届かないのはもっともな話なのだ。何せ、『今更』なのだから。王宮筆頭魔法使いたるエギエディルズが個人で見るだけならば、わざわざこんな招待状など必要ない。どんな時であろうとも、いくつかの手続きを踏めばわざわざ展覧会に足を運ばなくとも閲覧できるのだから、わざわざ今回、限られた数しかない招待状が用意される訳もない。
それが今回は仇となったと言えるだろう。一般人であるフィリミナは、その招待状がなければ特別展に足を踏み入れることは叶わないのだから。エギエディルズは自身の権力でもって、妻のためになんとか招待状を得ようとしていたらしいが、その妻本人に「職権乱用も大概になさいませ」と苦言を呈されてしまったらしい。はっはっはっ、ざまあみろ。
「お前が僕に勝てたら、これを譲ってやってもいい」
本当はフェルナンが姉と二人きりで、エギエディルズには黙って展覧会に赴いてもよかった。
だが、姉と結婚してからのエギエディルズは、フェルナンの相手をする必要がなくなったと判断したらしく、フェルナンがあの手この手で勝負を挑んでもすげなく断ってくるようになったので、この招待状をネタに、エギエディルズに吠え面をかかせてやろうと思ったのである。
姉が聞けば「あなたったらまた無謀なことを……」と溜息を吐かれるに違いないということに、当の本人ばかりが気付いていない。
とにもかくにも、今回のフェルナンには、勝機があった。負ける要素が見当たらなかった。
「いいだろう。乗ってやる」
――――かかった。
フェルナンは内心でニヤリと笑った。見ていてください姉上、僕はこれからこいつに目に物見せてやります。僕が勝利を手にしたあかつきには、一緒に展覧会に行きましょう……などと思いつつ、フェルナンはエギエディルズの正面に位置するソファーへと腰を下ろす。さて、ここからが勝負どころだ。
「それで? 何で勝負をするんだ?」
昔から、フェルナンが勝負を挑むとき、いつもこんな風にエギエディルズは問いかけてくる。どんな勝負を持ちかけられても、自分が負けることなどありえないと言いたげに。そして実際に、エギエディルズはフェルナンが持ちかけるいかなる勝負にも負けたことがない。盤上遊戯も、剣の試合稽古も、何もかも。姉に関わらないことであれば、勝利になんてちっとも執着しないくせに。
姉に関することになると、途端にこの男は誰よりも強くなる。いかなる容赦もなく、完膚なきまでに相手を叩き潰してくれる。そうやって叩き潰されてきた輩を何人もフェルナンは見てきたし、その中の一人が自分であることもまたフェルナンは理解していた。まあ自分の場合、何度叩き潰されてもそのたびに復活を遂げては飽きることなく勝負を挑み続けている訳だが。
ああ本当に、憎たらしいったらない。むかつく。大嫌いだ。
幼い頃から何度も繰り返してきた台詞を内心で吐き捨てて、フェルナンはその異性受けのよい顔立ちに、愛する姉とよく似た微笑みを浮かべてみせた。
「今回の勝負は、姉上の素晴らしいところをいくつ挙げられるか、だ」
これならば自分が負けるはずがない。フィリミナの一番側にいたのは、この自分、フェルナン・ヴィア・アディナなのだから。
自信満々に勝負の内容を口にしたフェルナンを見て、エギエディルズの朝焼け色の瞳が再び瞬いた。そして、そのままいかにも呆れたと言わんばかりに眇められる。
「割と前から思っていたんだが、お前、実は結構馬鹿なんじゃないのか」
「うるさい! 僕はただ姉上を愛しているだけだ! とにかく始めるぞ」
「うるさいのはどっちだ。解った解った。先攻は譲ってやる」
「ふん。吠え面をかくなよ」
思ったよりもあっさりとフェルナンが提案した勝負の内容を受け入れたエギエディルズに疑問を抱かない訳ではなかったが、この際それは横に置いておくことにした。自分は愛する姉の長所を挙げるだけだ。
思い浮かべるだけだけで心が浮き立つ姉の笑顔を脳裏に描きながら、フェルナンは口を開いた。
「まず、姉上はお優しい」
「安直だな」
「……声も柔らかくて聞き心地がよくて、昔から、物語の読み聞かせしてもらうとすぐに眠くなるくらいだった」
「それはお前が幼かったからだろう。俺達よりも先にさっさと寝入ってしまうくせに、起きるたびに俺達ばかりずるいとお前は泣きべそをかいていたのだったか」
「…………料理がとてもお上手だし、お茶を淹れるのもお上手で」
「まあ貴族の令嬢としては本来あるべき姿ではないがな」
「………………手先が器用だから、手芸の類はお手の物なところもポイントが高い」
「確かに手先は器用だが、あれは人並みじゃないか?」
「……………………おい、エギエディルズ」
「なんだ」
「さっきからお前は、姉上を愚弄しているのか?」
地を這うような声音でフェルナンが問いかけると、心底意外だとでも言いたげにエギエディルズは肩を竦めた。
「愚弄も何も、事実だろう」
「……ああ、姉上。どうしてこんな女性の心が解らない朴念仁と結婚なんてしてしまったんですか……?」
突き詰めて言ってしまえば、フェルナンは基本的に姉のすべてを素晴らしいと思っている。だがしかし、ひとつだけ、どうしても理解できない、したくもないと思っている部分がある。
それすなわち、男の趣味だ。
この目の前の顔と頭と権力しかいいところのない男を選んだ姉の趣味だけは、どうしても受け入れられない。
もしかしたら、それが恋というものなのだろうか。色恋沙汰は解らない自分には解らない。だって姉上以上に素晴らしい女性なんていないし。
姉は「早く素敵なお嬢さんを見つけなさいな」と言うけれど、こればかりはどうしようもない。僕が『こう』なのは、姉上にも責任がありますよ。そう言ったら姉は大層困ったように眉尻を下げるに違いない。
まあ、いい。いいだろう。そんなことよりも勝負の続きだ。
まだまだ言い足りないが……そうだ、これを言っていなかった。この男だって否定することが叶わない、何よりも尊ぶべき姉の美点。それは。
「何より、姉上はお美しい! 姉上よりも綺麗な笑顔を浮かべる女性なんてどこにもいない!」
これでどうだ!と瞳を輝かせてフェルナンは叫んだ。そうだ、そうだとも。結局そういうことだ。姉の美点なんて数えきれないほどあるけれど、フェルナンが手放しで認める姉の美点はそれだ。
大輪の薔薇でも百合でもない、野に咲く小さな名も無き花のような笑みは、目立つものではないけれど、自然とフェルナンの目を惹き付ける魅力的な笑みだ。
そしてそれは、自分に限った話ではない。この男だって、姉の笑顔には敵わない。
「……なるほど」
フェルナンの言葉に、エギエディルズは一つ頷いた。ほら見ろ、と、フェルナンは勝利を確信して胸を張った。この男が姉のどんな美点を挙げようとも、フェルナンが挙げた美点以上に説得力のある美点となるとは思えなかった。
姉上、僕は今、ようやくこの男を打ち負かしました。一緒に展覧会に行きましょうね、と笑みを零すフェルナンの笑み崩れた顔をしばし眺めていたエギエディルズは、やがてその唇に、小さな笑みを刷いた。
「ならば、次は俺の番だな」
――――その、瞬間だった。
たった一言、エギエディルズがそう口にしたその時、その表情が激変した。ただ少しばかり、その切れ長の瞳の眦が柔らかく細められただけなのに。それなのに、それまでの表情とはまるで異なる表情になった。エギエディルズの朝焼け色の瞳に宿る光は優しく甘く、そのまま自身が纏う雰囲気をも塗り替える。
エギエディルズの纏う雰囲気が変わったことで、この応接室の空気もまた塗り替えられた気がした。
そしてその薄い唇を開くエギエディルズの瞳には、もうフェルナンの姿など映ってはいないのだろう。
ただその視線の先にいるのは、今はここにはいない、フェルナンの愛しい姉である、エギエディルズの妻――フィリミナ・フォン・ランセントだけだ。
「俺の髪を梳いてくれる手はとても温かく、柔らかく、そして優しい」
「……」
「俺に愛を囁いてくれる声は柔らかく、聞き心地よく、そして甘露のように甘い」
「…………」
「俺のために作ってくれる料理はどれもうまいし、俺のために入れてくれる茶はいつも香り高く、俺のために縫ってくれる手芸品は既製品には劣るが、どれも丁寧で俺への愛情が込められていると一目で解るものばかりだ」
「………………」
「何より、フィリミナが俺だけに向けてくれる笑顔ほど美しいものを、俺は知らない」
一つ一つ、まるで美しい詩歌を諳んじるかのようだった。言葉には言霊が宿るという。エギエディルズが語ったその一つ一つの言葉に、途方もないほどの想いが込められていることに気付かないほど、フェルナンは鈍くはない。特に、愛する姉のことに関しては。
知らず知らずのうちに握り締めていたフェルナンの拳が震える。そしてその唇が戦慄いた。
「……………………ひ」
「ひ?」
ことりとエギエディルズは首を傾げた。そのやけに幼く見える表情を、これほどまで憎たらしいと思ったことは今までに一度もない……ことはなく、割と何度も幾度となくあるが、それでもフェルナンは再びそう思わずにはいられなかった。
この男、この男、この男という奴は!
「卑怯だぞ貴様あああああ!!」
フェルナンが力の限り叫んでも、エギエディルズは「何のことだ?」といけしゃあしゃあと涼しい顔で更に首を傾げてみせるばかりだ。そんなエギエディルズを、フェルナンは半ば涙目になって睨み付けた。
『何のことだ』も何もない。解っていて言っていやがるこの男。フェルナンが挙げたフィリミナの長所を、このエギエディルズという男はすべて、自分のためのものだと断言してくれやがったのだ。
なんて傲慢だ。なんて慢心だ。どの口がそれを言うというのか。散々姉のことを待たせて、傷付けてきたくせに。それなのにこの男は、姉のすべてを解っているかのような口を利く。本当は何一つ解ってなんていないくせに。
けれど、きっとこの男のこんな台詞を聞かされたら、フェルナンの愛する姉は、気恥ずかしそうに微笑むばかりなのだろう。決して否定なんてしないのだろう。
解っている。本当は、自分だって解っているのだ。愛する姉が一番美しいのは、この男の隣に立っている時なのだと。平凡と言われる容姿の姉は、その時は何故だか不思議と、この絶世の美貌を持つ男の隣に並んでも何ら見劣りしないほど美しく見えるのだ。
姉のことを普段素直に褒めることなんて滅多にしないくせに、こういう時ばかりこの男は姉のことを、まるで自分のことのように……いいや、自分のことよりももっとずっと、何よりも誇らしげに語るのだ。
まったくもって嫌になるって言ったらない。なんだこれは。意味が解らない。ものすごい敗北感である。そう、敗北感。
フェルナン・ヴィア・アディナは、今回もまた、エギエディルズ・フォン・ランセントの前に、大敗を喫した。
「覚えてろエギエディルズ! 次こそ貴様をぎゃふんと言わせてやる!!」
「ほう、それは楽しみだ。せいぜい頑張ることだな。それよりも、さっさと招待状を渡してもらおうか。フィリミナが帰ってきたら早速足を運ばせてもらうことにしよう」
「~~~~ッ!!」
ばしこーん!とフェルナンは招待状をテーブルに叩き付ける。「乱暴だな」と笑みを含んで続ける男が、とにかくもう憎たらしい。こいつ殴りたい。どうせ避けられるか片手で受け止められて終わるに違いないけれど、一矢報いたいと思う自分は誰にも責められないに違いない――と、そこまで思ったフェルナンの脳裏に、愛しい姉の優しい笑顔が浮かんだ。
その笑顔があまりにも眩しくて、フェルナンは、この野郎、と内心で吐き捨てた。きっとあの姉は、フェルナンがこの男を殴ったら、とても悲しそうな顔をするだろう。それはフェルナンの望むところではない。
フィリミナが次に笑うのは、きっと、フィリミナにとっては夫であり、フェルナンにとっては『邪知暴虐たる魔法使い』たるこの男からこの招待状を受け取る時だ。
その時姉は、きっととても嬉しそうに、誰よりも綺麗に笑うのだろう。その笑顔は、たとえ自分が招待状を渡しても得られるものではない。この男だからこそ見られる笑顔なのだ。
それが悔しくて、フェルナンはぎりぎりと歯噛みした。誰が義兄上などと呼んでやるものかと最早幾度目かも忘れてしまった決意を改めて新たにして唸るフェルナンを、エギエディルズは招待状を片手にくつくつと喉を鳴らしながら見つめている。そんな些細な仕草すら、嫌味なくらい美しい。
姉がこの男の隣で美しく笑うように、この男もまた、姉に関わることになるととびきり美しくなる。恋なんて、恋なんて、まったくなんて厄介なものなのか。やっぱり自分にはまだ恋なんて解らない。
それにしても、ああ! ああ! ああ! 本っ当に憎たらしいこの男!
そうして、フェルナン・ヴィア・アディナの連敗記録は今日もまた更新され、此度の対決は幕を閉じることと相成ったのであった。




