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第2話 暴走勇者対策会議

 翌日、粉雪家に帰って来た私はさっそく冬香と共に雪守家に向かう。


「久しぶりの実家はどうだった?」


「お金持ちと庶民の差を実感して来たよ。」


「何よそれ。」


 冬香はクスリと笑う。


「あとは私の部屋が無くなってお父さんの書斎になってた。だから客間にお布団敷いて寝たくらい。もう「私の家」って粉雪のお家なんだなって思ったよ。」


「それは何よりね。」


「冬香こそ私がいなくて寂しかったんじゃないの?」


「そうね、お仕事が捗ったわ。すぐお茶にしたがるお嫁さんがいないから。」


「じゃあ年末年始はゆっくりできるね。」


「…あなたの元同僚の暴走がなければそのつもりだったんだけどね。」


 ヤブスネーク!でも航の暴走、私は悪くないよなぁ。むしろすぐに気付いた事を褒めて欲しいくらいだ。


 雪守の家に着くと居間に通される。渚さんと雫さんが既に待機していた。


「お疲れー、わざわざご足労ありがとね。やっぱり関係者から直接話を聞いときたくて。久世さんももうじき来てくれるよ。」


「やっぱり有里奈も来るんだ…。」


「勇者くんと一番仲良かったんやろ?電話でも良いって言ったんやけど、来てくれるって事やったから。」


 少し待つと有里奈が案内されて居間にやって来た。


「みなさん、こんにちは。」


 丁寧な挨拶をする有里奈。あ、これ機嫌が悪い時だ。この子は機嫌が悪いと気心の知れた相手でもこんな風に慇懃になる。


「久世さん、わざわざありがとね。」


「いえ、元身内の不始末なので。」


 有里奈が着席すると渚さんがパソコンを操作して、テレビに画面を出力した。


「じゃあ早速始めよか。昨日かのんちゃんから連絡貰ってすぐに色々と調べたんやけどね、実は勇者君の異世界トークはしばらく前からファンの間では有名やったらしくて。どうもファンクラブ内では何ヶ月か前からそんな話をしてたらしい。

 その経験を元に今回の歌を作ったって事で今回話題になってるっぽい。あと人気アニメとタイアップしたからテレビでも話題になったって経緯やね。

 それでファン間では勇者君…KOHの異世界時代の彼女の「アリナ」って誰だって少し話題になってる。」


「ん?そこまで言っちゃってるんですか?」


「いや、匂わせやね。これ見てみ。新曲の歌詞の一部。」


 そう言って渚さんがパソコンを操作すると、画面に映し出される歌の歌詞。


 ― あれからどれだけ経っただろう

 ― 理想に近づけただろうか

 ― 長い道を今も歩く僕は

 ― 明日を探し続けている


 ― 今ならきっと言えるはずさ

 ― 幸せを掴み取れ その手で

 ― 天を仰いだその瞳は

 ― 流浪の日々に終わりをみつけたよ


「恥ずかしい詩ね。私ならこんな詩を書きましたって全世界に発表するくらいなら死んだ方がマシだと思うわ。」


「あはは、コナちゃん辛辣やねー。」


「中身のないペラペラの歌詞じゃない。」


 冬香はこの歌詞がお気に召さなかったらしい。一方で私は、この歌詞に隠されたメッセージに気が付き戦慄していた。


「…かのん?」


「冬香…こいつはヤバい…、ヤバすぎる…。」


「かのんちゃん、一瞬で気付くなんて流石やね。」


「どういうこと?」


「縦読みしてみて。」


「縦読みって?」


「歌詞のそれぞれの行の一文字目だけを順番に読むことだよ。」


「一文字目?あ、り、な、あ…、い、し、て、る。…キモッ!」


 メッセージに気が付いた冬香は素直な感想を付け加えた。


「これを見てみんな航の恋人が「アリナ」って名前だって思ったんですか?」


「これは一部の熱心なファンがそうかもって言ってただけで、偶然の一致って声も大きかったんだけど…クリスマスの日に投稿されたこっちの動画が決定打かな。」


 渚さんが再びパソコンを操作すると、動画が流れ始める。


「これは公式サイトで勇者君が「共に戦った仲間達へ」ってタイトルで載せた動画だね。」


 動画の中で航が語っている。


― みんな、この動画を見ているって事は無事に帰って来れたんだと思う。あんなに帰りたいって思ってたのに、いざ帰ってきたら心にポッカリと穴が空いたような虚しさを感じているよ。

― わけも分からず死んじまって、みんなに迷惑をかけた事を謝りたい。いや、それ以上に、みんなにもう一度会いたいんだ!みんなで会って、あの世界であった事は夢じゃない、そう確信しないと、俺は次の一歩を踏み出せないのかも知れない。そんな風に思うんだ。

― この動画を見たら俺に連絡して来てほしい。電話番号は XXX-XXXX-XXXX だ。

― 最後に、一緒になるって約束していたのに1人にしてごめん。アリナ、愛してる。


 この内容を「異世界の言葉で」語っていた航。


「久世さんとかのんちゃんは、勇者君が何を言ったからわかるんでしょ?」


「そりゃ、まあ。」


 そういう私の両腕には鳥肌が立っていた。こんな恥ずかしいメッセージ、よく全世界に公開できるなコイツ!

 私はテレビなんかでたまにある、両親への感謝の手紙を書いて本人が読むみたいな企画があるとこっちまで恥ずかしくなって見てられないんだけど今の動画はその破壊力が高いバージョンだ。


「私らには何語で話してるのかすら分かんないんだけどね。でも多分最後に「アリナ、愛してる。」って言ってるんだろうなって気がするんよ。この「アリナ」の部分だけ聞き取りやすいのと、そのあとの「シーメイル」って部分が「愛してる」かなって。」


「すごいですね、その通りです。」


「それで新曲の中にもこの言語でコーラスが入ってる部分があって、歌詞の愛してるの部分で「シーメイルー」ってコーラスが聞こえるって一部のファンが気付いてね。」


 うわぁ…。どこまで黒歴史を重ねるつもりなんだ、航。


「そうするとこれは「アリナ」にむけた歌とメッセージじゃないかって考察が話題になって、面白がってネットの記事も取り上げたりして…という要素が色々と合わさって結構話題になってしまっていたというわけよ。」


 私はチラリと有里奈の方を窺う。有里奈は心底面倒臭そうに画面の向こうの航を睨んでいた。


「とりあえずかのんちゃん、この動画の勇者君の言葉を翻訳してもらっていい?」


「はい、もう一回動画流してもらえますか?」


 私は動画を見ながら航の言葉を日本語に訳して伝える。


「なるほどね。詩的な表現が好きな勇者君やねー。」


「かのんは少し詩的に意訳しすぎよ。「一緒になるって約束」じゃなくてそこは「結婚しようって約束」ってストレートでいいわよ。」


「ああ、ちょっと気を遣ったのに。」


「余計な気遣いはいらないわ。今は状況を正しく伝えて。」


「はーい。」


「それにしてもかのんちゃんは同時通訳が上手やね。翻訳家にならんの?」


「異世界言語が役立つ場面があれば…。」


「あっちの言葉、文法の基本構造は比較的英語に近いから英語をちゃんと勉強したらそのまま翻訳家も行けるんじゃない?」


「かのんって英語が特異科目だから丁度いいんじゃない?」


「あら、そうなの?」


「テストだと大抵満点取ってますよ、この子。」


「あら、意外。」


「意外とは失礼な!スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャスのスペルだって覚えてるんだからね!」


「あ、やっぱり私のイメージ通りのかのんだったわ。」


「そういう長い単語とか円周率とかをひたすら覚えたがる子、昔おったわ。」


「異世界に30年もいたのにスペルを忘れないってのが凄いわよね。」


「手が覚えたんだよ。」


「さて、かのんちゃんの将来のトークはおいといて、勇者君の話しよか。で、どうしたい?」


 渚さんが私と有里奈に聞いてくる。


「どうしたいって言われても…。」


「二度と関わりたくないわね。」


 有里奈はピシャリと言い放った。


「前に街で会った時、別人のフリをしておいて本当に良かったわ。こんな非常識な事をする人と付き合ってた事が人生の汚点ね。」


「そこまで言うかあ。勇者君、まだ久世さんのこと忘れられないから暴走してるのに。」


「暴走の仕方が最悪。仮に私に気持ちが残ってたとしてもこれを見たら100年の恋も冷めるわよ。」


「まあこれはちょっと痛いねぇ…。」


 渚さんも苦笑い。


「雪守の裁定はどうなるんですか?」


「今はまだ魔力を持つ者としての管理対象で、今回の件でそこは変わらないね。なぜなら異世界云々の話で扱いを変えると、それを公に認めた事になるから。あれは厨二病を拗らせた勇者君の黒歴史って事にしてみんなが忘れるのを待つのが一番だと思ってる。

 ただ、私達が懸念しているのは彼が公の場で念力を使ってしまう可能性やね。もしもそれをした場合、問答無用で『駆除対象』になる。かのんちゃんの時のように裏技を使う余地も無い。さすがに影響力が大きすぎて擁護しようがないって判断やね。


 さて、もう一回聞くね。どうしたい?」


 航の暴走具合を見るに、このまま放置したらそうなる可能性も高い気もする。つまり渚さんの質問は「いつか雪守が彼を殺す事を許容する」か、「昔の仲間のよしみで私達から何かアクションを起こさせてもらう」かの2択を突きつけて来たと言う事だ。


 意図を理解した私は有里奈と目を合わせる。


「どうする?」


「…かのんの意見は?」


「まあそうなったら仕方ないかなって。可哀想な気もするけど、雪守の裁定が駆除対象なら異は唱えられないかな。私はもう粉雪の人間だし。」


 私の意見に目を丸くする渚さんと雫さん。あれ?そこは粉雪の嫁としての自覚が出て来たなって喜んでくれるところじゃない?冬香、そうだよね?しかし冬香も心配そうに声を掛けてくる。


「かのん、本当にいいの?一緒に戦った仲間なんだよね?」


「うん、だから残念だし可哀想だなって。でも雪守…白雪のためなら仕方ないよね。」


 20年以上会ってない友達より家ってだけなんだけど。なんでみんな微妙な表情しているんだろう。


「…私は残念ながらかのんほどには割り切れないわね。関わりたくは無いけど死んで欲しいとまでは思えないし。

 でもまあ何かするとしてもあの動画で言ってた番号に電話をして最低限の忠告をするくらいかしら。その場合ってどの程度まで話していいの?」


 なんだかんだで有里奈は航に死んでほしく無いようだ。


「うーん…。まあふんわりと命の危険を知らせるくらいなら。雪守の名前は出したらあかんし、そういう組織があるって事も伝えるのはNGやね。」


「あと、あの電話番号はおそらく数日のうちに使えなくなる。」


「そんなの?なんで?」


 これまで一言も発さなかった雫さんからから急に、こちらから航に連絡が取れなくと聞いて思わず割が割り込んでしまった。


「さっきの動画、私達はかのんが翻訳してくれたけど世の中には未知の言語でも翻訳できる人間はいくらでもいる。特に電話番号の部分は聞き取りやすく区切って話していたことと、090か080、070、050のどれかから始まっているとあたりをつけることができる。下8桁は総当たりになるけれど実は電話番号には「絶対に割り当てられない数字の並び」というものがあって、それを除外していけば残りの数字もある程度絞り込みが可能。


 …ここまでは難しいことじゃなく一般人でもちょっと頑張れば十分で可能な範囲


 実際に既にうちの解析班が20パターン程度まで番号の候補は絞ってあった。かのんに翻訳してもらった番号と照合した結果、そのうち一つと一致している。」


「はぇー…異世界の言葉で話せば秘密の話が出来るって思ったけど、そう言うものでも無いんだねぇ。」


「これだけ話題になると、解読しようという人は現れると思う。電話番号なんかは20個まで絞れれば実際に掛けてみる人も現れると思うから結果的にあたりの番号が判明してインターネットで拡散する事になる。そうなったらイタズラ電話が殺到して回線が凍結されると思う。」


 ネットって怖いな。まあ雫さんの想像も多分に入ってるんだろうけど。


「…じゃあさっさと電話した方がいいわね。ここで掛けても良いかしら?」


「ここだったらマズいこと言ったら指摘できるし、むしろ好都合やね。この電話使って。」


 はい、と渚さんから渡されたスマホを手に取り先程の番号に電話をかける有里奈。


「…もしもし、航?有里奈だけど。うん、そう。あのサイト見たわ。とりあえず黙って聞いて。死にたくなかったら間違ってもこの世界で魔力を使わないで。

 それと、私の事は忘れて。もうこっちで彼氏出来たから。

 え?だって私は偶然あのメッセージを見るまで異世界での事を忘れてんだから仕方ないじゃない。

 じゃあね、さようなら。」


 一方的に言いたい事だけ言って電話を切る有里奈。


「彼氏出来たの?」


「うるせえな、方便に決まってるだろ。」


「ハハ、じゃあ勇者君についてはこれで一旦様子見で。久世さんからの忠告も聞かずにやらかした場合はやむなしって事でええね?」


「…その時はまあ、仕方ないわ。」


 有里奈からスマホを返して貰いつつ、渚さんがパソコンを操作する。画面に昨日私が撮ったかりんの彼氏の写真が映される。


「さて、じゃあ次はこの子…かのんちゃんの妹さんの彼氏だね。昨日かのんちゃんが視たら魔力があったって事で報告貰ってたんだけど。

 名前は五反田アキト君。都内の進学校に通う3年生だね。」


「昨日の今日でもう名前が分かったんですか!?」


 雪守こぇー。


「いや、たまたまだね。この子のクラスメイトがうちの網に引っ掛かってて、身辺調査をしてたんよ。だからうちとしては彼自身はノーマークだった。」


「なるほど。偶然ってあるんですね。」


 五反田アキト君ね。あとで検索しないと。あとうっかりかりんの前でその名前を口走らないようにしないと。


「ちょっと相談なんやけど、かのんちゃんの魔力があるかどうかを「視る」のって訓練すれば出来るようになるん?」


「あれ、特に難しい事はして無いんですけど。有里奈だって視ればわかるよね?」


「分からないわよ。余程集中して視ようとすれば、その人の体から魔力が漏れてるかどうかはなんとかわかるってぐらいね。かのんみたいにちょっと視て対象の魔力の流れまで分かるどころか、魔力を扱う才能の有無までわかるって多分それ特殊な能力よ?」


「うそ!?じゃあ冬香は?」


「私も実は一般人と魔力持ちの違いって見ても分からないの。私の場合はまだ鍛錬が足りないだけかと思ったんだけど…。」


「まじかぁ。ごめん、特に意識してなかったから誰でも出来ると思ってた。いま、待てよ?無意識に目に魔力を集中させてるから呪術の使い手ならいけるかな?

 ちょっと怜ちゃんと綾音さんに確認したいところですね。」


「ああ、なるほど。雪守には呪術の使い手がおらんからか。…回復術はこの前の集中指導で雫と宮島ちゃんが使えるようになったから、次は呪術を教えて欲しいなあ。

 コナちゃん、次回の指導って年明けだっけ?」


「回復術の実戦運用使用期間が3月までじゃなかったかしら?前倒ししたいって意見は他の家からもあるみたいだから年明けの会合で提案してくれてもいいけど。

 けど有里奈さんの都合がつかないかも?」


「私はお給料が貰えるならいつでも大丈夫よ。」


 手でお金のサインを作ってウインクする有里奈。イヤらしいポーズが様になるのって一つの才能だよね。


「ありがと。じゃあそれはお正月にという事で。…じゃあ取り急ぎかのんちゃんにお願いがあるんやけど。」


 渚さんが言うと、雫さんが1着の制服を取り出す。


「これ着て、この高校に潜入調査出来ないかな?」


「はぁ!?」


 渚さんが指定した高校とは、先ほどかりんの彼氏…五反田アキト君が通う高校だった。

 

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