009
甲高い金属音が弾ける。
跳ね上げられた大剣が、寸でのところで鋭い槍の軌跡を逸らす。
だが、その勢いに押されて、金色の髪の少女はたたらを踏んだ。
かすめられた頬に走るダメージエフェクト、幼げな顔立ちが焦りに歪む。
「何やってんだか、らしくねえ」
ジークの舌打ち混じりの声を、カンナは遠いことのように聞いた。
まわりではやし立てる、野次馬の歓声も。
カンナの目にも、ユキの剣捌きが精彩を欠いているのがはっきりと見て取れた。
戦場でもデュエルでも何度も目にした大剣使いの剣と体の運び。今の動きで一度剣をふるう間に、普段のユキなら3、4撃は叩き込んでいるのではと思えた。
時折少女の体が動きを止める。口が何かの言葉を刻むが、それが音になることは無く。
「本当に剣より言葉に弱いんだから。何をおしゃべりしてるんだろうね、ユキは」
となりに立つレティシアに、カンナは顔を向けた。
「たぶん……カンディアンゴルトのこととかを」
「カンディアンゴルト……? ……ああ、そっか。オルテウスさんはカンナの元レギオンマスターか」
「そうです」
白銀の髪の少女は秀麗な眉目をひそめて、それからふぅと小さくため息をつく。
「カンナはユキのせいだって思ってる?」
それは問いかけというよりは、当たり前のことを確認するような口調だった。
カンナは首を横に振った。本気で問いかけられていたら、怒っていたかも知れない。
「全部私の責任です。私が選んでやったことですから」
今思い返せば全ての引き金を引いたことになる、カンディアンゴルトでのクロバール――聖堂騎士団との戦い。
ユキは最初一人で立ち向かっていった。ユキに続くことを決めたのは自分の意志だ。レギオンを抜けなければならなくなることまで最初から覚悟出来ていたわけでは無く、後悔が無いと言えば嘘になるが、それを人のせいにするつもりはなかった。
レティシアはカンナの方を見て、それから優しげに笑った
「それなのにね」
「教えてやって解決すりゃいいんだけどな、ユキのせいじゃねえぞって」
「そう単純じゃ無いの。頭の中まで重騎士なジーク君にはわからないかもしれないけど」
「なんだよそれ。いや、俺だって解ってるよ。そんなことぐらい。あいつ、今でも時折割り切るってことを全くしねえからな」
「煽り専門のソロプレイヤーだっていうのに、そういうところは昔と変わらず、か」
横顔に視線をやったカンナに、レティシアは小首を傾げて、それから言葉を繋ぐ。
「ユキは昔から時々……それは、レギオンメンバーに何かがあった時だったけどね。自分が何とか出来たじゃないかって考えるんだよ。人の出来ることなんて、限界があるはずなのに。あの時こうしていれば、もしかしたら。そうやって際限なく後悔しちゃうタイプ。たちが悪いのは本人に自覚がないところでね」
「それは……」
なんだろう、それは。
普段からあんなふざけたことしか言わないくせに。
人のことを踏みつけてにこにこしているろくでなしのくせに。
これは自分の選択の結果。そんな風に誰かに何とかして欲しいだなんて思わない。
それなのに、自分で勝手に後悔して苦しむだなんて。
なんて。
カンナは、屋根の上で剣戟を交え続ける、金髪の少女を睨み付けた。
ユキはどんな言葉をオルテウスと交わしているんだろう。
もし、オルテウスがユキのことを責めているなら、それは違うと思う。
責められるべきは自分だ。自分の意志で聖堂騎士団のやり方を許せないと思い、自分の意志で戦ったのだから。
オルテウスに迷惑をかけてしまったことさえ、ちゃんとまだ謝れていないと思う。
そして、ユキが自分のせいだなんて思っているんだとしたら……思っているんだとしたら……。
胸の奥に焼け付くような焦燥ににたものがわき上がってくるが、果たしてそれが何なのか、カンナにはわからなかった。
今すぐに飛び出して行きたい。
だけど……既に始まってしまった戦いは、決着がつくまで終わらない。デュエルに他の余人が介入することは許されないのだ。
大剣が流星のように幾筋も尾を夜空に描き、ハルバードの円月の刃が月光を映す。
ユキのヒットポイントゲージは先ほどの一撃でわずかに削られているが、まだお互いほとんど無傷と言って良いような状態だった。デュエルは制限時間モード。既に残り時間は半分を切っている。
まるで舞台劇のように衆目に晒され続ける、そのデュエルを、カンナは唇を引き結んで見つめ続けた。
◆ ◇ ◆
右から、左から、あるいは正面から真っ直ぐ。
次々に繰り出されるハルバードの攻撃を捌く。
だけど、その一撃一撃を受ける度に体勢を自分の思うとおりにコントロール出来ずに、嫌な焦りばかりが蓄積していく。
まるでオルテウスの攻撃は絡みつく蛇のように変幻自在だった。
……それなのに、こちらの攻撃はいとも簡単にはじき返される。
「いっ……やああっ!」
連撃が緩んだその隙間に繰り出した、狼の牙。たとえ熟練の重騎士を相手にしてもあらゆるガードを貫いてきた一撃。
だが、槍の柄に受け止められて、轟音とエフェクトだけが派手に散る。
「どうしたんだい、最初のただの一撃の方がよっぽど重かった」
余裕の乗るオルテウスの言葉に、俺は唇を血が滲むほど強く噛みしめた。
戦いに没入出来ていないという自覚は、間違いなくあった。だけど、その理由、ここまで揺さぶられる理由がわからずに。
「……人の気を散らすようなことばかり言うからさ」
「私は私の考えを伝えさせて貰ってるだけだ。それで気が散るというなら、君自身に何か思うところがあるんだろう」
「私はこうやって戦いたいから戦うだけだ!」
振り下ろしの強撃を、無造作に放ってしまった、と気付いたのは既にスキルエフェクトが煌めいてからだった。
十分に狙いの定められた両手槍系統武器の共通スキル『風車』 高速で回転するハルバードが清冽の剣の側面を叩き、体勢が横に崩される。
「くあっ……!」
よろけたところに、鋭い突きを貰い、肩口に鈍い痺れが走る。
地面にぶざまに倒れ込んで、なんとか続く攻撃を躱す。跳ね起きてとびずさったすんでのところを横薙ぎの一撃がかすめた。
「……別にPKだとか煽りだとかそれ自体が悪いだのと言うつもりはない」
オルテウスはあくまで冷静だった。
荒く息をつき、心臓が早鐘を打つ。乱れる意識に構えを安定されることもできない俺に、そんな淡々とした言葉が降り注いだ。
「それもゲームの遊び方の一つだからね。だけど、そこに筋が通ってないなら私は、認めない。遊びに筋だの何だのバカらしいという人もいるけれど……私は、ね」
「そんなこと、私だって……っ!」
……俺だってそう思っていた。レギオンマスターを辞めてから、こういうスタイルを貫こうと決めて、やってきたんだ。
気に入らないものはこの剣で片をつける。レギオンマスターをやっていた時は、色々なことがあって、レギオンのみんなの意見を聞こうと思いながら、それに振り回されて、色々一人で思い悩んで。そして、結局、望んでいた結果にはたどり着けなかった。
だから、それからは他の人がどう思うかとかそんなことは関係無く、ただ自分が気に入るか気に入らないかそれだけを信じて、そして自分一人の強さだけを武器に挑み続けようと、そう思っていた。
だけど、本当にそれが、俺がこのプレイスタイルを選んだ理由だったんだろうか。
……オルテウスの言葉は。
俺がそういうプレイスタイルを貫いた結果、カンナはレギオンを抜けなければならなくなり、オルテウス……エルドールも一人のレギオンメンバーを喪うことになった。あの時のキャメロットのように。
その見方を変えれば当たり前の事実に一度辿り着いてしまったら、連なる記憶が頭に浮かんでは消えていくのを止めるのは、もう不可能だった。
――じゃあね、ユキ。
キャメロットを抜けて、銀剣も引退すると伝えられた時、あの子が最後に見せた寂しそうな顔が、脳裏に浮かぶ。
そんなのは、もう二度ごめんだって、そう思っていたのに。結局繰り返してしまったのかと。
結局間違った理由でこの道を選んで、そしてまた間違った結果に辿り着いてしまったのではないかと。
デュエルの制限時間はもう後わずか、残時間のカウントダウンが耳障りな音を刻見始める。
「……うああああああああああっ!」
……負けるわけには行かなかった。自分が間違っていたと認めないために。
俺はもう一度狼の牙を起こした。
なんとか一矢報いようとしたスキルは、だけど、当たり前のように、いとも簡単に軌道を逸らされ。
「君の言う信念は、その程度か」
オルテウスのカウンターの一撃が眼前に迫る。貰っていれば残りのヒットポイントゲージは消滅していただろう。だけど、その当たり判定が発生する直前で、タイムアップの鐘が鳴った。
――You Lose
システムフォントの無表情なそんな文字が、事実を無慈悲に告げる。
「ユキ!」
俺は声のした方に、力なく顔だけを向けた。
観衆に混じって、こちらを見上げる、黒髪の同級生の女の子。引き結ばれた唇が言葉を紡ぎかける。
だけど、俺はその言葉を聞くのが怖くて、どんな表情をしているのか、それさえ直視できずに。
無様にも。
システムメニューから、ログアウト、その文字の上に右手の人差し指を、滑らせた。
更新遅くてすみませんorz
少しシリアス路線継続中です。自分でもこんなに真面目そうな話にするつもりはなかったんですが。筆の導くままに……
まぁしばらく踏んだりもしていないので、そちらもやっていかないとね(何




