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004

 自分の部屋。特に何が特別なインテリアがあるわけでもなく、ベッドと本棚とPCデスクだけの殺風景な空間だけど、自分だけの空間だという安心感に、ここは満ちている。


「もう何が何やら……」


 夕食を気もそぞろに流し込んで、俺は二階にある自分の部屋へと上がってきた。インターフェースをほとんど無意識に手にとってしまったものの、すぐにあちらの世界に行く気にもならず、ベッドにごろりと横になる。

 喫茶店での出来事を思い出すだに、なんとも言えない気分になった。


――藤宮さんが、あのレティシアだなんて……。


 公衆の場でヘンタイクズネカマ呼ばわりされたトラウマは置いておくとしてだな……。


 レティシアは銀剣の中でも一番古い知り合いの中の一人だった。本格的に一緒に遊ぶようになったのは、俺がレギオンを立ち上げてからだから、1年ちょっと前ぐらいのことだが、顔を知っていたという意味ならベータサービス時代からになる。

 レギオンを組んでからは、レティシアはレギオンのサブマスターとして、レギオン運営に戦争に、色んな面で力になってくれていた。俺がレギオンマスターだった間、銀剣のことで一番相談に乗って貰っていたのは、ジークとレティシアだったろう。

 

 藤宮さんは俺や裕真とは出身中学が違う。現実で知り合ったのは高校に入ってからだから、付き合いとしてはレティシアとしての方がずっと長い。なんとも変な感覚だった。

 栂坂さんに続いてというべきなのかは、ほら、あれは特殊ケースなので、なんとも微妙なところですけどね。

 

 そして……俺は今日、ゲームの中では久しぶりに、レティシアと顔を合わせることになる……。


「兄様、入るよー」


 自分の思考の中に沈み込んでいて、階段を上ってくる足音に気付かなかった。そんな声と一緒に、相変わらず返事を待たずに雪乃が姿を現す。


「あれ、まだ銀剣始めて無かったんだ?」

「始めてると思ったならなんで入ってきた」


 銀剣プレイ中――インターフェースをディープモードで装着している間は、外からの声は届こうはずも無い。緊急連絡用の小型マイク越しに話しかけでもすれば別だが、ゲーム中は没頭していたい俺は、それをデスクの引き出し奥深くに沈めてあった。


「何も言わずに入るのもなんだか失礼じゃない? いつも兄様が銀剣やってる時は、挨拶して入ってるよ」

「というかプレイ中に何度も不法侵入されてたのかよ……」


 こっくりと小首を傾げて、さも当然のように愚妹の口から衝撃発言。


「漫画やラノベの続き借りる時ねー。大丈夫! 引き出しの中やベッドの下漁ったりしてないから!」

「そういう問題じゃねぇ。本当にデリカシーの無い妹だな」


 だが、そう言ったところで雪乃が今後不法侵入を止めるとも思えず、俺はため息を漏らす。


「で、何の用だよ、漫画なら好きに持ってってくれ」

「んー、ううん、正直何か用事あったわけじゃないんだけどね……」


 雪乃は珍しく歯切れの悪い物言いで、俺の横にぽふっと腰を下ろした。


「面倒くさい兄様が、色々思い悩んでないかなぁと、妹心に心配しましてね」

「なんだよそれ、上から目線だな」

「ほら、兄様、レギオン解散してから、私や裕さん以外の人と全然遊ばなくなっちゃったじゃない」

「……まぁ、ソロでやってこうって決めたからな」

「それはそれで良いと、私は思うんだけど、ほら、レティシアさんと、現実で『再会』なんてことになって、なんか色々気にしてるかなぁって」

「そりゃ……気まずくないって言ったら嘘になるよなぁ」


 ゲーム内で避けていた相手に現実でばったり会ってしまったのだ。それについて藤宮さんが一言二言茶化すだけ程度だったのが、逆に怖かった。

 気まずいだけでは無い、レティシアと面と向かって話すというのは、有り体に言えばもう終わったものとして蓋をし、見ないようにしていた昔のこと……レギオンマスターとして失敗してしまった自分と、もう一度向き合わなければならないということでもあって、それは、俺にとっては古傷をなぞるようなもので、決して楽しいことでは無かった。


「ほら、そんな顔して」


 苦笑交じりの妹の声に、思わず顔に手をやってしまう。


「兄様はそうやって、ゲームのことなんだからもうちょっと気楽に考えれば良いのに」

「そうは言われてもね……それに、ゲームだからって軽く扱うの、俺は嫌でさ……」

「うん、そう言うと思ったけどね」


 ふうとため息をついて、雪乃は結わえた髪を尻尾みたいに揺らして立ち上がった。


「なんか良いアドバイス思いつかないから、もう兄様の好きなようにすると良いよ!」

「なんじゃそりゃ」


 飽きっぽいというか、ほんと物事を深く考えるのが苦手な奴だなぁと、半眼になって見送る俺を、雪乃はドアを開け際に振り返って、にっと笑った。


「私は宿題終わらせてからログインするから、そうしたら戦争行こうよ」

「……はいはい」


 ばたんと閉じるドア。

 本当に何しに来たんだと、俺は一人肩をすくめた。

 ……だけど、半年前、レギオンを解散した時、事前に何も話していなかったので、雪乃にそのことを告げると、驚かれ、そしてすごく心配された。俺自身からは詳しいことは話さなかったが、裕真に聞いたりして、そうなるに至った事情は何となく知っているらしい。

 あいつなりに気を遣ってくれてるんだろうかと思うと、有り難くもあり、自分が情けなくもあった。

 

 息を深く吸って、吐いて、気持ちを落ち着かせる。

 間違いないのは……それは、過去のことで、もはや変えようのないことだということだった。今から俺が何をしようと、何も変わらない。無かったことには出来ない代わりに、今から悪いことが起こるわけでも無い。

 そう自分に暗示のように言い聞かせて、インターフェースを被った。



―ブライマル自由都市連合 辺境の村ユミリア

 清明月 9の日


 ログインした瞬間、目の前の景色がいつもと違うことに、少し面食らった。

 栂坂さんの家でログアウトしたままだったことを思い出し、パーティーウィンドウを確認すると、カンナの名前がまだ残っていた。ただ、ログインはしていないらしく、『Kanna』の文字はノンアクティブの薄灰色をしている。


 パーティーをどうしようか、あるいは、どうするべきか、少し迷ったけれど、敢えて解散するのも不自然だし、そのままにしておくことにした。


 戦に赴くわけでも無いのだし、装備が整っている必要も無いのだが、なんとなくステータスウィンドウを立ち上げて、自分の今の状態を確認してしまう。

 ヒットポイントゲージは満タン。鎧は大分前から使っている、機動性重視の軽鎧だ。金属の無骨なパーツは要所要所に覗くだけで、布地が多く女の子らしさを損なわないところが気に入っている。

 装備スロットに差し込まれた武器は、カンディアンゴルトのクエストで名前を変えた大剣清冽の剣(オートクレール)。これから向かう先は、ある意味俺にしてみれば戦場みたいなものだったが、これを抜く機会はないだろう。


 どれも耐久値に問題なし。


 リアルでもやったというのに、ゲームの世界でももう一度、息を深く吸って、吐いて、俺は転送NPCへと話しかけた。


 行き先は、アグノシアの首都。

 この半年、決して踏み入れることの無かった、かつてのホームタウン。



 

少し忙しく、更新間隔空いてごめんなさい!

今週はもう少し書けるといいなぁ……。

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