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008

―ブライマル自由都市連合 潟の都メルドバルド

 金穂月 3の日


 メルドバルドに来るときはいつも遅刻している気がして、若干暗い気持ちで空を見上げた。

 この前も、遅刻した上に妙な騒ぎに巻き込まれて、醜態をさらしたり、まぁ踏んだり蹴ったりだった。もしかすると、メルドバルドは俺にとっては鬼門の街なのかも知れない。


 景色が美しくて、観光スポット・デートスポットとして人気で、いつでも賑やかな街なんて、それは引き籠もりネカマのネットゲーマーと相性は悪いに決まってはいるのだけど。

 見ず知らずの人が周りにいるだけでなんとなく居心地の悪さを覚えてしまうの、いつかは治って、大人になったらちゃんと社会で生きていけるものなんだろうか。


 ……渡し舟に1人で揺られている間ばかりは、そんな落ち着かなさから解放されて、ぼんやりと考えたのはブラッドフォードの言っていたことだった。


――お前がクロバールと通じてるんじゃないかってな。


「……くっだらない」


 ステータスウィンドウに映り込んだ自分の顔は、思い切り不機嫌そうだった。むくれ顔のユキちゃんも可愛いんだけど、それは置いておいて。


 面倒なことだなぁと思う。

 そんなことを言う奴が居たなら、ソロプレイヤーとしては戦場で叩きのめして嫌と言うまで追い回すだけなのだけど……だけど。

 ……色んな人と一緒に戦争を戦っていくなら、そんな風には済ませられないこと。


 どうにも戦場でケリを付けられない話は、相変わらず苦手だった。


「レティシアあたりにお任せしようかなぁ……」

「喜んでー。お代はユキちゃんとのデート権で構わないからね?」


 びくぅっと、背筋に氷を放り込まれたような怖気に跳ね起きる。

 物思いに沈んでいるうちに目的地に辿り着いていた。間抜けに停まった渡し舟に寝転んだままの俺を覗き込む、銀髪の美少女殿。


「……こんばんは」

「はいこんばんは、遅刻魔のユキちゃん」

「一応今回の遅刻は事情があってですね」

「とりあえず船から下りたら?」


 にべもなく言われて、俺は後頭部を掻きやりながら体を起こして、石造りの桟橋へと降り立った。


 メルドバルドは無数の小島から成り立つ街。その間を行き来するには渡し舟を待つしかないため、本島から少し離れるとびっくりするほど閑散としていたりする。

 そういった小さな島の一つを、俺達は待ち合わせ場所に選んでいた。イメージ的には普通の街人の邸宅といったところなんだろうか。3階建ての赤煉瓦づくりの家からは、小舟がつけられるくらいのこじんまりとした桟橋が伸びている。迎えに出てくれていたのはレティシアだけで、家の扉を押し開けた彼女に続くと、中では他の3人が談笑していた。現実でいえば不法侵入にあたるはずだが、人の家のタンスやツボを勝手に漁って薬草を奪っていっても罪に問われないゲームの世界、細かいことは言いっこなしである。


「もう、兄様遅いー。私とほとんど一緒にログインしたのにどうしてこんなに遅れるのさ!」


 丸椅子に行儀悪く座ってぶーたれたのは言うまでも無くネージュ。


「一応カンナには軽く事情は話したつもりだったんだけど……」

「誰かと話してたっていうのは聞きましたけど、知らない人の名前なんて一回聞いただけじゃ覚えられませんよ。私が連絡を怠ったみたいな言い方はやめてください」


 こちら、相変わらずツンギレのカンナさん。


「なぁに、また新しい女の子?」

「そんな人聞きの悪い……」

 

 色んな女の子にこなをかけて、やがて痴話げんかの末に刺されるような人生を送ってみたい。いや、送ってみたくはないな……。


「ブラッドフォードが話したいことがあるって言ってさ」

「へー、ユキちゃんはあんなのと楽しく話し込んで遅刻したんだー」

「急に無表情になるのやめようよ、レティシア。怖いから」


 前回のジルデールからというもの、このラウンドテーブルのマスターが、パシフィズムのマスターに対して不満を溜め込んでいることは周知の事実ではあった。これから共同戦線を張る相手なのにこんなんで大丈夫なのかと、割と心配にならないでもない。


「なんか向こうが戦争のことでちょっと伝えたいことがあるって一方的に」

「ふーん。今度戦争に関することは私を通して。私のユキちゃんに勝手に話しかけないでとでも言っておこうかな」

「レティシア大丈夫? 熱でもある?」


 いきなり何言い出してるんだろう。怒りのあまり頭のネジ何本か吹き飛んでたりして。


「で、ブラッドフォードは具体的にはなんて?」


 そう問いかけられて、俺は一瞬言葉に詰まった。


「ん……いや、戦争の話でさ。なんか策は決まったのかとか、そんなことばっかり」

「くだらないなぁ。これで必勝決まりなんて策あるはずがないのに。無能だねー」

「だから怖いってレティシア」


 ……本当のことを話せなかったのは、自分の中でまだ今一つ消化しきれていなかったのと、それから……。

 クロバールと通じてるとかそういう話になると、またカンナが気を遣うかなと思ったからで。

 レティシアあたりに任せようかな、なんて言っておきながら優柔不断ではあると思ったけれど、もうしばらく、自分の心の中に沈めておくことにした。


「ま、終わったことはおいておいて、時間も迫ってるしそろそろクエスト出発と行きますか」


 ジークが手をポンッと鳴らして、仕切り直し。


「どのクエストやるか決まってるの?」


 俺の問いかけに、ジークは共有モードのインフォメーションウィンドウを開いてみせた。


「……ロサディアールの冒険……~海が君たちを呼んでいる!~……?」


 聞いたことのないクエストだった。なんだそのサブタイトル。


「なんと今日からのイベントクエストだよ! 開始時間が決まってて、同時参加の他パーティーとの共闘イベントかいろいろあるみたい」

「へー、全然知らなかったな」


 最近は、考えて見れば、銀剣の中に外に、戦争と作戦のことばかりでロクに公式イベントもチェックしていなかった。


「折角の夏らしいイベントだしな。リアルで海とか行かねぇし海に呼ばれてもいいだろう」

「そうだねぇ、リアルで海とか頼まれても行かないしね」

「それもそれでどうかと思うんですけど……」


 突っ込むカンナもどう見ても海とかとは無縁そうな雰囲気だ。海にいってもパラソルの下でずっと本とか読んでそう。

 言い訳一応させて貰うなら、俺達の住んでる街は海からだいぶ遠いのだ。気軽に同級生と海に行こうとかそういう話にはなりにくい。まぁ、海が近かったところで、俺やカンナさんはそういう話にはなりにくい自信はたっぷりあるんだけどね。


「ロサディアールは、アル=ニグロスの南だっけ」


 流石にブライマルのマイナーな街まで全部記憶しては居ない。マップウィンドウを開いて確認すると、メルドバルトから大分南に下った海沿いにその街の名前が見て取れた。


「イベントに参加するにはメルドバルドからイベント用の特別便で行くんだってよ。豪華リゾート客船だって!」

「そりゃ殺伐な銀剣ワールドにはなんとも似合わないことで……」


 ネージュのテンションに苦笑しながら、俺はウィンドウを閉じた。

 クエストイベントの特設ページリンクも出ていたが、こういうのはなるべく下調べをしない方が面白いものだ。

 何が起こるかわかってる冒険なんて楽しくない。


 やたらテンションの高いネージュが先頭をきって歩き出して、俺達はそれに従った。


「それじゃ、クエストしゅっぱーつ!」


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