第二十一話 元没落令嬢は口説かれる
ただでさえ即断即決は苦手なのに『よく考えて決めて欲しい』なんて言われてしまっては、ますます決められなくなる。
正直なところ、勝負の行方はどちらでも構わない。
頼みごとだって、何も思いつかないし、近衛騎士様に何かを頼むことがまず、おこがましいと思うから。
私の気がかりは勝敗とは全く別のことで、オーウェン様の『信じて』という言葉が、頭のすみに引っかかって離れてくれないことだった。
たかがゲーム。なんだっていいのはわかっているけれど、オーウェン様の一言が私の心を掻き乱す。
しかも、よりによって引き上げられたのはハートのエースで……。
騎士爵で、しかも男性のオーウェン様は知らないだろうけれど、ハートのエースは『愛の告白』の意味を持っている。
そんなカードを取らないのは、オーウェン様の告白を無下にしているように思えて、ためらいが生じてしまう。
先回りしてあれこれ気になり出すともうダメで、悪い想像だけがどんどん膨らむ自分が嫌になった。
ちらと視線を送ると、オーウェン様はにこにこしながら私を見つめていて……。
私の反応を楽しむような表情に、バレないように小さくため息を吐きだした。
信じたのに騙されて、お人好しと笑われてもいいか。それで寂しくなるのは、私だけだもの。
騙されるのをおそれて疑うよりも、信じることを選んで騙されたほうがよっぽどいい。
手を伸ばし、引き上げられた真ん中のカードに触れる。
「おや、本当にそれでいいんですか?」
なんてオーウェン様は尋ねてきて『信じてと言ったのは貴方様でしょうに』と心の中で悪態をつく。
「これが、いいのです」
カードを引いて裏返すと、見えたのはハートのエース。
私の持つクラブのエースとペアになった瞬間、私の勝ちが確定し、予想外だった展開に目を見開いた。
「残念。僕の負けですね」
オーウェン様は少しも悔しそうな顔をせずに、微笑む。まるで、こうなることがわかっていたかのようだった。
「エステルは、やはり優しいです」
オーウェン様はカードを集めながらくすくす笑う。
「真ん中を取ったからですか? 裏の裏を読んでいるのかもしれませんよ」
少々意地悪な返答をしてしまったけれど、オーウェン様はわずかに考える様子を見せたあと、穏やかに微笑んだ。
「うーん。どれを取ったかは、さほど重要ではないかもしれません。僕ね、人の悪意に敏感なんですよ」
「悪意に、敏感?」
「はい。幼い頃から僕は、人の悪意を察知するのが得意でした。利用してやろう、恥をかかせてやりたい、殺したいほど憎い、とかね。そのカンは、いままで外れたことがありません」
特殊能力のようなものなのかしら、なんて考えるけれど、もしかしたら私の『どうすれば相手を喜ばせられるかが、なんとなくわかる』というのと同じなのかもしれない。
「それは、相手と話したり、表情を見たりするだけで、わかるのですか?」
私の問いかけにオーウェン様は、カードを切りながら、こくりとうなずく。
「ええ。ですが、エステル。貴女には悪意が少しも見えないんです。優しくて、まぶしすぎるくらいに」
「え……?」
思わず言葉を無くしてしまい、無言のままオーウェン様を見る。
オーウェン様はカードを置きながら、甘く柔らかく微笑んで、そっと口を開いた。
「不思議な感覚に心惹かれ、エステルをそばで見つめていました。そして僕は、いつしか貴女に恋をした」
「――っ!」
構えていないうちに告げられた甘い言葉に、一気に顔が熱くなる。
「その顔、僕にとって都合がよすぎる顔ですが。貴女に触れても?」
鋭いのにまろみのある金色の瞳が、ランプの灯に照らされて揺らめく。
慣れない愛の言葉に鼓動が速くなり、胸が苦しくて顔が熱い。
おそらくこれは、耳まで真っ赤に染まりあがっている。
これ以上顔を見られたくなくて、うつむきながら首を横に振った。
「そうですか……ですが、いまはその顔を見られただけで十分です」
柔らかな声にまた強く心臓が跳ねて、きゅっと胸が切なく締めつけられる。
それと同時に、漠然とした不安の波にさらわれてしまい、これ以上好かれてしまうのが怖くなった。
未だ恐怖が消えず、受け入れることも突き放すこともできない自分が情けなくて仕方がない。
いつか嫌われてしまうのではないかと考えると、枯れて涙も出ないはずなのに、目の奥がじんと痛くなった。




