第二十話 元没落令嬢は近衛騎士とトランプをする
私たちはカーテンを少しだけ開けて、そこに丸テーブルを置き、向かい合わせで腰掛ける。
オーウェン様が「ババ抜きと七並べ、どっちがいいです?」なんて大真面目に聞いてくるものだから、ふふっと笑い声が漏れ出てしまった。
「……僕、何か変なこと言いました?」
どこか困ったような顔でオーウェン様が尋ねてきて、それがまたおかしくて笑えてしまう。
「いえ……っ、ふふ、だってオーウェン様、ポーカーとかチェスとかをされるイメージだったのに、ババ抜きなんて単語が出ると思わなくて……っ」
笑ってはいけないと思うとますます面白くなって、肩を震わせ口元を隠しながら話す。
「少々子どもっぽかったですか? チェスやポーカーはハロルドとよくしているので、たまには違う遊びを、と思いまして」
「話しながらできますし、ババ抜きでいいですかね」と、オーウェン様は穏やかに微笑みながら、慣れた手つきでトランプを切って配り始める。
「ハロルド様がチェス……⁉」
今度はそっちが意外で、目を丸くする。
飽き症で、心理戦が不得意そうなハロルド様がチェスやポーカーをするのは、あまり想像できない。
「おや、ハロルドを甘く見てますね。僕の相棒を低く見積もっていると、いつか痛い目みますよ? さぁ、配り終わりました」
いつかハロルド様がオーウェン様を評したセリフとよく似ていて、本当にお二人は仲良しなのねと笑う。
だけど、ハロルド様がけしかけたせいで、私はオーウェン様からキスをされてしまったわけだし、もうすでに痛い目にはあっているのかも……。
そんなことを考えてしまったせいで、思わず頬が熱くなり、照れてうつむく。
向かいのオーウェン様は、なぜかどこか面白くなさそうな顔をして、私を見つめていた。
「何か賭けます?」
オーウェン様の問いかけに、私は「遠慮します」と首を大きく横に振った。
運の要素が大きいババ抜きでも、オーウェン様に勝てる気がしないからだ。
オーウェン様は私が警戒しているのが面白かったのか、楽しそうに笑った。
そんなこんなでババ抜きを始めたはいいものの、どうやら二人でやるのには向いていなかったようで、引くたび引くたび数字が揃う。
けれど、それでも退屈なんかじゃなくて、二人で雑談をしながら続けるのが楽しかった。
「エステル。ストーカーの件ですが」
引いたカードを見て、オーウェン様は淡々と話し出す。
聞きたくなかったワードに、私の身体はぴくりと震えた。
「はい……」
「おそらく、今日から四日間は来ないと思います」
「なぜです?」
オーウェン様がそう推測する理由が少しもわからずに、問いかける。
すると、オーウェン様はQの絵札を二枚、机の上に捨てて、クイーンの持つ薔薇の花を示した。
「花言葉を知り、薔薇の花を惜しげもなく用意できるのは貴族だからです。手紙に縦読みの文を仕込むのは最近の若者の流行ですので、相手はおそらく同世代の男」
「四日間来ない、というのは……?」
「明後日と明々後日に、社交界デビューの舞踏会が新市街のホールで開催されるので」
その言葉に納得をする。
舞踏会は結婚相手を探すのに最適な場だ。
未婚の令息と令嬢が、家名を背負いながらこぞって集う。
好いた相手がいようといまいと、家のために親から半ば強制的に参加させられるのが、貴族の子というもの。
それはきっと、ストーカーも例外じゃない。
「なので、しばらくはご安心ください」
穏やかな声で告げられた吉報に、ホッと胸を撫で下ろす。
「よかった……」なんて呟くけれど、ふと一つの疑問が生じた。
「ですが、それならば私などと同棲する必要性はないのでは……?」
「そうかもしれませんね。ですが、もう来てしまいましたので。僕ね……楽しみだったんです、こうやってエステルと二人でゆっくりお話しできるのが。だから、私などと、なんて言わないでくださいね」
オーウェン様は穏やかに微笑み「さぁどうぞ」と手札を私に寄せた。
残りの札はオーウェン様が三枚で、私が二枚。
私がジョーカーを引かなければ、私の勝ちというところまできていた。
ゆらめくランプの灯に優しい笑みが照らされ、きゅっと心臓が甘く締めつけられる。
「なぜ、いつもこんな私を受け入れてくださるのですか……」
ひとり言のようにぽつりと呟く。
オーウェン様は、皆から嫌われてしまった私も、上手くやれない私も認めてくださる。
私はずっと、迷惑ばかりかけているのに。
こんな私は、嫌われて当然。
それなのに私から離れていかないのが、不思議でならなかったのだ。
オーウェン様はわずかに目を丸くして、柔らかく目を細めた。
「そんなの、貴女が好きだから、ですよ」
甘く優しい声に、どくんと鼓動が跳ねる。
それと同時に心の奥がざわめき、お母様の幻影が私をたしなめた。
お前のようなできないの娘では、愛されるわけがない。
わたくしの言うとおりになさい。
上流貴族に嫁いでようやく、貴女は一人前になれるのよ。
柔らかくて冷たい幻影の声に、顔が強張っていくのを感じる。
お母様の言葉は絶対だ。
言いつけを守らないと、私は……。
「エステル、貴女を責める声は幻です。目の前にいる僕の声を聞いて」
微かに聞こえた声に、我に返る。
気がついたら私はうつむいて、両手で自分の耳を強く押さえつけていた。
「僕は、エステルの優しくひたむきなところが好きです。先ほどのような、屈託のない笑顔も。だから、別に僕に何をしてくれなくたっていい。そばにいてくれれば、それだけで十分なんです。ただ、僕が貴女を愛したいだけ」
まっすぐ私を見つめて、オーウェン様は穏やかに、優しげな声色で言う。
甘い言葉と真剣な金色の瞳に、どくんと心臓が跳ねた。
「エステル、すみません。いまのは忘れてください。重かったですね。僕も大概だ。ストーカーのことをとやかく言えないかもしれません……」
何も言わない私に耐えかねたのか、オーウェン様はどこかさみしげに微笑み、私は首を横に振った。
「いいえ、オーウェン様には本当によくしていただいて、頭が上がりません。ですが……私は好いていただけるような優しい女ではないのです……」
本当に優しかったら、八方美人なんて真似はしない。
自分の不安な気持ちを優先なんかしないし、オーウェン様にまだいてほしいなんて、思ったりしない……。
自分の至らなさを責めて視線を落とした。
「そうですか? 優しくて温かくて、純粋な女性だと僕は思っていますよ」
オーウェン様は手札の真ん中を引き上げて前に差し出す。
「さ、ゲームの続きをしましょう。これはハートのエース。これをとればあなたの勝ちです。僕を信じてください」
にこにことオーウェン様は微笑む。
子どもの頃はこんなとき、ジョーカーを引き上げている人が多かった。
けれど、裏をかいてジョーカーではないカードを引き上げる人もいた。
オーウェン様はどっち……?
なぜか、私の中の何かを試されているような気がして、金色の瞳を見られない。
「さぁ、どれにします? エステルが勝てば、なにか一つ頼みを聞きましょう。じっくりとよく考えてくださいね」




