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第五十七話 幼き日、母は幼少の彼をそう呼んだ

 ――何者? むしろ私が教えて欲しいのだがな。


 レイは胸の内でそう独り言ちると、黒い甲冑の騎士を見据える。


 複雑な文様を浮彫(うきぼり)に施した黒い甲冑。フルフェイスの(かぶと)の奥で、紅い双眸(そうぼう)が妖しい光を(たた)えていた。


 薄闇の中にありながらも、黒騎士の存在は闇に溶けることはない。


 強烈な存在感が、その姿を浮かび上がらせている。


 黒騎士はどこか芝居がかった動作で剣を高く持ち上げると、自らの頬の横へと横倒しに引いて構えた。


 所謂(いわゆる)(かすみ)の型。


 突きに特化した、一撃必殺の構えである。


 ――面白い!


 レイは喉の奥でさも愉快げに笑いを転がすと、勢いよく剣を引き抜く。


 魔物の中でも最下層のゴブリンに持たせるような剣である。


 それだけに、決して質の良いものではない。


 だが、錆びてもいないし、刃こぼれしている訳でも無い。充分。何より(ナタ)に比べれば、幾分マシというものだ。


 レイは引き抜いた剣を両手で掴むと、その切っ先を床へと向ける。


「ほう……」


 レイのその構えを見て、今度は黒騎士が感心する様な声を洩らした。


 剣速の勝負。


 突くなら突いてこい。


 その突きを弾いて、一刀のもとに斬り捨てる。


 目の前のゴブリンの構えは、雄弁にそう語っていたのだ。


 二人は互いを睨みあいながら、円を描く様にすり足で動き始める。


 隙は見当たらない。互いに睨みあうこと数分。


 頭の中では、もう幾合も剣を交えているにも拘わらず、決定的な隙を見つけることが出来ないままに、二人は互いに精神だけをすり減らし続けた。


 そして、


 先に動いたのはレイだった。足下へと集まっていく気。それを感じとって、黒騎士は握った剣に力を込める。二人の間でぶつかり合った殺気が破裂した。


「ぎゃぁああああ――!」


 裂帛(れっぱく)の気合と共に、レイは歩法(ウォーク)を発動させて、一気に前へ飛び出し、黒騎士は突きを繰り出してそれを迎え撃つ。(うな)る剣。空気がビリビリと音を立てて震えた。


 所詮はゴブリンか。


 痺れを切らして先に動いた方が負ける。


 それが剣の世界における不文律なのだ。


 だが、黒騎士の胸の内を嘲笑(あざわら)うかの様に、その突きは虚しく空を斬る。


「なにィ!?」


 レイの直前の動きは(フェイク)


 彼は後ろ足が地を離れる寸前で方向転換。飛び掛かると見せかけて、襲い掛かってくるであろう剣線を読み切り、横っ飛びに跳んだのだ。


 黒騎士の真横で、着地と同時に石畳を蹴って再び跳躍。剣を振り上げて真横から襲い掛かった。


 ――()った! 


 だが、次の瞬間、今度はレイの表情に焦りの色が浮かぶ。剣を振り下ろそうとした途端、黒騎士の姿が視界から消え、背後に恐ろしいほどの殺気が()し掛かってきたのだ。


「ぎゃぎゃッ!」


 レイは思わず獣そのものの声を洩らしながら、限界まで腰を()じって殺気の根源へと剣を振るった。


 まさに間一髪。その瞬間、振り下ろされた黒騎士の剣と、レイの剣がぶつかりあって、薄闇の中に赤い火花が飛び散る。


歩法(ウォーク)などという児戯(じぎ)で、この私を翻弄(ほんろう)できるとでも思ったか!」


 ギリギリと合わせた刃を押し込みながら、黒騎士が吼える。只でさえ態勢を崩しているというのに、純粋な力の競い合いともなれば、ゴブリンに万に一つの勝ち目は無い。


 レイは刃を滑らせて、剣に掛かる圧力を()らすと、鍔迫(つばぜ)り合いを嫌って、再び歩法(ウォーク)を発動させる。


 だが、逃げられない。


 背後へと跳ぶレイを追って、黒騎士は恐ろしい勢いで間合いを詰めてくる。


 黒騎士に歩法(ウォーク)を使っている気配は無い。全身甲冑(フルプレート)といういで立ちからは想像もつかない俊敏性。だが、これがこの敵の本来の速さなのだ。


 次々と突き出される切っ先を紙一重で(さば)きながら、背後へと跳躍を繰り返すレイ。だが、いくらこの部屋が広いと言っても、広さには限りがある。


 次第に壁際へと追い詰められ、やがて、背中が壁にぶつかる絶望的な感触があった。


「フッ……終わりだ」


 黒騎士は冷たくそう言い放つと、大きく剣を引く。


 強弓を引くかの様な挙動のすぐ後に、弾かれる様に突き出される剣。風が渦を巻き、空気を切り裂きながら、鋼の切っ先がレイの方へと迫ってくる。 


「ぐぎっ!!」


 左の肩に焼きごてを押し付けられたような灼熱感が走って、肉が弾け、血が滴った。一瞬の間を置いて、激しい痛みが後からレイへと襲い掛ってくる。肉は裂け、骨は砕けて、左腕が皮一枚でぶら下がっているのが見えた。


「ぎゃぁああああ――――!」


 思わず牙の間から悲鳴が溢れ出る。痛みの余り膝が勝手にその場に崩れ落ちようとする。


 だが、ここで怯んでしまえば、二度と立ち上がる事は出来ない。


 レイはその場に踏みとどまると、目が(くら)みそうになる程の痛みの中で、闇魔法を発動した。


 ――出でよ! 闇人形(ダークパペット)


 途端に床の上で、幾つもの人影がむくむくと起き上がって、黒騎士へと殺到し始めた。


「むぅ!?」


 それは只の幻影。只の目眩(めくらま)し。


 だが、唐突に幾人もの人影が襲い掛かって来れば、たとえ歴戦の勇士であろうと、戸惑うことを避けられない。


 黒騎士が(わず)かに(ひる)んだその瞬間、レイは背後の壁を蹴って、一気に彼の足下へと飛び込んだ。


 そして――


ぎゃあ(喰らえ)!」


 足元で埃が巻き上がる。膨れ上がる殺気。『気』を流し込む先を、足下から指の先、更にその先の剣へと移しながら、レイは剣を掲げて黒騎士の足下から、彼の首目掛けて一気に跳ね上がった。


 ――昇竜斬(ライジングドラゴン)ッ!!


「な!?」


 剣そのものを気が覆いつくし、青白い光を放つ。迫りくる(やいば)に、黒騎士は驚愕の声を上げて、必死に身を反らした。


 だが――逃がさない!


「ぐぎゃぁあああああ!」


 ゴブリンの咆哮が響き渡ったのと同時に、皮一枚でぶら下がっていた左腕がちぎれて、床の上で跳ねた。


 甲冑と剣。鋼がぶつかり合う、甲高い音が空気を震わせる。


 そして、その響きが消えるより先に、フルフェイスの兜ごと断ち切られた黒騎士の首が壁面にぶつかって、鈍い音を立てた。


 そして、勢いのままにレイが地面へと叩きつけられるのとほぼ同時に、首を失った甲冑は、その切断面から間欠泉の如くに血を噴き上げる。


 雨の様に降り注ぐ血が、ゴブリンの傷だらけの身体を赤く染めた。


 ――()ったか!?


 人間ならばいざ知らず、魔物同士の戦いでは首を落としたぐらいでは、致命傷にならない者もいるのだ。


 レイが目を向けると、赤く染まった視界の中で、首の無い甲冑はガタガタと震えた末に大きく揺らいで、鈍い金属音を響かせながら石畳を打った。


 レイは、思わず安堵の溜め息を吐く。


 だが、ゴブリンの身体も既に限界を迎えている。


 視界は(くら)く、最早立ち上がるだけの力も残されていない。


 ――乗り移らなければ……。


 レイは石畳の床に横たわりながら、黒騎士の身体の上で(わだかま)っている光へと手を伸ばす。


 途端にゴブリンの黒目が、ぐりん! と上向きに引っ繰り返って、牙の間からだらしなく舌が垂れ下がった。


 そして、それと同時に、首の無い黒騎士の身体がぶるりと震えて、床の上に転がっていた首が、身体の方へと吸い寄せられるように転がり始める。


 やがて、シューシューと音を立てながら白煙が立ち昇り、その白煙の中に、黒い甲冑を纏った騎士が立ち上がった。


 黒騎士の身体を乗っ取ったレイは、感触を確かめる様に指を開いたり閉じたりした後、


「悪くない」


 そう呟いて剣を拾い上げ、あらためて周囲を見回した。


 そこにあるのは、無論、血まみれの凄惨な風景。


 レイは血染めの部屋の片隅へと視線を向けると、そちらへと歩み寄る。そして膝をついて、じっと床を眺めた。


「ここで……私は何をしていたのだ?」


 何の変哲も無い石畳の床。レイが静かにそこに指を這わせると、ブロックの一つがぐらぐらと動いた。何かがある。だが、手甲(ガントレット)を装着したままでは、隙間に指は入りそうにない。


「……ふむ」


 レイは留め金を外して、もどかしげに手甲(ガントレット)から腕を引き抜く。


 現れた腕は形こそ人間と同じだったが、短い毛がびっしりと映えて、うっすらと豹のような斑点が浮き出ていた。


 どうやら、甲冑の中身は獣人らしかった。


 そう思えば、あの速さも納得がいく。


 レイは一つ頷くとブロックの隙間に爪を立てて、それを引っぺがす。すると、その下に何やら光る物が見えた。


「指輪か?」

 

 それは確かに指輪。


 金の台座に、涙型にカットされた孔雀石(マラカイト)を三つ、クローバーのようにあしらった細身の指輪であった。


「これを隠したのは私……なのだろうな」


 レイはそう呟くと、指先で指輪を摘まみ上げて眼前に持ち上げる。


 その途端、ドクン! と心臓が大きく脈を打って、レイは思わず身を固くした。


「くっ!?」


 次の瞬間、(せき)を切ったかのようにレイの視界が白く染まって、脳裏を様々な景色が駆け巡った。


 戦場、魔物との戦い、剣がぶつかり合う音が幾重にも響く。


 荒み切った記憶が、茫漠たる日々が、白い風景の中に溶けていく。


 そして最後に訪れたのは、何も無い。何も無い景色。


 唐突にレイの目の前で、金色の髪がゆれて、蒼い瞳が真っすぐに彼をみつめた。


「絶対、絶対、負けちゃダメなんだからね!」


 そこで、レイは我へと返った。


「……分かっている。もう二度と負けはしない」


 残響の様に耳に残るミーシャの声に、レイは静かに答えた。


 そして彼は、兜の下で(わず)かに目を細めると、獣じみた左手の薬指に指輪を()めて、手甲(ガントレット)に腕を通す。


「レイ……か」


 幼き日、母は幼少の彼をそう呼んだ。


 ミーシャがその名を名付けたのは、偶然なのだろうか?


 レイは静かに立ち上がると、梯子へと歩み寄って、上を見上げた。


 果ての見えない程に、長い長い梯子。


 だが、彼は既に思い出していた。


 この梯子が、玉座の間のある階層へと続いていることを。


 そして、そこには復讐すべき相手がいることを。


 朋友(とも)と呼べる唯一の人物。


 その少年が彼へと向けた微笑みを思い出しながら、レイは梯子へと手をかけた。


「……コータ、待たせたな。魔王を討伐する。ここからが、私とキミの復讐(リヴェンジ)だ」

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