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第五十五話 隷属のエルフ

第五十五話 隷属のエルフ


「くっ!」


 ミーシャは扉の直前で身を(ひるがえ)す。あからさまな罠に、自分から突っ込んでやる義理はない。


 だが、


「うぁああああああああ!」


 彼女の後を追ってきたダークエルフは、想像以上に近くにまで迫っていた。しかも、全く速度を緩める気配もない。


 ミーシャは、思わず顔を引き()らせる。


 こういう時に口から飛び出す言葉は、大抵ありきたりで、個性の欠片(かけら)もないものだ。


「ば、ばかッ!!」


 人間魚雷とでもいうべき態勢で突っ込んでくるダークエルフ。その頭が腹部に減り込んで、ミーシャの身体が、くの字に折れ曲がる。


 もし、真横から見るものがいたならば、その光景は横向きの矢印(←)に見えたことだろう。


「ぐほっ!」


 乙女にあるまじき(にご)った声を洩らして、ミーシャは背中から扉へと叩きつけられる。


 その勢いで激しい音を立てて扉が開き、二人は絡まる様にその向こう側へと転がり込んだ。


 そこは広い部屋。二人は毛足の長い赤絨毯の上を点々と転がって、最後はミーシャがダークエルフに馬乗りになる形で止まった。


「いったたた……痛いじゃないのよ、バカ!」


 ミーシャは思わずダークエルフを怒鳴りつける。だが、ダークエルフは痛みに眉を(しか)めながらも、なぜか口の端にニヤニヤした笑いを貼り付けていた。


「何がおかしいのよ!」


「周り……見た方がいい」


 その一言に、ミーシャの顔から血の気がスッと引いていく。冷静になって考えれば、ここは既に扉の内側。十中八九は罠、そう推測した場所なのだ。


 ミーシャは思わず身を固くして、恐る恐る顔を上げていく。


 右手の壁一面には大きな窓。月明かりの下、遥か遠くに随分と低くなったディアボラ山脈の影が見える。


 渦巻き状の回廊を飛んで城の中心に来たはずなのに、なぜ外が見える? もしかしたら扉の内と外で、空間がおかしな繋がり方をしているのかもしれない。


「騒がしい女どもよな」


 ふいにそんな声が聞こえて、ミーシャはそちらに視線を動かした。


 声がしたのは正面。一段高くなった段差の上には玉座。そこに深く腰をおろし、ひじ掛けに(もた)れ掛かる一人の男の姿があった。


 男は秀麗な顔つきに長い銀の髪。その頭の左右からは、捩れた角が突き出している。


 角を覗けば人間そのものの貴公子然とした容姿に反して、男のその瞳は酷薄な色を(たた)えていて、いかにも不機嫌だと言わんばかりに唇を歪めていた。


「ま……おう……」


 硬直するミーシャの口から、(かす)れた声が零れ落ちる。


 玉座の間。確かに魔王を倒す事が目的ではあるが、ここに辿り着くにはいくらなんでも早すぎる。


 レイもいなければ、聖剣だってまだ手に入れていないのだ。


 そんなミーシャを物憂げに見下ろして、魔王が呆れたとでもいうように鼻を鳴らすと、その左右に控えている、ほとんど裸に近い薄絹だけを纏った淫猥な姿の女達が、クスクスと笑いさざめく。


 呆然とするミーシャを押し退けて、ダークエルフは彼女の下から抜けだすと、魔王へと駆け寄って訴え掛けた。


耳長姫(みみながひめ)を連れてきた……約束どうりエルフを滅ぼして!」


 すると、


耳長姫(みみながひめ)だと?」


 魔王は不機嫌そうに、片方の眉を吊り上げた。


「なにを勘違いしておるのかは知らぬが、私が連れてこいと言ったのは耳長姫……オーランジェ姫だ。そんな貧相な女ではないわ」


 貧相――そんな言われ方をすれば、いつものミーシャなら即座に食って掛かっているところだが、流石に今はそれどころではない。


 魔王の口から、オーランジェの名が出たことに、目尻も裂けんばかりに目を見開いた。


「な、なんで!」


 思わずそう叫びかけたミーシャの声を遮って、ダークエルフの怒声が響き渡る。


「魔王、嘘つき! 騙した!」


「貴様が勝手に勘違いしたのだろうが……」


 ダークエルフが肩を(いか)らせると、魔王は物憂げな表情のままに溜め息を吐いた。


 そして、魔王は、ダークエルフとミーシャをいかにも好色そうな視線で()め回す。


「まあ、良い。オーランジェを手に入れるまでは、お前達二人で我慢してやろう。二人がかりなら、多少は私を満足させることも出来よう。せいぜい尽くすが良い」


 途端に、魔王の身体から発せられる尋常ではない威圧感。あまりの息苦しさに、ダークエルフは声を上げた。


「な、なんでくーまで!!」


 ミーシャは魔王の威圧感に気圧されながらも、必死に思考を巡らせる。


『魔王の子を身籠ることになる』


 このままでは、あの(おぞ)ましい予言が成就してしまう。


 一か八か、一撃を加えて怯んだところを脱出する。それしか無い。


 そう決意すると、ミーシャの行動は早かった。


「誰がアンタなんかに! 疾風斬(スラスト)ッ!」


 ミーシャが手刀を斬ると、ダークエルフの身体を掠めて、見えない風の刃が魔王に向かって殺到する。


 だが、それは魔王の眼前で霧散して、(わず)かにその銀色の髪を揺らしただけ。


「なっ!?」


「ふむ、心地良いそよ風だな。夏場は重宝しそうだな」


 その嘲弄(ちょうろう)めいた一言に、周囲の女達がくすくすと笑った。


 効く筈がないとは思っていたが、まさか目眩(めくら)ましにすらならないなんて。


 ミーシャは頬を引き攣らせながらも、再び手刀を振り上げる。だがそれを振り下ろすより先に、ダークエルフが動いた。


「くーだってイヤ!」


 彼女の手には、いつの間に生成したのかは分からなかったが、氷の剣(アイスブランドー)が握られていた。


 彼女は剣を両手で握って、力任せに魔王へと突き出す。ダークエルフが狙ったのは魔王の目。視界を奪って逃げようというのだ。


 だが、魔王は身じろぎ一つしなかった。


 (まぶた)を閉じようともしない。


 剣先は確かに魔王の目を突いた。


 だが、その瞬間、ミーシャとダークエルフの表情が驚愕に歪む。


 氷の剣(アイスブランドー)は、まるで恐ろしく硬い物にでも当たった様な音を立てて、砕け散ったのだ。


「うそ……」


 唖然とするダークエルフ。それを眺めながら、魔王は物憂げな表情のままに、左右の女達に向かって顎をしゃくる。


 すると、女達は一斉に二人へと飛び掛かった。


「ちょ、ちょっと! 放しなさいってば!」


「や、やめっ! は、はなして!」


 女とは思えない凄まじい力、女達は淫らに頬を紅潮させながら、二人へとその身体を押し付けてくる。


「うふふっ……かわいい」


 女の一人がそう言って唇をペロリと舐めると、次の瞬間、ミーシャの唇に自らの唇を押し付けた。


「むっ! むううう!」


 途端に、身体中から力が抜けていく。魔力を吸われている!? 目を見開くミーシャの視界の中では、同じように唇を吸われたダークエルフが、ガクガクと身体を震わせている。


 そして、女達が唇を放すと同時に、二人は身体をガクガクとふるわせて、その場に膝から崩れ落ちた。


「ふはは、いかに豊かな魔力をもつエルフと言えど、サキュバスの口づけはキツかろうな」


 楽しげな笑い声を洩らす魔王を、ミーシャは気丈にも睨みつける。


「覚えてなさい……よ。すぐに、レイが……勇者が、アンタをぶったおしてくれるわよ」


「勇者? 勇者だと? は、ははははははははっ! 愚かな。イノセ・コータは私が直々に元の世界へと突き落としてやったのだ。貴様のいうその勇者とやらは、大方、その名を騙る偽物だろうよ」


「せいぜい侮ればいいわ。レイにやられて後悔しなさい」


 魔王は一瞬不快げに眉根を寄せたかと思うと、その口元に下卑(げび)た微笑みを浮かべた。


「気の強い娘だ。おもしろい。貴様が絶望する姿を見てやりたくなったぞ」


 魔王はゆっくりとミーシャへと歩み寄ると、その顎を指で摘まんで顔を上げさせる。


「絶望するのは……アンタの方よ」


 ミーシャが魔王をキッと睨みつけたその瞬間、魔王の目、その光彩の内側で怪しい光が渦を巻いた。


支配(ドミネーション)


 ただでさえ力の抜けていた身体が、途端に指一本動かせなくなる。まるで自分のものでは無いように、ミーシャの身体が勝手に魔王に向かって首を垂れる。


「な、なによこれ……」


「貴様の身体は、既に私が支配した。私のこの身が朽ち果てるまで未来永劫、貴様は私の言いなりだ」


 その瞬間、床に額を付けたままのミーシャの表情が歪む。


「あえて心は支配せずにおいてやったのだ。そう簡単に折れられても楽しくはないのでな。せいぜい私を楽しませてくれ」


「私を……どうする気よ」


「しばらくは何もせんよ。何もな。貴様がすがる唯一の希望、その勇者を騙る愚か者が、目の前で(なぶ)り殺しになるのをみせてやろう。貴様の心が折れて、自ら私に媚びるのを楽しみにしておる」


 思わず、ミーシャの目尻に涙が浮かんだ。怖い。悔しい。色んな負の感情が胸の内に渦巻いている。


「……レイ」


 思わずミーシャの口から零れ落ちたのは、唯一の希望の名だった。


「ふむ、エルフよ、良い事を教えてやろう」


 魔王はダークエルフの方へと歩みを進めながら、何かを思い出したように、ミーシャの方へと振り返った。


「わが身が朽ちれば、貴様の命も一緒に尽きることになる。まかり間違って、その勇者とやらが私を倒すことが出来たとしても、その時はお前も一緒に死ぬことになるのだ」


 どちらに転んでもお前は助からない。


 つまり、魔王はそう言ったのだ。


 その途端、ミーシャの目から(しずく)が零れ落ちた。抑えようとしても嗚咽(おえつ)が漏れる。


 そんなミーシャの姿を、楽しげに見下ろしながら、半裸の女達が愉快がにクスクスと笑った。



 ◇ ◇ ◇



 周囲は既に、夜の(とばり)に覆われている。


 月明かりの中に、魔物の群れの足音が響き渡る。


 黒い甲冑の騎士を先頭に、城へと向かう魔物の群れ。


 結局、大司教ソフィーは死体すらも見当たらず、魔物の群れは魔王の城へ戻るべく歩みを進めていた。


 その魔物の群れの最後尾。


 (わず)かに遅れ気味に、いや、あえて距離を置くように歩みを進める一匹のゴブリンの姿がある。


 ゴブリンの身を乗っ取ったレイである。


 ――ミーシャ達は大丈夫だろうか。


 随分、遅くなってしまった。


 先に魔王の城へ向かった仲間たちから遅れること数時間。


 レイは、今まさに魔王の城へと到ろうとしていた。


 彼は遥かに先を行く、黒い甲冑を纏った騎士の背を眺めながら考える。


 ゴブリンのままでは勝てないだろうな。最初に乗っ取った身体がゴブリンだったのだから、振り出しに戻ったと言うべきか……。


 まずは自分の本来の身体を探す。


 自分が勇者……イノセ・コータなのかどうかはわからない。


 だが、もしそうでないのならば、勝ち目などありはしない。


 ――分の悪い賭けだな。


 そう胸の内で独りごちながら、レイは歩みを進める。


 遥か向こうに、魔王の城へと続く洞窟が、口を開けているのが見えた。

ご愛読ありがとうございます。

これにて第五章終了です。

随分ダークな終わり方になってしまいましたが、ご安心ください。

この物語はハッピーエンドとなる予定です。

ここで、一つの区切りとなりますので、もしよろしければ、お感じになったままのご評価をつけていただければ、とてもとてもうれしいです。続きを書ききる力になります!

そして遂に、次章が最終章となります。

逆転劇をお楽しみください。

引き続き、どうぞ、よろしくお願いいたします!

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