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第五十三話 エルフ狩り

「もー! あいつら、どこいっちゃったのよ……」


 宙空からアリア達の姿を探しながら、ミーシャは魔王の城の方へと飛んでいた。


 背後からは、二体の巨大な魔物がぶつかり合う轟音が、引っ切り無しに響き続けている。


 だが、彼女は口元を引き結び、(かたく)なに背後を振り向こうとはしない。


 気にはなる。ならない筈が無い。


 レイの事が心配じゃないと言えば、嘘になる。


 でも……何も出来ない。


 人智を越えたあの化け物同士の戦いに、エルフが一人割り込んだところで、出来ることなど何も無い。


 ただ、信じる事しかできないのだ。


 だが、そんな彼女の想いを嘲笑(あざわら)うかのように、一際大きな音が響き渡って、彼女はとうとう我慢出来ずに振り返った。


 彼女の蒼い瞳に映ったのは、黄塵万丈(こうじんばんじょう)赤光(しゃっこう)(さえぎ)り、土石流(さなが)らに土煙が地を覆いつくしていく壮絶な光景。


 濛々(もうもう)(わだかま)黄埃(こうあい)の向こう側に、崩れおちていく巨大ゴーレムの影と、力なく地に墜ちる古竜(エンシェントドラゴン)の姿が垣間(かいま)見えた。


「レイ!!」


 口をついて飛び出したその声は、瞬時に地鳴りにも似た轟音にかき消される。


 そして、慌てて元来た方へと戻ろうとする彼女の視界に、突然、人影が一つ割り込んできた。


「……出た」


 彼女の口からは、思わずうんざりした様な声が漏れる。


 宙空に浮かぶ影。立ち昇る土煙を背に、こちらを睨みつけていたのは、先日、ヌーク・アモーズで戦ったダークエルフの女。


 彼女は、肩までの銀髪を斜陽の赤に染めて、白く煙った空気を全身に(まと)わりつかせながら、宙空に(とど)まっていた。


「竜は死んだ。もう邪魔は入らない」


「……ばーか。あいつはね。滅茶苦茶しぶといんだから。殺したって死ぬわけないの」


 ダークエルフの勝ち誇った様な物言いを、ミーシャは鼻で笑う。


『死んだ』


 その言葉があまりにも滑稽(こっけい)に思えて、一気に不安が消え去った。


 そうだ。何を慌てていたんだろう。


 今までだって、ずっとそうだった。


『死んだ』


 何回、そう思わされたことか。


 それでも、あのどうしようもなく大雑把で、脳筋で、天然な生霊(レイス)は、平然と戻ってくる。必ずだ。


 ミーシャは微笑みを浮かべながら、小さな溜め息を吐いた。


 ――心配するだけ損ってことよね。


 そして彼女は、ダークエルフに余裕たっぷりの視線を投げかけて、クイクイと手招きする。


「忙しいんだから、ちゃっちゃと掛かってきなさいよ」


 そんなミーシャの態度に、ダークエルフは意外そうに目を見開いた。


「もう、話し合おうとか言わないの?」


「言っても無駄なんでしょ?」


 すると、ダークエルフは楽しげに口元を歪めて、


「ものわかりのいい奴は、嫌いじゃない。いいよ、望み通りに狩ってあげる」


 そう口にするなり、弧を描く様にミーシャの方へと飛び掛かってきた。


 その手に握られているのは氷で出来た大剣。接近戦になれば、ミーシャの不利は目に見えている。


疾風斬(スラスト)ッ!」


 先手必勝とばかりに、ミーシャが手刀で宙を斬ると、それが見えない斬撃となって、ダークエルフに襲い掛かる。


 だが、それはダークエルフも織り込み済み。錐揉みしながらあっさりそれを(かわ)して、大剣を振りかぶりながら突っ込んでくる。


 ミーシャが後ろへ飛び退くことを想定しているのだろう。踏み込みは深い。


 ところが、ミーシャは意外な行動を取った。


 彼女は腰から短剣(ダガー)を引き抜くと、


加速(アクセラ)!」


 足元に風を集めて、一気にダークエルフの方へと突っ込んだのだ。


 その無謀とも思える行動に、ダークエルフは戸惑った。


「んなあぁ!!」


 顔を引き攣らせながら、遅れ気味に剣を振り下ろすもそれは虚しく空を斬る。


 次の瞬間、彼女は痛みに顔を歪ませながら脇腹を手で押さえ、その指の間から血が滴り落ちた。


 ミーシャがすれ違いざまに、彼女の脇腹を斬りつけたのだ。


 だが、その程度では、ミーシャの攻撃の手は止まらない。


疾風斬(スラスト)ッ!」


 再び、彼女が手刀を振り下ろすと、風の刃が次々にダークエルフへと襲い掛かる。


「くっ! 氷雨(アイスレイン)!」


 ダークエルフが声を上げると同時に、宙空に現れた氷柱(つらら)が、風の刃を撃ち落とす。


 だが間に合わない。撃ち落とし損ねた風の刃が、ダークエルフの肩口を掠めて血が飛び散り、彼女は思わず剣を取り落とした。


「エルフの癖にぃ!!」


 思わず唇を噛むダークエルフ。それを高い位置から見下ろして、ミーシャはまるで犬でも追い払うかのように、シッシッと手を払った。


「弱い者いじめは好きじゃないの。見逃してあげるからどっか行っちゃいなさいよ」


 その途端、どちらかと言えば表情の乏しい方であったダークエルフの顔が怒りに歪んだ。


「なっ!? くーをバカにするな! エルフの連中はいつもそう、くーたちをバカにする!」


 途端にダークエルフがミーシャへと襲い掛かった。


 下から突き上げるかのような急加速。駄々っ子のような考え無しの特攻である。


「ちょ、ちょっとぉ! ま、待ちなさいよ!」


 あまりにも無防備に突っ込んでくるダークエルフに、ミーシャの反応が遅れた。


 ダークエルフは、力任せに彼女の手をつかんで、爪を立てる。


「い、痛いじゃない! 放しなさいよ!」


「放さない! 死ね! ブス!」


 殴り掛かってくるダークエルフの腕を掴むと、ミーシャはカウンター気味に頭突きをお見舞いする。


「誰がブスよ! あんたのがブスじゃないのよ!」


「違う! お前の方がずっとブス。死ね! 白豚!」


「こんのぉ! 黒豚! ハムにしてやる!」


 生死を掛けた戦いが、瞬時に幼稚で醜いキャットファイトへと様相を変えた。


 二人は互いの腕に爪を立て合い、罵りあいながら、もつれ合って宙を舞う。


 口に出すのも(はばか)られる様な悪口雑言を投げ合い、揉みあう内に、二人は、随分遠くまで流されていた。


 気が付けば魔王の城は至近距離。ミーシャの視界に石造りの外壁が飛び込んでくる。


 慌てて、ミーシャは声を上げた。


「ちょっと、ま、待って、待ちなさいってば! ぶつかる! ぶつかる!」


「お前が先に手を離せ! そしたら、くーも離す」


「嘘つき! 絶対離さない気でしょ!」


 だが、最早一刻の猶予も無い。この速度のまま壁に激突してしまえば、流石に無事では済まない。


 ミーシャは必死に身体を()じって進路を変えると、ダークエルフ諸共(もろとも)、壁面の一角に開いた大窓へと飛び込む。


 幸いにもそれは、ガラスの(はま)っていない木戸開きの大窓。


 二人は石畳の床を絡まる様に転がった。


 衝撃にダークエルフの力が緩んだその一瞬の隙をついて、ミーシャは彼女の腹を蹴り上げて距離を取ると、息を()く間もなく石畳の通路を奥へと飛ぶ。


 ――ミーシャ! ダメだよ! 風の届かない屋内じゃ、ボクの力が弱まる。 


 ミーシャの脳裏に、ジニの慌てる声が響く。


「どうせ、魔王の城には潜入するつもりだったんだもの。ちょうどいいわよ」


 大型の魔物も行き来するのだろう。幅も広く天井も高い石造りの回廊。そこを高速で飛行しながら、ミーシャは背後を振り返る。


 ダークエルフは既に起き上がって、後を追ってきていた。


 だが、()こうにも脇道一つ無く、飛べども飛べども先が見えてこない。


「なんでこんなに広いのよ!」


 ――城の外観と、中身の空間は違うってことだね。


 振り向けば、ダークエルフは随分近くにまで迫ってきていた。


「ちっ、疾風斬(スラスト)!」


 広いとは言っても屋内。態勢のひとつも崩せば即座に壁に激突する。それを狙ってのおざなりな攻撃だったのだが、ダークエルフには通用しない。あっさりと躱された。


 治癒魔法を使えるのか、見れば脇の傷も(ふさ)がりつつある。


 狭い空間であればあるほど、時間と共に、追う方が有利になっていくのは自明の理。


「死ね! 凍てつく矢(フリージングアロー)!」


 背後から氷柱(つらら)が飛んできた。


 ミーシャは、身体を傾けて、なんとかそれを躱す。


 だが、限られた空間を高速飛行しながらでは、これぐらいが精一杯。長くは()たない。


 やがて、視界の向こう側に、曲がり角が見えてきた。


 右へ折れ曲がる通路。壁を蹴ってなんとか曲がる。だが、しばらくするとまた右へと曲がる曲がり角。背後にちらりと目を向ければ、ダークエルフは益々速度を上げて、追ってきている。


 しばらくすると、また右へと曲がる曲がり角。


 何かがおかしい。


 右、右、右。


 同じ方向へと曲がっていくということは、元の位置へ戻っている?


 いや、そうじゃない。


 振り返れば、追い(すが)るダークエルフの口元に、微かに笑みが浮かんでいるのが見えた。


「この通路って、建物の中央へ向かってるんじゃないの?」


 ――みたいだね。問題はそこに何があるかってことさ。


 脳裏で響くジニの声に、焦りの色が(にじ)んでいる。


 渦巻き状の一本道。


 気が付けば、ミーシャはその中央に向けて、追い込まれていた。


「……追い込まれてるんだとしたら、十中八九、罠よね?」


 ――そうだろうね。


 再び、現れた右への曲がり角。


 ジニの声を聞きながらそこを曲がると、通路の先。そこに、一際豪奢な扉が見えた。

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