第四十八話 モーターフット!!
「役立たずめが!」
魔王はその身にしな垂れ掛かっていた女達を払い除けて立ち上がると、報告に訪れた小鬼をギロリと睨みつける。
「ひっ!?」
その身から発せられる凄まじい怒気に、小鬼は額を床にこすりつける様に平伏し、周りの女達は、顔を蒼ざめさせて、震え上がった。
「ガープの奴め、耳長姫どころか大司教すら捕らえられず、果てはヌーク・アモーズの城壁を越えることさえ出来ずに、おめおめ逃げ帰ってくるだと?」
「で、ですが魔王様、まさか古竜が人間どもに味方しようとは……」
「あん? 誰が意見して良いと言ったのだ?」
「も、も、も、申し訳ございませんっ!」
魔王は更に身を縮める小鬼を虫けらでも眺める様な目で見下ろす。そして、
「勇者め……あの老いぼれ竜と、人間どもを守るよう盟約を結んでおったということか」
そうボソリと呟いた途端、小鬼の背後、玉座の間の中央付近の空間が唐突に揺らいだ。
不自然に風景が波打ち、次第に暗灰色のローブを纏った人影が、そこに浮かび上がってくる。
「……ダンタリオンか。どうした?」
魔王がローブ姿の人影に、そう問いかけると、ダンタリオンと呼ばれたそれは、ローブの袖から青白い手を伸ばした。
その掌の上に乗っているのは水晶球。
「見ろということか?」
魔王が怪訝そうに水晶球の中を覗き込むと、そこには岩場の影に身を潜めながら、この城の様子を窺っている男女の姿が映し出されている。大男と修道衣姿の少女。どちらにも見覚えがある。
それを眺めて、魔王は厭らしい笑みを浮かべた。
「ははっ、これはいい! よかろう。ダンタリオン。お前に任せようではないか。だが、くれぐれも大司教は殺すな。奴には使い道があるのだからな」
◇ ◇ ◇
ソフィーは目から上だけを岩の上に出して、魔王の城を観察する。
魔王の城、周囲を断崖に囲まれた黒い城。
まるで甲冑を纏っているかのように一階から二階までが鉄板で覆われていて、そこから上は黒曜石に似た石による真っ黒な石造り。
だが、それも規則正しく並んでいるのは三階辺りまで。
そこから上は、上層階へ向かうにつれて、樹齢を経た妖木のように不気味に捻じ曲がっている。
断崖に掛かっているのは跳ね橋が一本。それ以外には、周囲を取り囲む断崖を渡る術はない。
「想像しておったより、随分小ぶりな城じゃな」
確かに、大きさとしては、ヌークアモーズの大聖堂とさして違いは無い。
だが、バルタザールは、そんなソフィーの感想をバカにするように、小さく肩を竦めた。
「言っとくが、見た目の規模なんか当てになんねぇぞ。あの中は途中の階層から、どっか別の空間と繋がってやがる」
「別の空間?」
「三階層までは、言っちまえば普通の城なんだが、そこから上は外観とは全然別物だ」
「なるほど、簡単にはいかんということじゃな」
「ああ、そうだ」
バルタザールは重々しく頷く。
「とはいえ、一度は踏み越えた障害だ。勝手は分かってる。俺も玉座の間の手前までは行った訳だしな」
「なんで手前なんじゃ?」
「すげぇのが居たんだよ、そこに。デミテリスとかいう山羊頭の悪魔でな。口調はやたら丁寧なんだが、そりゃあもう、強えぇのなんのってな。埒が明かねえから、俺がそいつを足止めして、コータとあのドラ息子を先に行かせたのさ」
「ドラ息子?」
「なんだ。ライトナから聞いてねぇのか?」
「いや、ライトナが戻ってきて直ぐに、とるものもとりあえずハノーダー砦へ出向いたのでな」
「ははっ、コータの事がそんだけ心配だったってか?」
バルタザールが揶揄うようにそう言うと、ソフィーがその小さな肩を怒らせる。
「や、やかましい! で、何者なのじゃ。そのドラ息子というのは!」
「レイモンドだよ。知ってるだろう? テディシエ様んとこのドラ息子」
その瞬間、ソフィーは片眉を跳ね上げた。
「はぁ? あの、見た目だけが取り柄のバカ息子が、なんでお主らと一緒におるんじゃ?」
「なんでも何も……。あいつ、自分こそが真の勇者だって名乗ってたんだぞ。俺とライトナは反対したんだが、コータはあの性格だから別に文句も言わねぇし、あっさり同行も許しちまった」
「馬鹿げておる。コータの他に勇者なんぞおる訳ないじゃろが!」
「それが……神から授かったっていう指輪を持ってやがってな。ライトナが言うには、そいつには確かに神の力が宿っていたらしい。まあどんな加護が宿ってるかまでは分からなかったみたいだけどな」
「指輪……じゃと?」
「ああ、指輪が無けりゃとっとと追い出してたんだが……。ホント最悪だったぞ、アイツは……」
「ふん、まあ良い。バカのことはどうでも良いのじゃ。で、コータは、その後どうなったのじゃ?」
「悪いが、そこから後は分からねぇな。俺は山羊頭の氷の吐息で両足をやられちまってな。通路の端から奈落に墜ちた。そこから先は良く分からねぇが、たぶん地下水路に繋がってたんだと思う。で、この近くの川を流されてたところを、運よくドワーフに助けられてな。そいつらの隠れ里に匿われてたって訳だ」
「そうか……」
「悪りぃな。っていっても、オレも両足を失って身動き取れなくなってたからな。ドワーフに頼んで情報だけは集めてたんだが、魔王が倒されたって話は一向に聞こえて来ねぇ。で、魔王軍が出払ったって聞いて、その隙に確かめに来たって訳さ」
「両足を失った? なにも問題なさそうじゃが?」
ソフィーが怪訝そうに彼の脚へと目を向けると、バルタザールはブーツを拳でコツコツと叩いた。
「義足だよ、義足。ドワーフってのはすげえもんでな。はっきり言って、元々の脚より便利だぞ……って、丁度いい。そろそろ行くか」
「行くって……どうしようもないじゃろが」
魔王の城へと続く跳ね橋は、上ったままの状態。
つまり、断崖に囲まれた魔王の城への道は閉ざされている。
「まあ、任せとけって!」
そう言った途端、バルタザールはソフィーの腰に腕を回して、いきなり横抱きに彼女を抱きかかえた。
「お、おい! 何をするんじゃ。やめるのじゃ! この痴れ者! どこを触っておる!」
「痛てっ! やめろ、ひっかくな! 大人しくしろって!」
ぎゃあぎゃあと暴れるソフィーを抱き抱えたまま、バルタザールは岩場の影から歩み出ると、真っ直ぐに魔王の城の方へと駆け出し始める。
「お、お主、何をする気じゃ!?」
「決まってる。断崖を飛び越えるんだよ!」
「ハァア!? アホか! 無理に決まっとるじゃろうが!」
魔王城を取り囲む断崖はその幅十メートルをゆうに超える。幾ら助走をつけようと、人間が飛び越えられる距離ではない。
「まあ、見てなって!」
顔を引き攣らせるソフィーとは対照的に、バルタザールは楽しげに口元を歪める。
その瞬間、彼の足元でウイィィィィン! と何かが回転する様な音が聞こえて来た。
「な、なんじゃ?」
ソフィーが下を覗き込んだ途端、ブーツの底を引き裂いて、義足の、その足の裏から金属の車輪が飛び出した。
「はあああっ!?」
思わず目を見開くソフィー。その視界の中で、激しく回転する金属の車輪。それが岩の地面を削って、火花とけたたましい金属音を撒き散らし、ソフィーの驚愕の声を掻き消す。
「いくぜ!」
そして、バルタザールは凄まじい勢いで加速し始め、一気に宙を舞った。
「ひぃいいいいいい!?」
宙を舞う大男。底の見えぬ深い谷底に、ソフィーの情けない悲鳴が吸い込まれていく。
そして、バルタザールは、跳ね橋のすぐ脇の地面に着地すると、車輪から激しく火花を散らしながら回転して、最後は横滑りに滑って止まった。
「ははっ! どうだ! ビックリしただろ」
「ビ、ビックリしたで片づけるな! 死ぬかと思ったわ!」
未だに鼓動の収まらない胸を押さえながら、ソフィーが怒鳴りつけると、バルタザールは豪快に笑う。
そして彼は、ソフィーを下に下ろすと、急に真剣な表情になって、
「いいか、ここからは地獄だぞ。絶対に俺から離れるなよ。アンタに何かあったら、俺はコータに顔向け出来ねぇんだからな」
そう言った。




