第四十五話 家族になってくれないか?
夕暮れ時。
茜空に、黒煙が棚引いている。
涼やかな風が金色の髪を靡かせて、残照の中、ミーシャは静かに髪を押さえた。
既にヌーク・アモーズの街は、平静を取り戻しつつある。
魔王軍は、全兵力の凡そ半分近くを失って撤退。
風精霊達によれば、このままでは勝ち目がないと悟ったのか、反攻してくる様子も無く、そのまま真っ直ぐに魔王領の方へと向かっているらしい。
結局、城壁を越えたのは、人面獅子と数匹のゴブリンのみ。幸いにも市街地への損害は軽微だった。
一番大きな被害を受けたのが、巨大蛸の直撃を喰らった王宮だったというのは、流石に笑い話にもならない。
その王宮の一角。やけに風通しの良くなった玉座の間。そこに積み上がった瓦礫の上に腰を下ろして、ミーシャは静かに溜め息を吐いた。
「まったく……無茶苦茶なんだから」
「そういわないでくれ。誰にだって失敗はある」
彼女の揶揄う様な響きを含んだ非難の声に、レイボーンが応じた。
彼女のすぐ隣に立っているこの骸骨は二代目。
右手と頭を失ったレイボーンは牙に戻って、別の牙から発生した二代目レイボーンである。
ちなみに本体の古竜は、再び海の中へと消えて言った。
「あららぁ? 失敗って認めちゃうんだ? 計算通りとか言ってた癖に」
「ぐっ……」
「ニコが連れて逃げてくれたから助かったけど、もうちょっとでオーランジェが潰されちゃうところだったんだから、ちょっとは反省しなさいよね」
「……すまん」
「あーそうそう、悪霊女と蜘蛛女もアンタに殺されかけたんだって?」
ニコに聞いた話だが、大聖堂に運び込まれた負傷者の中に、ドナとアリア、二人の姿があったらしい。
どちらも身体のあちこちに火傷を負っていたらしいが、アリアが魔物であることがバレると騒ぎになりかねないので、大司教ライトナが別室で治癒魔法を行使して、既に完治しているそうだ。
「まさか、城壁の外にいるとは思わないじゃないか……」
ミーシャは項垂れる骸骨の姿に、クスリと笑う。
下の方へと目を向けると、王宮前の広場には多くの人が集まっている。
楽しげに、笑いさざめく声が聞こえてくる。
戦勝を祝して、兵士や民衆に酒と蛸の串焼きが振る舞われているらしい。
一番賑やかな一隅へと目を向ければ、ジェラール王自ら、民衆や兵士達に囲まれて、酒杯片手に蛸の串焼きを頬張っている。
もともと気取らない人ではあったが、王などという地位を得ながら、民衆の元に降りてくることなど、なかなか出来る事では無い。
だが、張り切りすぎたのか、ジェラール王は突然盛大に咽て、隣に寄り添っていたオーランジェが慌てて背中を擦る。
そんな二人の姿をじっと眺めながら、ミーシャはレイボーンへと問いかけた。
「ねぇ、レイボーン。お姉ちゃんは幸せだったと思う?」
「たぶん……な。私には、あの男のことが羨ましく思える」
レイボーンは、微笑みあう父と娘を空洞の眼窩でじっと見つめて頷いた。
「そうだよね……きっと」
だが、その途端、
『魔王の子を身籠ることになる』
不穏なフレーズが脳裏を掠めて、ミーシャはそれを振り払うように、ブンブンと頭を振った。
「ねぇ、レイボーン。これからのことなんだけど……」
「魔王を討伐するのだろう?」
「うん。ついてきてくれる……かな?」
レイボーンは、大袈裟に肩甲骨を竦める。
「いまさら、それを聞くのか?」
「そう……だよね」
ミーシャは苦笑する。
「それに、これは私の『復讐』でもある」
「復讐?」
「負けっぱなしは性に合わない。もし本当に私が勇者だというのならば、きっと私の身体を奪ったのは魔王だろう? ならば、私の身体は魔王の城にある可能性が高い。聖剣もおそらくそこにある」
「……もし勇者じゃなかったら? 聖剣でないと魔王は倒せないのよ?」
「その時は……キミを連れて、全力で逃げるさ」
ミーシャは「あはは」と笑ったかと思うと、急に沈んだような表情になって俯いた。
「アンタが勇者だったら、そうか……オーランジェの婚約者ってことになっちゃうのね」
「ん? 彼女は婚約を破棄する。そう言ってたぞ?」
「え……」
ミーシャは思わず顔を上げる。
「そう……なんだ。じゃあ……アンタ、本来の身体を取り戻したら、どうするの?」
「そうだな……」
考え込むように顎に指を当てて、レイボーンは再び広場の方へと視線を落とす。
「その時はミーシャ、私の家族になってくれないか?」
その瞬間、ミーシャは驚愕に目を見開いた。
「そ、それって、プ、プ、プロポ……、きゅ、急にな、なに言ってんのよ!」
「すまない。嫌なら良いんだ」
「だ、だ、だ、誰もイヤなんて言ってないでしょ!?」
「そうなのか? 私は出来れば……キミと一緒にいたい。そう思っている」
あまりにも急なこと過ぎて、頭の中はしっちゃかめっちゃか。
それでも、ミーシャは自分の胸の奥に、確かな想いが息づいているのに気付いていた。
「……私もアンタと一緒に居たい……んだと思う」
「では……あらためてお願いしたい」
「…………はい」
じっと見つめてくるレイボーンに向き直り、ミーシャは頬を染めてしおらしく俯いた。
永遠にも思える程、時間の流れが遅く感じる。
胸の奥でドキドキと心臓が飛び跳ねて、彼の言葉を今や遅しと待っている。
やがて、彼ははっきりと言った。
「私の娘になってくれ」
「はぃ?」
――娘?
考えてみれば、さっきからレイボーンはじっとジェラール王とオーランジェの方を見詰めていた。
――私には、あの男のことが羨ましく思える。
さっきの言葉はそういう意味かァアア!?
ミーシャの肩がプルプルと震え、周囲の空気が歪むほどの怒気が膨らんでいく。
「ど、どうした?」
一向に返事がないことに、レイボーンがミーシャの顔を覗き込んだその瞬間、
「死ねよ! オラ!」
「なんでだ!?」
風の力を纏った右ストレートがレイボーンの頬骨にめり込む。
そして、壁の穴から落下した骸骨は、地面でバラバラに飛び散った。
ご愛読ありがとうございます。
これにて第四章終了です。
物語の区切りとなりますので、お感じになったままのご評価をつけていただければ、とてもありがたいです。
続きを書ききる力になります!
どうぞ、よろしくお願いいたします!




