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第二十七話 やってみなくては分からない。

「あ……あ……ああっ……」


 開かれたままの口から、(かす)れた母音が(こぼ)れ落ちる。


 アリアは恐怖のあまり、小刻みに震える自分の身を掻き抱いて、思わず目を背けた。


 今すぐ、ここから逃げ出したい。


 レイの身体から八本の脚を引き剥がして、空から身を投げてでも逃げ出したい。


 次から次へと湧き上がってくる、そんな馬鹿げた欲求を必死に抑え込む。


 つい、今し方のこと。


「アンタ! 月は見える? あっちは飛竜(ワイバーン)が少ないみたい。あっちへ向かって!」


 背後から追ってくる飛竜(ワイバーン)の群れを気にしながら、アリアは遠くに昇っている月を指さした。


 それは、煌々(こうこう)と輝く明るい満月。


 だが、彼女が指を差した途端、その満月が(まばた)きをしたのだ。

 

 比喩では無い。言葉の通り。


 それは、ゆっくりと(まぶた)を閉じて再び開き、そして、ギロリとアリア達を睨みつけた。


「ッ!?」


 驚愕に目を見開けば、漆黒の夜空に巨大な輪郭が(かす)かに浮かび上がる。


 山の稜線(りょうせん)にも似た、巨大なシルエット。


 周囲を飛び交う飛竜(ワイバーン)達が、羽虫にしか見えない程の巨体。


 深い闇の中に浮かぶ、金色の恐ろしい(まなこ)


 アリアが満月だと思い込んでいたのは、巨大な竜の眼だった。


「エ、古竜(エンシェントドラゴン)…………」


 間違いない。


 それは、あらゆる生物の頂点。


 万年を生き延びてきた、神にも等しい存在。


 アリアの口からその名が(こぼ)れ落ちたのと同時に、レイの思考が彼女の脳裏に流れ込んでくる。


 ――なるほど……つまりアレを倒せば、飛竜(ワイバーン)どもも少しは大人しくなる。そういうことだな。


 レイの感情に(おび)えるような気配は欠片も見当たらない。


 アリアは呆れを通り越して目を見開いたまま、苛立ち混じりに、ポカポカとレイの背を叩いた。


「バカ! バカ! 冗談言ってる場合じゃないわよ! に、逃げるわよ。全力で逃げれば、万に一つぐらい逃げ切れるかもしれないわ」


 ――逃げる? なぜだ?


「なぜって……ア、アンタ、見えてないの! アレが!」


 ――いや、たぶんキミより、はっきりと見えている。乗り換えてみて初めて分かったのだが、飛竜(ワイバーン)の目は、夜ですら昼間と変わらないぐらい良く見える。


「じゃ、じゃあ……」


 ――うむ、親玉が向こうから来てくれたのだ。手間が省けたというべきだろう。


「はぁああああああああっ!? ちょ、ちょっと待って、アンタ、な、何言ってんの!?」


 ――飛竜(ワイバーン)に乗り換えたのは正解だったな。首狩り兎(ボーパルバニー)のままでは、攻撃が届かないところだ。


「届くとか! 届かないとか! そんな問題じゃないわよ! アレは違う! 私たちがどうこうできるレベルの魔物じゃないの!」


 ――やってみなくては、わからない。


「わかるわよぉおおおお! このヘゴイモ!」


 だが、アリアのその意味不明な罵声は、宙空に取り残された。


 レイが一気に速度を上げたのだ。


「きゃああああああああああああああぁぁぁぁ!」


 長く尾を引くアリアの悲鳴。


 激しい風に彼女の髪がばさばさと(なび)いた。


 レイは大きく翼をはためかせると、弧を描くように古竜(エンシェントドラゴン)の方へと突っ込んでいく。


「おろしてぇ! おろしてよぉおお!」


 ――後でな。


 アリアが泣き叫びながら、救いを求めるように背後を振り返ると、追ってきていた筈の飛竜(ワイバーン)達の姿が見当たらない。


 慌てて周囲を見回せば、飛竜(ワイバーン)達が四方八方へと散っていくのが見える。


 誰がどう見ても、飛竜(ワイバーン)達のその挙動は、これから始まろうとしている事に、巻き込まれまいとしているようにしか見えなかった。


 近づくにつれて、次第にはっきりと古竜(エンシェントドラゴン)の姿が見えてくる。


 岩の様にゴツゴツとした黒い鱗。


 頭からは()じれた二本の角が、鋭く後ろへと突き出している。


 図体の割には短い両手、いや前脚というべきだろうか?


 そして金色の目。


 よく見ればその中心のやけに小さな黒目の部分が、こちらを追うように動いていた。


「……めっちゃこっち見てるぅううう」


 アリアが再び恐怖の叫びを挙げると同時に、古竜は突然、それまでゆっくりと羽ばたいていた翼を大きく広げた。


 骨の形がはっきりとわかる、赤黒い膜質の翼。


 左右に大きく広げられたそれは、アリアの視界に収まらない程の巨大さ。おそらく数百メートルでは効かないだろう。


 ――振り落とされるなよっ!


 レイは突然、頭を振り上げると一気に急上昇し始める。その途端、古竜が大きく翼をはためかせた。


 風が逆巻いて、ついさっきまでアリア達がいた辺りを巻き込んで、幾つもの竜巻が巻き起こる。


 暴風。地上を(なぶ)る激しい風。眼下のカノカの街で、幾つもの建物が倒壊していくのが見えた。


 古竜を見下ろして、レイは呆れたような声を出す。


 ――迷惑な奴だな。


「アンタ! あれ見て、迷惑で済ませちゃうの!?」


 ――他にどう言えというのだ。


 アリアのツッコみを面倒臭げに切り捨てると、レイは放物線を描いて古竜の方へと急降下。錐揉みしながら速度を上げて、竜の頭上へと突っ込んでいく。


 アリアは盛大に顔を引き攣らせて、目を見開いている。


 もはや悲鳴も出てこない。


 ――あれだけの巨体だ。取り付いてしまえば、何とでも出来る。


 レイのその言葉は、アリアの意識を素通りした。


 だが、次の瞬間、


『盟約に従いて、その命を貰い受ける』


 竜の口から発せられたのは人間の言葉。その視線は真っ直ぐにレイの事を見ていた。


 途端に、濃厚な硫黄の臭いが鼻を突く。


 竜が大きく開いた口の中、牙の向こう側で怪しい光が渦を巻いた。


 次の瞬間、竜の口から放たれた青白い炎の帯が、夜空を焼き払いながら、二人の方へと迫ってくる。


 ――くっ!?


「きゃあああああああっ!?」


 迫りくる超高温の炎の帯。それを激しく旋回しながら(かわ)すと、レイは飛竜(ワイバーン)そのものの低い叫び声を上げた。


「グゥォオオオオオオオオオオッ!」


 途端に古竜の眼前に、飛竜(ワイバーン)の形をした黒い(もや)が殺到する。


 しかし、竜が一睨みしただけで、(もや)はあっさりと掻き消えた。子供だましも良いところ。


 だが、それで良いのだ。レイは、古竜の視界が塞がったその一瞬の間に急降下。下から(えぐ)るように、古竜の背後へと回り込む。


 ――よし。


 出し抜いてやった。レイが思わず胸の内で頷いた途端、その眼前に迫ってくるものがある。それは古竜の巨大な尾。


 ――なにっ!?


 気づいた時にはもう遅い。


 それは出会いがしらの事故のようなもの。止まろうにも止まれない。


 アリアを(かば)う様に、迫りくる竜の尾に腹を晒すと、激しい衝撃がレイの身体を突き抜ける。


 途端に、逆向きのベクトルの力がレイを弾き飛ばし、放たれた矢のような勢いで、地上に向けて吹っ飛ばされた。


「きゃあああああああああああああっ!?」


 恐ろしい風圧に晒されながら、アリアは眼を見開く。この勢いで地面に叩きつけられたら、まず間違いなく命は無い。


「こんのぉおおおおやろおおおおおお!」


 カノカの街中の方へと吹っ飛ばされながら、彼女は背中に開いた六つの穴から、一気に糸を放出する。


 出し惜しみをしている場合ではない。


 放出された糸は二人の姿を覆いつくし、白い球体を形作った。


 衝撃。激しい倒壊音。


 その白い球体はまるで隕石の様に、ぶつかる建物を砕きながら地に落ちると、砕けた石畳を水しぶきのように舞い上がらせ、最後に鐘楼にぶつかって、それを倒壊させた。


 立ち昇る土煙。ぱらぱらと舞い落ちる砂礫。


 残響が消え去ってしまうと、そこに静寂が居座った。


 やがて、その静寂の中に、ピリピリと何かを切り裂く音が響く。


 白い球体を内側から切り裂いて、アリアが顔を覗かせた。


「生きてる……わ」


 ――助かった。礼を言わねばならないな。


 アリアは球体から這い出すと、後から這い出てくるレイを見据えて声を荒げた。


「アンタの所為(せい)で酷い目にあったわよ! もう!」


 ――すまん。


「まあ……済んだことはいいわ。とにかく! (ねずみ)でもなんでもいいから、小さなものに乗り換えなさい! 一緒に連れて逃げてあげるから!」


 だが、レイは返事をしない。


 それどころか、アリアの方を見てもいない。


 その視線は、ある一点に釘付けになっていた。


 ――良い物を見つけた。


 彼の視線の先にあったのは、自称竜殺しの男が投げ出した巨大な剣。


「な、何言ってんの? アンタ?」


 戸惑うアリアを他所(よそ)に、レイは首を伸ばして(つか)を咥えると、もどかし気に首を振って剣を(さや)から引き抜く。


 刀身はおそらく百八十センチはあるだろう。武骨な鉄の塊とでもいうような代物だ。


 だが、


 ――全くの新品だな。


 何かを斬ったような形跡は欠片(かけら)も無く、刃こぼれもしていない。


 いや、それどころか、刃もついていない。


 いわゆる模造刀だ。


「はったりね」


 アリアが呆れたとでもいう様に肩を竦めると、レイは剣を口に(くわ)えたまま頷く。


 ――だが……充分だ。


 素材は鋼。ただ刃がついていないというだけだ。


「ちょ! ちょっとアンタ! まさか、まだやる気なの?」


 アリアが大きく目を見開いて慌てると、レイはこくりと頷く。


 ――当然。逃げる理由がない。


「理由!? そんなの十分すぎるほどあるじゃない。あんなの(かな)いっこないわよ!」


 ――剣があれば局面は変わる。やってみなくてはわからない。


「つきあってらんないわよ!」


 レイは、いきり立つアリアをじっと見つめると、


 ――安心してくれ、ここからは私一人でやる。


 そう言った。


「え?」


 アリアの戸惑いの声を、羽音が掻き消した。

 

 レイは剣を口に(くわ)えたまま翼を広げると、一気に宙へと駆け上がっていく。


 呆然とその背を眺めていたアリアは、我に返ると元のドレス姿の人間へと姿を変えた。


 そして、


「死んじゃえ! ばぁぁかぁああああ!」


 アリアは中空へと消えていく飛竜(ワイバーン)の背中へと罵声を浴びせると、苛立ち混じりに転がっていた木桶を蹴っ飛ばした。

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