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第二十三話 ドラゴンズ ストライク!!

 アリアの身体がミシミシと音を立てて膨れ上がり、禍禍(まがまが)しい影が、レイの上へと落ちる。


 後ろの方で、ミーシャの「ひっ!?」と喉の奥で詰まったような声が聞こえた。


 振り向かなくとも、彼女の引き攣った顔が想像出来る。


 一方で、男達を殴り倒す鈍い音は、途切れる事なく響き続けている。


 どうやらドナの方は、こちらを気にしてる場合では無いらしい。


 見上げれば、赤々と燃え盛る馬車を背に、巨大な蜘蛛の下半身を持つ女が、いやらしく粘ついた微笑みを口元に貼り付けて、レイを見下ろしていた。


 ――蜘蛛を統べる女王、アルケニー。


 レイは目の前の異形(いぎょう)の女の名を、取っ散らかった記憶の中から(すく)いあげる。


「へぇ、首狩り兎(ボーパルバニー)の癖に、私のことを知ってるなんて、意外ね」


 ――おそらく、過去にも遭遇したことがある……のだと思う。


「悪いけど、首狩り兎(ボーパルバニー)に知り合いなんていないわよ」


 ――中身は違う。


「ああ、そうか……そうだったわね。で、何? アンタ、もしかして、昔の恋人たちの内の誰かだったりするのかしら?」


 アリアは揶揄(からか)う様にそう言って、クスクスと笑う。


 ――違うとは思いたいが、可能性はゼロでは無いな。


「ゼロよ!」


 その吐き捨てるような一言とともに、アリアは足の一本を大きく振り上げると、レイめがけて一気に振り下ろした。


 ――くっ!?


 黒光りする鉄杭のような節足。躊躇(ちゅうちょ)の無い一撃。穿(うが)たれた石畳が砕けて飛び散る。


「だって、恋人達はみんな私の中。みーんな食べちゃったんだもの」


 ――それは愛情の深い事だな!


 レイが、素早くサイドステップを踏んで飛び退()くと、アリアは逃がさないとばかりに、八本の脚を(せわ)しなく(うごめ)かせ、ガツガツと石畳を穿(うが)ちながら追ってくる。


 次々に繰り出されるアリアの攻撃。


 それを、跳ねまわって(かわ)しながら、レイは反撃のタイミングを(うかが)う。


 そして、


 ――ここだ!


 レイはアリアの攻撃のリズムを(つか)むと、一気に彼女に向かって駆け出した。


 要領は、さっきのヒュージスパイダーと変わらない。


 一気に脚を断ち落とすのは無理だとしても、一本づつでも良いのだ。それで動きは鈍くなる。


 レイは四つ足で地面を蹴って、一気にアリアの巨体の下、その脚の間へと飛び込む。


 だが、その瞬間。一瞬、ほんの一瞬。


 アリアの脚の間、丁度レイの顔の高さの位置に、きらりと光る物が目に飛び込んで来た。


 ――ぐっ!?


 それは糸。


 鋼さながらの硬度を持つ、アルケニーの鋼糸(こうし)


 レイは大きく眼を見開くと、力任せに身体を()け反らせて、仰向(あおむ)けに倒れた。そして、そのまま背中で石畳の上を滑りながら、糸の下をくぐる。


 それは、咄嗟(とっさ)の判断だった。


 気づかなければ顔の上半分を持っていかれ、うつ伏せに滑れば耳を持っていかれる、そんなギリギリの状況。


 より目になって糸を凝視しながら、その下を滑り抜ける。


 だが、(かわ)しきれた訳ではない。


 (わず)かに糸を(こす)った鼻先から、赤い血が(したた)り落ちた。


 アリアの背後へと滑り抜けたレイは、慌しく(たい)(ひるがえ)すと、背後から彼女に飛び掛かろうとして、そこで踏みとどまる。


 蜘蛛の尻と、アリアの背中に開いた六つの穴から噴き出した糸が、城壁と通りを挟んだ建物の間。そこに屋根をかけるかの如くに、巨大な蜘蛛の巣を形作り始めていた。


 アリアは足を(うごめ)かせて、ゆっくりとレイへと向き直ると、嫣然(えんぜん)(つや)っぽい微笑みを浮かべる。


「ウフフ、バカねぇ。ウチの子たち相手に通用したからって、同じ攻撃が私に通用すると思ったの? 何より、アンタの考えてる事、ダダ洩れなんだけど?」


 ――ああ、そうか。そうだな。


「へぇ……まだ、そんな余裕ぶった態度を取れるのね」


 実際、思っている事が全て筒抜けの状況で勝とうと思えば、小細工無しに、圧倒的な力で押しつぶすしかない。


 だが、首狩り兎(ボーパルバニー)とアルケニーの魔物としての格の違いを思えば、それは絶望的な状況だと言える。


 そうしている間にも、宙空に形作られた蜘蛛の巣は広がり続けて、通り一帯を覆う程に大きさを増していた。


「一応言っとくけど、仕掛けた鋼糸(こうし)は一本じゃないわよ」


 ――そうだろうな。


 先ほど危うくレイを真っ二つにしかけた鋼の糸。


 レイが負った傷はかすり傷程度でしかなかったが、牽制という意味では、その効果は絶大だった。


 どこに張り巡らされているか分からないと思えば、レイも迂闊(うかつ)に踏み込むことが出来ないのだ。


「うふふ、どうやったら私を倒せるか考えてるみたいね。へー、今は、馬車のところから火を持ってきて、糸を燃やそうと思ってるのね。無駄なことをする前に教えてあげる。この糸は絶対に燃えないのよ」


 ――それはどうも。


 レイが憮然とそう答えると、アリアはいやらしい微笑みを顔に貼り付けたまま、脚をすり合わせる様にしてスルスルと、宙空の蜘蛛の巣へと登っていく。


「うふふ、跳躍すれば届く高さ、そう思ったわね? うん、そうよ。でも跳んだが最期。私の攻撃は避けられないわよ。ここからは私が一方的に、兎狩りを楽しむ番だもの。頑張って私を楽しませて頂戴」


 アリアの胸中が覗ける訳では無いが、何をしようとしているかは想像がつく。

 

 通りを覆う様に張り巡らされた蜘蛛の巣。


 攻撃の届かない位置から、ヒュージスパイダーが放ったのと同じ、溶解液を放って、レイを仕留めようとしているのだ。


 そして、レイを仕留めてしまえば、後の二人の上へと蜘蛛の巣ごと落ちて来て捕獲する。そういう魂胆だろう。


 ――あっちに乗り換えてみる……か?


 レイは石畳の上で、クルクルと回り続けているヒュージスパイダーへと目を向ける。


 だが、同じ蜘蛛でも格下の魔物では、より不利になるとしか思えない。


 ――厄介な女だ。


 蜘蛛の巣に、逆さにぶら下がってゆらゆらと揺れるアリア。


 その姿を見上げたレイは、()()()()()()、その背後の空を見詰めて、思わず赤い目を見開いた。



  ◇ ◇ ◇



「悔い改めなさい! 懺悔しなさい! 神を崇めなさい!」


 そう声を上げながら、男達を片っ端からボコボコにしていくドナの姿に、ミーシャは「あはは……」と引き()った微笑みを浮かべる。


 既に周囲は死屍累々。


 死んでこそいないが、重傷の男達が石畳の上に大量に転がっていた。


 普段はおっとりとした雰囲気を(かも)し出しているというのに、ドナは敵と見做(みな)すと容赦がない。


 ここ数日の旅の間に、それなりに近くなったはずの彼女との距離が一気に遠くなったような気がする。


 …………というか、もっと距離を取ろうと思った。


 周囲の状況は不穏そのもの。


 アリアから放たれた糸が、あれよあれよという間に、通りの上を覆ってしまっている。


 レイの方へと目を向けると、彼は蜘蛛の化け物と化したアリアと睨みあっていた。


 洩れ聞こえてくる二人の会話を聞く限り、考えてる事がダダ洩れのレイは、どうにも旗色が悪いようだ。


「まったく、何やってんのよ。バカ兎」


 唇を尖らせながら、ミーシャは何か自分に出来ることは無いかと思考を巡らせる。


 一番の問題はどうやら見えない糸らしい。


 そのせいで、レイは踏み込めずにいるのだ。


 そうだ! 風精霊(シルフ)に頼んで風で揺らして貰えば、糸が見えるかも!


 ミーシャは(まぶた)を閉じて、風精霊(シルフ)へと呼びかける。


 だが、その瞬間、ミーシャの耳元で風精霊(シルフ)達が狂乱の叫び声を上げた。


 逃げて! 逃げて! と、金切り声を上げる。


 宿から逃げるように、追い立てた時の比ではない。


 絶望に近い響きを宿して、精霊たちは騒ぎ立てた。


「何!? どうしたの!」


 ミーシャが慌てて見回すと、東の空で星明りが、何かに遮られて明滅している。


 目を凝らして見れば、無数の影が群雲のように空を覆いながら、こちらへと向かってくるのが見えた。


「あ、悪霊女! 逃げるわよ!」


耳長(みみなが)殿、まだ、この方たちへの折伏(しゃくふく)が終わっておりません。もう少しお待ちいただければ、全員に言い聞かせ終わりますから」


 ドナはミーシャを振り返ると、返り血に塗れた頬を緩めて微笑む。


「そんな不穏な『言い聞かせる』は初めて聞いたわよ! そうじゃないんだってば! 来たの!」


「来た? 何がです?」


飛竜(ワイバーン)の群れ! 魔王が本格的に攻めてきたのよ!」


「あはは、ご冗談を。竜族は魔王とは敵対していたハズです。王もなんとか竜族と同盟を結べぬものかと試みておられるとか……」


「じゃあ、あれはどう説明すんのよ!」


 ミーシャの指さす先、そこには飛竜(ワイバーン)の群れが、こちらに向かって迫ってくるのがはっきりと見えた。


 ドナは眼を見開いて硬直すると、(かす)かに声を震わせる。


「か、神の叡智は広大無辺。ワタクシ如きが測り知ることなど……」


「アンタらの神様って、ほんと便利よね……」


 ミーシャが思わず、呆れた声を洩らした途端、


 群れの中から飛び出した、一匹の飛竜(ワイバーン)が、急降下してくるのが見えた。

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