本番前①
1.竜虎再起
「何かすっげえ久しぶりな気がする」
都の領空に入ったところでポツリと呟くと、
「そら一月も留守にしてはったら……ねえ?」
幽羅がじと目でツッコミを入れて来た。
暦はもう七月の後半、夏休みが始まって四日ぐらいは経っている。
六月の下旬に京を出て二日で島津攻略が終わったのに何してんだよと怒られるかもしれないが、俺とて遊んでたわけじゃない。
「まあ滞在が長引いたのはアレだけどさ。俺らにとっても悪い話じゃなかっただろ?」
具体的に何してたかってーと義久の要請で三州統一に協力していたのだ。
何でも俺が居ると精鋭の士気が段違いなのだとか。
そんなわけで俺は昨日まで薩摩で島津と血生臭い日々を過ごしていたのである。
いやアイツらマジでおっかねえわ。好意を前面に押し出しながら平気で殺しに来るんだもん。
鍛錬だっつってんだろうがよ。何で真剣持ち出してんだ。
「それはまあ……ところでカールはん。覚えてます?」
「ああ、覚えてる覚えてる。竜虎コンビが俺に話あるってんだろ?」
別に向こうででも良かったのにな。
俺がしばらく薩摩で滞在するっつったら京都に戻った後でとか言われた。
「やることがあるってんで先に帰ってたけど……」
「そこも含めて御二人から直接聞いてくださいな」
そうこうしていると御所の上空に辿り着く。
真下が庭だったので俺はそのまま大鳥からひょいと飛び降りた。
「よっと。おーい! 父ちゃん帰ったぞーい!!」
草鞋を脱ぎ捨て縁側に上がり呼びかけると、ぱたぱたと遠くから足音が聞こえて来た。
「兄様!!!」
花が咲いたような笑みを浮かべ飛び込んで来た庵を抱きしめ尻と胸をタッチ。
あまりの早技。俺でなければ見逃しちゃうね。
「……お前、帰って早々何やってんだよ」
下手人の俺以外にも見逃さない奴は居たらしい。
明美の呆れた視線をスルーしつつ、胸板にぐりぐり顔を擦り付ける庵の頭を撫でてやる。
「ただいま庵。元気してたか?」
「はい! そういう兄様こそ元……んな!? な、何ですかこれは!!」
笑顔から一転、ギョッとした顔で俺の着物を脱がそうとする庵。
「あらやだ昼間から大胆なのね」
「お馬鹿ッッ!! 冗談を言っている場合ですか!!」
庵の視線は俺の右肩から左わき腹まで伸びる傷跡に注がれている。
義弘にぶった斬られた痕だ。
傷そのものは攻略が終わった段で塞いだんだが痕が残ってしまった。
でもまあ男の勲章だ。傷ってカッコ良いよね。
「かなりの手合いじゃのう」
「おおティーツ、久しぶり」
「おう久しぶり。島津っちゅーんは随分、やるようじゃのう」
「まあな」
だからこそ味方につける価値もあるわけで。
「……その傷をつけた奴とあたし、どっちが強い?」
「ん? んんー……一撃の重さや威力は義弘のが上だな。ただ手数と速さはお前のが上だと思う」
鋭さに関してはどっこいどっこい。
少なくとも禁術なしの俺ではまず勝てんだろう。
禁術ありきでも――どうかな? 義弘に勝てたのはアイツがこちらのやり方に合わせて無防備に受けたからだし。
「暢気過ぎます! あ、あぁ……他にも傷が……兄様、大丈夫なのですか!?」
袈裟懸けに刻まれた傷以外にも幾つか痕は残った。
その内二つは家久と歳久のものだ。
「大丈夫じゃなかったら俺はここに居ねえよ」
「い、一体何をしていたのですか……手紙には全然、書いていませんでしたし……」
そりゃまあ手紙でガンガン斬られたよなんて書いたら無駄に心配させるだけだし。
「まあ詳しい話は夜、寝床でな。この件も含めて色々土産話があるんだ」
「……胃が痛くなるようなお話は土産話と言えるのでしょうか」
「ははは」
とりあえず夜は庵への謝罪と御機嫌取りで潰れそうだな。
だがそれはそれで良し。
「ところで明美、こっちは大丈夫だったか? 手紙には何も書かれてなかったが」
俺と同じで心配させまいと伏せた可能性もある。
だが俺の心配は杞憂だったようで明美は何も、と肩を竦めた。
「守人の一族らしき連中が京に入り込んでこっちを探ってるみたいだが……」
「ああうん。それは放置だな」
今はまだ泳がせる段階だからな。
「他は庵が櫛灘姫の力を使えるよう鍛錬してるぐらいか」
「あ、それは手紙にも書いてあったから知ってる。庵、大丈夫なのか?」
「自分のことは棚に上げて……まあでも、大丈夫です。ニセイメイさんの教え方は丁寧で分かり易いので」
「ニセイメイて」
いやまあ確かにその通りなんだけどさ。
本物セイメイより頑張ってるのにニセイメイ呼ばわりはちょっと可哀想だ。
「カールはん」
「どうした本物セイメイ」
「その呼び方はちょっと……やなくて、忘れてません?」
「あー……そうだな。アイツらはどこに?」
「謁見の間で既に待機しとります」
「分かった。俺も直ぐ向かうからお前は皆に土産渡してやってくれ」
大事な話があると断りを入れ、この場を辞去する。
(さてはて、話って何なのかねえ)
あれこれ想像を巡らせながら謁見の間の襖を開け、
「……」
何か知らないおっさんが居る。知らないおっさん二人が俺を見てる。
「間違えました」
ぱたんと襖を閉じて一息。
「いやおかしいだろ」
間違えるわけがねえ。
俺は慌てて再度、襖を開け放つ。やはり居る。知らないおっさんが二人。
何と声をかけたものかと逡巡しているとおっさん二人の身体が光に包まれ、
「は?」
竜子と虎子になった。
唖然とする俺に二人は言う。
「驚かせてしまい申し訳ありません」
「今のはかつて私らが必要に迫られ使っていた偽りの姿でさぁ」
「……」
どうにも、かなり真面目な話らしい。
俺は頭を切り替え上座に向かい腰を下ろす。
「身の上話を聞かせてくれるってことで良いのか?」
「ええ」
落ちぶれる前の話か。しかし、何でまた急に?
俺が将軍になったから復権を手伝って欲しい……とかではなさそうだな。
「改めて名乗りの礼を。私は武田晴信……信玄って言った方が分かり易いですかね」
「同じく。私は長尾景虎。世間には上杉謙信という名で知られています」
「――――」
二人のカミングアウトに俺は呆気に取られた。
え、信玄? 謙信? 何で? 冗談じゃなくて?
「いやでも……えぇ……?」
コイツらの話が真実だとして、だ。
何で賊に身を窶してたわけ? 意味分からないんだけど。
「困惑は御尤も。一から説明致しますゆえ、しばし時間を頂戴したく」
「……分かった。何時間でも付き合うから存分に語ってくれ」
頷き、二人は語り始めた。
その顔色は苦々しく、語り口も重々しい。八俣遠呂智への恐怖、身内の裏切り。折れるには十分な材料だ。
「とまあ、そんな経緯で私と景虎――謙信は命からがら京を脱出したわけですよ」
「で、自分らに着いて来てくれた連中を養うために賊をやっていたと」
「……お恥ずかしながら」
「まあそれはそれとしてだ」
話を聞き終え俺がまず思ったのは、
「…………長慶、あの糞マジでロクなことしてねえな」
今、上杉謙信を名乗っている上杉景勝と武田信玄を名乗っている武田勝頼。
長慶がこの二人に協力したのは均衡状態を作り出し少しでも時間を稼ぎ、義輝に有利な状況を整えるためだろう。
本物謙信と本物信玄より御し易い小僧共に貸しを作り、そうとは気付かれぬよう裏から操って上手いことやるつもりだったのだ。
「とは言え、奴の目論見は殆ど失敗していたようだがね」
虎子が皮肉げに笑う。
確かにその通りだ。上手くやれていたのなら今川上洛をスルーして川中島で殺し合うわけがない。
あのタイミングで今川ほっぽって殺し合うとか長慶的には何の旨味もないもの。
「しかし……上杉も武田も随分と面倒な家みたいだな」
「うちも武田も完全な一枚岩ではありませんでしたからね」
今川が織田攻めを行っているのを遠巻きに眺めていた時のことだ。
武田と北条は今川が天下の権勢を握ることに納得してんの? と俺は疑問を呈した。
北条は天下に興味がなく先祖伝来の土地を護り続けられるのならそれで良しと二人は答えた。
だが武田に関してはマジで意味が分からなかった。約束破りの前科もあったし山賊行為もお手の物。
何故、今川の背中を刺さずに上杉とマジで殺し合ってんだよと俺が呆れていると竜子はこう漏らした。
『…………認めさせるため、なんでしょうね』
あの時は何のこっちゃ? と首を傾げたが今なら得心が行く。
景勝と勝頼は家中をまとめ切れていなかったのだろう。
姿形は真似られても能力までは真似られないからな。
だから景勝は武田を、勝頼は上杉を潰そうとした。
両家はライバル関係で何度も何度も衝突していたが決定的な勝敗はつけられずに居た。
先代が出来なかったことを成し遂げることで偽物二人は家中の者に自分を認めさせようとしたのだ。
「でもよ。仮に決着がついても今川が上洛してたら意味なかったんじゃねえの?」
「そこはほら、あれっすよ。毛利や朝倉、一向宗らと手を結べば何とかなると思ってたんだと思いますよ」
「だが虎子よ。義元はそんなに甘い手合いかね?」
「正直、見通しが甘いとしか」
「だよな」
まあ、義元がくたばったしそこはもうどうでも良いわ。
景勝と勝頼が何を考えているのかもな。最終的にはどっちも殺すわけだし。
問題は、
「で、結局お前らは何がしたいんだ?」
俺に素性を打ち明けた理由は何なのか。重要なのはそこだ。
俺の目的を知ってそうなことや、何故再起出来たのかとかはどうでも良い。
コイツらの素性を知ってたっぽい幽羅が何かしたんだろう。
だが再起した目的だけは聞いておかねばなるまい。
薄々気付いてはいるが、しっかり言葉にしてもらわないとな。
「八俣遠呂智を倒すため、将として殿下に御助力致したく」
「同じく。許可して頂けるなら私も謙信も必ず旦那の役に立ちまさぁ」
「そりゃありがたいが……」
懸念もある。
そして、そこは二人も織り込み済みだったのだろう。
「殿下とその後継となる御方の意に逆らう気は毛頭御座いませぬ」
「む」
八俣遠呂智討伐までは表向き、俺=幕府が主で織田が従という形になる。
だが八俣遠呂智討伐後は違う。
俺も帝国に帰らなきゃいけないので正式な形に則り何もかもを織田に譲り渡すつもりだ。
俺の禅譲を受け新たな将軍は信長になり幕府の名前も変わるだろう。
島津家もそれに納得してくれているし、松平も天下に興味はないのでそれで良いと言ってくれている。
まあ松平に関しては俺が元康を認めさせられたらって条件はあるがな。
他の連中については心配要らない。元々、織田が矢面に立って武力で従えさせる予定だからな。逆らいはせんだろう。
だが竜子と虎子が味方になるとなれば話は変わって来る。
本来、上杉も武田も潰す予定だったが二人が味方になるなら偽者から家を奪い返させた方がずっと良い。
しかし、そうなると上杉と武田の領土はそっくりそのまま残ることになる。
家を奪われたって点をつっついてある程度領土を削ることも出来るが味方になるわけだしなあ。
この二人が再度、大名として返り咲けば新たな体制も磐石とはいくまい。
それゆえ言葉を濁していたのだが……。
「何なら奪い返した時点で織田の人間を私らの養子にして新当主ってことにしても構いませんぜ。
事が済むまでは軍権は握らせてもらいやすが、終わればそれも手放しましょう」
「織田の監視下で隠居しても良いですが、それでも不安なら殿下と共に海を渡っても構いません」
そう言ってくれるのはありがたい。
ありがたいが……何故そこまで? と思ってしまう。
「それで良いのかよ?」
「大名として返り咲くことに未練がないと言えば、そりゃありますぜ?」
「ですが……それよりも何よりも、私達はアレの存在を許容出来ない」
だからこれは交換条件だと二人は言う。
「旦那、あんたのために私らは力を尽くそう」
「その代わり必ず――必ず八俣遠呂智を殺してください」
恐怖に身体を震わせながら希うその瞳に嘘はない。
二人は誠意を尽くした、ならば俺も誠意を尽くすべきだろう。
「――――任せろ」
俺のため、庵のため、お前らのため。
俺は必ず八俣遠呂智を殺す。願った明日をこの手に掴み取る。
「「ならば改めて御身に絶対の忠誠を」」
どうやって俺が投稿を再開するって証拠だよ!?(ブロントさん並の感想)
ハーメルンで投稿されてるブロントさん系オリキャラが主役を務める
史上最強の弟子ケンイチのSSがクッソ面白い
光と闇をヒュンヒュン反復横飛びする感じが癖になる……やっぱナイトってすげえわ
あ、ストック尽きるまで連日投稿になります。




