ときめき島津メモリアル~四兄弟攻略RTA~⑤
1.そんな馬鹿な
カールの企てを聞かされていなかった竜子と虎子が最初に抱いた感想は「そんな馬鹿な」だった。
カールが内城まで辿り着いた際に二人が最初に抱いた感想も「そんな馬鹿な」だった。
幽羅の義久への態度から何をやろうとしているのかを察することが出来たが、あまりにも馬鹿馬鹿しい。
人の上に立つ人間がやるようなことではないし成功するとも思えなかった。
たった一人で島津の精鋭を相手取り、武力ではなくその在り方を以って心服させようなど無茶が過ぎる。
途中で死ぬか、よしんば義久の下まで辿り着けて彼を倒したとしても心を得られるとは思えない。
だがその予想はいとも容易く裏切られた。
幽羅の術でカールを遠見していた当初、義久の目はどこまでも冷徹だった。
確かに強いは強いが、それだけ。だから何だといった風で、二人も同意見だった。
風向きが変わったのは半ばほどまで進んだ頃。義久の表情に微かな苛立ちや焦りが滲み始めたのだ。
外部の人間が居るのに感情を表に出すのは若さゆえ――ではない。
二人の目から見ても義久は若年ながら円熟した空気を纏う良い男だった。それこそ、信玄と謙信の名を騙る息子や甥とは比べ物にならぬほど。
そんな男が何故――とも思わなかった。二人も同じ気持ちだったからだ。
訳が分からない。何故、心が不安定になっているのかが分からないのだ。
それが苛立ちに繋がり、焦りを生じさせた。
『…………あん男、守りを捨てちょる』
兵の一人がそれらしい理屈を語った後でも、動揺は消えなかった。
むしろ強くなったと言って良い。
理屈ではない。心の奥深くに訴えかけるものに心を揺らしたのだ。
二人も義久も取り憑かれたようにカールの行軍に見入っていた。
七合目。何故生きていると? と思った。
精鋭達が更に湧き立ったことでカールに向けられる攻撃はより苛烈さを増していた。
一人一太刀でもあの段で、優に千を超えていて身体はボロボロ。
並みの者なら死んでいたであろう状態だ。
なのにカールの意気は勢いを増していた。
『ドンドン来いやぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!
八合目。何故生きていると? と思った。
島津家久と島津歳久。二人の太刀は絶命に至るものだった。
なのにカールは死ななかった。
その命は最早、風前の灯火どころか死んでいてもおかしくないというほど。
なのにカールは笑っていた。
『良い気付け薬になったよ……ありがとな』
九合目。何故生きていると? と思った。
島津義弘。強者と呼ぶに相応しい弟二人よりも尚、彼は隔絶していた。
それこそ葦原において一、二を争うほどの武威だ。
その一撃はさながら閻魔の裁定。どう足掻いても覆しようがない現実。
死ななければいけない――なのにカールは生きていた。
絶対者の決定を傲岸に蹴り飛ばし、前に進んだ。
『邪魔するぜ』
そしてカールは遂に辿り着いた。
信じられぬものを見た。これが自分達と同じ人間なのか?
義久が晴れやかな顔で忠誠を誓う傍ら、二人は動揺から立ち直れずに居た。
だが、あれだけの偉業――いやさ異業を成したというのに何時も通りなカールを見ている内に徐々に心も定まっていった。
そして、
「もうちょいしたら平戸の町に着きますんで先にお小遣い渡しときますわ」
大鳥の背の上。
幽羅が懐から蝦蟇口を取り出し金を渡そうとするが、
「……その前にお話したいことがあります」
竜子が話を遮る。
幽羅はふぅん、と楽しげに鼻を鳴らし聞きましょうと居住まいを正した。
「京に戻ったら彼と――将軍様と秘密裏に謁見出来るよう手配して頂けませんか?」
「何のために?」
「……我々の正体を明かします」
「ほう。何のために隠してた素性を明かすんで?」
ニヤニヤと意地の悪い問いを重ねる幽羅。
まあ、この程度は二人にも想定内だ。
「……八俣遠呂智……だ、打倒の計画に参加させて頂くためです」
未だ恐怖は拭えていない。それこそ言葉にするだけでドッと汗が噴き出すほどに。
だが、折れてはいない。折れた心はもう立ち直っている。
「虎子さんも同じ意見っちゅーことでええんやろか?」
「ああ。八俣遠呂智を倒すため力の限りを尽くすつもりさ」
「そらありがたいことですけど、急にどないしたんです?」
どの口で、と二人は同時に顔を顰める。
考える材料ぐらいは与えてやると言ったのは幽羅だ。
「愚行と断ずるに迷いない無茶無謀を見て……思うとこがあったのさ」
カールのやったことは愚行以外の何ものでもない。
征夷大将軍という立場にある者がやって良いことでは断じてない。
もし死んでいたらどれほどの混乱が巻き起こったか。想像するだけでぞっとする。
同じ人の上に立つ者としてその行動は決して許容出来るものではない。ものではないのだが……。
「愚行なのに?」
「ああ。旦那の行いは紛れもなく愚かなものだ」
だが間違ってはいない。
愛する人と笑っていられる明日が欲しい――根底にあるのはそれだ。
そのささやかな願いを一体誰が間違いだと否定出来る?
未来を望むのが人ならば、あの時のカールは誰よりも人間を全うしていたと言えよう。
「……ガツン! と頭を殴られた気分でしたよ」
「何もかもを諦め無為に今を食い潰し続けていた我が身の惨めさを思い知らされたのよ」
明日を願うこと、それは万人に許された権利なのだ。
力の有無など関係ない。
例えカールが今よりずっと弱くても同じことをしていただろう。
望んだ未来のため変わらず必死で戦っていたはずだ。
だからこそ自分達が惨めで惨めでならなかった。
「このまま朽ち果てるは御免被ります。死ぬのなら最後の最後まで未来を願って前のめりに死にたい」
「おうとも。このままでは終われん。終われんだろ」
「御二人の言いたいことは分かりました。よろしおす。京に戻ったら一席設けてもらうようお願いしますわ」
「頼む」
「ま、それはそうとこれお小遣い」
銭を渡され二人は渋い顔をする。
お小遣いて。子供じゃないんだから、と。
「それはそうと幽羅よ。一つ、注意しておきたいことがあるんだが」
「何でっしゃろ?」
「前々から思っていたが――――旦那、かなり危ういぞ」
カールの願いは否定しない。
だが、願いの叶え方については別だ。命を懸けること自体は良いとして、そのやり方が問題だと虎子は指摘する。
結果を見れば島津攻略のやり方は正解だった。
「あれがあったから私らも再起出来たかわけだしとやかくは言いたくないが」
カールが一人が命を懸けるのではなく、皆が命を懸けて望む結果を掴み取ることが出来たはずだ。
それは今回のやり方と違って多少遠回りにはなるだろうが無駄な危険を冒さずに済む。
なのにカールは迷いなく自分一人の命を賭け金にして勝負に臨んだ。
「他人を必要としていないってわけじゃないんだろう」
それならそもそも島津を必要とはしない。
幽羅の酷使や信長達との同盟を見てもカールは遠慮なく他人に頼っている。
「自己犠牲というわけでもない。それはそれで面倒だが、そういうことなら矯正も出来ようさ」
「ふむ。ほなら一体何やと?」
「上手い言葉が見つからないが……そう、他人が自分に着いて来れないと思っているんじゃないか?」
能力的な意味ではない。精神的な部分だ。
カールが成すべきと思ったこと、それ自体は他人とも共有出来る。
しかし、そこに懸ける思いは別だ。熱量が違い過ぎて共有出来ない。
「旦那自身、意識はしてないんだろう」
だが行動を見れば明らかだ。
誰も着いて来れないと無意識の内に悟っているから肝心要の部分を一人でこなそうとする。
ひょっとしたら過去にそう思い知らされた出来事があったのかもしれない。
「その熱量の違いが人を惹き付けるというのはある。こうして再起した私らがその証拠だ」
求心力という点から見れば悪いことではない。
だが、あまりにも行き過ぎている。
これから先も今回の島津のように無茶をしてでも得る価値があると見れば、躊躇いなく一人で無茶をするだろう。
「そいつはあまりにも危険過ぎる」
カールは要だ。死ねば何もかもが台無しになる。
時には命を懸けて貰う必要もあろう。
だが八俣遠呂智との決戦までは最低限になるようにすべきだと虎子は言う。
「うちにどないせえと?」
「旦那が何か行動を起こそうって時に理屈をつけて部下に放り投げるよう進言すりゃ良い」
譲らない部分は絶対譲らないが基本的に聞き分けは良い。
カールではなく部下がやる必要があると理を説けば納得してくれるはずだ。
「そうして命を懸ける機会を減らしつつ、信も稼ごうって寸法よ」
「……なるほど。ほなら、助言通りにさせてもらいますわ」
2.ニセイメイ
カールの寝室の縁側では庵が日向ぼっこをしながら草鞋を編んでいた。
「兄様は御無事でしょうか……」
庵にとってカールは無敵の人だ。
本気で事に臨めば出来ないことなんて何もないと。
そう、信じてはいるもののそこは帰りを待つ女の心情。どうしても心配は拭えない。
「大丈夫じゃて庵ちゃん。カールはやる奴じゃあ」
「ティーツさん……その、昼間からお酒はどうかと思います」
何だその馬鹿でかい瓢箪はと呆れ顔の庵。
「庵の言う通りだ。お前、あたしらが何でここに居るか分かってんのか?」
「分かっとる分かっとる。いざ事が起きれば気で酒を抜くけえ、そう硬いこと言うなや」
やいのやいのとじゃれ合う二人。
本当に男女の仲ではないのかと庵がいぶかしんでいると、
「「……」」
二人は目にも留まらぬ速さで庵を背に庇った。
それに少し遅れて庭先の空間が歪む。転移の予兆だ。
現れたのは、
「あなたは確か――そう、ニセイメイさん」
「ニセイメイて……いやまあ、確かに偽者ですけど」
狐を想起させる美男子、影武者晴明が困ったように笑う。
本物晴明こと幽羅は現在、カールと共に薩摩に行っているが一体何をしに来たのか。
一同の視線を受けニセイメイは失礼と謝罪し庵に視線を向ける。
「庵様に御用がありまして」
「私に?」
「ええ。庵様、庵様はカール様に何もかも御任せしている現状に歯痒い思いをされているのではありませんか?」
「……」
愛する人が自分のために血を流し戦ってくれているのに何の役にも立てない。
カールはただ居てくれるだけで良いんだよと笑うだろうが、はいそうですかと頷けはしない。
駄々を捏ねて困らせたくないから大人しくしているだけで庵はずっと忸怩たる思いを抱えていた。
「ですが御安心を――……ああ、別に悪い話ではないので刃を引いてくれませんか?」
「語り口が詐欺師のそれなんだよ。変な真似したらマジ殺すぞ」
そんなつもりはないんですがとニセイメイは謝罪し、話を仕切り直す。
「来る八俣遠呂智との決戦。櫛灘姫の力を受け継ぐ庵様の存在は戦局を左右する鍵となるでしょう」
「……あの、そう仰ってくれるのは嬉しいのですが」
一体何が出来ると言うのか。
自分が知っているのは草薙の剣を譲渡する方法ぐらいで、それも既に済んでいる。
この上、何か出来ることがあるのか? 庵の問いにニセイメイは大きく頷いた。
「初代櫛灘姫は八俣遠呂智――当時は九頭竜ですね。
九頭竜との戦いにおいて人妖の先頭に立ち戦士としても術師としても大活躍なされました。
攻めの力は抽出、特化され草薙へと変じましたがそれ以外の力は庵様がしかりと受け継いでおります」
封印の力による弱体化や味方強化などサポート役としての役割を担えるとニセイメイは言うが、
「…………そう言われましても力の使い方とか分からないんですけど」
特別な力を持っているのは確かなのだろう。
だが庵はこれまで力を自覚したことはなかった。草薙の譲渡にしてもそう。
庵本人はただ誓いを立てただけという認識なのだ。
「ええ、ええ。承知していますとも。ですが御安心を。私が御教え致しますので」
ニセイメイはドンと自らの胸を叩く。
「いずれ将軍職の方に受け継がれている力も庵様に一本化する予定ですからね。
庵様が御力を十全に扱えるようになれば初代櫛灘姫に限りなく近付くことが出来るでしょう」
戦力としては申し分ないとニセイメイは太鼓判を押す。
「そういうことなら是非、お願いしたいのですが……」
「何か疑問がおありで?」
「はい。何故、幽羅さんはもっと早くそれを私に伝えてくれなかったのでしょう?」
カールが廃棄大陸で修行しているあたりで自分も修行を始められていたらもっと早くカールの役に立てたのに。
そう唇を尖らせる庵にニセイメイは言う。
「最近になってようやく御教え出来る目途が立ったのですよ」
曰く、守人の一族のせいで技術の大半が失伝していたのだと言う。
歴代の櫛灘姫に余計な力を持たせぬため自らの命を使った封印強化以外の伝承を意図的に邪魔していたのだ。
「……そういう事情があったのですね」
「アイツらマジで糞だな」
「これ聞いたらカール、更にキレ散らかすじゃろうなぁ」
「カール様のことは一旦置いておくとして、他に疑問はありますか?」
「いえ」
庵は両手を床に突き、深々と頭を下げ改めて教えを乞うた。
どうか自分を兄様のお役に立てるようにしてください、と。
島津の話はこれで終わりになります。
で、連日続投稿もここまでになりそうです。お付き合い頂きありがとうございました。
よければブクマ、評価、よろしくお願いします。




