ときめき島津メモリアル~四兄弟攻略RTA~③
1.パーフェクトコミュニケーション
まだ日も昇り切らぬ早朝から内城へと続く正面の道には島津の兵が敷き詰められていた。
近隣勢力への備えもあるので全軍というわけではないが問題はない。
一人十人殺せば十倍の敵にだって勝てる。
ナチュラルにそんな思考をする島津兵の中から四兄弟が選りすぐった精鋭達がこの場に居る彼らなのだから。
大気中に漂う薩摩濃度で常人なら発狂しかねないが、ここに居るのは頭薩摩の濃縮還元兵である。むしろドンドン元気になっている。
「将軍、ないすっもんぞ!!」
「おいらを舐めたやどげんなっか思い知らせてやっ!!」
漲る殺意。上から下に至るまで頭の中は敵への殺意一色。
舐められた、許せない。
シンプル且つ骨太な殺意を滾らせる彼らを前にすれば、如何な名将とて正面からの戦いは避けよう。
――――だが、その男は真正面から現れた。
日が昇り始めた頃。
ふらりと、まるで散歩にでも来たかのような気軽さでカール・ベルンシュタインが姿を現す。
死に装束にも似た真っ白い着流しをだらしくなく着崩し、薄い笑みを浮かべる姿はそこらのチンピラにしか見えない。
だが、纏う空気はチンピラ如きとは比べ物にならないほど濃密だった。
周囲の空間を陽炎のように歪ませながら一歩、また一歩とカールは歩を進める。
そして一番前に居る兵と数メートルほどまで距離が詰まったところでピタリと止まった。
「将軍に太刀を見舞う」
警戒を露にする島津の者らにカールはよく通る声で楽しげに語り掛ける。
「誉れと湧くか。恐れ怯むか」
嘲りが浮かぶ。
「――――どうやら後者らしいな」
虚仮にされた! 先頭に居る逸った若武者五人が同時に飛び出した。
「キェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!」
猿叫と共に繰り出された必殺の太刀。
冷静な者らは見定めていた。どうかわす? どう防ぐ?
カールの選択はそのどれでもなかった。
「なっ」
受けた。小揺るぎもせずに。
驚きはそれだけではない。
気を込めた全霊の一撃は甲冑ごと切り裂くほどに鋭いはずなのに切れたのは服と薄皮一枚。
薄っすらと血が滲む程度の負傷しか与えられなかったのだ。
まだ驚きは終わらない。
「おーおー、一張羅が台無しだぜ」
そんな暢気な台詞と共に両手がブレたかと思うと襲い掛かった五人が吹き飛ばされたのだ。
慌てて仲間が駆け寄るが反撃を受けた五人は完全に意識を失っていた。
ただの兵なら不思議ではない。だが、自分達は薩摩の兵子だ。
斬られようが撃たれようが止まらぬと心に誓い、その通りに死の果てまで一直線に駆け抜けて行く男達が。
一撃、ただの一撃でやられてしまった。
「ふぅ」
着物の上を大きくはだけ、上半身を外気に晒したカールは腹の底から叫ぶ。
「仲間がやられたぞ! テメェらは見てるだけか!! あ゛あ゛!?」
「言われずとも!!」
戦意が萎えたわけではない。ただ、驚いただけ。
即座に立ち直った精鋭達は近場に居る者から順にカールへと斬りかかって行く。
が、
「温い!!」
やはり薄皮一枚。
カールは斬りかかって来た者らを蹴りで吹き飛ばす。
そしてまた一歩前へ。
「どうしたどうしたァ!? 鬼島津の名は看板倒れかァ!!!」
「抜かせ! まだまだこげんもんじゃなかッッ!!」
攻撃を受けて。反撃して。進んで。
そのループを愚直に貫きながら一歩一歩、カールは内城へと近付いて行く。
近付けば近付くほど兵の練度も上がり傷が大きくなっていくがその瞳に、その足取りに、一切の躊躇いなし。
そうして進み続けて半ばほどまで辿り着いたところで、誰かが呟く。
「…………あん男、守りを捨てちょる」
そう呟いた男の顔には戦慄が滲んでいた。
「どげんこっだ!?」
「き、気の一切を守りに回しちょらんのじゃ」
島津家の兵は他所に比べると気を扱える者が圧倒的に多い。
精鋭と来れば大陸に居る並の武術家では手も足も出ないだろう。
それだけに誤解していた。
カールが初太刀を防がなかったのは気の守りに長けているからだと。
事実、最初に仕掛けた輩は薄皮一枚しか斬ることが出来なかった。
なるほど真正面から挑んで来るだけはあると得心した。
だがそれはとんだ見当違いだった。
「! まさか、奴は全てを攻めに回して……!?」
カールは強化のリソースを全て攻撃力と速度に回していたのだ。
ではあの堅さは何だ? どれだけ鍛えようとも人の肉は刃を防げない。それが気で強化したものなら尚更。
答えは単純――余剰だ。
湧き出す気があまりにも膨大で攻撃力と速度に全て注ぎ込んでも尚、尽きず溢れ出してしまう。
溢れ出した気はそのまま体外に排出され、それが空間を歪ませているのだ。
が、体外に排出されてもまだ余ってしまう。行き場を失くした気が肉体を巡りそれが肉体の頑健さに繋がっていたのだ。
何故、気の扱いに熟達した彼らはその事実に気付けなかったのか。
それはカールの反撃を受けた輩が生きていたからだ。
推測通りであれば自分達が気を全て守りに回したとしても意味はない。打たれれば肉体が石榴のように弾ける。
だが現実にまだ、死者は一人として出ていない。ゆえに気付けなかった。
「だとすれば」
理解した者達は皆、一様に驚愕した。
あまりにも馬鹿げた現実。
カールは一体どれほどの量の気を生み出しているのか。
気は心よりいずる力。一体、その心はどれほどの熱量を秘めているのか。
「だとすれば」
再度、誰かが呟く。
あれだけの気。守りに回せば傷一つ負わず進めるだろう。
今の状態でもその速さであれば攻撃をかわすことは容易いし、何なら攻撃をされる前に仕留めることも出来る。
いやそもそも、相手をする必要さえない。
ゆっくり歩いているがその気になればあっと言う間に自分達を抜けるだろう。
止められるのは義弘、歳久、家久の三人ぐらいだ。
なのにカールはそれをしない。侮っている? 否、あり得ない。
あれだけの気を生み出せる心の強さを持つ漢がそのようなことをするものか。
精鋭達は自分達がここに居るそもそもの理由に疑いを持ったが――即座に放り投げた。
考えるのは後で構わない。
だってこれは、
「これは誉れぞ!!!!」
あれだけの漢が真正面から自分達に挑んでくれる。一つも余さず受け止めてくれる。
奮い立たずして薩摩の男を名乗れるか? 否、ここで奮わぬ男は男に非ず。
最初の怒気を遥かに越える歓喜が大地を揺らす。
「誉れじゃ誉れじゃ!!」
「将軍様に感謝せい! 感謝して斬り殺せい!!」
「退け! 次はおいだ! おいが行く!!!」
我先にとカールへ向け斬りかかる薩人マシーン達。
彼らの一点の曇りもない喜びに満ちた殺意を一身に向けられたカールは、
「たまんねえな……これが島津か」
ニヤリと笑い、
「ドンドン来いやぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
更に強く大きく気を滾らせた。進め、進め、どこまでもどこまでも。
意気に比例するように傷はどんどん多く、深くなっていく。
それでもカールは歩みを止めない。後退の螺子はとうに外している。
いやさ、今生においては初めから備わっていなかったのかもしれない。
そうして進み続けて八合目といったところでカールの前に二人の男が立ち塞がる。
「お前らは……」
ツーブロックヘアーの十三、四歳ほどの気だるげな少年がまず名乗りを上げた。
「島津家末弟、島津家久っす」
次いで不景気な顔をした二十前半ぐらいのウルフカットの男が名乗りを上げる。
「島津家三男、島津歳久だよぅ」
兄弟が後半に居るだろうことはカールにも予想がついていた。
だが、何故彼らは褌一丁なのか。これが分からない。
「何つーか……頭ん中ごちゃごちゃで……上手く言えねえんすけど」
「あんた、すげえよぅ」
言って、二人は同時に抜刀。構えは共に蜻蛉。
「言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるんすけど」
「そいつは後で良いよなぁ?」
静かに殺気を滾らせる兄弟にカールは、
「――――島津の男はお喋りなんだな」
「……ハッ」
「クク」
笑ったかと思うと、瞬く間に悪鬼の如き形相に変わり二人は勢い良く斬りかかった。
これまでとは比べ物にならないほど速く、鋭く、重い一撃。
深々と肉に食い込む刃は――しかし、カールの命を、意思を断つことは出来なかった。
「くぅ……!!」
苦悶の声を噛み殺すようにグッと歯を食い縛りカールは二人の腹に拳を見舞った。
全力で耐えようとしたのだろう。これまでのように吹き飛ぶことはなかった。
しかし、耐え切れはせず二人は同時に血を吐き出して倒れ伏した。
「良い気付け薬になったよ……ありがとな」
最早満身創痍という言葉ですら生ぬるい状態。
鮮血に染め尽くされた身体は直視出来ぬほどに痛々しい。
それでもカールは春風のように涼やかな笑みを浮かべていた。
最初よりも頼りない足取り、焦点の合わない瞳。
しかし、心の炎に一切の翳りなし。
そして内城、大手門。最後にして最大の壁がカールの前に立ちはだかる。
「次兄、島津義弘」
男は静かに名乗った。
艶やかな黒髪を結い上げた一見すれば優男に思える義弘だが三男四男とはレベルが違う。
二人も並々ならぬ実力者だったが義弘は更に隔絶している。
それこそ以前、織田攻めの際に見た忠勝ともタメを張るワールドクラスの強者だ。
それでもカールの心に動揺はなかった――やり抜くと決めているから。
だがそれはそれとして何でコイツも褌一丁なのかという疑問があった。
「拙は生来のお喋りで、父からもよくそこを咎められたものです。男ならば言葉ではなく行動で語れと」
そう、今のあなたのように。
義弘の瞳には強い尊敬の念が見て取れた。
「『心に鬼を飼え』――我ら四兄弟は初陣の際、必ず父にそう言われました」
「いくさばはこの世の地獄。人の身には余るものだから……か?」
「その通り。人が居て良い場所ではありません。されど世は戦国。修羅の巷を生き抜かんとすれば自らも鬼になるしかない」
「道理で、お前ら兄弟を見てると肝が冷えるわけだ。随分おっかない鬼を飼ってるみてえだな」
「あなたほどではありますまい」
義弘は言う。
「父はこうも言いました。『鬼になれ、されど鬼に成り果てるな』と」
生き残るためには鬼になるしかない。
だが、鬼に成り果ててしまえば地獄から抜け出せない。
人と鬼の狭間でもがき苦しみながら前に進むことこそが本当の強さだと。
義弘の父は教えてくれた。
「正直、イマイチピンと来てはいませんでした。いえ、言わんとすることは分かるのです」
鬼となり血を浴びれば浴びるほど、殺せば殺すほど、心は蝕まれていく。
痛む心を捨ててしまえば楽になれる。自身の行いを正当化してしまえば楽になれる。
だが、それでは先がない。明日を目指して生きるのが人だ。先を――明日を捨ててしまえば死んでいるのと変わらない。
ようは易きに流れるなと言いたいのだろうと義弘は理解していたが実感は得られなかった。
「だが、あなたを見て本当の意味で父の教えが理解出来た気がします。
あなたは世界を焼き尽くしても尚、余りある鬼を心に棲まわせながらもそれに呑まれず歩き続けている。
その姿の何と美しいことか。拙はあなたに命を見ました。ああ、これが生きるということなのだな……と」
万感の思いと共に義弘は言う。
「――――尊敬します、心の底から」
「……そいつはどうも」
「だからこそ」
そう、だからこそ手は抜けない。
命の限りに輝く益荒男を相手に手を抜くなど言語道断。
全力の命を見せられたのだ。ならば己も全力の命でぶつかっていくのが道理。
義弘は血が滲むほどの握力で柄を握り締め、刃を振り上げた。
「参ります」
「ああ」
音を置き去りにして放たれた一撃は肉を切り裂き骨まで届いた。
だが、命を、意思を断ち切ること能わず。
耐えた。カールは遠ざかる意識を、四散しようとする命を、意思の力で無理矢理繋ぎとめ見事に耐えてみせた。
「う……くぅ……ッ……じゃあ……今度は……俺の番だ」
義久はニコリと笑い、大きく両手を広げた。
余さず受け止めようという意思を感じ取ったカールは自身が最も得意とする技を放った。
「殺戮――刃ッッッ!!!!」
弧を描くように振り上げられた右脚が義弘を切り裂く。
これまでとは違う。殺すつもりで放った一撃。義弘はそれをカールと同じように無防備に受け止めてみせた。
常人であれば――否、達人であろうとも致死に至るそれを義弘は耐えた。
倒れそうになる身体を、太刀を地面に突き刺し杖にすることで何とか踏みとどまったのだ。
「何て濃密な……ああ、良い気分です……このまま……倒れてしまっても構いませんが……」
その前に果たさねばならぬことがある。
義弘は舌を噛み切り、途切れそうになる意識を無理矢理繋ぎとめカールに背を向けた。
そして、
「破ッッ!!!!」
最後の力を振り絞って大手門を真っ二つに切り裂いた。
敗者として勝者に道を――義弘は矜持を貫いたのだ。
「……どうぞ、御行きなされ」
道を譲り臣下の如く義弘は跪き、言った。
カールはそんな義弘を一瞥し歩き出す。そしてすれ違いざま、
「死ぬなよ」
「御意」
答え、義弘は無理矢理繋ぎ止めていた意識を手放した。
その刹那、去り往くカールの背中を視界に収め、思った。
(ああ――――何て、大きな背中)
まるで世界さえも背負えてしまいそうな。
個別に好感度を稼いでいたらロスになるので特殊イベントを起こす必要があったわけですね(走者並のコメント)
ブクマ、評価、よろしくお願いします。




