番外編④
本編との二話投稿です。
本編をご覧になってない方はまずそちらをどうぞ。
ちなみにこの番外編は番外編③のレスラー√の続きです
1.プロレスIF2
「オラそこォ! 腰の入ってねえスクワットしてんじゃねえよぶっ殺すぞ!!」
特注で作らせた竹刀で床をぶっ叩きながら叱り飛ばす。
舐めた筋トレやってる奴にレスラーの資格はねえ。
「うぃいいいいっす! 申し訳ありません!!」
「罰則だ! 終わったらグラウンド二十週!!」
「あざーっす!!」
他の連中にも目を光らせつつ、俺は椅子に腰掛け溜め息を吐く。
マリーと共に行ったデモンストレーションから既に半年――帝国は空前のプロレスブームが巻き起こっていた。
(――――いや、何でだよ)
改めて現状に頭を抱える俺。
いやまあ、マリーの商人やら何やらの才覚は知っていたよ。
若くして侯爵家の当主を務め、たかだか一ヶ月、そうたった一ヶ月でだ。
天覧試合に使う会場を確保し貴族皇族を集めたデモンストレーションの場を整えてみせたんだからな。
(とは言え、帝国だぞ?)
魔法至上の風潮が強いこの帝国でだ。
プロレスというものが流行るとは正直、思ってなかった。
元々格闘技――というか近接戦闘全般のイベントもさ。天覧試合ぐらいじゃん。
地方では他にも色々やってるだろうけど、国を挙げてのイベントとなるとな。
魔法関連に比べると天と地ほども差がある。
(プロレスもなあ、一般に受けるとかならまだ分かるよ?)
魔法を使えない庶民は言わずもがな。
魔法を使えても、普通程度で特権とかとは無縁の庶民もそう。
そこらにならエンタメの一種としてそこそこ受け入れられるかもしれない。
でも、デモンストレーションの場に居た貴族皇族はどうだ?
ないないあり得ない。
魔法至上の考えがより強い特権階級の人間からすればプロレスなんぞ野蛮の一言だろう。
だからまあ、デモンストレーションも失敗すると思ってたのに――――何故か大受け。
いや、俺も手を抜いたわけじゃないよ?
マリーが必死にやってるのは分かってたしさ。
プロレスってものを最初から知ってる俺も、全力でその良さをアピールしてやったさ。
半ば巻き込まれただけとは言え手を抜くのは俺のポリシーに反するからな。
まさか皇族……それも、第一皇子と第二皇子がドハマリするなんて……。
『プロレスは脚本ありき。格闘技ではなく芝居と言っても良いのかもしれない』
あの時のことは今思い出しても信じられない。
試合後、俺はマイクを片手に観衆に向け語り掛けていた。
『ショーだ、見世物だ、エンターテイメントだ』
試合後のテンションだったからな。
まあ俺も気分良く演説ぶち上げてたと思うよ。
『しかし、それはプロレスが他の格闘技に劣ることを意味しているわけではない』
瞬殺は許されない。
避けることも許されない。
防ぐことも許されない。
捌くことも許されない。
だってレスラーだから。
レスラーは相手の技から逃げちゃいけないんだ。
痛かろうとも、辛かろうとも、退くことだけは許されない。
『身体一つで全てを受け止める真に強い者だけが、この舞台でプロレスを演る資格がある』
生半可な野郎じゃ、ただの滑稽な見世物にしかならない。
崇高で、芸術的なプロレスをやれるのは真に強き者だけ。
みたいな感じで熱弁を振るったさ。
『――――以上です、御静聴ありがとうございました』
頭を下げた時、会場はシーンと静まり返ってたよ。
ああ、こりゃ駄目だなって思ったさ。
でも、頭を上げようとしたところで一際大きな拍手が二つ聞こえた。
それが第一皇子と第二皇子だった。
期せずして同時に立ち上がり、拍手を送っていたんだよあの二人。
そしてそれにほんの僅か遅れて皇帝が。
気付けば会場には万雷の拍手が鳴り響いていた。
『感動した! 凄かった! 君こそが真の男だ!!』
『胸が熱くなった……生まれて初めてだよ!!』
困惑する俺を他所に、堪らずと言った様子で観客席から飛び降りて来た皇子二人が俺を抱き締めた。
どうやら互いを認識していなかったらしく、
抱きついてから顔を見合わせ直ぐに離れたんだが……マジかよって思ったね。
んでその後、個別に皇子から呼び出し受けてさ。
色々話をしたりテンションに身を任せて闘魂ビンタかましたりしてたら――――
(皇子二人が最大のスポンサーになるなんて……)
俺がノリで熱く語ったことがどうやらかなり響いたらしく、
皇子二人は和解したらしく共同でスポンサーに名乗りを上げたんだ。
そこから先はもう、トントン拍子。
人集めからテレビの枠確保やらぜーんぶやってくれたの。
いや、俺もね? 途中でさ。あれ? これ何か不味くね? って思ったよ。
俺の将来設計的におかしなことになるんじゃねえかってさ。
だからまあ、人集めの段階で徹底的に篩いをかけた。
それこそ皇子二人の顔を潰す勢いで半端者を追い出したさ。
プロレス舐めんじゃねえ! ってな。
(なのに……)
皇子二人はニッコニコ。
むしろ、レスラーの資格がない奴らを集めてしまったことに頭を下げられたぐらいだ。
で、残った奴も俺の演説に看過されたらしくてさ。
本気でプロレスやろうとしてんの。
結果、最精鋭の人員による団体が出来上がったわけ。
俺としても手は抜けないからバッチリ仕込んださ。
嫌な顔一つせず、真摯に受け止めてくれたよ。
となれば……なあ?
心身共に優れた奴らが真面目に指導を受けたんだ。そりゃ良いレスラーになるに決まってるじゃん。
演出家や脚本家も意欲と才覚に溢れた奴らを用意したものだから――失敗する要素がどこにもなかった。
いざテレビでプロレス放送が始まると瞬く間に火が点き、帝国はプロレスの炎に包まれてしまった。
誰が予想出来たよこの事態。
「はあ」
と溜め息を吐いていると、ジムの扉が乱暴に開かれた。
ちなみにこのジムも皇子二人の支援によって出来たものだ。
国立魔法研究所のケツを叩いて作らせた魔法を用いた最新鋭のトレーニング機器や、
プールにサウナ、プロの料理人が常駐する食堂もあるかなり豪華なジムなんだが……権力ってすげえなあ。
「やあカール! おっと、失礼。否鬼、遊びに来たよ!!」
「邪魔するぞ」
現れたのは第一皇子ロルフ、第二皇子エルンストの皇族兄弟だった。
コイツらは暇なのか、ちょくちょく俺に会いに来る。
男に好かれても何も嬉しくないんだが?
ちなみに否鬼というのは俺のリングネームだ。
正式名称はギガント否鬼。
役回りはベビーフェイスで……何か最近、帝国の英雄とか呼ばれてる。
別に戦争とかで活躍した事実は一切ないのにね。
強いて言うなら天覧試合でレスラーとして出場しレスラーを貫いて優勝したことぐらいか。
あれもなー、仕事と私的な事情で出ただけなんだがな。
ただ、あの一件で皇子二人に借りが出来てしまったのが……。
「これはこれは皇子。おいお前ら、挨拶!!」
「いやいや、そういう堅苦しいのはなしにしてくれ。君もだ否鬼。私たちは友達だろう?」
「兄上の言う通りだ。私人として遊びに来ているのだから、そういうのは勘弁してくれ」
友達になった覚えはない。
私人として来るなよ。
言いたいことは多々あるが……まあ、しゃあないか。
「……毎回言ってるが、俺は庶民なんだよ。正直、心臓に悪い」
「ハハハ! 俺と兄上の頬を容赦なく張り飛ばした男が言うことか!!」
「それよりどうだい? 王座決定戦に向けての仕上がりは」
「ふぅ……ま、それなりってとこかな」
一番人気は俺――ギガント否鬼だが、それ以外にも人気と実力を兼ね備えたレスラーは多数居る。
そいつらを集めて今度、初代プロレス王を決める大会が開かれるのだ。
チケットが飛ぶように売れているとマリーは嬉しい悲鳴を上げていた。
つっても、金儲け的な意味でじゃないぞ?
プロレスに興味を持つ人がそれだけ居るのが嬉しいんだ、アイツの場合はな。
「過剰に誇るでも過剰に謙るでもなく、あるがまま――君らしい物言いだ」
「だからこそ期待出来る。俺と兄上はお前に賭けるぞ」
「そいつはどうも。儲かったらその金で優勝パレードでも開いてもらおうかな」
「ハハハ! 勿論だとも。その時は私費を投じて盛大に祝おうじゃないか」
悪い奴らではないんだ。
うん、まあそれは確かだ。
ただ何て言うのかなあ。節々に育ちの良さを感じるって言うの?
大工の息子であるカールくんとしては……ちょっと息苦しいのよ。
幼馴染連中の下品さが懐かしい。
ティーツとか今、何やってんだろ。
「っと、それはそうとカール。君に少し頼みがあるんだが」
「ん?」
「今度の休み、予定がないのなら私たちの妹に会ってもらえないだろうか?」
「妹……っつーことは皇女じゃん。いや勘弁しろよマジで。礼儀作法なんざ知らねえぞ俺」
「いや、大丈夫だ。あの子はそういうことは気にしない――いや、出来ないと言うべきか」
「???」
申し訳なさそうな、何かを恥じ入っているような、そんな表情をしている。
「…………名はアンヘルと言うんだが、アンヘルはかつて次期皇帝と目されていた子なんだ」
「ほう、それはそれは。次期皇帝ってことは皇族の中でも圧倒的に魔道士としての力量があったんだな」
「ああ……ただ、少し事情があってそれはなしになった」
沈痛な面持ち。
かなり厄介な事情があるようだが……勘弁して欲しい。
何でそんな面倒な相手と会わなきゃいけないんだ。
「俺も兄上も、正直かなりアイツに嫉妬していた。
次期皇帝の内定が取り消されてからも顔を合わせれば厭味を言っていたし、嫌がらせも……」
「土下座して来い」
ついそう言ってしまった。
「「いや、もうして来た」」
「そ、そっか」
「その際、君に会って話がしたいと言ってきたんだ」
「正直……あり得ない事態だ。色々な意味でな」
「先入観を与えるといけないから何も説明出来ない。しかし、私とエルンストは希望を見たんだ」
縋るような視線に、俺は思わず呻き声を上げてしまった。
「何も言わず、頼みを聞いて欲しい。お願いだ、私たちに出来ることなら何でも……」
「あー! 止めろ! そういうの止めろ!!」
皇子にそんなこと言わせるとかアウトじゃん!!
俺はコメカミを押さえながら兄弟の頼みを受け入れた。
会って話をするだけ。希望とやらが実らなくても文句は言わないという条件をつけて。
「ありがとう、恩に着るよ」
「そういうのは上手くいってからにしてくれ……にしても、遅いな」
「? 誰か待っているのか?」
「ああ、地方に巡業行って連中が帰って来るはずなんだがまだ来てねえんだ」
予定なら早朝に着くはずだったのに、もう夕方だぞ。
一体どこで油を売っているのか。
少しイラついていると、開け放たれたドアの向こうから件の選手らが顔を出した。
「おせえぞ! テメェら一体何してやがった!?」
「す、すいません!!」
巡業行ってた選手のまとめ役が頭を下げ、事情を話し始める。
何でも帰還ルートにレッドドラゴンが襲い掛かって来たらしい。
しかも、普通のレッドドラゴンじゃない。
大きさからして千年以上は確実に生きている、エルダー級だとか。
それで逃げ回っていたら、こんな時間になってしまたと言う。
(それならしょうが……いや待てよ)
これ、使えるんじゃないか?
正直、俺色々疲れてるんだよな。
外からも内からもカリスマレスラーとして神聖視され過ぎてるって言うか……。
こう、怖いんだよ。熱狂が。
ちょっと落ち着かせたい――もっと言うなら俺を放逐して欲しい。
そうすりゃ皇子との関係も断てそうだし、妹に会う必要もなくなるからな。
俺は内心でほくそ笑みながら立ち上がり、
「馬鹿野郎!!!!」
まとめ役の男を張り飛ばした。
「い、否鬼さん!?」
「……力を誇示しろとは言わねえ。横暴に振舞う必要もない」
むしろ紳士であることを心がけるべきだろう。
だが、逃げてはいけない。
レスラーはどんな艱難、どんな辛苦からも逃げてはいけないのだ。
なのに売られた喧嘩から逃げ出すとはどういう了見だ?
俺がそう叱り飛ばすと、
「で、でも否鬼さん! 相手はドラゴン……それもエルダー級ですよ!?」
まとめ役を庇うように別の選手がそう叫ぶ。
うん、そうね。その通りだよ。
でもごめん、利用させてもらうね。
「テメェは相手を見て喧嘩をするのか?」
俺は皇子二人を見る。
「今直ぐ件のレッドドラゴンの捜索を開始してくれ。で、見つけたらそこまでの足と撮影班の手配を頼む」
「…………何をする気なんだい?」
「ギガント否鬼VSエルダードラゴン、時間無制限一本勝負のデスマッチを行う」
自分で言うのも何だが、頭おかしいだろ。
たかだかエンタメで何でそこまでしなきゃいけないんだ。
こんな頭のおかしい奴を業界にのさばらせちゃ駄目だよ。
さっさと追い出さないと盛り上がったプロレスという文化に水を差すからね。
門戸を狭める害悪は取り除くべきだよ、表向きには病気とかにして引退させよう。
ほら、皇子権限でさっさと――――
「まったく君って奴は……分かった。私とエルンストに任せてくれ」
え?
「他人に厳しく、自分にはもっと厳しく……誰よりも強く在る――ああ、それがレスラーだもんな」
あ、あの……。
「ッッ……! さーせん! 否鬼さん、俺が……俺らが間違ってました!!」
い、いや……違うよ? 間違ってるのは俺だよ?
命を大切にとか子供でも知ってるよ?
え、何? これマジでやる流れ? 俺ドラゴンと闘らなきゃなんねえの?
「「「「「「「「否鬼、ボンバイエ! 否鬼、ボンバイエ!! 否鬼、ボンバイエ!!!」」」」」」」」
ジムの中に響き渡る否鬼コール。
否が応にも高まる熱気に、俺はドン引きしていた。
(嘘だろマジかよオイ。まともな奴は俺しか居ないの!?)
数日後に生放送された否鬼VSエルダードラゴン戦により、
彼の名声は帝国どころか他国にまで響き渡ることとなった。
しかし最強最高のレスラーギガント否鬼、その伝説はまだ始まったばかりである。
レスラー√はギャグシナリオみたいなものなので別名イージー√とも言います。
出会い方は違いますがアンヘル、アーデルハイド、庵はこっちでもヒロインです。
ちなみに時系列上、庵は既に攻略済みです。
今回の話では出てませんが庵はジムで雑用しながらカールと一緒に暮らしてます。
レスラー√では帝国で予定されているイベントが幾つか潰れるし葦原編も
皇子二人が八俣遠呂智について知るので葦原だけじゃなく世界の問題じゃん!
とカールの葦原統一を支援し八俣遠呂智との最終決戦では
カール率いる帝国・葦原連合軍(アンヘルとアーデルハイドにシャルも参戦)が
八俣遠呂智と戦うので本編よりかなり楽に話が進みます。




