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復讐を果たして死んだけど転生したので今度こそ幸せになる  作者: クロッチ
第二部 葦原動乱

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絡め取られる心③

1.蜘蛛の糸


 年明け。

 京は室町御所で行われた年賀行事への顔出しを終えた松永久秀は帰途についていた。

 冬の冷気が肌を刺す中での騎馬による帰宅。

 当然、辛い。辛いがあまり大和を留守にするわけにはいかないのだ。


「やれやれ……将軍様にも困ったものですなあ」


 馬に跨り隣を並走していた弟――ということになっている松永長頼が皮肉げに笑う。

 久秀は何も答えない。真っ直ぐ前を向いたままだ。


「誰のせいで窮地に追いやられたと思っているのか。

面子のために私や兄上、三好三人衆までをも呼び出して……本当に困ったものだ」


 ハッキリ言って室町幕府は緩やかに滅びへと向かっている。

 原因は将軍による先の短慮だ。

 長慶の神がかり的手腕により傍目には何一つ損なわれてはいないように見える。

 しかし、将軍職や葦原という国の裏に潜む真実を諸大名が知った以上、これまで通りとはいかない。

 むしろこれまで以上に厳しい立場になってしまった。


 だというのに義輝は各々の地で各方面に睨みを利かせている久秀らを呼び出した。

 理由は長頼も言ったように面子のため……いや、不安さもあるのだろう。

 義輝が阿呆とはいえ現状を理解できないほどうつけでもない。

 臣下の忠誠を疑っているのだ。皆が離れていかないかと不安なのだ。

 特に久秀を筆頭とする現在の三好家で活躍する者らは長慶個人に着いて来た者ばかりだから。


「本拠を留守にすればそれだけ周囲への睨みが利かなくなると言うのにねえ。

いや、それで僕らが困ることはありませんがね? 困るのはあの馬鹿将軍だけですしおすし」


「……」


 久秀は何も言わない。

 普段なら生来の生真面目さで人の目や耳がないとはいえ長頼の言を咎めたいただろう。

 だが、愚痴も已む無しと沈黙する程度には久秀も現状に思うところがあるのだ。


「長慶様も、つくづく憐れな御方だ。

“名を棄て去ってまで”力を得、尽くそうと決めた方がまるで応えてくれないのだから。

里に居た頃は性別の垣根なぞ感じさせぬ偉大な御方だと思っていたが、

やはりあの人も芯の部分は女だったという――――」


「長頼」


 初めて久秀が口を開く。


「何です? あにう……」

「少し、黙れ」

「ッッ」


 重苦しい殺気が長頼に圧し掛かった。

 久秀の殺気に臆病な馬が過剰に反応するも、久秀は淡々と馬を宥め再度走り出す。

 そんな久秀に少し遅れ、馬を落ち着かせた長頼が追って来る。


「怒りましたか? でも、事実でしょうよ」

「…………長慶様に手向かうか」


「まさか、そんなつもりはありませんよ。

自らの名を二度と拾い上げられぬ谷底へ棄て去ってでも着いて行くと決めたのは僕なのだから。

僕だけじゃない。それは兄上、あなたも同じでしょう?」


 その通りだ。

 自分だけではない。皆が、皆が絶望していた。

 愚かな一族と愚かな一族が作り上げた閉塞感に満ち満ちた箱庭に。

 だから長慶に期待した。

 愚かな一族の人間とは思えぬほど聡明で美しい彼女ならと。

 彼女が外の世界に出ると言うのならきっと何かが変わる。

 何もかもを破壊して新たな何かを始めてくれると……そう、思ったのだ。


(だから禁呪を受けることにも躊躇いはなかった)


 長慶を筆頭に久秀、長頼、三好三人衆。

 その他、一族を裏切った者らは皆、名を棄てた。

 単純に名前を変えたというわけではない。

 魂魄に刻まれた己を証明する証である“名”を代償にすることで力を得たのだ。


 名とは我と彼を区別するもの、自分が自分である証。

 それを魂魄レベルで棄て去るということは、とんでもなく危険な行為だ。

 現に一緒に一族を離反した者の殆どが禁呪に耐えられず自我が崩壊してしまった。

 喪失感に耐えながらも自らを手放さなかったのはほんの一握り。


 そんな危険な術だったが、全員がそれを望んで受けたのだ。

 希望を信じて一寸先に広がる闇へと飛び込んだのだ。


(だけど……)


 寂寥が胸を満たしそうになるが、


「ただいま戻った! 皆、よく殿の留守を護ってくれたな」


 ハッと我に返る。

 気付いたら城の前まで来ていたらしい。

 久秀は馬を降り、長頼に遅れて留守を預かった者らに労いの言葉をかけながら城に入って行く。


「これより私と弟は執務に戻る。危急の事態でもない限りは近付くなと周知させよ」

「ハッ!!」


 城に残っていた部下にそう言い渡し、長頼と共に執務室に入る。


「長頼」


「ええ、分かっていますよ。仕事は僕がやっておきますので、どうぞ御自由に。

兄上に息抜きをしてもらわないと……巡り巡って僕に負担がやって来ますからね」


「すまんな」


 頭を下げ、執務室内の隠し通路から天守の隠し部屋へと向かう。

 するとどうだろう? 信じられないことが起こった。

 久秀の肉体がボロボロと崩れ始めたのだ。


「…………ふぅ、やはり肩が凝りますね」


 それはこれまでの野太い男の声ではなく細く高い女の声だった。

 隠し部屋に居るのは久秀一人だけ。

 となればその声は当然久秀のものだが、変わったのは声だけではない。


 首元で切り揃えられた黒髪。

 美女と呼んで差し支えはないものの、鋭利な瞳がどこか取っ付き難さを感じる容貌。

 崩れ落ちた肉体の中から現れた彼女こそが松永久秀の真実の姿であった。


「何年経っても慣れません」


 久秀は小さく溜め息を吐き部屋の中に置いてあった眼鏡をかける。

 服装もこれまでの男物から侍女が使うシンプルな女物に。

 支度を終えた久秀は天守に出て窓の枠に足をかけ――何の逡巡もなく飛び降りた。

 勢い良く落下し、音もなく着地。

 人の視線を逸れる結界を張ったまま久秀は悠然と多聞山城を後にした。


(……良い、空気ですね)


 城下に広がる町を歩く。

 新年特有の浮ついた空気がそこかしこから感じ取れた。

 立場ある者は浮かれているわけにもいかない。

 だが、庇護されるべき民草がこのように浮かれているのは良いことだ。


(この平和が何時までも続けば良いのですが)


 思いつつ、目当ての店の前に辿り着く。

 こっそり気配を探ると……流石に人が多い。

 とはいえ、ギリギリ入れそうではある。

 久秀は少しの逡巡の後、行きつけの酒場へと踏み入った。


「イラッシャイマセー!(↑) 御一人様デスカー?

禁煙席! 喫煙席! どちらにしやがるので!?」


「!?」


 ビクゥ! と身体を震わせる。


(な、何者ですかこの異人は……)


 店に入った瞬間、自分を出迎えた左右で瞳の色が違う巨躯の異人。

 満面の笑みで佇む異人の男に久秀は戸惑いを隠せなかった。


「バーケヤロイ! テリー! 客を怖がらせてんじゃねえや!!」

「OH! 大将! 怖がらせてないヨ!」


「テメェみてえなデカブツが大声出したら普通はビビるんだよ!

つか何度も言ってるが客が来る度に出向かなくて良いんだよ勝手に座るんだから!

それとうちにゃ禁煙席なんて洒落たもんはありゃしねえやい!!」


「ダメ、ダメ、ダメヨー! トトさん言ってタ! オモテナシ大事!!」

「ええい! 誰だこの馬鹿に余計なことを吹き込んだのは!?」


 そんなやり取りに客たちが笑い声を上げる。

 どうやら異人――テリーはかなり店に馴染んでいるようだ。


「っと……松さんじゃねえか。久しぶりじゃねえか、テキトーに座っておくんな」

「え、ええ」

「おいテリー! 注文の品だ! とっとと持ってけい!!」

「任せるヨ大将!」


 促されるままカウンターに腰を下ろした久秀は店主に語りかける。


「あの、大将」

「ん? ああ、松さんは知らなかったか。アイツはテリー、見ての通り異人だ」

「それは分かりますが……」

「前に近くで身包み剥がされて行き倒れてるのを見つけてなあ」


 放って置くのも寝覚めが悪かったと店主は視線を逸らしながら口にする。

 この店主、口は悪いが根は優しく照れ屋なのだ。


「したら、やけに恩を感じたみてえで恩返し恩返しってうるせえんでコキ使ってやってんだ」

「……そうでしたか」


「だがまあ、良い拾い物だったよ。

ガタイの通り体力はあるし、ちょいと馬鹿なところはあるが人が良い」


 見てみな、と顎でテリーを指す。

 つられて視線を向ける。

 テリーが客たちに揉みくちゃにされながら酒を飲んでいた。


「あっという間に打ち解けやがった。

馬鹿だが聞き上手っつーか……愚痴やら悩みを打ち明けるのに丁度良いんだなあ。

欲しい言葉をくれるって言うのかねえ。馬鹿だが妙なとこで鋭いんだわ」


 馬鹿馬鹿言い過ぎである。

 だが、久秀は知っている。これが店主なりの親愛表現であると。


「へえ、ちなみに彼は何故葦原に?」

「傷心旅行……だとよ。ったく、寂しそうな面で言いやがってからに」


 傷心旅行で葦原に。

 恐らくは遠く、遠く、ひたすら遠くと東の果てにやって来たのだろう。

 何があったかは知らない。

 しかし店主の顔を見るに深く重い事情があるのは確かだ。


(……詮索はすべきではありませんね)


 人にはあるのだ。

 触れてはならない痛みというものが。

 そこに触れてしまえば後はもう、殺すか殺されるかしかなくなってしまう。


(この店主が雇い入れているのであれば問題はないでしょう)


 普段であれば事と次第では強引な手段を用いてでもテリーから情報を引き出していたはずだ。

 特に最近は色々と予断を許さない時期だし尚更である。

 だというのに私人としての判断を優先した。

 これは店主への信というよりは彼女が精神的に参っているからだろう。


「店主さん、いつものを」

「あいよ。ちょいと待っておくんな」


 それから十分ほどで煮しめと温めの燗がやって来た。

 久秀はぼんやりと煮しめを突きながらちびちびと酒を呷る。

 だがその視線は、意識したわけではないがずっとテリーに注がれていた。


(…………成るほど、好かれるわけですね)


 観察していれば直ぐに分かった。

 陽気な性格もさることながら、その真摯さ。

 悩みを打ち明けていると思わしき者と話しているテリーの顔は、瞳は、とても真剣なものだ。

 本気で相手に真心を尽くしている。


(何か、悩みでもあるのですか? なんて私の話も聞いてくれませんかね)


 ま、話せる類のものではないのだけれど。

 そう自嘲しテリーから視線を外す。


(ああ、やっぱり美味しい……店主の煮しめはどうしてこう、私の味覚に響くのか……)


 これ以上の美味は存在するし、食べたこともある。

 だが心が落ち着く味となれば、この店の店主が作る煮しめが一番だ。

 もさもさと煮しめを食べる彼女は気づいていない。

 店主が久秀の草臥れっぷりを見て涙を堪えていることに。


(おや?)


 誰かが自分に意識を向けたのを感じる。

 その誰かはこちらに近付いているようだ。

 久秀はちらりと横目で気配がやって来る方を見やると、そこにはテリーが居た。


「ワタシ、テリーです」

「え、あ、はい。どうも、松です」

「マチ? マチュ……マス……マッサン?」

「まあ、好きに呼んでください」


 そんなに呼び難い偽名だろうか?

 ともやもやしつつも受け入れる久秀。

 彼女はプライベートではなるべく波風を立てたくないタイプなのだ。


「マッサン、何か、お悩み、ありマスカ?」

「! 何故、そのようなことを?」


 微かに身体を震わせる。

 先ほど考えていた言葉が来たことで驚いてしまったのだ。


「ダッテ、辛そうな顔、シテマス。綺麗な顔、曇ってマス」

「……」


 顔に出るほど思い悩んでいたのか?

 取り繕えていると思っていたのだが、

 自分では気付かなかったが気をつけた方が良いのかもしれない。


「……テリーさんの勘違いでは?」


「カモシレマセン、でも、そうじゃないカモシレマセン。

ワタシの祖父、言ってましタ。他人の心の痛みを理解してあげられる男にナレと。

自分が傷付くのも恐れず、辛そうな人が居たら歩み寄ってあげられるようにナレと。

そう、言ってたデス。ダカラ、ワタシ、話しかけマシタ」


 紅と蒼の瞳が真っ直ぐこちらを見据える。

 それに居心地の悪さを感じてしまうのは、自分が負い目ばかりの人間だからだろう。


(勘違いです、そう言えば済む話なのに……)


 その一言が、どうしても出て来ない。

 真っ直ぐな優しさを欺くのが心苦しいから。


 ――――実に、実にらしからぬ精神状態である。


 千の嘘で敵を欺き、一つの言葉で相手を破滅させたこともある。

 必要とあらば赤子だろうと老人だろうと殺してのける。

 人間らしい情を押し殺し職務に徹する鉄の心を持つ女。

 それが普段の松永久秀という人間だ。

 だがしかし、他ならぬ忠を捧げた主の振る舞いが鉄を腐食させていた。

 それゆえテリーをテキトーにあしらうことが出来ずにいた。


(……向こうから、引いて頂けるとありがたいのですが……)


 何も言えずに俯いていると、


「デモ、無理には聞きまセン。話したくナイコト、誰にデモアリマス。

話すと楽になル、でもならないコトモアル、余計辛くなることもアル。

そういう場合、傷口に砂糖を塗りつけるようなモノ。ワタシ、知ってマス」


 少し寂しそうな顔をした後、テリーはパァっと輝くような笑顔を浮かべる。


「ダカラ、別のお話シマショウ。楽しいお喋り、チョト気が紛れマス!」


 隣に腰を下ろしたテリーは空になっていた徳利に酒を注いでくれた。

 キョトンとしていた久秀だが、


「……そうですね。それも良いかもしれません」


 フッと微かに……本当に微かに笑みを浮かべた。


「ちなみにテリーさん。傷口に塗りつけるものは塩ですよ」

「OH! し、知らなかったデス……でもタゴサクさんが……嘘吐かれタ!?」

「ふふふ」


 店を出る頃、久秀の足取りは来店時よりも軽くなっていたと言う。




2.カール……お前だったのか


 深夜。

 仕事を終え長屋に戻って就寝していたテリーだが、枕元に気配を感じ目を覚ます。


「!? あなた、誰デ――――」


 枕元に立つ女の姿を認め思わず叫びだしそうになるが、

 それよりも早くに女が動きテリーの額に指を当てる。


「ぁ」


 するとどうだろう。

 テリーの目が一瞬、虚ろになったかと思うと纏う空気が一変する。


「……幽羅か」

「おばんどす。ようやっと接触出来たようで」


 テリー改めカール・ベルンシュタインがニヤリと笑う。


「ああ、ようやっとだ。一週間以上かかったぜ。

まあそのお陰でじっくり周囲の信頼を勝ち取ることが出来たんだがな」


「そのようで。しかし、カールはんもようやりますわ」


 呆れと感心が入り混じったような幽羅の顔。

 最初は一体何を言っているのかと首を傾げるが、ああアレかと思い至る。


「記憶を封じて偽の人格を刷り込むのは慎重過ぎだってか?」


 臆病過ぎやしないか? というのも分かる。

 だが、カールはそうは思わない。


「相手は松永久秀だぜ?

噂を聞くだけでもかなりのやり手だって分かるし、実際にやってることを調べたら噂以上だ」


 頭も切れるし鼻も利く。

 権謀術数渦巻く山野で生きる人獣。慎重に慎重を期すぐらいが丁度良いのだ。


「俺も多少は演技に自信あるけど、“自覚がない”に勝る偽装は中々ねえからな」


 例えばそう。

 ある場所に鞄(中身は麻薬)を運んで欲しいと言われた場合だ。

 中身を知らされていれば、どんなに嘘に長けた人間でも態度に僅かな”綻び”が出てしまう。

 99.99999999……限りなく100に近付けども100%の嘘などそうそうつけるものではないのだ。

 しかし、運んでいるという自覚がなかったら? 綻びが生まれる余地などない。


 ゆえにカールは自らの記憶を封じ、

 何か悩んでいそうな人を見ると、

 カースを使ってでもお節介を焼いてしまう善人という偽の人格を刷り込ませたのだ。

 偽りの人間を一人でっち上げるわけだから、当然、設定にも凝った。

 久秀に告げた祖父云々も設定の一環である。

 どうしてそんな善人が生まれたのか。

 バックボーンまでしっかり設定するという念の入れっぷりにカールの本気が窺えよう。


「つーか、この手はお前らも使ってただろうが」


 アダムが正に今のカールと同じことをやっていただろう。

 かつて狂したアダムと組んでいた幽羅にとっては驚くに値するようなことではないはずだ。


「だから俺もお前にこの作戦持ち掛けたわけだし」

「ああいやそっちやのうて」

「あん?」

「うちの術を何の抵抗もなく受け入れたことですよって」


 幽羅が苦笑気味に告げた。


「精神に干渉する類の術を無抵抗に受け入れる。

それも、術者は同じ目的で手ぇ組んどるとはいえ元は敵対しとった相手や。

何かされるかもて身構えるのが自然やないですか?」


「お前にそれをするメリットがあるのか? ないだろ」


 八俣遠呂智討伐。

 その一点においては志を同じく出来る相手だが、それ以外の部分で信に値するかどうかは別。

 確かにその通りだ。幽羅の言い分も分からないでもない。

 だが今回の策は八俣遠呂智討伐への繋がるものだ。

 であれば幽羅が自分に何かをする理由はどこにもありはしない。


「例えば、都合のええ操り人形にするための仕込みとか……」

「それ、俺じゃなきゃ駄目なのか?」


 都合の良い人形が欲しいと言うのならば自分を選ぶ必要はない。


「自分で言うのも何だが、自意識のない俺なんぞ何の役にも立たんぞ」


 カールも今はもう理解している。

 自らの感情の下に力を振るう時が一番力を発揮出来ることを。


「能力面以外……例えばそう、人質って意味でだとしてもだ。

誰に対する人質だ? 庵か? 庵を都合良く動かすためか? 回りくどいよ。

お前は馬鹿じゃない。もっと、楽で冴えたやり方をするはずだ」


「…………信用、されとるんやろか」

「さあ、どうだろうな?」


 それに万が一、悪意を忍ばせていたとしても問題はないとカールは笑う。


「へえ、何でです?」

「俺がそれに屈してやる理由がどこにあるんだ? ないだろ? だったら俺は必ず踏み破れる」


 カールの言葉に幽羅が若干気圧されたように後ずさる。


「ハハ……こらあかん。役者がちゃいますわ」


 幽羅は軽く両手を挙げてみせる。

 その表情はどこか晴れやかで、いつもの薄笑いとは少し違うように見えた。


「それよりお前、進捗を聞きに来たんじゃなかったのか?」

「ああ、そうでしたわ。で、どないです?」

「ちょっと予想外だったな。良い意味で」


 長慶を除く守人の一族からの離反者は全員、長慶個人に着いて来た者らだ。

 それゆえ現状に忸怩たる思いを抱いているだろうとは予測していた。

 何せ忠を捧げた人間が馬鹿な男に入れ込んで下手打ち続けているのだから。

 不満を抱かない方がおかしい。

 ゆえにそこを取っ掛かりにして切り崩そうと目論んだ。

 しかし、事態はカールが思うよりも深刻だったのだ。


「久秀の奴、相当参ってるぜアレ」


 カールが記憶まで封じて万全の体勢で臨んだとはいえ、だ。

 普通に探りの一つや二つは入れて来るものだろう。

 事前に得た情報から思い描いていた松永久秀なら、

 害がなさそうでも数日は監視の目をつけるぐらいはしてたはずだ。


 だがどうだ? 監視されてるような気配は一切感じない。

 余ほどのやり手だという可能性もあるが、

 久秀との会話を思い返すにそもそも監視をつけていないと見るべきだろう。


「……つまり、今日で相当懐に?」

「ああ、かなり近付けたと思うよ」


 流石に自分の正体や悩みについて打ち明けるようなことはなかった。

 松永久秀としての領分はキッチリ守っていた。

 だが、私人“松”としては随分と心を許してくれたというのがカールの見解だった。


「俺らが思う以上に足利一党の内情はボロボロなのかもしれん」

「それでも何とかなっとるのは……」

「ああ、逆にすげえと思うわ」


 長慶の非凡さが際立つと言えよう。

 それだけに、強く思う。

 やはり久秀や三好三人衆の篭絡は必須であると。

 確実に仕留めるための場を整えるためには奴に近しい者らの存在は必要不可欠だ。

 逃がしたら確実に面倒なことになる。


「ホント、男の趣味さえ良けりゃ天下取ってたんじゃねえのか?」

「そうなったらうちらに付け入る隙はあらへんのとちゃいます?」

「長慶が真っ当ならお前はともかく俺は敵対する理由さえ生まれなかったんじゃねえかな」


 全ての始まりは庵だ。

 庵が大陸に渡り帝都に住み着き、カールと出会ったことで何もかもが始まった。

 だが庵の母が殺されなければそもそも庵は葦原を出ることさえなかっただろう。


「せやね。となると、長慶は迂遠な自殺をしとるわけや」

「まあ、そうとも言えるか。不運な奴だ、俺みたいな真性の粘着野郎に目をつけられたんだからよ」


 便所の中に逃げ込もうが引き摺りだして殺す。

 地の果てまで逃げようと追いかけて殺し尽くす。

 自らに課した必殺の誓いを違えるつもりは毛頭ない。

 長慶の死は最早確定事項なのだ。


「自業自得、因果応報とはこのことやなあ」

「つか、今は長慶のことはどうでも良いんだよ。目先の問題から片付けてくぞ」


 今焦点を当てるべきは久秀だ。


「お前が仕入れた情報と俺の裏付けで、奴が週三で酒場に通ってるのはまず間違いない」

「…………週三って多いんやろか? 少ないんやろか?」

「多いだろ」


 普通の人間ならともかく久秀は大名のようなものだ。

 大名が週三で自らを偽り市井の酒場で管を巻くなんて普通じゃない。

 かなりストレスが溜まっているのだろう。


「まずは通う頻度を増やす」

「カールはん……やのうてテリーはんに会いに行くって理由にすりかえるためやね?」

「その通り」


 何度も語らいを重ね、久秀の中に生まれたテリーという存在を膨らませていくのだ。

 主である長慶と天秤にかけられるほどの重さになるまで。

 だが、そのためには週三ではもどかしい。もっと語らう機会が必要だ。


「そこでお前にやってもらいたいことがある」

「何なりと――って言いたいけど、具体的には?」

「嫌がらせだ」

「嫌がらせ?」

「良いか? 奴は逃避のために酒場にやって来てるんだ」


 ならばストレスを増やしてやれば酒場を訪れる頻度は増えるはずだ。


「だが直接、久秀が出張るような規模の嫌がらせは駄目だ。

それじゃ本末転倒だからな。

こう、上手い具合に他の者でも処理は出来るが久秀のストレスが溜まるような嫌がらせを頼む」


「地味に難易度高いんやけど……カールはん、腹案は?」


「竜子と虎子に考えさせろ。実際に動くのも奴らの部下に任せりゃ良い。お前はその補助だ。

 奴らからはプロのハイエナ臭がするからな。きっと良い具合にハイエナってくれるはずだ」


「プロのハイエナ臭て……」

「ああでも、偽装するなら松永と敵対してる筒井家の仕業に見せかけるようにな」


 自分を敵視している家の動きが活発になる。

 他に気にすることはあれども、無視するわけにはいくまい。

 良い具合に久秀の胃を削ってくれるはずだ。


「それと、俺が久秀と接触した日の夜は必ずこうして俺を訪ねろ」

「そらまた何で?」

「俺の読みでは何度か会えば、もう偽装は必要なくなるはずだ」

「欲目がまなこを曇らせる、と?」

「ああ、あれはその類の女だからな」


 そうでなければ長慶に唯々諾々と従っているわけがない。

 櫛灘姫の暗殺では意に背きはしたが、その一回だけだ。

 他では長慶に逆らう素振りなど一切見えない。


「だから折を見て俺主導に切り替えるつもりだ。

偽の人格でも暗示で久秀を気にかけるように仕組んではあるが……」


 やはり自分主導で事を進める方がやり易いのだ。


「承知しましたわ。で、今日のところは?」

「ああ、お開きにしよう。嫌がらせの件、頼んだぞ」

「ええまあ、上手くやってみますわ」


 再度、カールに術を施し幽羅は音もなく長屋から消え去った。

お気に召したらブクマ、評価等よろしくお願いします



ボンバーガールは草臥れたOL系です

他のことには目もくれず今までずっと頑張ってきたけど

そろそろ限界が近くて精神的にめちゃ参ってます

つまり、カールのカモということですね

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