日常⑤
1.お泊り会
帝都に帰還して数日。
英気を養ったお陰か、俺は普段の三割増しぐらいで仕事に勤しんでいた。
あれだね、やっぱ心の洗濯は必要だわ。
伯父さんも何かすげえキビキビしてるし、バカンス行って正解だったよ。
「お待たせ致しました。こちら、葦原風シーフードパエリアになります」
「ありがとう。いやあ、やっぱり夕飯はこの店じゃなきゃねえ」
「はは、ありがとうございます」
恰幅の良い常連客の言葉に感謝の言葉を述べ席を離れる。
これで注文は一通り運び終わったから、しばらくは暇になるな。
「ねえねえ、カールくーん。良かったら、私たちとどう?」
仕事帰りのOL的なお姉さん方のテーブルからお声がかかる。
声をかけたお姉さんはボトルを片手に、ウィンクを一つ。
暇とはいえ、一応仕事中だしな。
雇い主にお伺いを立てるべきだろう。
「……構わないぞ」
「ありがとう」
そう答えるのは知ってたけど、やり取り自体が大切なのだ。
そこら辺は俺も伯父さんもしっかり弁えている。
「んじゃ、失礼しゃーす♪」
雇い主の許しを得た俺はスキップでテーブルに向かい、華麗に着席。
目の前には既にグラスが置かれていて、お姉さんの一人がワインを注いでくれた。
「カールくんは何時も楽しそうですねえ」
「うんうん。何だか私らまで元気貰ってるもん」
「若さね、羨ましいわ」
「いやいや、俺はジジイになってもこのままですよ」
「「「ああうん、それは何となく想像出来る」」」
ジジイになったからって落ち着く必要なんざどこにもありゃしない。
むしろ、ゴール間近なんだから全力疾走してやるぐらいの気概がなきゃな。
「ところでお姉さん方、結構盛り上がってたみたいですけど何のお話を?」
「え? ああうん。カースの話をしてたんですよぉ」
おっとり姉さんがニコニコと答えてくれる。
カース、カースの話かあ。まあ、別にいっか。
俺に話を振られても誤魔化せば良いだけだし。
「ねね、カールくんの刻印ってどこに刻まれてるの?」
「刻印? 背中ですけど」
「ちょっと見せてもらって良い?」
「はあ」
元気お姉さんに言われ、上半身裸になり背中を見せ付ける。
流石に下半身に刻印刻まれてたらお断りしてたが、上半身だしな。
贅肉がついてるわけでもないし、見苦しくはなかろう。
「うっわ、すっごい筋肉」
「かっちかちー」
「……マスターさんもそうだけど、スタイルの良さは血筋なのかしら?」
ぺたぺたと身体を触られる。
血と汗の結晶である筋肉を褒められるのって地味に嬉しいよな。
「ってそうじゃないの。刻印刻印……うわ、カッコ良い」
クールお姉さんが俺の刻印を見て項垂れたっぽい。
ちょっとどういう意味か分からず俺は首を傾げてしまう。
「翼かなー? うん、でもカールくんらしいねー」
「えーっと……?」
「ああ、ごめんごめん。いや実はね、この子の刻印の場所がさあ」
元気お姉さんがクールお姉さんを見て苦笑を浮かべる。
「……止めて。言うなら自分で言うから」
「あの、よく分からないけど言い辛いことなら別に……」
「構わないわ。直接見せるのは勘弁願うけど、口頭でならね」
何の躊躇いもなく刻印を晒してもらったのに、
こちらが何も答えないというのはアンフェアだとクールお姉さんは言った。
何というか、見た目と雰囲気通りの律儀な女性だと思う。
「私の刻印はね、下腹部――もっと言えば子宮のあたりにあるのよ」
「え」
「それで、デザインはこんな感じ」
クールお姉さんは胸元のポケットから取り出したメモ帳に、
さらさらと刻印を描いていくが……こ、これは……!!
(……エキゾチックなデザインのハートマーク…………)
いかがわしさ全開のこれは、
(い、淫紋やないかぁあああああああああああああああああああああああい!!!!)
大好物です!
え!? クールお姉さんの下腹部には淫紋刻まれてんの!?
何それ興奮する! ありがとうございます、話だけでオカズになります!
ご馳走様でしたァ!!
という内心を押し殺しつつ、何とも言えないような表情を作る。
「いかがわしい感じでしょ?」
「それは……」
「平気よ。私自身もそう思ってるから」
強いて減点するなら、クールお姉さんに照れがないことだが……いや待てよ。
この平然としてる感じは加点対象と言えなくもないか?
むむむ、三日ぐらい考察の時間が欲しいな。
「それを踏まえて質問。私のカースはどんなものだと思う?」
「え、そ、それは……」
さ、流石にね? セクハラになっちゃうよ。
いやだが、こういうタイプの女の人は周囲に居ないからな。
セクハラするまたとない機会なのでは?
ちょっと審議に入るから四日間、時間が欲しい。
「正解はこれよ」
逡巡している内にクールお姉さんは答えを言う体勢に入ってしまった。
クソァ! と己を罵るが時既に遅しである。
「んん『俺の名前はカール・ベルンシュタイン――ただのイケメンさ』」
!?
「え、それ……俺の声……」
「そう、私のカースは声帯模写なの」
「全然関係ねえ!?」
思わずツッコミを入れてしまった。
しかし、誰が俺を責められる。
あんなデザインの刻印だぞ? そりゃエッチッチなものだと思うじゃん!?
「そう、そうなのよ。刻まれた場所が恥ずかしいところで、刻印の見た目も恥ずかしい。
なのに肝心の中身はまったく関係ない。最後の最後で梯子を外された気分なのよ」
どうにもスッキリしないとクールお姉さんは愚痴る。
本人的にもやっぱそういう感じなのか。
「ちなみに他の御二人はどこに刻印が?」
「んー? 私はここだねえ」
おっとりお姉さんが左手首を見せ付ける。
そこには鎖のような紋様がぐるりと巻き付いていた。
「お花を育てるのが上手になったよぉ」
「やっぱり関係ない!?」
「ちなみに私はここ」
んべ、っと舌を突き出す元気お姉さん。
ベロには太陽の刻印が刻まれていた。
「味覚が鋭くなったんだけど……これ、考えようによっては祝福とは言えないよね」
ああ、それはそうかも。
今まで美味しいと感じていたものが、
味覚が鋭くなったことで微妙になったなんてことがあり得そうだ。
何でも美味しく感じられる心の持ち主なら問題はないんだろうけどさ。
「この子の場合、刻印のデザインとは関係ないけど場所はピッタリなのよ」
「言われてみれば」
「カールくんは、どうなのぉ?」
やっぱり、そう来るよね。
話の流れ的に俺のカースにも内容が及ぶのは予想できてた。
答えないという選択肢はない。
ひ・み・ちゅ(はあと)なんて場を白けさせるようなことは言えねえよ、客商売やぞ。
「論より証拠ってことで」
席を立つ。
三人の視線が集まる。
俺はゆっくりとカウンターに向けて歩き出すが、
「!?」
「「「え」」」」
”見えない壁”にぶつかり仰け反る。
「???」
じっと何もない空間を見つめる。
おかしいぞ、ここには何もないのに何故? と言った風に。
「!」
恐る恐る手を伸ばす。
手が何かに触れたことでギョっとする。
片手だけでなく両手でペタペタと見えない空間を触る。
「??!?!」
ある、あるぞ。
見えないのにここに壁がある。
顔をくっつける。
身体全体でぶつかり、壁を押す。
だがビクともしない。
「!!」
憤慨したように蹴りを入れ、踵を返す。
踵を返したところでさっきまで存在しなかった壁にぶつかり、すっ転ぶ。
「まあ、こんな感じです」
立ち上がり、何ごともなかったかのように席へ戻る。
すると呆然としていた三人から拍手が上がった。
いや、三人だけじゃない。
他のお客さんやシャル、庵、伯父さんからも拍手が飛んできた。
「パントマイム? 凄いクオリティだったわね」
「うんうん! ホントにビックリした! それで食べてけるんじゃないの!?」
クールお姉さんと元気お姉さんの賛辞にどうもどうもと笑みを返す。
ちなみにおっとりお姉さんは、
「ほんとに壁があるかと思ったけどやっぱりなかったよぉ」
俺がさっきまで居た場所に行き壁の有無を確認していた。
(ふぅ……バッチリ誤魔化せたな)
これも昔取った杵柄。
人生、何が役に立つかホント分かんねえな。
「でも刻印の見た目とは全然関係なかったわね」
「掠りもしてないや」
「私ねぇ? カールくんが飛べるんだと思ってたぁ」
翼だからなあ。
そら、その系統だと思うわ。翼=飛ぶ=空だけに!
クフフ……やばいな、心の中とはいえ激ウマギャグを言ってしまった。
「ああそうだ。刻印の場所で思い出したんですがね? 親父の友達にアヒムって人が居ましてね」
それから小一時間、お姉さん方と談笑し俺は仕事に復帰した。
そこからは特にお誘いやお悩み相談があるわけでもなく、
閉店時間まで黙々と仕事に従事した――働く男ってカッコ良いよね。
そして店を閉めた後。
「庵、お前は先に上がって良いぞ」
「分かりました。お茶の用意をして部屋に戻りますね」
「うぃ、頼むわ」
普段なら庵も申し訳ないからと申し出を拒むだろうが今日は客が来るからな。
客と言ってもアンヘルとアーデルハイドなんだが、何時もとは違いちょっと特別。
そう、明日は定休日なのでお泊り会をするのだ。
「シャル、お前も参加してくか?」
「やだよ。何が悲しくて恋人たちの時間に割り込まなきゃならないのさ」
「安心しろ。今日はそういうんはなしだ」
「む、そうなんだ」
何て言うのかな。
女の子で満たされた空間でキャッキャしたい気分なのよ。
今日はあたしも乙女になるのよ。
女の子同士のパジャマパーティなのよ――ってのは冗談だけどさ。
何てーかな。偶には気心の知れた奴同士でダラダラしたくなるんだよ。
地元に居た時は毎週、土曜の夜は誰かの家に集まってグダグダしてたんだがな。
帝都に来てからはそういうこともなかったので、今日はかなり楽しみだったりする。
「で、どうよ?」
「そうだねえ」
ちらっ、シャルは伯父さんを見つめた。
ちらっ、ちらっ、シャルは伯父さんを見つめた。
ちらっ、ちらっ、ちらっ、シャルは伯父さんを見つめた。
「!」
さっ、伯父さんは視線を逸らした。
「……ゴネ得狙ったが駄目だったか」
お前はホントに卑しいなあ。
「でもそうだね。うん、そういうことならお言葉に甘えさせてもらおうかな?」
「おお、来い来い。オールでクソほどの中身もない話しようぜ」
正直、シャルの参加はありがたい。
この女、女だけどシモの話題にも平気で付き合ってくれるのだ。
いや、それだけならアンヘルもそうなのだが、
(コイツからは馬鹿な思春期男子臭がするんだよな)
つまりはあれだ、男友達と話すような気軽さがあるのだ。
別にアンヘルやアーデルハイド、庵だけじゃ気まずいってことはないぞ?
居てくれたら楽しさの幅が広がるとか、何かそういう感じだ。
「あ、でもそういうことならお風呂入りに行った方が良いかな?」
「別に大丈夫だろ」
夏だし仕事終わりなので当然汗もかいてる。
更には俺の部屋にはエアコンがない――が、今夜は魔法使いが居るのだ。
人力クーラー程度、あの二人は余裕でやってのけるだろう。
これ以上臭くなるようなことはないし、今の段階でもぶっちゃけ気にはならないと思う。
気になるようなら、あれだ。
何か消臭魔法とかそういうのかけてもらえば良いべ。
「うーん、全力で頼ってるねえ」
「普通の魔道士ならともかく、あの二人は超一流だからな」
正確な技量は分からんが、ぽんぽん転移魔法使えてる時点で並じゃあない。
あの二人なら人力クーラーや消臭魔法程度、屁でもなかろうて。
「風呂は明日、朝一で皆で公衆浴場にでも行こうぜ。朝風呂は気持ち良いんだ」
「そうなるとカール、君が一人だけ仲間はずれになってしまうね」
「何、寂しくなったら女湯に乱入すりゃ良いだけの話さ」
そういう時のために魔法は存在するのだ。
アンヘルとアーデルハイドなら、何かこう、上手くやってくれるだろ。
なんて話をしていると、伯父さんからお声がかかる。
「…………カール、夜食の用意は必要か?」
「夜食? 別に要ら――あ、やっぱ要る。作ってもらって良い?」
「……任せろ」
フッ、と微笑む伯父さん。
最初は女の子だし夜食は、と思ったが面子が面子だしな。
カロリーとか気にするようなの一人も居ねえや。
それに、太り気味ならともかく全員スタイル良いもん。
ちょっと肉ついたところで誤差だ誤差。
強いて言うならシャルが職業的に大丈夫なのか心配だが、
「ん? 私の顔に何かついてるかい?」
この様子だと問題はなさそうだ。
「いや、何でもない。それよかさっさと後片付けと掃除済ませようぜ」
「了解」
食器の回収、洗浄。
それが終わったらテーブルを拭いたり床を箒で掃いたりと店内の清掃。
飲食店は清潔さが何よりも重視されるから、ここらは決して手を抜いちゃいけない。
この世界ではそうでもないが、日本は衛生問題にうるさかったからな。
食中毒が一回でも出たら終わりってぐらいの厳しさだ。
だがその厳しさがクオリティの向上に繋がっている。
(俺も将来店持った時は、店員にそこらをキッチリ叩き込まなきゃな)
気が早いと笑われるかもしれないが、今から考えてて損があるわけでもなし。
それに、何だろうな。
自分の城を持ったらああしよう、こうしようって妄想は存外に楽しいのだ。
「こんなもんか。伯父さん、俺とシャルは上がるよ」
「……ああ……戸締りは俺がやっておく。
夜食は……キッチンに置いておくから……腹が減ったら食べてくれ」
「うん、ありがと」
伯父さんに感謝を述べ、シャルを伴って二階に上がる。
二階では部屋着に着替えた庵がベッドの上で所在なく視線を彷徨わせていた。
落ち着きがないのは、お泊り会というものに期待と緊張を抱いているからだろう。
あの子は今、そういう目をしている。
「あ、兄様、シャルさん。お疲れ様です、今お茶を淹れますね」
「サンキュ」
「ありがとう、庵ちゃん」
テーブルの上に置いてあったティーポットからお茶を淹れ、俺たちに手渡してくれる。
俺とシャルは茶を受け取り、そのままソファに腰を下ろす。
「しかし何だね。前も思ったが殿方の私室に居るというのにまるで緊張しないね」
「ああそうだな。きっと俺がお前の部屋行っても似たようなもんだろうぜ」
「失礼な」
「お前もな」
異性として意識できない。
そんなことを言われたら、多少はカチンとくるさ。
それが例え恋愛対象に入っていないような奴でもな。
シャルとじゃれ合いのような口論をしていると、待ち人がようやく来たらしい。
部屋の中央あたりの空間が歪み、見知った顔が姿を現した。
「「本日は素敵な夜会にお招き頂き感謝致しますわ」」
チョコンとスカートを摘まみ一礼する姿は正に令嬢。
俺のような庶民が一生かけても身に着けられない高貴さというものを感じる。
エレガントオーラに圧倒された俺と庵を一体誰が責められるのか。
ああでも、庵を庶民で括るのは違うか。
由緒正しい生まれっぽいし。
「なーんてね。どう、驚いた?」
これまで纏っていた高貴な雰囲気を脱ぎ捨てたアンヘルは、
悪戯が成功した子供のようにクスリと笑った。
その横では、え? みたいな顔をしているアーデルハイドが居るが……まあね。
うん、アンヘルはこうすることを織り込み済みでやったんだろうがアーデルハイドはね。
十中八九素でやったのだろう。
「お、驚きました……その、アンヘルさんもアーデルハイドさんもお姫様みたいでした」
「ははは、確かに二人は綺麗だからねえ」
「シャルティアさんも美人だと思うけどね」
「ええ、凛々しく美しい方だと何時も思っていますよ」
「いや参った。褒め殺しかな?」
「御二人共、どうぞ」
二人が椅子に腰掛けるや、庵は直ぐに立ち上がりお茶を淹れ始めた。
お客様を持て成すという行為そのものを楽しんでいるように見える。
店でもやってるじゃん?
と思うかもしれないが、シチュエーションが違うから気持ちも違うのだろう。多分。
「ありがとう。ああそうだ。これ、お土産のお菓子」
「あ、私も持参して参りました」
「まあ。これはどうもご丁寧に」
ちらりとシャルを見る。
「ああ、分かるよ。庶民の私たちには何だか眩しい光景だよね」
「それな」
「これが典型的な馬鹿ボンなら良いけど本物だもん」
「それな」
ところで馬鹿ボンって女の子も含むのか?
馬鹿なボンボン、ボンボンって坊って意味じゃなかったっけ?
クッソ、妙に細かいことが気になってしまうのが僕の悪い癖。
「あ、そうだ。皆さんはシャルロット・カスタードなる御方をご存知ですか?」
「ぶっ……!!」
全員にお茶とお菓子が行き渡ったところで庵がそう切り出したのだが、シャル。
お前、何お茶噴いてんだよ。きったねえな。
ああでも、魔法で直ぐに綺麗に片付けられちったよ。
すげえな魔法。
人力クーラーも頼むまでもなく発動してるみたいだし……俺も魔法使えたらなあ。
魔法大国で魔法が使えないことにコンプレックスを抱いたことはないが、
こういう便利な使い方を目の前でされちまうと羨ましくなるわ。
「す、すまないね……ちょっと変なところに入っちゃって……んん!
ところで庵ちゃん、何で急に流浪の騎士の名前を?」
ああ、そう言えば何でだ。
庵がシャルロット・カスタード知ってるとは思ってなかったわ。
元はスラムって閉鎖的な環境で暮らしてたし、生活に余裕ができたのも春からだからな。
クソほど有名な女でもここ数年は音沙汰ないし、
英雄譚とかその手のものにも興味もなさそうだし知る機会はないと思うんだが……。
「ああいえ、この雑誌にですね」
庵がテーブルの上に雑誌を広げる。
どれどれと、スコーンをもしゃりつつ近付き雑誌を覗き込む。
「これ、俺が定期購読してる女性週刊誌じゃん」
「逆に何でカールくんは女性週刊誌定期購読してるの?」
いや、オマケ目当てでな。
クロスワードや謎々が面白いんだわこれが。
微妙に暇な時間を潰すのに丁度良いんだよね。
元々そんな趣味がなかった俺が楽しんで解けてるってのはすげえと思う。
多分、出題してる人のセンスなんだろうなあ。
「ああ、そう言えばカウンター付近で待機してる時とかやってるな」
「俺のことはどうでも良いんだよ」
つか、シャルロット・カスタードの記事なんか載ってたっけ?
「兄様は内容殆ど読み飛ばしてるじゃないですか。あ、ここですこのページ」
「あん?」
その記事はシャルロット・カスタード本人についてのものではない。
彼女を信望する――ようはファンクラブみてえな連中について綴られた記事だ。
シャルロットの名が売れる以前からの古参ファン二人に、
雑誌記者がインタビューをするという形式になっているんだが、
「う、うわぁ……」
正直、軽く引く。
ここ数年、シャルロットが表舞台に出てこない、
シャルロットロスのせいで自分たちがどれだけ辛い思いをしているか。
あの御方は今、どこにいるのか。
何か情報をお持ちなら是非、蒼の旅団(ファンクラブの名前)まで寄せて欲しい。
有力な情報をくれた方には賞金を払う用意もある(馬鹿みてえな金額)。
などなど文章越しでも伝わってくるやべー熱意に俺は圧倒されていた。
いや、うん。否定はしないよ?
何かを好きになれるのは素晴らしいことだからな。
でもそれはそれとして、怖いものは怖い。
「蒼の旅団……カスタード氏が流浪の騎士と称されているから、それにちなんだのでしょうか?」
「ああ、一所に留まらず流れていくって意味なわけか。洒落てるね」
「アーデルハイド、アンヘル。名称の由来とかそういうのはどうでも良いんだ。今は重要じゃない」
いや、ただの雑談に重要な点とかないだろ。
「これを見て、シャルロット・カスタードさんとはそこまで凄い御方なのかなと……」
「気になったわけだ」
「はい。というか、その様子だと兄様も知ってるんですね。ちょっと意外です」
「そりゃまあ、興味なくても耳に入るようなビッグネームだからな」
シャルロット・カスタードとデリヘル明美、どっちが知名度あるかな。
どっちも尋常ならざる強さだろうが……やってることの派手さで言えば後者か?
あっちは手配書も出回ってるからな。
だから庵も知ってたんだろうし。
いや、庵が知ってるのはスラムという場所だからこそってのもあるか?
自分を助けてくれない正義の味方と、
自分を助けてはくれないが貧困の元凶の一つである屑どもを殺して回る義賊。
どっちが掃き溜めで話題に上がりやすいかって言えば後者だろうしな。
「シャルさん達も知っていますか?」
「う、うん……まあ、名前ぐらいはね?」
「物語に出てくるような正義の味方だからね。そりゃ知ってるよ」
「ですが、このような団体が居るのは初めて知りました」
それな。
シャルロット・カスタードは知っててもそのファンクラブまでは知らんわな、普通。
「ほへー……実際にはどのようなことを?」
「実際に、ねえ」
活動内容はホント、正義の味方としか言えないんだよな。
流浪の騎士の二つ名通り、人助けをしながら世界各地を放浪してるわけだし。
「堕ちた古龍の討伐とか有名だよね」
「悪の秘密結社”毛根死滅隊”を壊滅させた話もよく語られますね」
「あと、何だっけ? どっかの婆さんのために大陸中を駆け巡った逸話とか」
駆け出しの頃に良くしてもらった老婆が余命幾許もないと知り、
シャルロット・カスタードは急いでその老婆の下に駆けつけた。
そこで老婆が漏らした、小さな心残り。
初恋の人に一目で良いからまた会いたかったという願い。
それを叶えるためにシャルロット・カスタードは比喩でも何でもなしに世界を駆け回ったという。
老婆からすれば、ホント独り言のようなものだったから大層驚いたって話だ。
俺たちの話を聞いた庵はキラキラと目を輝かせながら何度も何度も頷いていた。
「とても、とても素敵な方なのですね!!」
「いやあ」
「何でお前が照れてんだ」
ちょっと似た名前だからって調子乗るなよ。
「あ、そうだ。シャルロット・カスタードの逸話と言えば面白いのがあったな」
「何々? 私も知ってるかな?」
「多分知ってるんじゃね? ジラソーレ王国の話なんだが……」
「ジラソーレ――ああ、リア大森林の話ですか?」
頷く、そう、その話だ。
「えーっと……」
「ああ、庵は知らんか。西の方にジラソーレって国があってな」
多少不便でも人と自然の共存を選んだ美しい国、それがジラソーレだ。
人を優先し、人のためなら自然を切り拓くことも厭わない帝国とは反対だな。
まあどっちが良いかについては個人差だろう。
それに、自然を切り拓くことも厭わないつっても現代日本と比べりゃ帝国も全然自然豊かだしな。
「で、ジラソーレにはリア大森林って馬鹿でけー森があるわけ。
そこにはクソやべー怪物が住んでてシャルロット・カスタードはそれを退治したんだ」
「なるほど」
「まあ五、六十年経ったらまた復活するけどな」
「復活するんですか!?」
するんです。
化け物、リア大森林の獣――略してリア獣は特殊なモンスターなのだ。
リア大森林の最深部には大地の余剰な力が吐き出される穴? みたいなのがあるらしい。
その力が王国に恵みを齎しているのだが、どうにも良くない力も吐き出しているようなのだ。
人の負念がどうとか聞いたような気もするが、殆ど覚えてないので割愛する。
「兎に角、リア獣ってのはその良くないものが結晶になった存在らしいんだわ」
「なるほど。だから定期的に復活すると……」
その通り。
面倒だし放置したら? と思うが、それもいかんらしい。
放置してたら国が散々に荒らされるからな。
だから討伐、復活、討伐のサイクルを繰り返してんだ。
「でもカールくん、それの何が面白いの?
いやまあ、一魔道士としてはリア獣の存在は確かに興味深いけど」
「まあ待て。話はここからさ」
つっても与太の類だから本気にするなよ?
そう前置きし、俺は続きを語り始める。
「シャルロット・カスタードの前にリア獣を倒したの俺の師匠なんだよ」
「! それは……いえ、ですがベルンシュタインさんのお師匠様なら納得です」
俺は正直、信じてなかったけどな。
というか今も半信半疑だ。
武者修行ついでに訪れて誰に知られることもなく倒したってのもまた胡散臭い。
いや、反応としては多分アーデルハイドのが正しいんだろう。
何か、俺がかなり強いらしいのは……イマイチ実感できないが分かったしな。
だからその俺が手も足も出ないジジイはもっと強いんだろう。
でも、でもなあ。長年かけて染み付いたものは中々――っと、そこは今関係ないな。
「若い頃の尖りまくってたジジイは倒した相手なんざ、
その時点で価値なしとどうでも良くなるようなカスだったらしいのよ」
だが件のリア獣に関してはそうでもなかったのだという。
かなり歯応えがある敵だったから、
倒した後も王国に留まりリア獣について調べてたんだとか。
何のため? 無論、数十年後にまた遊ぶためにだ。
「ん? それなら何故君の師はリア獣が再誕した際に……お歳かい?」
「違う違う。リア獣を調べる中で得たとある情報が、ジジイのやる気を失くしたのさ」
ジジイが俺にそれを語った際の表情が脳裏をよぎる。
奴は怯えていた、完全にブルっていた。
もしリア獣が帝国――ひいてはこの街に襲来しても躊躇なく逃げると断言したほどだからな。
「……兄様のお師匠様は、何をそんなに恐れているのですか?」
「呪いだよ」
そう答えると庵の顔が更に強張った。
「呪い、ですか?」
「ああ」
どうもリア獣を殺した瞬間、その呪詛が降りかかるらしいのだ。
「い、一体どのような呪いがかかるのですか?」
知りたいか?
良いだろう、ならば教えてやろうではないか。
「――――恋愛運がクソほど下がる呪いにかかるんだよ」
そう答えた瞬間、
「嘘だろお前!?」
〈嘘だと言ってよカール!!〉
何故かシャルが掴みかかってきた。
つか、カース発動してんだけど……何故?
「シャルティアさん落ち着いて!」
「カスケードさんには何ら関係のないことですから!」
ああ、名前が似てるから親近感でも覚えてたのかコイツ?
にしても感情移入し過ぎだろ。
「わた……シャルロットさんだって女の子なんだぞ!
いつかは好きな人と家庭を築きたいに決まってる!!
なのに何故そんな惨いことを……誰かのために戦った報いがそれってあんまりだろ!?」
いや、それを俺に言われましても。
「つーかこんなアホみてえな呪い、マジだと思うか?」
ジジイはつくづく”機”を逃したと語ってたが、どうかね。
俺は単にあのジジイがモテないだけだと思う。
呪いのアホ臭さも、ジジイがリア獣を倒したってのを信じられない一因なんだよなあ。
「そ、そうだね……いや、そうだ。その通りだ。そんなわけがないさ」
アホのシャルに呆れつつ、テーブルのカップケーキに手を伸ばす。
さっきからちょいちょいパクついてるけど、これクッソ美味い。
金持ちだけあって、良いもん食ってやがるぜ。
スイーツか……あ、駄目だ。
今日はそういうんはなしって言ったのにイケナイ妄想が……。
「……クリーム……クリームを使えば何か……」
「お馬鹿ッッ!!」
丸めた雑誌で思いっ切り頭をシバかれた。
ちょっと待って。俺まだ何も言ってないよ?
「最後まで言わなくても空気で察しはつきます」
マジかよ、以心伝心! 相思相愛だな!
俺がそう言ってやると庵は頬を赤らめ俯いてしまった。
クッソ可愛い……。
「で、でも……一応不安だし……い、良いかな?」
「……うん、私たちでコッソリ調べとくよ」
「……仮に真実でも必ず何とかしますから」
ってどうしたよお前ら?
「「「何でもないです」」」
変な奴ら。




