皇帝の日々
1.だってこんなにも美味いんだから
十月下旬。世間は収穫祭の準備で賑わっているが、俺達はようやっと落ち着き始めていた。
外向きの仕事――他国との正式な外交については年明けからだが、内向きのことについてはまあまあ。
俺や主要な文官が四、五時間ぐらいの睡眠を取れる程度には落ち着いた。
純度100%のブラック企業からちょいブラックぐらいにはなれたんじゃないかな。
なのでそろそろ後回しにしていた問題についても手をつけるべきだと判断した。
午前で今日の皇帝業を切り上げた俺は城を出て待ち合わせ場所に向かって歩き出した。
皇帝様が護衛もつけずに出歩くなよと怒られるかもしれないが問題はない。
悪役令嬢が打った最後の一手。魔王の力が未だ俺の中にあるからな。
仕事の合間を縫って検査をしたのだが……どうも魔王の力とやらは魔法に類する技術と超科学の合いの子らしい。
この世界にはそういう言葉はなかったのでゾルタン達は魔王細胞と呼んでいたが俺はピンと来た。これはナノマシンだと。
SFに出て来るようなレベルの技術が過去に存在していたなんて思いもしなかった。
魔法などのオカルト面でも純粋な科学技術の点でも現代を優に上回る文明が過去に存在し、滅びたという事実はちょっと……いやかなり頭が痛い。
話を戻そう。魔王の力だが検査の結果、特に害がないことが分かった。
まあ害がないのはあくまで俺だけで他の人間には劇毒以外の何ものでもないのだが、兎に角使えるということだ。
で、力を解放しての性能実験も行ったわけだ。
結果、俺は単独でジジイ、シャル、明美、島津四兄弟、ヴァッシュ、クロス、ティーツら一蹴した。しかも余力がある状態で。
明らかに悪役令嬢が使っていた時とは比べ物にならないレベルだ。
力を使っていない時はともかく解放した俺は世界最強の生物と言っても過言ではない。
そんな俺を殺れる奴はいねえだろということで一人での外出も許可されたわけだ。不穏分子を誘き寄せる餌にもなるからな。
(しかし何だ。こういう形でチートを手に入れるとは思いもしなかったわ)
思い出すのはカースを貰ったあの日だ。
異世界転生した俺がチートでTUEEEEEE! するぞと疑いもしなかった十五の俺。
あっさり夢破れて酒場の店員になったのに巡り巡ってこれだもんな。
立身出世とチートとか異世界転生の主人公そのものじゃん。やっぱりオッドアイは主人公の証だった?
(む、良い匂いがするな)
噴水広場に差し掛かったところで空きっ腹を刺激する芳しい香りが鼻を擽った。
後で昼飯も食べるつもりだが軽く腹に入れておこう。
そう決め、ぶっといソーセージを焼いている屋台へと足を運ぶ。
「よ、親父さん。一つ貰えるかい?」
「うぇ!? へ、陛下……しょ、少々御待ちください!!」
俺と面識のある奴らは普通に声をかけて来るが俺を知らない人らはやっぱりぎこちないな。
まあ、立場もそうだが公開処刑の件もあるからビビるのも当然っちゃ当然だが。
「お、御待たせ致しました」
ケチャップとマスタードをたっぷりかけたソーセージを固めのパンに挟み紙に包んで渡してくれる。
財布を取り出し会計を済ませようとするが、
「陛下からお金を頂くなど」
「おいおい、皇帝だろうが何だろうが商品に金を払うのは常識だぜ?」
「で、ですが……」
「まあ、あんな暴君っぷりを見せ付けたわけだし仕方ないと言えば仕方ないが別に俺ぁ道理を弁えていないわけじゃねえよ?」
金を押し付け、ソーセージに齧り付く。
美味い。この風味は香草かな? 加減を間違えればキツイ感じになるのを良い塩梅に調整されてる。
「例えばほれ、そこの新聞」
屋台の後ろに置かれた新聞を指差すと店主はギョッとした顔をする。
「それ、俺への批判が載ってるやつだろ? その記事な、俺が許可出したんだよ」
人には超えちゃいけないラインってもんがある。
どれだけ理不尽な仕打ちを受けたのだとしても皇子達には法に則った裁きを受けさせるべきだった。
要約するとそんなようなことが書かれてある。
「記事を書いたのはフリーの記者でな。持ち込んだ新聞社のトップが知己の貴族を通じて俺に突き出して来たんだわ。
お前さんと同じであんなことがあったもんだからビビったんだろうな。だがそりゃ見当違いにもほどがある行いだ。
謂れのない誹謗中傷や下世話なゴシップでプライベートを暴き立てるってんなら俺もキレるぜ?
ああいや、キレても別に殺しはせんがな? 俺の前で堂々とそれを言えるんなら普通に認めるよ」
っと話がずれたな。
「その記事には正当性がある」
俺は俺のやり方に後悔はない。
舐められないようにするためというのもあったが根本にあったのは私怨だからな。
そりゃ為政者のやるこっちゃねえだろというのは間違いではない。
「殺されると思ったんだろうな。その記者は蒼褪めた顔で泣いていたがどうせ殺されるならと腹の中を全部ぶちまけたよ。
俺には俺の正しさがある。だが、そいつにもそいつの正しさがあった。少なくとも俺はそいつの言い分がくだらん誹謗中傷だとは思わなかった」
だから俺も俺の正しさを語った。
その上であんたの意見も胸に留めておくと言って記者を解放し、記事を載せる許可を出した。
あんなことをした王様相手に堂々とお前は間違っていると言える覚悟を認めないほど俺は狭量じゃない。
まあ寛容につけ込んで調子に乗るような輩には痛い目見せるけどな。
「俺は俺の大切なものに手を出されん限りは別に何もせんよ。俺の逆鱗は普通に生きてりゃ触れる機会なんてないさ」
俺の女の命を狙った挙句、俺に罪を被せるなんてふざけた真似をする一般人なんておらんだろ。
日々を真っ当に過ごしてるならこの国の人間は皆、俺が守るべき民草だ。
「それはあんたもだよ親父さん。あんた、良い手をしてる」
「え」
「働く男の立派な手だ。嫁さんや子供は居るのかい? 親兄弟は? 自分一人だとしても食っていくためには働いて金を稼がにゃならん」
皇帝だからって忖度する必要はない。
「皇帝だろうが神様だろうが関係ねえ。品物が欲しいなら金を払え。あんたにはそう言う権利がある」
「陛下……」
「胸を張りなよ。あんたは良い仕事してるぜ。だってこんなにも美味いんだから」
そう言って笑うと店主も肩の力が抜けたのか自然な笑顔で答えてくれた。
「……お買い上げありがとうございます。またのお越しを」
「おう」
むっしゃむっしゃソーセージを齧りながら再び、歩き出す。
今日は良い天気だ。雲ひとつない晴天で実に過ごしやすい。
「今日は良い一日になりそうだ」
2.カース
待ち合わせ場所であるバーレスクに着くと既に神崎は居てジュースを飲んでいた。
俺も伯父さんにキンキンに冷えた酒を頼むと、その隣へ腰を下ろした。
「よ、こうして会うのは久しぶりだな。神崎には諸々任せちまってすまんかったな」
「別に気にしていないわ。今が大変な時期なのは私だけではなく皆も分かってるし」
戦争が終わった後、俺は直ぐにクラスの皆を帝都に呼び寄せた。
粛清によって家主の居なくなった貴族の屋敷を住居として提供し職業訓練やこの世界の常識を学ぶ体制を整えさせたんだが……。
今言ったように後は神崎は任せっきりだった。
コイツ、ポンコツではあるが頭は良いからな。合流してから少ししたらこの世界の常識やら何やらは大体、覚えてたし。
だから皆より早く知識を仕入れ環境に順応し現地人の世話役との間に入ってもらったのだ。
「それでも負担をかけちまっただろ? 皆のこともそうだが真実男のことも投げちまったし」
真実男がこちらに敵対していたのは周知の事実だ。
最終決戦での働きもあるし俺としては全部チャラで放り投げても良いんだが為政者としての面子がな……。
だから一時的にこちらの管理下に入ってもらった。真実男は俺に恩を感じているからだろう。素直に受け入れてくれた。
ただ、何度も言うようだが俺も忙しかった。本当に申し訳ないがそこそこ親しい仲だった神崎に頼むことにしたのだ。
「彼女についても気にしなくて良いわ。一時であってもあの子とはコンビを組んでたんだし」
「……ホント、すまんな」
神崎には世話になりっぱなしだ。
「それを言うなら私もよ。美堂くんには……」
「いや俺は良いんだよ」
「なら私だって良いわよ」
どちらかともなく顔を見合わせ、噴き出す。
「ならこの話はここまでにしようか」
「そうね。美堂くんも忙しいでしょうし本題に入りましょうか」
「一応、今日はもう仕事ないんだけどな」
「そうなの?」
「おう。こっちに集中したかったらな……っとすまん、話の腰を折っちまった。続けてくれ」
頷き神崎は切り出した。
「全員がカースを授かることを希望したわ」
「…………全員?」
希望職種なんかと一緒にカースをどうするかについても聞いてもらったんだが、全員というのは予想外だった。
ヴァレリアで話した時に腹を決めてた数人はさておき、他の皆はどうして……。
「彼らは私達が思う以上に強かったというだけの話よ。
馬鹿よね、日の当たらない世界を知ってるからって別に私達は特別なわけでも偉いわけでもないのに」
「……そうか。そうだな」
無意識の内に、見下す……というか必要以上に気を遣いすぎてたのかもな。
神崎が言うように知らない世界を知ってたからって俺らは別に偉いわけじゃないんだ。
「希望職種についてはカースを得てから決めたいそうよ。まあ、一応現段階でも暫定的に決めてはあるようだけど」
「そうだな。カースが糧を得るのに役立ちそうならそうした方が楽だもんな」
ちなみに神崎は俺の助けになりたいとの強い希望で親衛隊への内定が決まっている。
シャルとの稽古で更に強くなっているし信頼については言わずもがなだ。人格的にも能力的にも問題なかろう。
「あ、そうそう。私もカースは貰うわ」
「……神崎もか。怨器ガチャでもSSRだったし良いの引きそうだなあ」
「ガチャって言わない」
それから一時間ほど必要なことを話して、俺達は皆が居る屋敷に向かった。
数人なら俺と神崎でそのまま連れてけば良かったんだが、全員となるとな。
ぞろぞろと何十人も引き連れて歩くのはアレなので連絡してアンヘルにも来てもらったんだが、
「皆様、お初にお目にかかります。私はアンヘル・ベルンシュタイン。カールくんの妻です。どうぞよしなに」
気品溢れる一礼に圧倒されながら、皆は何とも言えないような顔で俺を見た。
男どものこんな別嬪さんを……! という視線がとても心地良いな。
「…………何でかな。アイドルなんぞ目じゃないぐらい可愛い女の子なのに何か怖い」
「…………ああ、不思議だな。嫉妬もあるが、何か……なあ?」
「…………核兵器の擬人化って感想がふっと浮かんだわ」
畜生、間違ってねえのが悔しいな。
まあそれはそれとしてだ。
「何でお前も居るの?」
俺はアンヘルだけを呼んだつもりなのだが何でかゾルタンまで居るのだ。
「いや、異世界の人間がカースを授かるというじゃないか。興味があってね」
「……大丈夫だとは思うが俺のダチに妙なことしたらお前の大好きな男の墓に一本糞してやっからな」
「止めて!?」
ごほんと咳払いをして皆に向き直る。
「最後にもう一回確認するが、良いんだな?」
真剣な顔で頷くその瞳には確かな覚悟が見て取れた。
俺は分かったと小さく頷き、アンヘルに転移魔法を頼む。
教会に飛ぶと神父は既に準備を終えて、何時でも始められる状態にしていてくれた。
話を通す時にポケットマネー(強盗殺人で得た金)から寄付金を払ったからだろう。かなりやる気に満ちているように見えた。
「それじゃ私から行かせてもらうわね」
覚悟を決めたとは言えいきなり非日常に触れるのは緊張するだろうと思ったのだろう。
神崎が真っ先に名乗りを上げ、つかつかと祭壇へ向かって行った。
「なあゾルタン、待ってる間暇だからカースについての薀蓄でも教えてくれや」
「いきなりそんなことを言われてもねえ……そうだなあ、なら異能系のカースについて一つ語ろうか」
「ほう」
異能系ってんなら興味はあるな。俺のも分類的にゃ異能系だし。
「全部が全部そうとは言わないが異能系のカースは本人の資質や才覚を昇華させたと思われる場合が多いんだ」
「へえ」
「陛下やシャルロットのような戦う者は先読みに長けているだろう?」
「ああ」
「未来予知と言えるほどに読み合いに長けた武人が居てね。彼がカースを授かったのは老境に差し掛かってからなんだが発現したのは」
「未来予知?」
「そう。数秒先の未来が明確に見えるようになったんだ」
数秒先、大したことないようにも思えるが戦いの場においては値千金どころの話じゃねえな。
俺もそういうのが欲しかったわ。
しかし、そうなると俺のカースも俺の観察眼が異能に昇華したものだったりするんだろうか?
「他にもこんな例があってね」
アンヘルと二人してゾルタンの薀蓄に耳を傾けていると、神崎の身体がびくりと震えた。
俺にも覚えがある。今、神崎はカースを授かったのだろう。
「よう神崎、どんなもんだ?」
そう問うや神崎が消え、俺の眼前に出現する。
恐ろしく速い速度で動いた――……わけじゃない。
「転移魔法?」
「ええ。どうやらこの世界の魔法の才能を得られたみたいね」
「…………」
「美堂くん?」
「やっぱりSSRじゃん!! 大当たりじゃん!!」
転移魔法は頑張れば覚えられるらしいが自由自在にどこでも飛べるのは帝国でも一握り。
それこそアンヘル達ぐらいだ。そんなレベルの才能を得るとか……はぁー! 神様は不公平ですわー!!
「いや違うよ陛下。自惚れるわけじゃないが才覚という意味では彼女は一流から頭半分ぐらい抜け出たぐらいだろう」
言外に自分達ほどではないと告げるゾルタンだが、
「じゃあ今の転移は?」
「私達が使ってるのとはまた別物だね。怨器だっけ? あれと魔法を併用したんじゃないかな? 飛べる範囲も多分、視界が届く範囲までだと思う」
どう? とアンヘルが問うと神崎は小さく頷いてみせた。
アンヘル達ほどの利便性はないようだが……いや、それでも十分じゃん!
超一流には及ばずとも一流以上なんだから普通にSSRじゃん!
しかも現時点でそれなんだろ? 努力次第では超一流になれるかもしれんのでしょ?
「うっわテンション下がるわー!!」
「おい止めろ美堂。今のお前、すっげえだせえぞ」
「僻みが凄い……」
「あんた、皇帝じゃん。十分じゃん」
皇帝でも当たり籤が引けるかどうかは別問題です。
「いやでも幸先良いなこれ。ガチャの流れが来てる感じがする。よし、次俺行くわ」
「馬鹿止めろ、それは爆死フラグだぞ」
「課金はどうやってすれば良いですか?」
言って他の皆も儀式を受け始める。
最初はぼんやりとそれを眺めていたのだが、一人また一人と儀式が終わる度に違和感が出始めた。
そうして最後の一人が終わった時、場には沈黙が満ちていた。
「…………こんなことがあり得るのか?」
神父とゾルタンに問うと神父は困惑したように、ゾルタンは難しい顔で否定の言葉を返した。
「全員が武の才能か魔法の才能を得る。こんなことはあり得ないよ」
異世界人だからなのか、それとも別の理由があるのか。
神に問うても答えは返って来ない。
「陛下、これは少し調べた方が良いと思うんだが」
「分かってる」
場を変えて検証だ。




