教師、再び③
1.カル八先生
「教師って……言っちゃあ何ですが俺に学はありませんよ。人様に教えられることなんてそれこそ大工仕事ぐらいですわ」
流れからして学は多分関係ないんだろう。
だってジェットさん、別に学校関係者でも何でもないからな。ギルドの職員だもん。
でも僅かな望みに賭けてすっとぼけたいんだよ……これで流れてくれて良いなって夢を見ても良いじゃないか。
「いや学は必要ないよ――というか何で大工仕事?」
「ベルンシュタイン家は代々続く大工の家系だもんで」
ジェットさんの視線がカウンターでグラスを磨いていた伯父さんに向く。
伯父さんはさっと目を逸らした。
「伯父さんは家を継ぐのが嫌で逃げ出したんですよ。だもんで家は弟である親父が継ぎました」
ちなみに俺も家業を継がず上京してるが伯父さんとは違う。
俺の爺さんは伯父さんに継がせたかったみたいだが親父は俺の好きにしたら良いってスタンスだもん。
だからカース貰う前は冒険者になるって言っても文句は言わなかったし、カース貰った後で進路変更しても伯父さんを紹介してくれた。
「へえ……っと、話がずれたね」
チッ、このまま雑談に雪崩れ込もうと思ってたんだが駄目か。
もうこうなったらしょうがない。とりあえず話だけ聞こう。
「カールくんに頼みたいのは駆け出し冒険者達への指導なんだ」
「冒険者への指導ぉ?」
これまた俺には縁遠い分野だ。
っていうか何でそれを俺に頼む? ベテラン冒険者なんて幾らでも居るだろ。
「そうだね。実際、これまでの講習では現役の冒険者に頼んでいたよ。ただ……」
「ただ?」
「…………どうも効果が薄くてね」
「何で――いや、意外でもないのか?」
駆け出しのひよっこ相手の指導役を買って出るような冒険者なんて十中八九良い人だ。
ギルドから報酬も出るのだろうが普通はかったるくて受けようとは思わない。
大金が出るなら話は別かもしれんが、ギルドも駆け出し相手にそこまで金をかけるとは思えないしな。
となると善意で後進を導こうって優しい人ら以外は指導役になろうとは思わんだろう。
そして、その手の優しい人間は教育にはあんま向いてねえ。
これが日本の小学校中学校高校とかなら良い。
優しい先生だからこそ輝く場面も沢山あると思う。だが冒険者を相手にするなら優しさは邪魔だ。
命懸けの商売なんだから必要なのは優しさではなく苛烈さ。
指導役を買って出るようなタイプの人らにそれを求めるのは酷だろうて。
「だから無難な指導にしかならずギルド側が期待するような効果は望めない、と」
俺が自分なりの推測を披露するとジェットさんは溜息交じりに肯定してくれた。
「概ねその通りだが一つ訂正を。仮に過激な指導を出来る冒険者であっても上手くいくかは分からないけどね」
まあそれはね。
過激な指導をしっかり教え子に根付かせられるかは指導者側の手腕によるだろう。
「出来る冒険者が出来る先生になれるとは限らないですしね」
「そういうこと」
「しかし、それならますます解せない。何だって俺に……」
「そりゃあ君に実績があるからさ」
実績? まさか――――
「そう、ライブラだよ」
何でそれを、ってのは野暮か。
これまで問題児ばっかだった学院の卒業生がいきなり妙な集団になってるんだもんな。
そりゃ普通は何があったのかって調べるわ。
「加えてカールくんはシャルロット・カスタードの弟子というネームバリューもあるからね」
「あー……」
そういや俺、シャルの弟子って名目で冒険者登録してたわ。
「しかしそういうことなら弟子よりも本人の方が……」
「嫌だよ私は」
聞いてたのか。
「大体私、冒険者って言っても路銀稼ぐために登録しただけだもん」
「それ言うなら俺だって修行兼金稼ぎのために登録しただけだし」
「あと、さっき君も言ってただろ。出来る冒険者が出来る先生になれるとは限らないってさ」
教育という面では私よりも実績がある、と言われ俺は言葉に詰まる。
糞、シャルのくせに正論抜かしやがって……!
「それでどうかな? 勿論、無理にとは言わないが」
言葉とは裏腹にジェットさんは期待の眼差しで俺を見つめている。
断っても別に問題はないのだろう。だけど、そんな目で見られるとなあ。
これが大して関わりのねえ奴なら知るかボケで終わる話だがジェットさんは良い人だしそこそこ仲も良いからなあ。
「むむむ」
いや、悩んでるって時点でもう答えは決まってるようなもんだな。
すっきりしない生き方を許容出来るなら俺はもっと平穏無事な人生を送ってる。
「条件があります」
「何かな? 謝礼については弾むつもりだよ」
「謝礼は別に良いです。金には困ってないんでね」
必要になったらまた廃棄大陸に出稼ぎに行けば良いだけだし。
「では何を?」
「指導方法については俺に一任して一切口出しをしない。その結果、駆け出しが揃って廃業することになっても俺は一切責任を負わない」
でも指導のためにこちらが必要なものは用意してもらう。
それを呑んでくれるなら教師役を引き受けると告げた。
自分で言ってて何だが無茶なことを言ってる自覚はあるが実際やるならこれぐらいは言っておかないとな。
「分かった」
「……マジ?」
「それだけ私や他の職員はカールくんに期待しているんだよ」
言っても聞かない貴族の馬鹿ボンどもをあそこまで躾けた手腕、是非とも勉強させて欲しい。
そう言ってジェットさんは深々と頭を下げた。
なるほどね、俺のやり方を真似てカリキュラムを作ろうってわけか。
「……カール、そういうことならしばらく休むか?」
「ん? んー、大丈夫大丈夫。指導つっても午前午後だけだろうしね」
一ヶ月ぐらいなら昼夜働き詰めでもさして問題はなかろうて。
「ちなみに何時から? どれぐらいの期間?」
「開始はカールくんの都合に合わせるよ。期間は一週間ほどだね」
「それなら、三日後からでお願いします。俺も色々準備があるんで」
とりあえず新しいコスプレ衣装を新調しなきゃな。
2.再会
そして三日後。約束の日がやって来た。
何時もより早めに起きた俺は身支度を整え一階に向かい、冷蔵庫からジョッキを取り出す。
キンキンに冷えたジョッキの中にはちょっと飲むのを躊躇う黒と赤が混じった禍々しい液体が注がれているが構わず一気に流し込む。
「き、き、キク~~~~~!!!」
びくん、びくんと身体を震わせる俺をカウンターに座っている庵が引き気味に見つめていた。
まあ気持ちは分かる。どう考えても危ない人にしか見えねえもんな。
だがこれは決して違法性のある飲み物ではない。
味を度外視しても良いから兎に角精がつくものをと伯父さんに頼んで作ってもらった特製栄養ドリンクだ。
「はぁ……はぁ……く、癖になる……この感覚……ッッ」
味もゲロマズかと思いきやまずくはなくそこそこ美味い。
多分、伯父さんが気を遣ってくれたのだろう。料理人としてのプライドもあったのかもしれない。
だがそれよりも何よりもこの細胞の一つ一つがいきり立って行くこの感覚!
口の端から涎が垂れているのも気にならないほどの恍惚感! これはやばい……マジ、ハマりそうだ。
「も、もう一杯……」
「駄目です兄様! 完全にやばい人のそれです!!」
気付けば庵が俺の腰に抱き付いていた。
それで俺も冷静さを取り戻す。そうだな、これは気付けの一杯だ。二杯目は夜、仕事を終えてからにしよう。
「よーし! やる気も漲って来たしそろそろ出るわ!!」
そう告げると庵は椅子にかけていたコートを俺に手渡してくれた。
受け取った俺は袖は通さず肩に引っ掛けるようにしてコートを纏った。
「最高に決まってるな俺」
イカシタ三角帽子。ド派手な刺繍が施された真紅のコート。胸元を大きく開いたシャツ。ダメージパンツに使い込まれた革のブーツ。
どっからどう見ても海賊だ。しかもただの海賊じゃない。大海賊だ。
「……前も思いましたが普通の格好でよろしいのでは?」
「気が乗らない仕事だからこういうとこでテンション上げにゃやってられんのよ」
俺はコスプレが好きだ。するのもさせるのも両方好きだ。
昨夜もアーデルハイドに奴隷コスを着せて奴隷とご主人様プレイに勤しんだぐらいだ。
まあ昨夜のプレイは俺からの要望ではなくアーデルハイドの希望だったんだけどね。
アイツ、自分が虐げられるプレイだとアンヘル以上に輝くんだよなあ。
「じゃ、行ってくらぁ」
「はい。お気をつけて」
まだ時間に余裕はあるので朝の市場を冷やかしてからギルドに行くのも良いかもしれない。
そんなことを考えながら大通りを歩いていると、
「カール?」
久しく聞いていなかった声が聞こえ振り返る。
黒髪をオールバックにした強面の男が目を丸くしてこちらを見ていた――ヴァッシュだ。
「やっぱりカールじゃないか! お前、帝都に居たのか?」
「いや……そりゃこっちの台詞なんだけど」
ティーツもクロスもヴァッシュも気付けば居なくなってたからな。
今更ながらに一人ぐらいは挨拶してくれても良かったんじゃない?
何でどいつもこいつも何も言わずにふらっと消えてんだよ。
「そういう柄ではないだろう、俺もお前も」
「そりゃそうだけどさあ」
変に改まって別れの挨拶とかするのも何かこっ恥ずかしいってのは分かるよ。
それでも誰一人として行き先を告げないのはどうなのよって話だろうが。
「確かお前は冒険者になると言っていたな。帝都を拠点に活動しているのか?」
「いんや? 貰ったカースがハズレだったから冒険者になるのはそっこーで諦めたよ」
「……カースがなくても十分やれるだろうに。じゃあお前は今、何やってるんだ? ぷーたろーか?」
「誰がプーだ殺すぞ禿。酒場の店員だよ。帝都で酒場やってる伯父さんとこで働いてる」
「ハインツおじさんに兄弟が居たのか……」
「見た目はともかく中身は親父とも似ても似つかねえがな。ってかそういうお前は今、何してんのよ?」
往来を堂々と歩いているしティーツのアホみたいに裏家業ってことはなさそうだが……。
「俺か? 一年半ほど前はあちこちをぶらぶらしていたんだが今は竜国で騎士をしている」
「竜国――っつーとブリテンか」
プロシア帝国が魔道士の国ならブリテンは戦士の国だ。
その質は世界でも屈指だと聞くが、まあコイツなら問題は無かろうて。
「その騎士様が何で帝都に居るのさ?」
「俺が仕えている第二王女様がプロシア帝国に訪問しているからな。その付き添いだ」
おいおいおい、王族に仕えてんのかコイツ。
俺らん中じゃ一番の出世頭なんじゃねえの?
「すげえお前……でも、王女様の傍に居なくてええんか?」
「ああ。折角、帝国の首都に来たのだからお前達も楽しめと暇を出されたんだ。俺、帝国出身なんだがなあ」
「でも帝都には来たことなかったろ?」
俺ら田舎民だしな。
「ああ。だからまあ、テキトーにぶらついてたんだ。しかし……こんなところでお前と再会するとはな」
「俺もびっくりだよ」
「フッ……元気そうな顔が見られただけでも帝都に来た甲斐はあったということか。ティーツやクロスもどこかで元気にやっているんだろうか」
「ティーツは元気に人斬りやってるしクロスは元気にロリコンやってるから心配するな」
「そうか。アイツらも――ん? 何言ってるんだお前?」
ギョッとするヴァッシュにアホ二人について軽く説明してやると奴は盛大に顔を引き攣らせた。
「クロスはまだ騎士のような仕事をしているらしいから良いとしてティーツ、アイツは一体何をやっているんだ……」
「まあまあ外道に身を窶したってわけでもねえし気にしないのが吉よ」
「……そうだな。ところでカール、酒場の仕事は夜なんだろう? なら折角だし帝都を案内してくれないか?」
「そうしたいのは山々だがこれから用事が――いや待てよ」
「?」
じろじろとヴァッシュを観察する。
最後に会った時よりも格段に強くなってるのは間違いない。
「へへへ、おいヴァッシュ。暇なんだろ? ちょっと俺に付き合えよ」
「……! は、離せ!!」
無言で逃げようとしたヴァッシュの進路を塞ぎ、関節技で拘束。
「そう邪険にすんなよぅ。俺達、友達だるるぉぉ?」
「……畜生、今日は厄日だったか」
友達が困っていたら手を貸す。これは当たり前のことだよなぁ?




