関ヶ原の戦い③
1.HEATS
「おぉぉおおおおおおらぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
カールの拳が八俣遠呂智の横っ面を殴りつけた。
痛みに悲鳴を上げながら先ほどの倍は吹き飛ぶ八俣遠呂智を見て戦場が湧き立つ。
「おぉ……邪神を殴り飛ばした……」
「何と凄まじい……!!」
が、現実はそう甘くはない。
あそこまで吹き飛んだのは八俣遠呂智の意識が邪魔をしたクロスに注がれていたからだ。本番はここからである。
地面に着地したカールは静かに禁術を発動した。
先ほどは本当にギリギリで使っている暇がなかったのだ。
「気ん持ち良いなぁ~……ずーっとブン殴ってやりたかったんだよ……いやマジで」
嵐の如く吹き荒れる気を全て炎に変換。巨大な火柱が立ち昇る。
制御も糞もない自らをも焼き尽くす業火が身を焦がす。
憎悪と殺意で塗り潰された身の毛もよだつほどにおぞましい笑顔を貼り付けたままカールは叫ぶ。
「だがまだだ! まだ足りねえ! 全然足りねえ! テメェが死ぬまで!! 殴り続けてやるよォ!!」
カールの殺意に呼応するかのように復帰した八俣遠呂智が八つの首から破壊光を放つ。
カールは微塵も怯まず突っ込み身を破壊されながら光の中を突っ切る。
「死ねオラァ!!!!」
どてっ腹に飛び蹴りをかましその反動で宙返り。間髪入れずに乱打を浴びせる。
八俣遠呂智の巨体は脅威だ。しかしそれは個人――それも後退の螺子を外した狂人相手ではデメリットでしかない。
懐に潜り込まれてしまえば巨体の利点が活かし辛く体表から触手を生やしたり鱗を砲弾のように使うのが精々だ。
だがその迎撃もカールにはまるで通用しない。
打たれ、裂かれ、穿たれようとも微塵も気にせず拳を繰り出し続けている。
「キャハハハハハハ! 鬼灯みたいで綺麗だなァアアアアアアアアア!!」
炎気を纏った拳足により焼き抉られていく八俣遠呂智の肉体。
ぐずぐずに焼けた血と肉が鬼灯のような赤に見えて御満悦のカールだが八俣遠呂智もやられっぱなしではない。
《《《《ギャギャギャギャギャギャ!!!!》》》》
ダメージを与えた部分が瞬く間に再生。
哄笑染みた鳴き声を上げる八俣遠呂智だが別段、驚きはなかった。
カールは一度も八俣遠呂智を甘く見積もったことはない。
眷属の場合は再生能力を破壊出来たが不死性の大元である八俣遠呂智にそれが適用するとは思っていない。
ならば攻撃しても意味はないのか? それは違う。
ゲーム的に例えるなら万全の八俣遠呂智はHP無限で常時全回復している糞ボスだ。
だがカールの攻撃によってHPは無限ではなくなり上限がつく。その値を9999999万としよう。
イメージとしてはカールが攻撃する度に100ずつ上限が削られていく感じだ。
自己再生によってHPは常時満タンではあるがその上限は着実に減っている。
削り続ければいずれは再生に使うリソースもなくなりHPの桁も殺害圏内に入るだろう。
まあ言うは易し行うは難しの厄介極まる敵であることに変わりはないのだが決して殺せないわけではない。
ゆえに攻める。攻め続ける。八俣遠呂智の癪に障る笑い声すらも憎悪を燃やす薪にして。
《《《《~~~~!!!!!》》》》
「目論みが外れちまったなァ! 驚くと思った? 絶望すると思った? なわけねえだろうが腐れ爬虫類!!!!」
頭の一つが攻撃を続けるカールの頭上から迫る。
攻撃の意を消す技術なんて持ち合わせていないし仮にあってもこのサイズならバレバレだ。
カールは下半身が爆ぜるほどの勢いで気を放出し、八俣遠呂智の口に自ら突っ込む。
そして牙を潜り抜けて四方八方に攻撃を繰り出しながら八俣遠呂智の肉体深くへ。
「デケエってのも考えもんだ! 今の俺は一寸法師様だぜ!!!!!」
頭を抜けて腹のあたりまでやって来るとカールはそこで足を止め、あちこちにある内臓を破壊し始めた。
息は苦しいし、瘴気や毒も充満していて最悪のコンディションだが外側から攻撃するよりも効果は覿面。
苦しみのたうっているのがこの揺れでよーく分かる。
「……炎の通りが悪くなって来たな。ってこたぁ、そろそろか――!?」
肉の壁から飛び出した蛇の頭がカールの横っ腹に突き刺さりそのまま自身の肉体を突き破ってカールを体外へと放り出した。
四肢から気を噴射し空中で姿勢を整えたカールだが、八俣遠呂智の身に起きた異変を目にし一旦攻撃の手を止める。
(多分、この状態の奴に攻撃しても旨味はない)
びき、びきと八俣遠呂智の全身に亀裂が走り――盛大に破裂した。
湧き立つ外野を無視しカールは目を凝らし観察を行う。
一回り小さくなり頭が八つから七つに減ってしまったが八俣遠呂智は健在だった。
カールは自らの仮説を検証するためちょっとした村落程度なら軽く消し飛ばせる威力の火球を放つ。
「……やっぱりな」
直撃したものの八俣遠呂智は“無傷”だ。再生をしたのではなくそもそも傷を負わなかった。
つまるところ、
「適応進化」
眷属が斬気への耐性を獲得したのだ。そりゃ本体もやってのけるだろうとは思っていた。
だからこそ最初は炎気一本に絞って攻勢を仕掛けたのだ。
「厄介だ。ああ、本当に厄介だが――――悪くない」
再生だけでなく進化にもリソースを使っている。それも再生よりも大量のリソースを。
頭が一つ消えたことからもそれは明白だろう。
八俣遠呂智は一歩、確実に死へと近付いたのだ。
「OK。検証がてら第二ラウンドと行こうぜ!!」
炎気を雷気に変換。紫電を纏ったカールが八俣遠呂智の頭上に躍り出る。
「スゥウウウパァアアアアアアアアアイナズマァ――キィイイイイイイイイイイイイイイイイック!!!!!!!」
落下速度に気の噴射をプラスした上空からの飛び蹴りが頭の一つを破壊する。
即座に再生して反撃を行って来たが気にせず再度、懐に潜り込んで乱打を敢行。
(大体分かった)
先の攻撃で幾つか適応進化の中身が見えた。
まず一つ、殴打そのものに対する耐性はついていない。
雷気を纏っていたから通用したのか、殴打に対する耐性がそもそもつけられないのか。
前者ならばこっちの手段が格闘戦しかないのだから気を纏わぬ攻撃は避けるべきだろう。
後者であって欲しいが検証はするべきではない。
仮に前者であったのなら気を纏わぬ攻撃への耐性が出来てしまうかもしれないから。
二つ目。熱への耐性は得ていないらしい。
炎気と雷気は別ものだが共通する特徴もある。それが熱だ。
ゆえに検証のため雷気を二番手に持って来た。
攻撃の際、熱による溶解が確認されたので耐性を得ていないことは確実だ。
そして三つ目。気そのものへの耐性は獲得出来ていない。
適応はあくまで属性でありプレーンな気はアウトではないらしい。
可能性としては二つ。殴打の時のように属性を変換していたから通用したのか、気への耐性は得られていないのか。
これも検証は避けるべきだがカールは後者だと見ている。
気は心より出ずる力だ。心なき怪物に理解は出来るとは思えない。
まあ、だからと言ってわざわざ検証するつもりはないが。
勝ちの目は十分にある。
いや、
「出るまで賽子を振れば勝率は100%だぜ!!!!」
2.ぶっ生き返す!!
カールと八俣遠呂智の戦いは熾烈を極めていた。
いやここまで来ると最早、戦いとは呼べないかもしれない。
八俣遠呂智が邪神ならばカールは荒神。一人と一匹の闘争は人知及ばぬ領域の喰らい合いの様相を呈していた。
「な、何ちゅう御方じゃ……神を相手に一歩も引けを取っとらん!!」
「これが俺らの将軍様か……!」
「おぉ! また首が落ちたぞ! 勝てる! これなら勝てる!!」
震えるほどに恐ろしい。だがそれ以上に頼もしい。
理解の及ばぬ領域の闘争であろうともカールの根源にあるのはどこまでも人がましい“情”だ。
それが兵らにも伝わっているから彼らは歓喜し未来を掴む一助たらんと奮い立つのだ。
だが、
「…………まずいですね」
その勇猛さに目が行きがちだが見る者が見れば分かってしまう。
時間が経つごとにカールの動きからキレがなくなっている。
最初の首を落としたのが大体一時間ほど。次の首が二時間。三本目が三時間。今しがた落とされた四本目が四時間とドンドン時間が伸びている。
八俣遠呂智が進化しているから? まあそれもある。あるが八俣遠呂智の力は劇的に膨れ上がっているわけではない。
耐性の獲得は手を変えれば無視出来るし、身体が縮み小回りが利くようになりはしても多少面倒という程度。
「やはり、あの戦法は……お止めするべきであったか」
「そうとは言えんだろうよ本多殿。あの攻めがあればこその今よ」
「とは言え、このままでは……」
カールに一番近い場所で眷属を押し留めている猛将らの顔が曇る。
名高き実力者であるからこそカールの状態が理解出来てしまう。
実際、彼らの見立ては正しい。カールは既に限界ギリギリだ。体力はとっくに枯渇してしまっている。
それでも体力だけなら気力で補えはするが問題は毒だ。
肉体を蝕む毒ではカールを止められないと判断したのだろう。八俣遠呂智は魂を蝕む毒へと切り替えた。
禁術と激戦による疲弊し切った心への最悪の追い討ちだ。
常人――いや、英雄傑物の類であっても耐え切れずとうに死んでいるだろう状態。
それでも尚、ああして戦い続けていられるのは狂気の沙汰としか言いようがない。
「ぁ」
カールの身体が大きく吹き飛ぶ。
襤褸雑巾になりながら大地を削り、ようやく止まるが直ぐに立ち上がれない。
それでもよろよろと死人の如き有様で何とか立ち上がるも、
《《《《――――!!!!!》》》》
炎が、雷が、光が、闇が、雨あられの如き降り注ぐ。
呵責なき破壊によって巻き上げられた戦塵が晴れ……。
「う、う、うわぁぁああああああああああああああああああああああ!!!」
「ま……負けた……?」
「あぅ……あ、あ、あ……お、お終わりだ……」
辛うじて人の形は留めているものの仰向けに倒れたままピクリとも動かないカール。
希望を感じていただけにその落差は大きく、どんな疫病よりも早く絶望が戦場を駆け巡っていく。
兵士どころか戦況を立て直さねばならない指揮官クラスでさえ諦めの沼に足を取られてしまっている。
状況は最悪の一言。そんな下等生物どもが愉快で愉快でしょうがないのだろう。八俣遠呂智がゲタゲタと嗤う。
さあ、ここまでやってくれたあの忌々しい草薙の担い手にトドメを刺してやろうと八俣遠呂智がゆっくりカールへ迫る。
――――が、半ばほどでピタリとその歩みが止まる。
八俣遠呂智だけではない。その眷属も、相手取る人間達も皆、一様に動きを止めた。
風が吹いたのだ。絶望を象徴するかのように凪いでいた戦場に風が吹き始めたのだ。
「――――おい、調子乗ってんじゃねえぞ」
びゅーびゅーと吹く風の中、不思議なほどその声はよく聞こえた。
「何をもう勝った気でいやがる」
カールだ。
「いやそもそもだ」
終わったと思われたカールが喋っている。
「お前如きが俺に勝てると思ってるのがおかしいだろ」
力のない声。だと言うのに何故か。誰もがその声に聞き入ってしまう。
「アンヘル、庵、アーデルハイド、クリス」
震える手で地を叩き起き上がる。
「ティーツ、クロス、ヴァッシュ。親父、伯父さん、少年、シャルのアホ、ホモのゾルタン」
身体を起こしただけで、まだ立ち上がったわけではない。
「この戦場で一緒に血を流してくれている底抜けの戦友ども」
だが、立ち上がろうとしている。
「俺は恵まれてる。これを幸せと言わずして何と言う?」
何度も何度も地面に崩れ落ちながらも立ち上がることを諦めない。
「こんだけの幸福に恵まれた俺がお前よりも劣るって?」
そして遂に立ち上がる。
「ありえねえ」
ふらふらと吹けば飛ぶような頼りなさ。
「お前には何がある? 何もねえだろ」
しかし、カールは両の足で立って見せた。
「空っぽの畜生風情がよぉ」
軽く小突けばそれで死んでしまいそうな有様。
なのに緋と蒼の双眸にはこれまで以上に激しく意思の炎が荒れ狂っていた。
そして荒ぶるカールに呼応するように風が勢いを増し空からは大粒の雨が零れ出す。
「――――思い上がってんじゃねえぞ!!!!!」
雨に塗れた上着を破り捨て、今度は味方に向かって叫ぶ。
「お前らもよォ! 俺を舐め過ぎだろ!? 背中任せるつったのに諦めるの早過ぎだ!
お前らが俺に託した願いはあんなゴミカスに否定されて良いような軽いもんなのか!? 違うだろうが!!」
翼を模した背中の刻印が煌々と輝きを放つ。
「だったら叫べ! 意思を示せ!! 俺らの邪魔すんじゃねえってなァ!!」
この場の誰よりも猛々しく燃える意思の炎が戦場に伝播していく。
叫ぶ、叫ぶ、言葉にならない己の命を叫ぶ。吹き荒ぶ嵐にも負けぬ雄叫びが戦場を満たす。
「おら! ビビってんんじゃねえぞ邪神様ァ! 続きと洒落込もうぜ!!」
《《《《~~~~~!!!!》》》》




