関ヶ原の戦い①
決戦開始です。
1.トモダチ
二十四日未明、戦いの火蓋が切って落とされた。
蝦夷より押し寄せる眷属の大群と邪神討伐軍が真正面から衝突。
人間以外ならば策を弄することも出来たが相手はカールを殺すことしか頭にない化け物の群れだ。
前へ前へと進む眷属を押し留めようと言うのであれば真っ向からぶつかるしかない。
結果、眷属の攻勢は水際で防がれ見事に時間を稼ぐことに成功。
「……焦れったいな」
頭と胴体だけの簡易な人型が無数に並ぶ本陣の中、カールは苦い顔をしていた。
今のところ時間は稼げているが状況は予断を許さない。
一つ何かあれば崩れかねない戦況――なのに自分は動くことが出来ない。
八俣遠呂智討伐の主戦力であるカールの体力を温存するのもあるが幽羅が行う強化のためにもこの場を離れられないのだ。
戦場の様子が窺える水晶を見ながら貧乏揺すりをしていると、
「カールはそういうとこあるよね」
「うむ。ある程度は他人に任せられるんじゃが、肝心なとこでは出張らんと気が済まんっちゅう」
「それな」
「うっせえわ。つーか暢気し過ぎだろお前ら」
わざわざ聞こえるようにひそひそ話をする幼馴染をカールが咎める。
ティーツとクロスは本陣の護衛に回されているのだが、こちらはカールほど緊迫感はなかった。
それは、
「安心せい。いよいよとなったらわしとクロスが死んじゃる」
「女のために死ぬのが一番だけど――ま、友達のために死ぬのは二番目に悔いのない終わり方だし我慢してあげるよ」
「いや、家康じゃったか? あのお嬢さんが決戦を生き残ったら結果的には女のために死ねるんとちゃうか?」
「おお! じゃあ一石二鳥じゃん!!」
実力者というのは大体、最後の最後――死と引き換えに切れる奥の手を隠し持っている。
カールもそうだ。禁術とはまた違う最強無敵流における禁じ手を修めている。
二人はそれぞれが持つ命を代償にしたカードを切って何とかカールに繋げようと言っているのだ。
「……お前らも自分のやりたいこと、あるんだろ?」
「わしゃあ正義の人斬りじゃけえ。あんなもんが大陸に放たれるのを見過ごすわけにはいかん」
「僕は竹千代様にぞっこんだからね。カールのために死ぬことが巡り巡ってあの人の笑顔に繋がるなら問題はない」
「俺が八俣遠呂智を殺せなきゃ無駄死にだぜ?」
「ダチを信じん男がおるかボケ」
「ヴァッシュのアホがここに居ても同じことを言ったと思うよ?」
二人の言葉にようやく、カールがへらっと表情を崩す。
「そうかい。だったら俺もここに居るアホ二人と前線で戦ってる戦友を信じてどっしり構えとくわ」
「おう、そうせえそうせえ」
「ってかさ。ずっと気になってたんだけど……」
クロスの視線が胸の前で両手を合わせぶつぶつと呪文を唱える幽羅と庵に注がれる。
「大丈夫? あれ絶対邪法の類だよね? ほらもう、この世全ての怨念を煮詰めたような闇が湧き出してるもん」
「良いもんか悪もんかで言うたら確実に後者じゃけえ」
「うっわ、おい見ろ。やたら悪趣味な扉が飛び出して来やがった」
二人の背後にある方陣から一軒家ほどの大きさがある骨の扉が出現する。
人にも似た何かの白骨で作られたその扉には幾つもの鎖が絡み付いているし明らかにやばい。
見た目で「やばいから触れんなよ!?」ってのがこれでもかと伝わって来る。
「……幽世と現世を繋げようってんやから危険に決まっとるやろ」
呪文を唱える段階は終わったらしい幽羅が額に汗を浮かべながら告げる。
「具体的にどうなるんだ?」
「下手打ったら八俣遠呂智の前に葦原の人間全てが死に絶えますわ」
本当に危険だった。
「せやからそうはならんよう細心の注意を払って召喚しとるんやから……もうちょいこう、元気の出る言葉くれません?」
「庵! 世界一可愛いよ!!」
「庵ちゃん、頑張って!!」
「庵! ちっさい身体でよう頑張っとるな! わしは感動した!!」
「こ、コイツら……!!」
胡散臭いBBAと可愛いロリ。どちらを応援するかなど考えるまでもない。
「ところでまだかかりそうか?」
「ええ。むしろ、ここからですわ。扉を縛り付けとる鎖あるでしょ? あれを一本一本切ってかなあかんのですわ」
そこでようやく扉が開き、歴代の姫の魂をこちら側へ呼び寄せられるのだと言う。
そうかと頷き、カールは再度戦場の観察に戻った。
しばらくは黙って見つめていたのだが夕刻に差し掛かった頃、風向きが変わる。
(…………まずいな)
怪異の力が増し始める逢魔が時に入ったからだろう。
眷属の攻勢が更に激しくなった。
カールの本陣は当然として、戦場を支える術式を維持するために守らねばならない箇所は複数存在する。
その内の幾つかの拠点の防衛がかなり怪しくなっているのが見て取れた。
今直ぐにというわけではないが、このまま続くと甘く見積もって数時間といったところか。
(最前線に居る信長達は俺よりも危機感を持っているはずだが何のアクションもない。
つまりあっちに余裕はないってことだ。ならこっちでフォローを考えるべきだが……)
幾つか手はある。あるがどれもデメリットが付き纏う。
そしてそのデメリットは後を引く類のもので、ここでリスクを背負い込むべきかどうか判断に迷ってしまう。
(どうする……どうすれば良い……?)
ティーツとクロスが無言で視線を送るが、カールはそれを手で制した。
カールとて親友二人の献身を無碍にする気はない。
だが、二人の命で得られる効果を考えるならここで切るのは悪手だ。
(迷えば迷うだけリカバリーは難しくなる、分かっちゃいるが……)
今でこそ仲間に頼ることを覚えたが、根っこの部分には単独行動が染み付いてしまっている。
そのせいで集団の浮沈に関わる判断能力が未熟なのだ。
それでも普段なら流れを読む嗅覚で上手いことやれるのだが今回ばかりはそれも難しい。
邪神との戦いなんて未踏の領域を平常心で乗り切るには、カールは若過ぎた。
そうして焦りに心を蝕まれ始めた正にその時だ。
《――――待たせたな、皆の衆!!!!》
“力のある声”が関ヶ原全域に響き渡る。
思わず顔を上げると空にはカールが演説をぶった時のように具足を身に纏った帝の姿が映し出されていた。
《さあ! 撃て撃て! 邪神に頭を垂れる卑しい狗畜生どもを焼き払え!!》
その号令で空から無数の光線が降り注ぐ。
陰陽師と彼らが使う式神の攻撃は眷族だけを見事に撃ち抜いていく。
「お、お……おま……幽羅!!」
「し、知らん知らん! うちは何も聞いてませんえ!?」
帝を戦場に出せば士気は向上する。
そんなことはカールも信長達も理解していたが、そうするわけにはいかない事情があった。
畏れ多くて無理でしたなんて理由ではない。諸大名はともかくカールと信長はそんなこと気にはしない。
帝を動かさなかった理由は戦後を見据えてのことだ。
カールにとっては八俣遠呂智さえ殺せればそれで問題はないが葦原の人間にとっては違う。
八俣遠呂智によって甚大な被害を受けた葦原を復興するためには民心を一つにするのが必要不可欠。
そのためには帝の威光を利用するのが確実で一番手っ取り早い。
戦後に復興の旗頭として表舞台に立ってもらう帝に万が一があってはならない。
ゆえに最低限の人員を京に残して来たのだが……これこの通り。全員引き連れて戦場へやって来てしまった。
「ニセイメイくんは何やって……隣に居るじゃねえか! 主を裏切る式神とかありかよ!?」
既に幽羅はニセイメイから全ての力を回収しているが元々、安倍晴明の代理として作った式神だ。
そんじょそこらの式神とは出来が違う。
幽羅の力を宿していた時よりは格段に性能は落ちるが呪物をバッテリー代わりにして帝の傍に置いて来た。
変事があれば幽羅に情報が行くはずなのに何の音沙汰もなし。
主の意向を無視する式神なんてありなのかと叫ぶカールに幽羅は盛大に頬を引き攣らせた。
「いやぁ……うん、うちが天才過ぎた弊害ですわ」
「言ってる場合か!」
帝の参戦に焦った大名達が足並みを乱す可能性がカールの頭をよぎる。
下手をすれば総崩れ。だが、カールのそれは杞憂だった。
《手を止めず足を止めず意思を絶やさぬまま聞け――――“何も案ずるな”》
地獄のような戦場で尚、その声は心に染み渡っていく。
《余は余の価値を知っておる。余が死ぬことの意味もな。
後継者が居らぬわけでもないがあれはまだ幼い。まだ皆のためには尽くせんだろう》
当たり前だが帝ほどの要人であれば後継者も居る。
ただ帝が言うように幼い。復興の旗頭などとてもとても。
下手をすれば公家の連中の傀儡にされて武家との間に余計な軋轢を生みかねない。
だからこそ帝には自重して欲しいと言うのが大体の人間の総意なのだが……。
《それは分かっている。だがその上で敢えて言おう。何も心配は要らん。
此処で余が果てようとも我が友カール・ベルンシュタインがこの葦原を守ってくれる》
は? と大口を開けて固まるカールをよそに帝は言葉を連ねる。
《その覇気、才覚に疑いの余地はなく何よりも情に厚い。
今日、この場で命を賭けることを選んだそなたらはもうカールにとっては身内のようなもの。
そなたらが生きるこの葦原を、そなたらが守りたいと願う愛する者を必ずや守り通してくれるだろう》
突然のことに呆気に取られていたカールだが徐々に冷静さを取り戻していく。
そして理解する――――してやられた、と。
《カール! 余に万が一があらばそなたに後事を託したい!
“摂政”として我が子を支えてやってくれ! そなたにならば任せられる……子も! 国も!!》
ふらつくカールをティーツが支える。
《これは帝としての命ではない。友としての頼みだ。
カール、カール、我が生涯唯一にして無二の友よ。どうか余の頼みを聞き届けて欲しい》
帝とはこれまで幾度か話し合いの席を設けたが、特別親しい間柄ではない。
だと言うのにここに来ての友友連呼。
カールに親愛の情を抱いていないわけではないだろう。実際友達になりたかった可能性もある。
だが唯一無二などと過剰に持ち上げるほどではない。
つまりこれは帝の自分が居なくなってもカールが十全に葦原を纏められるようにするための計算だ。
短期間で天下を統一し乱世を終わらせた功績、そこに邪神討伐の功が加わればカールの名声は不動のものとなる。
――――が、まだまだ盛れる余地は残っている。
当代における帝と将軍の関係はハッキリ言って異例だ。
絶対不可侵の存在ゆえ俗世へ迂闊に関われぬ帝が度々公に姿を見せた例は歴史を振り返っても皆無だろう。
しかもその理由が将軍への援護射撃だと言うのだからますますあり得ない。
まあ邪神討伐という理由があるので間違った行動とも言い切れはしないが。
とは言え、だ。その理由があっても大前提として葦原の存亡を任せられるだけの信を得られなければ帝も協力はしない。
カールは既に帝の信を得ているというのは皆の共通認識だ。
ゆえに帝はその度合いを深めることでカールの存在を更に押し上げようと目論んだのだ。
「おいカール。大丈夫か?」
「う、うぅん……」
友、普通の人間にとっては有り触れた間柄だが帝という立場のものにとってはそうではない。
不可侵の象徴として在り続けることが帝の責務だ。それゆえ人間関係には特別気を遣わねばならない。
その職責を重く受け止めている者ほど一個人への傾倒は許されないと強く自分を律している。
例え下心のない友人関係であっても駄目だと自分を殺すほどに。
それゆえに、
『カール、カール、我が生涯唯一にして無二の友よ』
帝の発言は実に巧妙である。
意図を察せぬ者には額面通りの意味で。
裏を読める者には己が職責をしっかり自覚しつつも、それを曲げてしまうほどにカールを信じているとアピールしているのだ。
帝からここまで信を得た者はこれまでも、これからもカールだけだろう。
今回は八俣遠呂智討伐という揺ぎ無い評価を得られる可能性があるので問題なく通るだろうがこれはかなり危険な策でもある。
何せ当代の帝が愚か者という評価を受けてしまえばカールは帝を誑かした奸臣になってしまうのだから。
ゆえにこれは今回しか使えない一回こっきりの策である。
――――まあ、帝からすればその一回で十分なのだが。
《答えを聞かせてくれまいか?》
カール・ベルンシュタインは情の人間である。
女のために神を殺そうとしているのだから否定は出来まい。
そんなカールだからこそ……見捨てられない。
信長や家康、虎子、竜子、今もこの戦場で血を流し続けている名も知らぬ兵士達。
彼らの未来が暗澹たるものになるなど認められない。
安心して任せられる人間が居るなら気兼ねなく帝国に戻れるがそうでないなら葦原を見捨てることは出来ない。
帝はそんなカールの性格を理解した上でこんな策をぶつけて来たのだ。
「ずるい……いや、頼もしいにもほどがあらぁね」
溜息を一つ。カールは幽羅に視線を送り、彼女はこくりと頷いた。
《――――任されたぜ友よ!!!!》
《――――そう言ってくれると信じていたぞ!!!!》
戦場に居る全員が証人となり、ここに契約は成った。
《俺が戦場に出られるまでまだ時間がかかる。それまで皆を頼んだ!!》
《うむ。任されたぞ友よ》
帝と征夷大将軍が心を一つにして強大な敵に立ち向かう。
その心強さに戦場が湧き立ち、歓喜の雄叫びが上がる。
このやり取りの裏を読める者でさえ高揚を感じるほどに二人の共闘は刺激的だった。
「…………ふぅ」
術が解除されたのを見計らい、カールは深々と溜息を吐いた。
そして胸元の紫水晶を手に取り、
「あ、もしもし? 俺俺カールだけどさ。今大丈夫? え? 決戦中じゃないのかって?
皆バリバリ殺し合ってるけど大丈夫大丈夫。まだ俺の出番じゃないし。それよりちょっとトラブっちゃってさあ。
八俣遠呂智ぶっ殺した後、事と次第によっちゃ葦原に永住することになりそうなんだよね。
しかも葦原のトップとして。いや……うん、ちょっと帝に嵌められちゃってさあ。参るよなあ。
え? ああうん。大体そんな感じで既成事実作られちゃったんだけどよく分かったな。
カールくんのことなら何でも分かるって? アンヘル……お前、ホント可愛い奴だなあ」
あのやり取りの後で恋人とTELし始めたカールに幽羅でさえ唖然としていた。
「それで本題なんだけど……あ、一緒に移ってくれる? アーデルハイドとクリスもOKだって?
話が早いし嬉しいのは嬉しいんだけど……その、家のこととか大丈夫? あ、ゾルタン? ゾルタンに全部投げるから問題ない?
ちょっと可哀想なぐらい酷使してるような――気にしなくて良い? そっかあ。
うん……うん、俺も愛してるよ。じゃあうん、八俣遠呂智ぶっ殺したらまた連絡するから」
ぷつっと通話を切りカールは晴れ晴れとした顔で告げる。
「これで何の憂いもなくなったわ」
「お前……お前……」
アンヘルとアーデルハイドはゾルタンをかなり信頼しています、殆ど父親みたいなもんです。
最近は実父の好感度がどん底を貫いたので余計に。




