決戦に向けて③
1.下、穿かせてくれ
背後に殺気。
首だけを動かすと大上段から太刀が振り下ろされようとしていた。
回避――は出来るが、どこに逃げるにしても刃の軌道を無理矢理変えるなり徒手に切り替えるなりで追い縋って来るのは明白。
(なら……!!)
左腕を捻るように背後に突き上げ刃をいなしながら身体を半回転させがら空きになった顔面に回し蹴りを放つ。
が、義弘は軽く首を捻ってそれを回避しその巨体で俺に体当たりをして来た。
両足が地についているなら耐えられたが流石によろめいてしまう。
あちらからすれば追撃のチャンスだがそうはさせじと目からビーム(気)を発射。
これは流石に予想外だったようで義弘は大きく距離を取り、俺もその隙に体勢を立て直した。
徒手と武器、互いに構えを取って睨み合っていると、
「殿下、義弘殿。そろそろ一息入れましょうぞ」
見学していた忠勝に声をかけられ、そういやもう彼是三時間は戦っていたなと思い出す。
確かにここらで一回休憩を入れるべきかと義弘を見ると彼も頷いてくれた。
「ほらカール、手拭いと水」
「サンキュ」
正月も返上で連日会議を重ねて大体の方針は定まりお役御免となった。
意見が対立した際の仲裁や最終的な裁定を下すため同席していたが実務に関しては素人だからな。
頑張れば仕事を覚えることも出来るだろうが他にすべきことがある。そう、俺個人のレベルアップだ。
八俣遠呂智と戦えるのは俺だけだからな。奴を殺せる可能性を少しでも増やすために強くならねばならない。
だもんで一月半ばから明美、忠勝、義弘には鍛錬に付き合ってもらっている。
俺より上の強者って意味では他にも人材は居るんだが……例えば道雪とかな。
他の奴らは武の腕だけでなく政戦両面で働ける人材なので俺につきっきりというわけにはいかない。
義弘もその条件に当て嵌まるのだが、島津は先の西国平定で人材が豊富だから義弘だけなら問題はないのだ。
「それにしても殿下の成長は目覚しいですな。鍛錬を初めて二ヶ月と少しだというのにめきめきと成長しておられる」
「それを言うならお前らもだけどな」
才能にも体格にも恵まれている俺だがそれはコイツらも同じだし。
スタート時点で既に先を行かれてるんだから差はそうそう縮まらん。
「伸び代という意味では拙らよりも殿下の方が上ですよ」
「然り。正気を疑うほどに仕込まれた莫大な基礎のお陰でしょうな」
良い師をお持ちになられたと笑う忠勝だが……うーん、どうだろう?
ジジイのお陰で愛する女を守れてるわけだから感謝はしてるけどさあ。
師として適格かっつーとちょっと首を傾げちゃう。
十歳にも満たない子供を朝から晩までイジメ続けるのは人としてどうなのよ。
(いや、ジジイのことはどうでも良いんだ)
それよりも考えなきゃいけないことがある。
「殿下?」
「……忠勝が言うように確かに俺は強くなった。でも、これで良いのか?」
俺は本当に八俣遠呂智を殺すために最適な道を進んでいるのか?
動きは格段に良くなっているし戦闘の勘もしっかり養われてはいる。
八俣遠呂智との戦いにおいて役に立たないとは言わない。
「だがそれは結局のところ人間が人間を殺すための技術の延長線上にあるものだろ?」
俺の最強無敵流もコイツらのバトルスタイルも根底にあるのはあくまで対人。
決して化け物を相手取ることを想定して作られたものではないのだ。
戦えないって言ってるわけじゃないぞ? 実際に俺も廃棄大陸で死ぬほどモンスターを殺しまくったしな。
ただそれは磨き上げた技術やら感覚を応用してモンスターに対応しているだけ。
決して俺がモンスター特攻の技術を備えているわけではない。
「つってもカールよ。異形を殺すことに特化した技術なんざ……」
言葉を濁す明美。
まあ分かるよ。一口にモンスターと言っても姿形は種族によって大きく異なるからな。
それどころか同じ種族の中でも変異したりする奴らも居るしとてもじゃないが特化した技術なんざ作りようがない。
それなら対人間用の技術を一定水準まで磨き上げてそいつを応用した方がずっと楽だ。
「ドラゴン殺すぐらいなら今のままでも十分なんだろうけどよ。相手は腐っても……いや、腐った邪神だぜ?」
んな常識的な対応で勝ち筋が見えるのかよっつー話だ。
俺がそう言うと三人は難しい顔で唸り始める。
「だがよカール。今から対八俣遠呂智を想定したスタイルを編み出すってのは難しいだろ?」
「いやほら、そこはお前らの知恵も借りてだな」
「ううむ……徒手の技術も収めておりますが某の得手は槍ですからなあ」
「拙も一通り武芸は修めてはいますが徒手に絞った戦い方となると」
「仮に作り出せても付け焼刃にしかならねえと思うんだが……」
反応はよろしくない。
「やっぱ駄目かぁ……」
ゴロンと寝転がり天井を仰ぐ。
三人の言うことは尤もだ。けど、常識的なやり方でアレをぶち殺せるかって話だよ。
「うーむ――――ん?」
「カール?」
鍛錬の場として幽羅から提供された少し大きめの体育館ほどの広さがあるこの地下空間。
ここには決戦の際に使う予定の重傷を負えば即座に全回復する自動回復フィールドが張られている。
俺達――ってか俺に万が一がないようにってのと試運転が主な理由だ。
まあ理由はどうでも良い。
「これは……いけるかもしれんな」
ちょっと難しく考え過ぎていたかもしれん。
八俣遠呂智との戦いを想定するなら……うん、これは色々な意味で使えそうだ。
「えっと、さっきが義弘だったから次は忠勝か。忠勝、ちょっと付き合ってくれ」
「は、はあ」
立ち上がり、改めて中央で向かい合う。
彼我の距離は十メートルほど。徒手と槍、リーチの差では忠勝有利だが問題はない。
このスタイルにリーチも糞もないからな。
「それでは――はじめ!!」
開始の合図と共に駆け出す。
有利な距離を保つべく当然の如く、忠勝が牽制攻撃を放つ。
当たれば上半身と下半身が泣き分かれになること間違いなしの横薙ぎの一撃――構わず突っ込む。
「な!?」
予想違わず俺の上半身と下半身が泣き分かれに。
驚きに目を見開く忠勝を無視し、俺は左手を後ろに向け気を噴射し突撃。
前に突き出した右手で忠勝の頭を鷲掴み、再生した下半身でその顔面に左膝を突き刺す。
仰け反る忠勝を両足でホールドし体重をかけて押し倒しながら顔面にラッシュを繰り出す。
忠勝も当然、反撃して来るが全部無視。ダメージを度外視してひたすらに攻め続ける。
そうして頭部が完全に潰れたところで攻撃を中止。忠勝から離れる。
忠勝は……うん、しっかり生きてるな。
「うん、悪くない」
「う……っく……で、殿下……?」
八俣遠呂智と戦う時に逃げ場所を探すのか? とか長頼に説教かましといて情けない限りだ。
どうして直ぐに思いつかなかったかなあ。
技術も糞もねえ。殺すことだけを考えて攻撃し続ければ良いだけじゃんよ。
「お、おいカール……お前、それは……」
「――――素晴らしい! 島津の魂を体現したかの如き戦術に御座ります!!」
「だろぉ!? 今のは試運転だったからアレだけどよぉ! 一発一発に全力注げばもっと効率良くダメージを与えられるぜ!!」
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。
昔の人は良いこと言ったよなあ! 正にその通りだ!!
「う、うーん……痛覚を遮断する術か何か施してもらえば実用に耐える……のか……?」
「何言ってんだ明美。痛みを消すなんざ愚策中の愚策だろ」
「は?」
「確かに糞痛えよ? だがそれで良い。それが良いんだ」
Q.何で俺がこんな目に遭ってるの?
A.お前のせいじゃねえか!!
気は心よりいずるもの。痛みは心を燃やす良い燃料になるだろう。
痛みで動きが鈍る心配はない。
むしろ動きが良くなるだろうさ。馬を鞭で叩いて走らせるのとおんなじだ。
人によるだろうが俺はむしろ痛みで発奮するタイプだし。
「時に殿下、拙も真似てよろしいですか?」
「おう。どんどんパクって良いぞ」
真面目な話、これはわりと有効な戦術だと思う。
下半身がなくなろうと即座に再生されるような環境が整っているならダメージを度外視した戦い方をした方が効率的だ。
ただ精神的にタフな奴じゃないと心が先に参るだろうから個々人でその度合いは変えるべきだろうがな。
攻めにしかリソースを割かないみたいな極端なやり方は普通の兵には向いてない。
あと、眷属相手ならそこまで極端に振る必要はない。むしろ逆に効率が悪くなる。
俺が極端に走ったのは敵が単独だからってのもあるしな。
義弘も真似るとは言ったがそこは弁えているはずだ。
「うぅむ……やっぱあたしには向いてないわ」
「まあ元のスタイルとの兼ね合いもあるからな。無理に真似する必要はないさ」
極端に振らない以上は元々の戦い方とミックスさせる必要がある。
明美のようなヒット&アウェイスタイルだと感覚が狂って動きが鈍る可能性もあるし真似るべきではないだろう。
逆に義弘――ってか島津とは相性が良い。
後のことなど考えず一刀に全てを賭すって剣術が染み渡ってるからな。
実際の戦場ではそうするとまずいから皆、いざって時以外は自制してるけど自動回復があるなら我慢する必要はなかろうて。
「……しかし殿下、本当に大丈夫なので?」
心身を削り続ける戦い方を心配してくれているのだろう。
その気遣いは素直に嬉しいが、
「身体は俺が何もしなくても治るし心は耐え続ければ良いだけだ。何の問題もない」
それでも尚、心配そうな顔をする忠勝に言ってやる。
俺には切り札があるのだと。
「切り札、ですか?」
「おう。さっきは使わなかったがジジイ……師匠から教わった禁術でな」
胸に指を突き刺し、禁術を発動。
嵐のように渦巻く膨大な気に明美と忠勝が驚きを露にする。
「この状態になると怒りや憎しみで心が塗り潰されちまうんだが」
今回編み出した特攻スタイルとはこの上なく相性が良い。
島津相手にやった際は殺すわけにはいかなかったから理性を繋ぎ止める必要があった。
そのせいで精神的な負担が尋常ではなかったが八俣遠呂智相手に自制する必要はない。
加えて心が憎悪で塗り潰されるってことは余計なことは考えなくて済むってことでもある。
普通に特攻スタイルをやるより心の消耗は小さくなるだろう。
「更に更にだ! こんなことだって出来ちまう!!」
体外に排出されている気は強化に使った分の余剰だ。
しかし、その余剰というのは安全に肉体を強化した上でのもの。
つまり肉体への負担を度外視すればまだまだ強化は出来るわけだ。
「憤ッッ!!!!」
垂れ流されている気を全て体内に押し留める。
絶え間なく肉体が破壊されていくが破壊された瞬間から修復されていく。
尋常ではない激痛が全身を駆け巡るが、強化の度合いは先ほどよりも遥かに高い。
「――――完璧だ」
思わず自画自賛。
俺ってば頭が良過ぎる。こりゃ東大も夢じゃねえな。まあこの世界に東大ないけど。
「どうだ忠勝。これなら心配は要らないだろ?」
「…………まあ、殿下が大丈夫ならもう良いです」
よし、納得してくれたようだし禁術は解除しよう。
今は自制する必要があるから結構、キツイんだよね。
「では更に練度を上げるため今度は拙らも加わり三対一でやりましょうか」
「そうだな」
でもその前に、
「下、穿かせてくれ」
ぶった斬られた下半身は再生しましたよ。
でもね、肉体は再生しても服が再生するわけじゃないんですよ。
ほら見て。あそこに転がってる俺の元下半身。ちゃんとズボン穿いてるでしょ?
それに比べて現下半身。マッパじゃないっすか。
「何で誰も突っ込まないんだよ……」
下半身丸出しでイキってるとかツッコミポイントなのにさぁ。




