決戦に向けて①
第二部完結まで投稿しますのでお付き合い頂けると幸いです。
1.ノータイムで殺意向けるの止めてくれない!?
カールが北条攻めを行う少し前のことである。
留守を任されたロイヤルシスターズは、
「うぃー……おじさまぁ、おかわりー」
「わたしもお願いしますぅ。次はもっときついのでー」
飲んだくれていた。
まあ飲んだくれているのはアンヘルとアーデルハイドだけでクリスは今も真面目に店員をやっているのだが。
「…………シャル」
来る者拒まずで、客には深入りしない。
っていうか深入りできるほどのコミュ能力を持たないラインハルトが困ったようにシャルを呼ぶ。
これが普通の客ならまだしも、可愛い甥っ子の恋人達なのだ。どうにかしてやりたいと思うのは当然だろう。
「深酒程度でどうにかなるほど可愛い子達じゃないんだけど、まあラインハルトさんが言うなら」
皿を洗っていたシャルが手を拭きながらカウンターで管を巻くロイヤルへべれけ達に語り掛ける。
うら若き乙女が酒場で飲んだくれるのはどうなんだい、と。
「だってぇ……寂しいんだもん……カールくんのベッドも私達が使い過ぎてもう私達の匂いしかしないしぃ……」
カールが葦原に向かってからもう直ぐ一年が経つ。
顔も声も温もりも色褪せず記憶しているが、記憶や記録だけではもう限界だ。
やはり生カールくんでなければいけないとアンヘルは項垂れる。
「生カールって何だよ……というか、直接会えはしなくても念話で声は聞けるんだろう?」
カールに送った紫水晶のアーティファクトには念話の機能もついている。
寂しければそれを使って気が済むまで語らえば良いじゃないかとシャルは言うが、
「……カールさんは今が大変な時期のようですし、邪魔出来ませんよ。ねえ?」
「ねー? これだから処女は気遣いがなってなくて困る」
これである。
シャルは一瞬、真剣で真剣抜きかけたが大人として我慢。
頬をひくつかせながらも、説得を続ける。
「女のために神を殺そうって男だし、むしろ甘えてもらえない方がショックだと思うけどなあ。
それに邪魔って言うけどカールはカールで君達の声を聞きたがってるんじゃない?
心配かけたくないから連絡し辛いだけでだ。君らの声を聞かせて元気をあげたらどうだい?」
そう促され、アンヘルとアーデルハイドの二人はそうかなー? そうかもーなどとそわそわし始める。
普段ならここまで馬鹿っぽい姿を晒すことはないのだが酒のせいでかなり知能が低下しているようだ。
「それじゃあ、今日はこの辺にしとこうかな。うん、お風呂に入ってまずはお酒を抜こう」
「ええ、その後でカールさんに連絡しましょうか」
「ま、待ってくれ……その、あの、大量にアルコールを摂取した後で風呂は……まずい」
おろおろとラインハルトが止めに入るが、
「大丈夫です。いざとなったら魔法で無理矢理アルコール抜きますから」
「心地良い酩酊を感じながらお風呂に入ると気持ち良いのでギリギリまではやりませんけどね」
「……最近の若者が……分からない……」
アンヘルとアーデルハイドが会計を済まそうとした正にその時だ。
二人の背後の空間が揺らめきゾルタンが姿を現す。
「無作法失礼。急ぎの用件でして」
「…………テンション下がるなあ」
「折角、良い気分だったのに」
アンヘルとアーデルハイドはゾルタンの顔を見るや露骨にやる気を失くしていた。
教え子の態度に少し傷つきながらもゾルタンはこう切り出す。
「へい――御父様が御呼びです」
「お父様が、ね。それは私とアーデルハイドだけ?」
「ええ。クリス様はお仕事中ですし」
「何ですかその言い草は。まるで私達が働きもせず飲んだくれてる駄目人間みたいじゃないですか」
「みたいってかそのものだよ」
シャルのツッコミを無視して姉妹は魔法で酒を抜いた。
呼び出しから察するにプライベートな用件だろう。
だが如何にプライベートと言えども守らねばならぬ礼節はある。皇帝の前にへべれけ状態で姿を見せるわけにはいかない。
「あ、じゃあこれお会計。また来ますので」
「今宵はこれで」
ぺこりと頭を下げ、三人は皇帝の私邸に転移した。
「で、お父様は一体何の用なの?」
「さあ? 僕もただ呼んで来てとしか言われてないんだよね」
「仮にも帝国最高の魔道士が何をパシられてるんですか」
「惚れた弱みだよ。そこは仕方ない」
キリッとした顔のゾルタンとは対照的に二人の顔はとても苦い。
「失礼致します」
教え子二人のビターフェイスを無視してゾルタンは私室の扉を開ける。
中に入ると皇帝が愛娘二人を笑顔で歓迎し、二人もそれに愛想を返した。
父親への情もなければ皇女の地位に未練もない。
が、なくて損はないしどこかで役に立つこともあるだろうと二人は考えている。
それゆえ皇帝に対しては丁寧に接しているのだが……。
「してお父様。私とアンヘルに何用でしょうか?」
「まあちょっとな」
片目を瞑り口元を緩ませたどこか茶目っ気のある表情。
またぞろ親馬鹿を拗らせた話題かと呆れ返る姉妹だが、
「――――葦原で頑張っているお前達の想い人について話があるのよ」
それは完璧な不意打ちだった。
取り繕うことも忘れて間に挟まれたゾルタンを同時に見てしまうほどに。
「ノータイムで殺意向けるの止めてくれない!? 僕じゃない! 僕じゃないから!!」
「そういうリアクションをしてしまえばカールさんが葦原に居ると認めているようなものじゃないですか!!」
「君の発言もそうだからね!? ってかそれ以前にバッ! と僕を見た時点で半ば肯定してるようなものだよ!!」
魔力を滾らせ始めた娘二人を見てまずいと思ったのか、皇帝が止めに入る。
ゾルタンは何一つとして余に告げてはいない、と。
そこでアンヘルとアーデルハイドも冷静さを取り戻す。
アルコールを抜いても緩みっぱなしだった頭の螺子も締め直し、改めて考えを巡らせる。
コイツは一体どこまで知っているのか、と。
「全部知っておるよ。彼が愛する女に絡み付く非業を絶つために邪神を殺そうとしておることも、な」
ざわ、と姉妹の髪が波打つ。
葦原に行ったことを知っているだけならば良い。
どんな経緯でかはともかく渡航に使った貿易船の人間が情報源になるから。
しかし、八俣遠呂智のことまで知っているとなると見過ごせない。
(どうやって知った……? あの時もあの時も、怪しい目はどこにもなかった)
普段からカールをストーキングしているし、カールと会う際は常に周囲に目をばら撒いている。
遠隔からの監視? 魔法を用いたものであれば網に引っ掛かるしあり得ない。
考えられる可能性を取り上げては却下してを凄まじいスピードで繰り返すアンヘル。
ちらりと横目でアーデルハイドを見やるが、どうやらこちらも有力な答えには辿り着いていない様子。
「余が若い頃、あちこちを遊び歩いていたのは知っておろう?
葦原にも足を運んだことがあってな。その時、櫛灘家の者とも友誼を結んだのだ」
葦原に皇帝の息がかかった者が居る? もしくはディジマに?
そこから情報が? だとしても解せない。
櫛灘家の者を気にかけて動向を探れる人員を配置しているのならば何故、庵はスラムに居た? 保護してやれば良いだろう。
特殊な立場の庵を匿うことで葦原と事を構えるデメリットがあるから?
(……いや、それもない。そういうのを気にするタイプでもないし)
仮に戦争になったとしても国力に差があり過ぎる。
大陸で最大の版図を誇る帝国と小さな島国が矛を交えればどちらが勝つかなど自明の理。
むしろ八俣遠呂智の存在を把握しているのなら庵を保護し、葦原掌握への足がかりにすら出来よう。
考えても考えても答えは出ない。アンヘルは父を睨み付けるが皇帝はどこ吹く風。詳細を語る気はないようだ。
「ま、余のことはどうでも良い。それよりもお前達だ」
「…………私達が何だと仰るので?」
「これより何が起ころうともお前達が葦原へ行くことはまかりならぬ」
“何が起ころうとも”? あまりにも不吉な物言いだ。
そして葦原行きを禁じたことも引っ掛かる。親馬鹿を拗らせたわけではないのは目を見れば瞭然だ。
何のために? その目的を推し量るべくアーデルハイドが問いを投げる。
「…………仮に、仮に私達がそれを違えたとすれば?」
「そうさなぁ」
顎鬚を撫ぜながら皇帝は軽く、こう告げた。
「カール・ベルンシュタインとそれに連なる者らを国家転覆を企てた大罪人に仕立て上げようか」
瞬間、姉妹は同時に沸騰。
ノータイムで魔法を放とうとするがゾルタンが魔力の流れに干渉し、無理矢理それを阻む。
自分を超える二人の魔法に無茶な干渉を行ったせいで血管が破裂し鮮血が舞う。
ゾルタンは痛覚を遮断し、肉体を修復しながら二人を諭す。
「激情は諸刃の剣だと教えたはずだが?」
師の言葉に二人は辛うじて落ち着きを取り戻す。
激情を武器に出来る人間と出来ない人間が居て自分は後者に分類されるという、師の教えを思い出したのだ。
「…………頭が冷えたようで何よりだ」
恋がアンヘルとアーデルハイドを救った。
しかし、その恋が損なわせてしまったものもある。
カールに出会う以前の二人であればノータイムで怒りを爆発させることもなかっただろう。
「そう、陛下を殺ったところで何が変わるわけでもない。
ここに呼び出された時点で既に仕込みは終わっているんだろうよ。
君たち二人で張り巡らされた糸を全て絶てるか? どこで、誰が動いているかも分からないような状況で?
それは愚行以外の何物でもない。愛すべき日常を取り戻すべく戦っている彼の頑張りを無にする行いだ」
皇帝を殺したところで意味はない。それどころか事態は確実に悪化する。
まず間違いなくカールが皇帝殺害の犯人として仕立て上げられるだろう。
カールの縁者を保護するのが精一杯だし、それが出来ても状況は好転しない。
プロシア帝国の皇帝を殺害した大罪人として大陸にカールの居場所は無くなってしまう。
カールも、カールが守ろうとしている者達も陽の当たる場所では生きていられなくなる。
「だから、耐えなさい」
怒りに震える教え子をそう諭し、ゾルタンは皇帝を睨み付ける。
「彼は、カール・ベルンシュタインは我々の恩人だ。
これが返し切れないほどの恩を受けた相手にする仕打ちですか? あなたは一体何を考えているのですか」
物腰柔らかで、どちらかと言えば押しが弱い普段のゾルタンとは違う棘のある物言い。
それだけ彼も皇帝に対し怒りを抱いているのだ。
「随分な言いようだ。あくまで仮定の話だろう? 二人が何もしなければ何もせんさ」
「実際にやるかどうかの話ではない! そのような仮定が出て来ること自体がおかしいのだ!!」
「「先生……」」
教え子二人が怒りも忘れ目を丸くする。
こんな風に言葉を荒げる師を見たのは初めてだったし、想い人である皇帝に噛み付くのも驚きだった。
確かにゾルタンは皇帝を愛している。だがそれは盲目な愛情ではない。
愛した人が道を外れたなら共に堕ちるのではなく道を正すのがゾルタンの愛である。
可愛い可愛い教え子達を救ってくれたカールへの謂れ無き弾圧を許すつもりは毛頭ないのだ。
「おお、怖い怖い。お前がそこまで怒りを露にするのは初めてではないか?」
「…………真面目に答えるつもりはないようですね。結構。それならばもう何も聞きません」
小さく息を吐き、ゾルタンは皇帝に背を向けた。
「ですが、この件に関しては僕はこの子達の味方です。お忘れなきよう」
「ああ、肝に銘じておこう」
「あなたは……いや良い。アンヘル、アーデルハイド、帰ろうか」
一瞥をくれることもなく三人は部屋を出て行った。
「……返し切れないほどの恩がある。まっことその通りだ。これまで受けた恩と、そしてこれからの」
残された皇帝は椅子に深く背を預け、天井を仰ぎ閉じていた片目を開く。
「ゆえに余は――――」




