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復讐を果たして死んだけど転生したので今度こそ幸せになる  作者: クロッチ
第二部 葦原動乱

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天下統一⑨

これで連続投稿は終わりです。また書き溜めたら投稿します。

1.犠牲の代償


 庵は母親が焼死する瞬間を見たが母の骸がどうなったかは知らない。

 あの状況だ。真っ当に弔われたなどということはまずあり得ない。

 打ち捨てられたまま風化したと思っていたのだろう。

 もう骨も灰も残ってはいないと、そう考えるのが自然だし俺自身もそう思っていた。


 だが俺だけはそこで思考を止めるべきではなかった。


 当代の櫛灘姫が殺され、次代の櫛灘姫は行方不明。

 最悪と言っても良い状況だ。

 守人の一族(クズども)からすれば一族総出で海を渡り庵を探していてもおかしくはない。

 だが情報を掴んで帝都に乗り込んで来たのは百にも満たない。

 真剣にはやっていたのだろうが必死さに欠けている。


 俺は違和感を抱くべきだった。


「殿下……?」

「そうか。そうか。そういうことかよ……!!」


 庵を確保出来ずとも当面は余裕があったのだ。

 何故って? 庵の母親の死体を生贄に捧げたからに決まってる。しかも、ただの死体ではない。

 当代の姫が死ねばその娘に力は受け継がれるらしいから死んだまま使っても意味はない。

 恐らくはイタコのように死者の魂を呼び寄せる技術で死体に魂を宿し、それを生贄に使ったのだ。

 完全な状態ではないから封印の強化も完全にとはいかないが、それでもしばらくの猶予は出来る。

 だからこそ屑どもは形振り構わない動きを見せなかった。


 ――――そしてそれが致命の一撃に繋がったのだ。


 ジャーシンに封じられていた頭は漏れ出る瘴気を用いて人を操り封印を解除すべく暗躍していた。

 だが、葦原ではそうもいかない。守人の連中は屑ではあるが無能というわけではないからな。

 ゆえに八俣遠呂智は外側ではなく内側にあるものを利用したのだ。

 恐らくは生贄に捧げられた歴代の櫛灘姫達の骸、そして魂の一部分を。

 中には平和のため望んで生贄になった姫も居るだろう。だが、完全に割り切れた者は居ないはずだ。

 どうして自分がこんな目に、そんな感情は心のどこかにあったはず。

 ゆえにその部分だけを縛り付け残りは解放。

 捕らえた一部分だけを瘴気でじわじわと侵食してやればそれはやがて怨念に変わる。

 一部分だけとは言え数を揃えれば何時かは大きな力になるだろう。

 そしてそれを利用し封印を破壊する――櫛灘姫の力は櫛灘姫の力でってわけだ。実に理に適ってるよ。


「……最悪だ。アイツら、ロクなことしやがらねえ」


 まだ、まだ猶予はあったはずなのだ。

 だが庵の母親が――無残に殺された挙句、死後の安息も許されず魂を死体に詰め込まれ生贄に捧げられてしまった。

 八俣遠呂智が何かするでもなく怨念に染まった完全な魂が一つ捧げられたのだ。予定が大幅に縮まっても不思議ではない。

 何せ無数の怨念を押しのけて表に出てるぐらいだからな。

 ああ、胸糞悪い。ホントに胸糞悪いが……そういうことならまだ、間に合う。最悪は回避出来る。


「幽羅」

「既に向こうにおる晴明を通じて庵はんらに事情は説明しとります」

「どれぐらいで着く?」

「さん――いえ、二十分ぐらいかと。到着までの間、一旦退きます?」

「駄目だ。既に状況は最悪に近い、やれることはやっておかなきゃな」


 八俣遠呂智は俺の存在を把握しているが庵の母親はまず間違いなく俺の存在を把握していない。

 草薙の剣を持つ男が居るってことは庵が今も生きていて、幸せに暮らしているということに他ならないからな。

 怨念が薄れないよう不都合な情報は遮断していると見て良いだろう。

 だから直接、見せ付ける。今、おっかさんの意識は表に出ているからな。


(とは言え、この叫び声を聞くに正気とはほど遠い……どこまで通じるか)


 少しでも時間稼ぎになればそれで良い。

 そう思考を切り替え、俺は同行している皆に声をかける。


「端的に説明するが、今葦原を滅ぼす邪神が復活しそうになってる。

つってもまだ最悪は回避出来る。俺と……この女、本物の安倍晴明が何とかするからな」


「ッ……我らはどうすればよろしいので?」

「露払いだ。俺らに群がって来る邪神の眷属を一匹でも多く殺してくれ」


 一匹一匹は氏康ほど強くはないが、兎に角数が多い。

 幾ら草薙の剣を持っていようとも数の暴力に単独で挑めばいずれは俺が圧殺される。

 だから彼らを頼るしかない。


「こんなとこでお前らを死なせたくはないが……それでも、俺らが失敗すれば何もかもがおじゃんだ。

だから頼む。俺のために、じゃない。お前らが命を賭して守りたいと思うもののために最後まで戦ってくれ」


 皆は無言だが、その瞳は何よりも雄弁だった。

 流石に選りすぐられた漢達なだけはある。


「――――皆さん、そろそろですよって」


 蝦夷に到着した時から見えていた巨大な光の柱の前で式神が止まる。

 柱の周辺を埋め尽くす眷属が一斉に俺達に攻撃を放つが幽羅はそれを全て防いでのけた。

 この柱を含めて八俣遠呂智を縛る封印は二つ。


「これから内部に侵入しますが、皆さん準備はええですか?」

「応。やってくれ」


 頷き、幽羅は指で宙に五芒星を描く。

 描かれた星は回転しながら柱に貼りつき、小さな穴を穿った。

 長くは開けていたくないのだろう、穴を穿つや即座に突入――すると同時に俺達が乗っていた式神が消失。

 代わりに爆発しそうなほどの活力が肉体に流れ込んだ。

 俺達の強化と守護に全てのリソースを割いたのだろう。

 そして自由落下に身を任せること数分。

 無数の鎖と杭に縫い付けられた八俣遠呂智、夥しい数の眷属が視界に飛び込んで来た。


「来るぞ! 殿下を御守りしろ!!」


 全員が足の裏から気を放出しジェット噴射の要領で先行し着地。

 俺に向かおうとしている眷族を片っ端から殺し始めた。

 心の中で彼らに感謝を述べ、俺は八俣遠呂智を睨み付ける。


(あの真ん中の頭。あそこから生えてる女の人が庵の……)


 血涙を撒き散らしながら娘の名を叫び続ける彼女に向け語りかける。


「聞こえるか! 櫛灘真宵さん!! 俺はカール・ベルンシュタイン!!! アンタの娘の恋人だ!!!!」


 が、駄目。俺のことなど目にも入っちゃいない。

 まあ分かってはいた。駄目元だったし、そこまで期待はしちゃいない。

 封印に影響が及ぶ可能性を考えると博打になるが草薙を宿す俺の攻撃を叩き込む本命のプランを遂行するしかない。

 だがこれも正直……リスクを抜きにしても……ああ糞!


「邪魔だどけ!!」


 跳躍し、眷属の頭を踏み付けながら八俣遠呂智に接近。山のような巨体を駆け上がる。

 ぽこぽこと身体から沸き出す眷属は無視出来ないものだけを最小限の動きで仕留め足を止めず上へ。

 この巨体だ。攻撃するだけなら容易だがそれじゃ意味がない。

 実際、ちょこちょこ攻撃してるけど庵のおっかさんは発狂中でまるで気付いちゃいないし。

 直接、おっかさんをブン殴らなきゃ意識を向けさせることは出来ないだろう。


「畜生! やっぱりな! そうだと思ったよ!!」


 射程圏内におっかさんを収めた瞬間、その身体が内側に引っ込んでしまう。

 彼女の意思ではない。八俣遠呂智の意思だ。

 言葉による意思疎通は出来ないのかやらないのか知らないが奴には知能がある。

 俺がぶっ殺して来たカスどもを利用してこちらを測ったり怨念を利用して封印を破ろうとしているんだから当然だ。

 ゆえにこちらの策も読まれている可能性があるとは予想してた。してたけど、


「実際にやられるとマジ腹立つな!!」


 無数の触手から逃れるようにその巨体から離れると、奴はまたおっかさんを引き摺りだした。

 確実に俺らを馬鹿にしてる。


「糞糞糞糞ァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 距離を詰める、奴が引っ込める。

 それを幾度も繰り返している内に俺の身体には決して軽くはないダメージが刻まれていく。


「カール! 冷静に! 冷静に!! 良いから良いから! クロスを信じて!!」

「うるせぇあ!!!」


 八つの頭が揺れる。ゲタゲタと俺を嘲笑うかのように。


「ぐぅ……!?」


 触手が腹を貫き振り落とされて俺は地に落ちてしまう。

 そこを見逃すほど間抜けではなく眷族の一匹が突っ込んで来る。


「だから、邪魔だって、言ってるだろ!?」


 迎撃のために繰り出した腕の肘から先が消失し、


「――――なーんてね♪」


 おっかさんの真横に出現した五芒星から俺の拳が出現しその顔を殴り飛ばした。

 流石幽羅、合わせてくれると信じてたよ。

 ついでに俺を攻撃しようとしていた眷属も蹴散らしてくれたし実に気が利く女だ。


「マジかお前!? 神様騙したん!?」


 先ほどから必死に諌めようとしていたクロスがギョッとした顔で俺を見る。


「おう」


 細かな作戦会議はしなかった。蝦夷に入った時点で既に奴の領域内だったからな。

 下手に話し合って筒抜けになったら台無しだもん。

 ただ、どういう方向性で動こうとしているかぐらいは察してくれないと困るから分かり易く突撃させてもらった。

 おっかさんを引っ込めたことで奴が俺の目的を察知したことも分かったし、あとはキレたように見せかけて油断を誘うだけ。

 まんまと引っ掛かってくれたよ。

 初っ端からこういう不意討ちをかましても良かったが万が一があるからな。

 当たれば良いが外れてしまえば向こうも警戒するだろうし、目論みは御破算。

 だから回りくどいやり方をさせてもらった。

 さて、効果のほどは?


《《《ア、ア、ア……イダ、イダイィイイイイダイイイイイイイイイイイイイ!!!? イダイイタイタイイタイ……い、いた……い?》》》


 目に正気の光!


「幽羅ァ!!」

「既に」


 八俣遠呂智がおっかさんを内側に引き摺り込もうとするも五芒星の陣がそれを阻む。

 大方、俺が殴りつけた時、身体にマーキングか何かを施したのだろう。

 これで八俣遠呂智の行動を一つ封じれたが、奴にはまだやれることがある。


《《《あぐぅ……!? あ、頭が……心が……バラバラに……!!?》》》


 直接的な手段が封じられたのなら間接的な手段を。

 八俣遠呂智は自らの瘴気を大量に流し込みおっかさんの正気を奪おうとしている。

 予想していたことだ。おっかさんには酷な仕打ちになるが頑張ってもらわねば。


「聞こえるか櫛灘真宵さん!!」

《《《あ、アナ……タ……誰……? く、草薙を宿してるって……コト……ウゥゥウウウッ》》》


 俺だけでなく幽羅まで重点的に狙われ始めた。

 八俣遠呂智、お前の狙いは正しいよ。でも、俺らを舐め過ぎだ。

 ここに居る気合の入った漢どもをそう簡単に突破出来ると思うなよ。

 皆を信じ、俺はおっかさんにのみ意識を注ぐ。


「再度名乗ろう。俺はカール・ベルンシュタイン――庵の恋人だ」

《《《あの、こ……は生きて……?》》》

「ああ、元気にやってるよ。俺がその証拠だ」


 正直、自分で言うのは恥ずかしい。

 でもおっかさんの気を少しでも保つためには我慢しなきゃな。


「『この人となら一緒に死んでも後悔はない』」


 そういう人を見つけろと、その人があなたの幸いになるから。

 あなたはかつて庵にそう言ったんだろう? なら、分かるよな。


「俺がそうだ。俺があの子にとっての“幸い”だ」

《《《――――あぁ》》》


 澄んだ涙が頬を伝う。


「俺は」


 そう俺は、


「愛する女と、何時か出会う我が子に絡み付く運命を断ち切るため葦原にやって来た」

《《《そ、れは――あぎぃ!? ア、ガガガガガガ!!!》》》


 やはり俺だけでは足りない。分かっていたことだ。

 心を燃やすには俺だけじゃ足りない。


「耐えろ! 耐えてくれ! もう直ぐここに庵が来る! あなたの妹も一緒だ!!」

《《《ギギギギギィィイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!?!?》》》


 まだか、まだか、まだなのか!?

 おっかさんの瞳が闇に染まっていく。


(まだ二十分経ってねえ……! 駄目か……!?)


 全てが闇に塗り潰されるその刹那、


「――――母様ッッ!!!!!!!!」


 声が響き、


《《《庵?》》》


 瞬く間に闇が祓われた。


「よっと……悪い、待たせたな」


 庵を抱かかえた明美が俺の隣に着地する。

 ティーツも一緒で奴は背負っている風呂敷を幽羅に渡していた。

 多分、封印強化に使えそうな陰陽寮秘蔵の呪具とかだろう。


「助かったよ。俺とティーツは露払いに専念する。庵のことは任せた」


 ティーツに目配せすると、奴は力強く頷いてくれた。


「兄様……」

「難しく考えるな。庵、お前の素直な気持ちをおっかさんに伝えてやれ」


 軽く頭を撫で、俺は駆け出した。

 家族水入らずを邪魔するカスどもは皆殺しにしてやらぁ。


「母様……私、あの……あれ、あれから……爺やに……皆に逃がしてもらって……それで、それで……ごめんなさい。

何から話せば良いか……折角、折角……母様にまた会えたのに……話したいこと、いっぱいあるのに……私、私……!!」


 さっきはああ言ったが、難しいよな。

 いきなり母親がこんなことになってるなんて聞かされて、考える間もなく連れて来られたんだから。

 でもまあ、


《《《ねえ庵、一つだけ聞かせて》》》


 大丈夫だよな。


《《《――――あなたは今、幸せ?》》》


 だって、お母さんなんだから。


「――――はい」


 母と子の絆が正しい方向へ導いてくれる。そのことに疑いはない。


《《《そう。出会えたのね。庵にとっての幸いに》》》

「はい」

《《《カールさんは良くしてくれてる?》》》

「お馬鹿だし助平だし、直ぐ調子に乗りますけど……全力で、私を……愛してくれています」


 おう、愛してるぜ庵。


「よ、夜の方も激しいけど、でもそれ以上に優しくしてくれて……初めての時も……」


 庵さん? お義母さん、ものっそい目で俺を見てるよ?


《《《…………ちょっと引くわ》》》


 しゃーないやん。

 可愛い女の子が抱かせてくれる言うたらそりゃ抱くわ。我慢なんて出来へんよ。だってうち、男の子やもん。


《《《ご、ごほん……お友達は、出来た?》》》

「……はい。両手の指では足りないぐらい」

《《《ご飯はちゃんと食べてる?》》》


 穏やかな親子の語らいを聞いて、俺は思った。

 邪魔だよ、お前。そう、お前だよ八俣遠呂智。お前の存在は害悪以外の何ものでもねえ。


「あ、そうだ。私ばっかり……あけ――叔母様も何か言ってあげてください」

「……ガキが気ぃ遣ってんなよ。どれだけ話せるか分からないんだし、あたしのことは――――」

「それなら尚更です! 血を分けた姉妹がすれ違ったままで良いわけないじゃないですか!?」


 こっちもこっちで複雑な関係なんだよなあ。

 庵に促され、明美は溜息混じりに口を開いた。


「あー……その、久しぶりだな姉上」

《《《……そう、ね》》》

「まあ、何だ。正直、あんたらを怨んだ時期もあったよ。でも今は……まあ複雑な気持ちも多少はあるけど納得はしてる」

《《《……》》》


 自分一人だけ自由になんてなりたくなかった。

 茨の道であろうとも一緒に歩みたかった。

 でも、それはもうどうしようもないことだと明美は言う。


「だから、これからの話をしよう。姉上、あたしは戦うよ。櫛灘の家に生まれた人間の一人として、運命に立ち向かう。

あそこで暴れまわってるうすらでけえ金髪居るだろ? あいつと一緒にさ、くだらねえしがらみを全部断ち切ってやるよ」


 誰がうすらでけえ金髪だ。

 モデル体型のイケメンやぞ。しかもオッドアイ。オッドアイだぞオッドアイ。主人公感バリバリやろがい。


「アイツならきっとやってくれる。あたしが、そしてあんたの娘が見込んだ男だ。やれないわけがねえ」


 だから、と明美が続けようとするよりも早くおっかさんが言葉を重ねる。


《《《ええ、一緒に戦いましょう。私の役目は分かってる。少しでも長く邪神を縛り付けてみせるわ》》》

「…………ああ、頼む」

《《《任せて頂戴》》》


 幽羅が告げる。封印強化の準備は整ったと。


《《《もう、時間みたいね》》》

「母様……私……私……」


 もっと話していたい。当たり前だ。悲しい別れ方をした母親とまた会えたのだから。

 それでも庵は無理矢理言葉を飲み込み、気丈に告げる。


「ッ――母様、全てが終わったらまた……また、会いましょう」

《《《うん、楽しみにしているわ》》》


 カールさん、とおっかさんが俺の名を呼ぶ。


《《《――――娘を、よろしくお願いします》》》


 ああ、任せてくれ。




2.それから


 庵の母、櫛灘真宵によって最悪の事態は免れた。

 とは言え、それはあくまで一時凌ぎ。

 ここまで破綻してしまった以上、刻限はそう遠くない内に訪れる。

 幽羅の見立てによると猶予は約一年。

 具体的な日付は十二月二十五日零時。そのあたりに八俣遠呂智は解き放たれると言う。


 正直、複雑な気分だ。

 何せ前世の俺の命日だからな、クリスマス。縁起が悪いにもほどがあるだろ。

 まあでも、あの時とは違って俺は一人じゃないし何が何でも生きて帰らなきゃいけない理由もある。

 だから大丈夫だと信じたい。


 兎に角、刻限は一年ともなれば予定は全部変更だ。

 当初は天下統一後に諸大名へ真実を伝え、やる気のある連中のみを戦で選別するつもりだったがそれをする余裕もないし意味もなくなった。

 解放するかしないかという前提が崩れてしまったからな。

 今更、庵を俺から奪ったところで何の意味もない。生贄に捧げても起爆が早まるだけだ。

 今、必死に八俣遠呂智を縛り付けているのは庵のおっかさんだからな。

 娘を殺されてしまえば葦原を守る理由なんてなくなる。庵に手を出すのは火に油どころか爆弾を放り込むようなものだ。


 とは言え、だ。選別を抜きにしても諸大名に真実を伝えねばならない。

 足並み揃えて備えなきゃいけないのに危機意識を共有出来ないのは致命的だからな。

 なので小田原に戻った俺は事情を話し大名だけを連れて京に舞い戻った。

 俺の口から説明しても良かったが正しく状況を認識してもらうには帝の口から直接、話してもらう方が効果的だと思ったからだ。

 幽羅も同じことを考えていたようで俺が提案するよりも早く帝に話を通していたようで、事はスムーズに進んだ。


『邪神……そんなものが本当に……』

『か、神を殺すなど……いや、そうせねば我らが滅びるのか……しかし……』


 大義名分として邪神の存在だけは表に出してたのに信じていなかったようで大半の連中はかなり動揺していた。

 だが結局のところ戦うか逃げるかの二つに一つだ。

 選別はしないが、逃げるという者を積極的に追うつもりもない。そんな余裕は皆無だからな。

 でもまあ、あの様子を見るに逃げる者は皆無だろう。

 従属を受け入れたのは問題なさそうな奴らだけだからな。今は無理でもこれから徐々に覚悟を決めてくれると思う。


 決戦に向けやることも考えることも山積みだが、説明を終えたところで場はお開きになった。

 デカイ戦を終えたばかりだからな。心身共に疲労が蓄積した状態で話し合っても意味はない。

 俺もゆっくりと休むように言われたのだが……まあうん、眠れねえわ。

 疲れてはいるんだが八俣遠呂智と直に対面した影響か、心の昂ぶりが全然鎮まらん。

 奴への殺意を滾らせたままじゃ、とてもとても。

 そして理由は違えど庵も眠れないようで、俺達は御所の屋根に上りぼんやりと月を眺めていた。


「兄様」

「ん?」

「どうして……どうして、私達なのでしょう」


 何故、自分達だけがこんな目に遭わねばならないのか。

 死後の安息も許されず、今も心を削っている母を想っての言葉。

 カースも反応しないし庵自身、明確に答えを欲しているわけではないのだろう。

 だから俺自身の言葉で答えよう。


「さあな。不幸なんてものは呼んでもねえのに勝手に来るもんだからどうとも言えねえわ」

「そう、ですよね。ごめんなさい。いきなりおかしなことを言って」

「いや……気持ちは分かるよ。同じ立場になったら皆、庵と同じようにどうしてって思うさ」


 ホント、やってらんねえわ。


「それでも俺は押し付けられた不幸に屈したくはない」


 泣き寝入りだけはしたくない。

 何も悪いことをしていないのにどうして不幸にならなきゃいけないんだと心臓が止まるその瞬間まで抗っていたい。


「お袋さんはもうどうしようもねえ。八俣遠呂智を倒しても生き返れるわけじゃない、もう完全に終わってる」

「…………はい」


 八俣遠呂智が死ねば多少は無念も晴れようさ。

 だがそれはマイナスからゼロに近付くだけでプラスにはなり得ない。

 どれだけ積み重ねても生と死を分かつゼロの壁は決して越えられない。

 マイナスをプラスに変えられるのは生者の特権だから。


「でも庵は違う。お前はまだ生きている」


 ゼロを超えて新しい幸せ(プラス)を積み重ねていくことが出来る可能性を秘めている。

 今日までとは違う明日を望めることが出来るんだ。


「俺もおっかさんもお前の明日が幸福に満ちたものであることを願ってる」


 強く、強く庵を抱き締める。


「兄様……」

「それだけは忘れないでくれ」

よければブクマ、評価、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シリアスなシーンでも笑わせてくれるカールと、幼馴染がいい味出してますね。 そりゃ庵ママにも引かれるわ。 でも仕方ないね。男の子だもんね。 [一言] 守人の一族は本当にどうしようもないで…
[良い点] とても楽しく読ませて頂きました [気になる点] 最後の引きが……… [一言] また拝読できる日をお待ちしています
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