天下統一⑧
1.天下統一
『期せずして先に西国の平定が成ったのだ。ならば北条攻めで天下人が誰かを世に知らしめるとしようではないか』
という信長の提案によりカールは全国の大名に北条攻めに参加するよう声明を発信した。
この呼びかけに従うということは幕府に従うことと同義だが拒めるわけもなく皆大人しくカールの命令に従い北条攻めに参陣。
これによりカールは名実共に武家の棟梁となった。
そして十二月初頭、三十万を優に超える連合軍による北条征伐が始まった。
織田信長、徳川家康、武田信玄、上杉謙信、島津義久。
カールによって軍団長に任命された五人は小田原城をいきなりは攻めずにまずは領内の支城攻略に取り掛かった。
無数の支城によるネットワークが小田原城が天下の堅城であると言われる所以だからだ。
普通なら簡単に落とせるようなものではない。
事実、長年北条氏康と凌ぎを削っていた信玄や謙信も実現出来なかったのだから。
だが今は違う。数も金もあるしそれを運用する将帥の質も最高峰なのだからやれない理由がない。
今年の汚れは今年の内にと言わんばかりに苛烈に攻め立て十二月中旬には小田原城は丸裸となった。
だが、
『……おかしいですね。この段に至っても尚、この沈黙』
『ああ、不気味が過ぎるな』
支城を守っていた者らも手を抜いていたわけではない。必死に抵抗していた。
中には氏康の入れ知恵だろうなという動きも多々あった。
だが、氏康本人の姿がまるで見えない。他の連中と同じく八俣遠呂智の力で馬鹿になっているというのはあるだろうがそれにしてもおかしい。
諦めたわけでもあるまいに、あの獅子親父ならもっと……氏康をよく知る二人の懸念は的中した。
『…………今度はこういう感じかぁ。いや、うん。まあ、ボスっぽいよね』
いざ小田原攻めという段で、小田原城が異形へと変じたのだ。氏康が、ではない。城そのものが。
恐らくは八俣遠呂智の力を手に入れた時からだろう。
氏康は力を奪われないため、力をより大きなものに育てるため備えていたのだ。
誰にも悟られぬよう密かに力をじわじわと地脈に根を張り時来たらば人も物も、何もかもを喰らい羽化する。
それが目的だったから不気味なまでに動きが見えなかった。
『これはちょっと、俺一人じゃしんどいかも』
同行していた幽羅の機転で大多数は守られたが連合軍の兵士らもそれなりの数、食われてしまった。
土地に深く根を張っているので行動範囲に制限はあるだろうが、いや制限があるからか。
かつてやり合った頭よりも不死性はともかく数倍は強いというのがカールの見立てだった。
とは言え、悲嘆するほどの状況でもない。
一人でも倒せなくはないし何より、
『当初の予定より厄介な化け物になったけど……まあ、これはこれでええ実験になりますわ』
幽羅が居る。
北条攻めに幽羅が同行したのは決戦に備え開発していたとある術の実験をするためだった。
その術とはカールに基点となる術式を刻みその内に宿る草薙の力を他人にシェアするというもの。
本家本元の草薙には劣るし、八俣遠呂智そのものには通用しないだろうが眷属程度なら十分である。
というか本来の目的は眷属の露払いをしカールを本命との戦いに専念させるためのものなので要求水準には達しているので問題はない。
ともあれ、こうして力を分け与えられた一線級の武人達を率いてのレイドバトルが勃発。
相手が相手だけにこれまでのように手早く倒せはしなかったが危なげなく勝利を収める。
こうして北条家は完全に滅び、カールは天下統一を果たした。
「……よう幽羅。ここらで一回、本格的に封印の調査をした方が良いと思うんだが」
血と臓物塗れになった身体を幽羅が作った即席の風呂で清めながらカールは言う。
「予定を早めるっちゅーことで?」
「ああ」
本来の予定では天下統一後。
諸大名に真実を公表し最終的な選別を済ませてからやる予定だった。
暢気だなと思うかもしれないが、そう簡単に手を出せる場所でもないのだ。
八俣遠呂智が封印されている蝦夷の地は守人の一族の本拠地でもある。
幾重にも張り巡らされた結界などにより幽羅でさえロクな情報を掴めていない。
本格的な調査を行うとなれば守人の一族全てと矛を交える必要があるので後回しになっていたのだ。
「その心は?」
「義元、顕如、義景、勝頼、景勝、元就、宗麟、氏康。
八俣遠呂智の力を得た連中と戦って来たわけだが……どうもおかしい」
最初の二人はまあ良い。
義元は暴走すらしておらずあっさりと殺せたし、顕如はそもそもこちらが暴走させた。
だが以降の六人は違う。
様々なアプローチで自分――草薙の力を持つ者の力を測っているような感じがしたのだ。
引っ掛かりを覚えたのは勝頼、景勝戦。
繰り出した攻撃に対して傷が浅いのが最初だった。
「その時は気のせいかと思ったんだがな。元就、宗麟と続けていく内に違和感がどんどん膨れ上がっていった。
んで今回の氏康だ。これまでとは何もかもが違ってた。あれは明確にハイエンドと言って良いレベルだろうよ」
学習、そして進化の予兆を感じる。それ自体はまあ良い。困りはするが置いておこう。
一番に着目すべきは誰の意思によるものかということだ。
「理性も糞もなくなったアホどもの意思とは思えない」
「…………八俣遠呂智の意思が介在しとると?」
「多分な」
「せやけど……」
「お前が言いたいことも分かる。封印に変事があるなら俺や庵の感覚に訴えるものがあるってんだろ?」
将軍職に宿る櫛灘姫の力のお陰で封印の力を感じ取ることが出来る。
綻びもなく安定していて不穏な気配は一切ない。
が、
「どうにも嫌な予感がするんだよなあ」
「…………直感、ですか。本来はカールはんより櫛灘姫由来の感覚を信用するべきなんやろけどカールはんやからなぁ」
「そう言うってことは」
「分かりました。ほなら久秀はんらにも声かけて少数精鋭で殴り込みに行きましょ」
「悪いね」
予定変更なんて散々やって来たのだ。
今更一つ変わったところで誤差のようなものだと幽羅は苦笑する。
「それもそうか。まあでも俺、将軍だしな。偉い人だしな。ちかたないね」
「はいはい。しかし、そうなると諸大名には何時公表を?」
「新年の挨拶兼論功行賞ってことで京都に集めてそこで打ち明けよう」
風呂から上がり浴衣に袖を通したカールは諸大名らが集まっている陣幕へ向かう。
「あー……楽にしてくれて構わんよ」
一斉に皆が傅く姿を見てカールは思った。本当に天下人になったのだな、と。
(前世はただの高校生で今生は酒場の店員だってのに……随分遠くへ来ちまったなあ)
などと感慨に浸っていたが近くに座っている信長の声で我に返る。
そうだ、まだやるべきことが残っているのだからしみじみしている場合ではない。
カールは小さく気合を入れ直し、皆を見渡す。
「まずは皆に感謝を。此度の勝利は皆の尽力あってこそ。本当にありがとう」
「何を仰られますか。殿下の御威光あればこそで御座いましょう」
やましいことがあるのか、単なるビビリなのか。
次から次におべっかが飛び交うがカールはテキトーにいなし、話を進める。
「正式な論功行賞は新年に京で改めて行う予定だからここでは簡単なものになるが勘弁な」
と、その時である。
「まずは勲功第いち――……」
パァンと乾いた音が鳴り響き、
「――――あ?」
カールの全身から血が噴出した。
「で、殿下!!」
「誰だ!? いやそれより医者を……」
場が騒然となるがカールはそれどころではなかった。
これは決して暗殺者の仕業などではない。
これは、
「幽羅ァああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
叫ぶと同時に幽羅がカールの眼前に姿を現す。
幽羅も当然の如く、気付いている。
だからこそ京の――帝の守護に割く力を除き、ニセイメイに与えていた力の八割を回収し臨戦態勢に入っていた。
「うぉ!? な、何だ……地震か!? こんな時に……」
事態は一刻を争う。だからこそ冷静に。
カールは一度深呼吸をし、信長に視線をやる。
「緊急事態だ。この場の取りまとめは任せる」
「……任されました。ですが、権六と犬をお連れくだされ」
事態を把握しているわけではないが、信長もただらぬことが起きようとしていることは理解していた。
ゆえに護衛、そしてもしもの時は肉の盾となれるよう腕利きの部下を連れて行くよう進言した。
それで察しの良い者も気付いたようで最終的に今回のレイドバトルに参加していた者らが全員、同行することとなった。
「して殿下、実際に何が起こっておられるので?」
式神に乗って蝦夷へ向かう途上、同行していた義久が問うとカールは苦い顔で答えた。
八俣遠呂智が封印から解き放たれようとしている、と。
「! それは……何故、いや一体誰が……?」
「八俣遠呂智本人さ。思い返してみればジャーシンでもそうだった」
縛り付けられた身でありながらじわじわと侵食し、自由を手に入れようとしていた。
頭一つに出来たのだから本体である八俣遠呂智にも出来ないことはないだろう。
「……正直、見通しが甘かったわ。散々屑だ何だと罵ってた癖に、守人の一族を無意識の内に信じてたんだからな」
大義という言葉に酔って保身を美化する連中だ。
であるなら万が一が起こらぬよう封印にも細心の注意を払っていると思っていた。
何かあれば即座に気付くし、恥知らずにも自分達を頼って来るだろうと。
それがない以上、封印は万全だと勝手に思い込んでいたとカールは自らの無能を罵った。
「ホント、やんなるわ」
守人達にも、櫛灘姫の力を宿すカールや庵にも気付かれぬよう事を進めていたのだ。
やってることは氏康と同じだが、かけた時間は圧倒的に違う。
ここに至るまで気づけなかったということはかなりの時間をかけたに違いない。
百年や二百年どころの話ではない、恐らくは自らの首を一つ切り離された時からだろう。
「もっと早くに連中から蝦夷を奪っておくべきだったよ」
そう愚痴るカールだがそれはそれで問題がある。
仮に蝦夷の掌握を優先していたのならばこうもスムーズに天下統一を成せはしなかっただろう。
統一を優先し先手先手を打ち続けたからこそ最小限の被害で最大限の成果を獲得出来たのだから。
「……いやぁ、それを言うならうちも」
「お前にミスはねえよ。そもそもお前は八俣遠呂智を世界に解き放つつもりだったんだからな」
カールに出会う前の幽羅のプランを考えれば、蝦夷の重要性は低い。
わざわざ確保にリソースを割く必要性は皆無だ。
カールの計画に乗った後もそう。幽羅は死ぬほど働いていた。蝦夷を獲る余裕なんてどこにもない。
「ほなら、カールはんのそれも失態言うわけないでしょ。過ぎたことをぐちぐち言ってもしゃあないですし」
「……そうだな。気持ちを切り替えるべきだな、うん」
過去に目を向け、今起きている問題から目を逸らすことに意味はない。
カールは両頬を叩き、気合を入れ直す。
「これは……何とおぞましい」
蝦夷に突入するや、景色が一変する。
赤と黒で彩られた世界は臓物をぶちまけたようで、誰もが顔を顰めた。
が、こんなものは序の口だった。
《《《イ、イ、イ、イ……イ゛オ゛リ゛ィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!》》》
天地を震わす絶叫。
それを聞いた瞬間、カールは全てを悟った。
次で連続投稿は終わりです




