天下統一⑤
1.上杉・武田攻め
十月中旬。表舞台に立った竜虎を総大将に連合軍は越後・甲斐へ侵攻。
二人が総大将を務めているのは越後と甲斐を正しい統治者の下に返すためという名目ゆえだ。
ただでさえ朝敵認定を喰らっているところに本物の謙信と信玄の生存が知らされたのだ。両家は当然の如く、大いに揺れた。
こうなった以上は家を残すためにと団結しかけていたのがパーだ。
『親殺しを謀った不義不忠の輩に付き合う道理はない! 俺はお館様に降る!!』
『待て! 裏切り者に与した我らを許すつもりがあるとでも? あるのなら御声がかかっているはずだ』
『それは……』
そう、竜子と虎子は兵と民の降伏は受け入れると声明を出したが将については何も言及していなかった。
だがそれは裏切り者は許さないなどというみみっちい理由ではない。
戦後を見据え、カールの沙汰に従わない我が強い――面倒臭い連中を処分するためだ。
物分りが良くて火種にならなさそうな連中には開戦前にはもう寝返りを打診していた。
あとは合図一つで彼らは身中の虫となり蜥蜴と猫の腹を食い破るだろう。
『そもそも、あちらのお館様が本物だという証拠はあるのか?』
『先の徳川との戦を忘れたのか!? あの用兵は紛れもなくお館様のそれだ!!』
喧々諤々。統制もクソもない状態だ。
やろうと思えば一気呵成に滅ぼすことも出来るがそうはしなかった。
追い詰め過ぎて自棄を起こした勝頼が義景のように八俣遠呂智の力を暴走させた場合、カールが居ない武田側に止める術はないからだ。
なら片方ずつを確実に潰せば良いのでは? と思うかもしれないが並び立つ竜虎には考えがあった。
「おーおーおー、精強を誇るうちの騎馬隊が酷いことになってら。旦那もやべえ兵器を持ち込んでくれたよ」
どうにかこうにか軍をまとめて攻め込んで来た武田軍をあっさり返り討ちにした虎子が複雑な面持ちでぼやく。
まあ元は自分が鍛え、率いていた軍なので無理もない。
「武田殿。追撃を」
「虎子で良いよ。今はそっちのが馴染んでるし。で、追撃? ないない。追い詰め過ぎだっつの」
家康の進言をバッサリ切り捨てる。身内の情――などでは当然ない。
立ち直ったとは言え、虎子も竜子も壊れている。
何よりも恐ろしく忌々しい八俣遠呂智を排除出来るなら親兄弟であろうが平然と惨い仕打ちをするだろう。
「臨戦態勢のままゆっくり進軍。向こうが噛み付いて来たら退けはするが手は出さん」
そうしてじりじりと追い詰めていくのだと虎子が言うと、
「しかしだ虎子よ。お前さんの思い通りに事が運ぶかね?」
信長の問いに虎子は迷わず肯定を返す。
勝頼ならば確実にそれを選ぶであろうと。
「親の贔屓目もあるが勝頼は大器の持ち主だ」
「大器ねえ。それが真なら邪神なんぞに頭を垂れはしないと思うがな」
「その器が満たされているとは言ってない。現状は足りないものだらけだ」
成功を知らない。失敗を知らない。己を知らない。
そこに入れるべきものがなければ器に価値は生まれない。
「足りないままアレに魅入られ壊れてしまった。もう虎にはなれない。最後の最後まで小賢しい猫を脱することは出来んだろう」
「言い切るな。土壇場で覚醒するかもしれんぞ?」
「ないない。唯一、機があったとすれば私を排除したその後だな。信玄ではなく勝頼として立っていたのなら手古摺ったかもな」
「ああ……言われてみればそうだな。親の威光に頼らねばやっていけぬと喧伝しているようなものだ」
「だろ? そんなことをすれば弱みを作るだけなのにな」
勝頼に誰も彼もを欺ける能力はない。
信玄としてやっていくのなら重臣の協力は必要不可欠だ。
だがそれは家臣に大きな借りを作ることでもある。勝頼も色々便宜を図らざるを得ない。
当主としての立場が弱くなるのだから親殺しの汚名を被ってでも勝頼は勝頼として立つべきだった。
「大体、親から当主の座を奪ったってんなら私もそうだしな。いや、私は追放に留めたけどさ」
「お前という前例に学ばず表面的な威光だけを選んだわけか」
「そう。未だ信玄の影を振り払えないアイツならばまあ、確実にやるだろうて」
ああでも、と虎子は口元を歪める。
「竜子のアホが甥っ子に苦戦を強いられてるなら計画も御破算か。ま、それはあり得んだろうが」
「言うねえ。何だ? 何度も殺し合いをしたもんだから友情芽生えちゃった?」
「殺し合い云々より、邪神関連での共感だな」
そうして、牛の歩みでじんわりじわじわ武田軍を威圧し続けること数日。
虎子の読み通り追い詰められた勝頼は本拠地を捨て川中島へと向かった。
同じく追い詰められて春日山城を捨てた景勝と合流するためだ。
何故川中島に向かったのか。それはあそこが上杉と武田にとって因縁深い土地だからだ。
竜子と虎子は川中島で四度、潰し合いを演じた。
景勝と勝頼が家督を奪った後の戦も含めれば両家は五回。五回も彼の地で激戦を繰り広げたことになる。
川中島は同じ天を戴けぬ竜虎を象徴する土地なのだ。
そんな場所で武田と上杉が手を取り合って共通の敵に立ち向かう――なるほど出来たシチュエーションではないか。
多少は士気も上がろう。最後に縋る藁としてはまあまあ、悪くはない。
が、
「我が子ながらどうしようもねえ」
「馬鹿ですよね」
こんだけ追い詰められた状況で未熟者同士が手を組んだところで何になると言うのか。
穴熊を決め込んでいる北条家に亡命した方がまだマシだろう。
二人は呆れながらも両軍が合流するのを見届け反撃の体勢を整えたところで、
「まあ良い。さっさと終わらせようや」
「ええ。こんなものは前哨戦ですらないのだから」
身中の虫となった者らに合図を出した。
2.川中島FINAL
それはとても戦とは呼べぬ代物であった。
もう後はないと一致団結して戦いに臨もうとしていた正にその時に寝返りが勃発し軍は大混乱。
そこに竜虎コンビがこれまでの鬱憤を晴らすかのように大攻勢を指示したものだから、もうどうしようもない。
上杉・武田連合軍は虫けらの如く蹂躙され一時間とかからず壊滅した。
残るは不死の力を持つ景勝と勝頼のみ。
「何だろこれ……そう、あれだ。戦隊物。戦隊物を思い出すわ。人型サイズの怪人ぶっ倒したら巨大になるあれ」
そして案の定と言うべきか、景勝と勝頼は八俣遠呂智の力を暴走させた。
力を奪われまいと発狂し異形に姿を変えた二人を見て戦隊物のお約束を思い出したカールは少し切なさを覚える。
まあ、それはそれとして仕事はキッチリするのだが。
「今度は合体怪人かあ」
虎と蛇が混ざった鵺のようなケダモノの胴体に勝頼と景勝、二人の顔が浮かび上がる。
どうやらこれで変身は完了らしく鵺は雄叫びと共に空へ向けてビームを放った。
「あ、これまずいわ」
空中で爆ぜて拡散するタイプの攻撃だ。
その予想は的中し川中島にビームの雨が降り注ぐ。
カールや武人としても一級品の武将達は問題なく凌げるがそれ以外の者にとっては死の雨に等しい。
カールが避難指示を出そうとするが、それよりも早く竜虎コンビは既に避難指示を出していた。
(流石に仕事が早いな……ん?)
叩き付けられた前足を回避しざまに斬気を纏った肘で切り付けたのだが、どうにも傷が浅い。
目測を見誤ったか鵺が上手いこと攻撃を逸らしたのか。
どちらにせよさして気にするようなことではないのだがカールは妙な引っ掛かりを覚えた。
この手の違和感は放置していても良いことはない。
ならば確かめてみるかと先ほどと同量の斬気で鵺の足を切りつける。
(気のせいか)
予測通りの傷の深さ。
ならば先ほどのは自分のミスか何かだったのだろうとカールは思考を切り替えた。
「…………総大将が一騎討ちというのはやはり心臓に悪いですね」
カールの戦いを遠巻きに見守っている家康が胸のあたりを抑えながら呟く。
竜子と虎子、そして信長と家康は戦場に留まり決着を見届けることを選んだのだ。
勿論、ちゃんと護衛もついている。家康には忠勝とクロス、信長には勝家。彼らが居れば滅多なことは起きないだろう。
ちなみに竜虎コンビは直接戦闘もやれるタイプなので護衛はつけていない。
「御心配召されるな。殿下は実に堅実な戦いをしておられる」
「そう、なのですか?」
「ええ。飛んだり跳ねたりと一見派手に動き回っているように思えますが攻撃自体は小さくまとまっております」
「派手な動きで目を眩ませつつチクチク削ってるよねアイツ」
言いつつもクロスは何時でも動けるよう魔力を巡らせていた。
友を信じていないわけではないが万が一があっては何もかもが台無しになってしまうので備えだけでも。
結果から言うとそれは杞憂だった。
安全且つ確実に仕留めるため時間こそかけたが殆ど傷つくことなくカールはトドメを刺す寸前まで持っていった。
「……最後に何か言い残すことはあるか?」
最早、その命は風前の灯火だが景勝と勝頼は理性を取り戻していた。
と言っても完全に人に戻ったわけではなく人間二人が混ざり合った歪な姿ではあるが。
「草薙の男……何故、何故この力の素晴らしさを理解せんのだ……?」
「何が大罪人だ。笑わせる。何一つ失わぬ無限を酷薄な有限に墜とす貴様こそが真の邪悪ではないか」
この期に及んで、彼らの目は八俣遠呂智の力にこそ向けられていた。
カールは何かを言いかけるが、
「もう良いよ旦那」
「見るべきものも、語るべきこともありませぬ。終わらせましょう」
虎子と竜子が言葉を遮る。
何の思い入れもない敵に言い残すことは? などとカールが問うたのは、さあトドメをと言う時に二人が近付いて来たからだ。
しかし、何の意味もなかった。景勝も勝頼もこんなにも近くのに叔母と母が居るというのに見えてすらいない。
「……そうか。そうだな」
竜子と虎子が腰に差していた刀を抜き放ち、一息で何もかもを失った愚か者二人の首を刎ねた。
カールは奪い取った刀を二人に返し、ゆっくりと息を吐いた。
「お心遣い、ありがたく」
「……旦那じゃなきゃ殺れないからな。すまない」
八俣遠呂智に心を売った以上、身内であろうと敵である。
だがせめてケジメぐらいはこの手でつけてやりたかったというのも本音だった。
それを汲んでくれたカールに礼を言う二人だが、
「これ以上、あのアホどもに触りたくなかっただけさ」
無論、照れ隠しである。
言葉通りだとしてもわざわざ二人の得物を使わずとも田村麻呂の太刀を使えば良いのだから。
つくづく、懐に入れた者には甘いと苦笑しつつも年長者二人は何も言わなかった。
そうこうしていると信長達もやって来て口々にカールへ労いの言葉をかけ始める。
「おう、お前らもお疲れ。毎度毎度、俺の前座みたいな感じで悪いね」
「実際前座だからな。とは言え、お前が目立てば目立つほどおれ達にとっても都合が良いし持ちつ持たれつだ」
「おう。これで上杉と武田は片付いたし」
「残るは不気味なほど静かな北条と内乱真っ最中の毛利と大友ですね。そしたらあとは外交と小さな戦が幾つかでカタがつくでしょう」
甲斐・越後へ出兵したあたりで全国の中小勢力から従属願いが届き始めていた。
そう簡単に従属するのは勢力の長として如何なものかと思うかもしれないが今回に限っては別だ。
カールの名声が高まりに高まった上、勢力としてもどんどん膨れ上がっている現状で風見鶏はまずい。
勢いに乗った今なら中小勢力ぐらい難癖をつけて潰すことも容易だ。
それに加えて旗色を明確にしないと民の間にも火種が生まれてしまう。
ひょっとしたら自分達も朝敵になるのではという不安から反乱でも起こされたら堪ったものではない。
ゆえに従属を申し出ているのだ。今回の勝利が広まればその数は更に増えるだろう。
とは言え、カールは無条件で従属を受け付けているわけではない。
島津に裁量を与えた九州からのものは無視しているし潰しておいた方が良さそうなものもシカトだ。
「まあ、外交やるんならますます俺は役立たずなわけだが」
「適材適所だ。それより、今後のことだが……」
信長が話しを切り出そうとしたところで伝令が息を切らせながらやって来る。
何だと聞いてみれば毛利家の使いがカールを訪ねて来たのだと言う。
「カール、どうする?」
「んー……正直、そろそろ休みたいんだが……まあ、会ってみるかぁ」




