天下統一④
1.ちょっと休憩
浅井・朝倉を滅ぼした信長は上杉への備えとして越前を筆頭家老である柴田勝家に。
そして対上杉を任された勝家の補佐として羽柴秀吉に浅井の旧領である北近江を与えた。
必要最低限の差配を終えると信長は武田攻めの準備を整えるためさっさと岐阜へと帰ってしまった。
こんな短いスパンで戦争を繰り返して大丈夫なのか? その懸念は正しい――織田家でなければ。
元々織田家は金で専業兵士を雇い入れていた。
と言ってもそれ単独で軍を成すほどの数ではなかったのだが今は堺からもかなりの銭が送られて来ているので更にマンパワーを増やせる。
そこにカールが宗教勢力から根こそぎ奪い取った僧兵や、滅ぼした勢力の兵も贖罪という名目で加わるのだ。
永遠に続けられるわけではないがカール包囲網に参加していた勢力を潰すまでは余裕で戦争を続けられる。
話を戻そう。信長は岐阜へと帰ったがカールは違った。
武田攻めには徳川、今川も加わるので兵力にはかなりの余裕が出来る。
ゆえにカールとカールが率いる軍は北近江に残ったのだ。
越前でないのは万が一、今回の義景のように八俣遠呂智の力を持つ者が暴走した場合に備えるためだ。
基本は上杉だが不測の事態が起きたら少しでも対応し易いようにと北近江が選ばれたのである。
で、
「羽柴くん、城持ちおめでとー!!」
特に今はやることがないカールは小谷城の一角で秀吉の城持ちおめでとうパーティを開いていた。
勿論、秀吉の仕事がひと段落したところを見計らってだ。
「ありがたく。それはそうと殿下、某のことは気安く猿と御呼びくだされ」
「いや……猿って普通に悪口じゃね? 信長はあだ名で普通に猿って言ってるけどあれ正直どうかと思う」
秀吉の盃に酒を注ぎつつカールはそう言うが、
「いやいや、そうでも御座りませぬぞ」
「って言うと?」
「確かに某も信長様はともかく他の方々から猿と呼ばれるのはちょっとどうかと思っておりましたが」
よくよく考えたら猿って褒め言葉じゃね? と思い直したと言う。
「よく猿のように盛ると言いますでしょう?」
「うん」
諸説あるが気持ち良いことを覚えたら死ぬまでそれを続けるという例えだ。
死ぬまでヤる、
「それはつまり猿という呼称は“絶倫男”と同義と言えなくもありませんか?」
「お前天才かよ……」
カールは久しぶりに男に対して尊敬の念を抱いた。
「恐縮に御座ります」
「いやマジその発想はなかった。確かに褒め言葉だわ。男なら絶倫って言われると嬉しいよね」
「殿下になら御理解頂けると思っておりましたぞ」
スケベ同士の共鳴であった。
「それはそうと猿よ。城貰ったのに嬉しくねえの?」
祝福の言葉に少しばかり複雑そうな顔をしていたことをカールは見逃さなかった。
もっと領土欲しかったとか? と問えば秀吉は即座に否定を返した。
「信長様の恩賞に不満なぞ御座りませぬ――が、小谷城には不満が少々」
「何で? 竜子が言ってたけどここ、結構良い城なんだろ?」
城に籠もられていたら面倒なことになっていたと竜子は言っていた。
軍事拠点としては中々ものなのではないのか? カールが小首を傾げる。
「確かにその通り。軍事拠点として見れば小谷城は良きものに御座ります。
しかし、商業的な面で見ると琵琶湖から離れたここはちと……琵琶湖に面しており港もある今浜に城を築きたいというのが本音ですな」
「あー……そういう」
「近くに敵勢力が居るのなら小谷城でも構いませぬが」
越前には勝家が居るし南近江も六角が滅亡して織田家の領土になった。
味方しか居ないのなら小谷城の旨味は少ないのだと秀吉は苦笑する。
「とは言え、しばらくは戦が続きますので内政に力を入れるのは殿下が天下を統一なされてからですな」
「すまんね、待たせちゃって」
「ああ! おやめくだされ! 某のような者に頭を下げるなど……」
「謙遜も過ぎれば嫌味だぜ猿。お前は十分凄い男だろう。百姓から武士になって城持ちになるなんて半端ねえわ」
「いやいや、殿下には負けまする。聞くところによると殿下は酒場の店員だったとか」
「うんそうね。って言うか今も店員だよ」
休職して将軍をしているが本業は酒場の店員だ。
「酒場の店員が武家の棟梁となることに比べると某の出世など、とてもとても」
「言われてみれば確かにすげえな俺」
だが、凄さで言えばやはり秀吉に軍配が上がるだろう。
自分が将軍になれたのは多分に運が絡んでいる。
なれるだけの要素が転がっていたからそれを拾い上げただけなのだから。
カールがそう言うと秀吉は照れたように頭をかいた。
「……こうも真っ直ぐに褒められると、どうにも照れますなあ」
ありがとうございます、と秀吉は嬉しそうに感謝の言葉を告げた。
「真面目な話はこれぐらいにして、だ。そろそろスケベな話しようぜ」
カールがそう告げると秀吉はキリリ、と顔を引き締めた。
そう、秀吉も感じていたのだ。カールとならば実りあるエロトークが出来るだろうと。
「……猿、お前の最近熱い性癖は何だ?」
「……濡れ透け、ですな」
「濡れ透け……か」
「濡れ透け……に御座ります」
二人の顔はどこまでも真剣だった。
何なら浅井・朝倉と戦争してる時よりも真剣顔をしている。
「少し前、信長様の命で伊勢に赴いたことがありましてな。そこで漁に励む海女を見たのです」
「海女……海女さんか」
最初は魚介類食べてえなあ、とかそんなことを考えながら見ていただけだった。
だが海から上がって来た海女を見て全身に雷が走ったのだと秀吉は言う。
「ぴたりと肌に張り付く白い磯着、滴る雫。ちょっと向きを変えれば普通に胸は見えます。
しかし、胸よりも透けた布越しに見えるただの肌の方が……何とも、何とも艶かしい。
キュっと締められた白い褌も素晴らしかった。これもまた透けておるのですが、何とも何とも!
泳いで強く食い込み過ぎた褌を直す仕草にもえも言われぬ風情がありましたなあ。
これまで某は白に良い印象がありませんでした。恐らく死装束の印象が強かったのでしょう」
だがそれは誤りだった。
白だから、白だから透けたのだ。白だから肌色が映えるのだ。不吉? とんでもない。
死どころか生命の種をガンガン製造してくれる白は幸福の色だ。
そう語る秀吉の瞳には薄っすら涙が浮かんでいた。
「良いなあ……良い……すっごく良い。おちんちんが元気になって来たわ」
「お気に召して頂けたようで何より。次は殿下のお話を聞かせて頂けますかな?」
「おう。俺が最近、熱いと思ってるのは――――身長のデカイ女だ」
「たっぱ、ですか」
「おう。イマイチ、ピンと来てないみたいだな。だが安心しろ。バッチリ沼に引き込んでやっからよ」
不敵に笑うカールを見て秀吉は思った。
これが征夷大将軍……武家の頂点……! と。
「やっぱり男だからな。自分より背の高い女にはちょっと気後れするわな。猿、お前がノレねえのはそこだろ?」
「ええ。某、わりとみみっちい男ですからな。見下されていると感じると欲情よりも苛立ちが」
「その気持ちも分かる。だがな、外見だけで人間が決まるわけじゃねえ。外見と内面、その両方が大事なんだ」
性癖は外見だけでは完成しない。内面の要素も加わり初めて完全なる性癖を成すのだ。
「すらっ、と背が高くてよ。胸と尻はバーン! なのに腰がキュッとくびれてる激マブの姉ちゃんが居たとしよう」
「ほうほう」
「文句なしの美人さんよ。それこそ男が気後れするぐらいのな」
「う、ううむ……力づくで組み伏せるのならまあいけなくも……いや、そこまでして苦手なものを食うのも何か……」
股間に嘘を吐いている気がして後ろめたいと秀吉は眉を下げる。
そんな彼にカールは言う。
「――――だが、そんな女が自分の容姿に劣等感を抱いていたとしたら?」
「!?」
「表面上は見た目通り、ツンとした態度取ってんだけどさ。
内心では別嬪と呼ばれるより、可愛らしいと言われることに憧れてんの。
自分にゃ似合わねえ愛らしい意匠の着物とかちょっと寂しげに見つめてたりするんだ。
そんな女をよ? 可愛い可愛い耳元で囁きながら抱いたら……なあ、なあ!?」
カールの言葉に秀吉は小刻みに身体を震わせ、
「あ、あ、あ、あ。おちんちんが、某のおちんちんが元気になっちゃうでござるぅううううう!!!!」
「他にもだ。グンバツの身体してんのに内面が子供みてえに幼いってのはどうだ!?」
「い、色々教えてあげたいでござるぅううううううううううううううううううううううううううう!!!!!」
「更に更にだ。内面は幼くても滅茶苦茶母性に溢れてたら!?」
「ばぶぅうううううううううううううううううううううう!! その大きな身体で某を包み込んでえぇえええええええええええ!!!!」
2.真面目な話
猿が二匹、エロトークに精を出している頃、明美は大和のとある寺を訪れていた。
庵の傍を離れたくはなかったが、どうしても確かめたいことがあったのだ。
「誰かと思うたら明美か。どうだ、お前も喰わんか?」
「……寺ん中で焼肉たぁ、つくづく仏の道ってもんを舐め腐ってんな」
「中々に食いでがありそうな猪が襲って来たものでな。殺した以上は食わねばなるまい。それが供養と言うものよ」
炎気で熱した鉄板の上でじゅーじゅーと肉が焼けている。
昼食はまだだったので少し心惹かれるものがあったが、明美はぐっと堪えた。
「……こないだ、櫛灘の家に仕えてた爺が庵を訪ねて来てな。アンタの話も聞いたよ」
「ふむ。それで?」
「黙ってたことをとやかく言うつもりはねえ」
真実を知らされていたとしても、あの頃の小娘では到底受け入れられまい。
仮に受け入れられたとしても感情に身を任せ家に舞い戻っていただろう。
それはたった一人でも自由にと願ってくれた人達の思いを無碍にする行いだ。
ガッデムもそれを理解していたから何も言わず、渡航の手助けをしてくれたのだろう。
そこについては納得している。
だが、
「だがどうしても確認しておかなきゃいけねえことがある。
なあ和尚。あの日あたしらが――いや、カールが葦原に渡る船にあんたが居たのは偶然か?」
櫛灘の血統を影から助けるためだと言うのなら構わない。
それはそれでどこで情報を仕入れたんだと思わなくもないが別段、問い質すようなことでもない。
だが別の目的があるのだとすれば見逃せない。
「久しぶりに故国の酒が飲みたくなっただけと言わなかったか?」
「言ったな。だが偶然だとは言ってねえ。なあオイ和尚、くだらねえ問答はなしにしようや」
どかっと対面に腰を下ろし明美はガッデムを睨み付けた。
「今は休業してるがあたしは法で裁けぬ悪党に地獄をお届けするのが仕事だ。
あたしの標的になるのは貴人だったり大商人だったり社会的な地位が高い奴ばっかさ。
大概は力押しでも何とかなるがあたしは別に力を誇示したいわけじゃねえからな。そいつらを確実に殺るためにも情報収集は欠かせねえ」
何が役に立つかは分からないから、どんな些細な情報でも拾った。
そしてその中にあったのだ。
「“レグナ”――その名を使っていた帝国のやんごとない身分の男なんてあたしは一人しか知らねえ」
その男は若い時分、偽名を用い貴人らしからぬフットワークの軽さで遊び歩いていたと言う。
その男はレグナという偽名をとても気に入っていたと言う。
「それこそ次期皇帝になるであろう娘にアンヘルなんて名をつけるぐらいにな」
男の真の名はジークフリート・プロシア。プロシア帝国の現皇帝である。
「皇女三人はカールの女だ。誰かが父親にぽろっと事情を漏らして皇帝様が親馬鹿発揮してアンタを遣わせた?」
あり得ない。カールが細心の注意を払って成し遂げようとしていることだ。
例え皇帝にカールを害する気がなくても万が一を考えて秘密は厳守するだろう。
ゾルタンか? それもない。あれも事情を知る人間の一人ではあるがカールには大きな借りがある。告げ口はしないはずだ。
「なら……」
「分かった分かった。降参だ」
「だったら答えろ」
「偶然ではない。お前の推測通りよ。拙僧は友に――レグナに頼まれたのだ。カールの戦いを見届け、いざという時は力を貸してやって欲しいとな」
「何のためにだ? 娘のためか? いやそもそもどうやってカールの目的を知った?」
「落ち着け。拙僧が知る限りのことは話してやるから」
苦笑し、ガッデムは事の仔細を語り始めた。
だがそれはとても信じられないような内容で話を聞き終えた明美は呆然としていた。
「それを、信じろとでも?」
「別に信じろとは言っておらぬ。拙僧は問われたから答えただけだ」
なら、アンタは信じているのか?
明美の問いにガッデムは迷わず頷き、こう続けた。
「――――友を信じぬ男がどこに居る?」




