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復讐を果たして死んだけど転生したので今度こそ幸せになる  作者: クロッチ
第二部 葦原動乱

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千両役者②

1.破邪顕正(笑)


 九月一日夜。もう直、日付も変わろうかという頃。

 民百姓はその日の疲れを癒そうと眠りに就いている時間帯だというのに本願寺を中心とする城郭都市は活気に満ちていた。

 あちこちで焚かれる篝火と信徒達の熱が夜を焦がす常軌を逸した空間。

 普通の人間であれば一分と経たずに自我が希薄となり流されてしまうだろう異常な熱気は宗教の厄介さを如実に示していた。


「――――皆、よくぞ集まってくれた」


 あれだけ騒がしかった信徒達がシン、と静まり返る。

 拡声の術を用いて隅々まで届けられる声にはそれだけの力があった。


「ありがとう。本当にありがとう」


 今日のために設営された豪奢な舞台の上。

 これまた豪奢な僧衣に身を包んだ巨漢が深々と頭を下げる。

 男の名は本願寺顕如。一向宗を束ねる宗主である。

 正確に言うと顕如の所属は浄土真宗本願寺派となるのだが俗称である一向宗の方が通りが良いのでここではそうさせてもらおう。

 顕如自身も分かり易さ優先で一向宗の名を使っているし問題はない。


「僧籍にある者としてありがたい説法の一つでもやらねばならぬところだが相すまぬ。事態は急を要しておるでな」


 早速本題に入らせてもらう。

 顕如がそう告げると信徒らはゴクリと喉を鳴らした。

 この場に居る者の殆どが学のない民百姓である。

 そんな彼らでもこれだけの数の信徒を動員するのはただならぬ事態であることぐらいは理解していた。


「今宵、皆に集まってもらったのは昨今、何かと世を騒がせておる異人将軍について話すためだ」


 ようやく邪魔者を消す算段が整った。

 その事実に頬が緩みそうになるのを堪えながら顕如は言う。


「結論から言おう――――彼奴は“悪”である」


 どよめきが広がる。

 想定通りの流れだと腹の中でほくそ笑みつつ顕如は続けた。


「言いたいことは分かる。確かに彼の者は帝より直接、将軍の職を賜りはした」


 そこに正当性を見出してしまうのは無理からぬこと。

 だが、よくよく考えて欲しい。


「――――帝の正気が奪われていたのだとしたら?」


 無論、虚偽である。

 晴明の守りが敷かれた内裏に入り込んで帝を操ろうなど不可能だ。

 しかし、ここでカールが異人であることが効いて来る。


「安倍晴明。彼の御仁は確かに葦原一の陰陽師である。だが海を越えて大陸に渡ればどうだ?

古今無双の術者も大陸では所詮、大海知らぬ蛙でしかなかった。帝を質に取られたという事実が何よりもの証拠よ」


 んなこたぁない。

 晴明はワールドクラスの術師である。

 とは言え、顕如の言葉を鵜呑みにしている彼らには分かろうはずもない。


「とは言え晴明殿だけを責めるわけにもいくまい。

拙僧も不穏な動き自体は掴んでおったが……結局、全てを理解したのは事が終わった後であった。

そう、あの書状よ。己の正当性は一向宗や大大名どもが保証するなどと抜かすあのふざけた書状……!!

あの段でようやく、全てが手遅れであったと知ったのだ。何て無様……己が無能をあれほど憎んだ日はない!!!」


 顕如は怒った演技のままに上半身を肌蹴、腰から引き抜いた短刀で自らの心臓を穿った。


「いっそ死んでしまおうかとも思ったが、これこの通り。御仏は拙僧に責任を果たせて仰っておる」


 短刀を引き抜くと鮮血が噴出す。

 しかし、傷口は瞬く間に塞がってしまった。


「おお、傷口が……」

「御仏の加護」

「ありがたやありがたや」


 見えた者らは眼前の奇跡に祈りを捧げ、見えなかった者らも(ともがら)の様子を見て祈りを捧げる。

 信徒達は正しく一つにまとまっていた。

 と言っても、最初に声を上げた者らは顕如の仕込みなのだが。

 ようは同調圧力だ。衆愚の機微というものを理解している顕如らしいやり方である。

 まあセコい仕込みをせずとも想定通りに進む土壌はあるので、あくまで事をスムーズに進めるためのものでしかないのだが。


「そう、討たねばならぬのだ。正義のために異人将軍を! この手で!!」

「し、しかし顕如様……そのようなことをすれば帝の身が……」


 これもまた仕込みである。


「うむ、分かっておる。情けない話だが、御仏の意思を感じながらも拙僧はギリギリまで迷っておった。

仏の道を逸れることになっても帝の安全を優先すべきなのでは、とな。そんな折、この書状が届いたのだ。

これは僅かに正気を取り戻した刹那に、必死に彼奴の目を盗み帝がしたためたものよ。

異人将軍の悪しき企みと現状、そして――――葦原を取り戻せという命が記されておった」


 無論、虚偽である。

 帝は絶対不可侵の存在ではあるが、一部の連中。

 権力を手にし我が世の春を謳歌する馬鹿どもからすれば仰ぎ見る対象ではなかった。

 勝てば官軍。どうとでもなると高を括っているからこのような所業に出られるのだ。


「“余の命を慮り、道を踏み外すことは許されぬ。正義を成せ”」


 顕如の目から止め処なく溢れる涙。

 渾身の男泣き(嘘)に何も知らぬ信徒達もつられて泣き始める。


「そして、己が死んだ場合は覚恕殿を次の帝に立てるようにとも。

仏の道を往くために出家した弟を引き出すのは心苦しいが、これも正義のため。

そして覚恕殿も帝の御覚悟を知り、涙ながらに決心なされた――――拙僧は涙が止まらぬ……!!」


 ダイナミック不敬である。

 だが、この蛮行こそが宗教勢力の増長を端的に示していると言えよう。


「帝の御意思に胸打たれたのは拙僧だけではないぞ!!!!


 浅井、朝倉、六角、毛利、大友、今川、北条、武田、上杉、高野、叡山……と次々に顕如は勢力の名を挙げていく。


「多くの者らが立ち上がってくれた!!

武田と上杉などは犬猿の中で有名だ。それでも一時矛を収めることを決断してくれたのだ!!

他の者らもそう。様々な問題を抱えながらも拙僧の呼びかけに答えてくれた!

それは何故か!? 義だ! 国を愛し、民を愛す義侠の心が彼らを奮い立たせたのだ!!」


 熱気は天井知らずに跳ね上がっていく。


「この世に正と邪があるのであればこれは一点の曇りもなき正ぞ!!

拙僧も最早、迷いはない! 皆の力を貸してくれ! 皆の正しき心を以って悪を討とうぞ!!!!」


 顕如が拳を突き上げる。

 それに答えるように信徒らが声を上げようとする正にその寸前だ。


「――――ハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!」


 舞台の隅に居た一人の僧兵が笑い声を上げた。

 隣に居た僧兵が笑った男を咎めようとするが、


「邪魔だ」


 目にも留まらぬ拳打を以って吹き飛ばされてしまう。


「貴様、何者だ!?」


 壇上の僧兵らが顕如を守るように取り囲み、下手人に武器を向ける。

 武器を向けられた男はクツクツと笑いながら顔をすっぽり覆い隠していた頭巾を放り投げる。


「――――よう、将軍(オレ)だぜ」


 夜風にそよぐ金色の御髪。紅と蒼の瞳。

 そう、カール・YA・ベルンシュタインである。

 術の類は一切用いていない。そんなことをせずとも今の本願寺は大量の信徒を集めている関係で変装をすれば紛れ込むこと自体は容易いのだ。

 それに加えてカールは油断していたとは言え世界レベルの猛者の背後を取れるほどの隠行の使い手。

 中枢まで潜入し、こっそり僧兵に成り代わる程度は朝飯前だった。


「異人将軍……!? いや、これは好機! 皆の者、奴を討……」

「良いのかそれで!!!!?」


 顕如の声を遮るようにカールが叫ぶ。


「俺ァ強いぜ? 仕留めようってんなら相応の犠牲が出ちまうだろうなあ」

「戯けが! 死を恐れる臆病者がこの場に居ると思うてか!?」

「ちげーよ。お前はむざむざ信徒どもを死なせたいのかって聞いてんだよ」


 カールから放たれる凄烈な気が空間を歪める。

 戦いとは縁遠い者らの目にも分かってしまう。あれは尋常ならざる力を持っていると。


「俺が味方を引き連れてるなら数で対抗するのも分かるがこれこの通り、俺はたった一人だ。

そしてどう足掻いても逃げられはしない。その身体と立ち振る舞いを見れば分かる。お前、かなりやるだろ?

だったら顕如よ。御仏の加護で不死身になったお前が一人で俺と戦うべきじゃねえのか?

心さえ折れなければ必ず俺を殺せるわけだしな? それとも何か? お前、可愛い信徒どもを無駄に死なせてえのか?」


 カールの言葉は正しい。

 顕如の語ったことが全て事実なのであれば、それが最善だ。むしろそうしない理由がない。


「――――どうする? 似非坊主よ」


 虚空から引き抜いた太刀の切っ先を突きつけながらカールが問う。


「……良かろう!! 葦原を犯す邪悪よ、手ずから成敗してくれるわ!!!!」


 近場に居た僧兵の薙刀を奪い取り、顕如が吼える。

 カールが自身を殺し得る草薙の剣の持ち主であることは承知の上だ。

 今がかなり危険な状態であることも理解している。

 その上で、顕如は好機と捉えた。彼の中では既にカール殺害までの流れが出来上がっていたのだ。


「いざ!!」

「……クク」


 両者同時に駆け出し、舞台中央で交差する。

 すれ違うと同時に顕如の肩から血が噴出す。そして、その傷は“癒えない”。


「な……け、顕如様が傷を……!?」


 何も知らぬ信徒が驚愕の声を上げる。

 それは徐々に広がり、壇上の戦いを見ていない者にまで届く。


「ぬぅ……!!」


 顕如が呻く――が、これは計算通りの行動である。

 顕如はわざと、浅く傷がつくように立ち回ったのだ。

 自らの不死身に瑕疵があることを知らしめて何になるのか? こうするためだ。


「御仏の加護をも貫くその悪しき力……まさしく第六天魔波旬が力に相違ない!!

帝の情報は正しかった。これは、拙僧一人の手には余るか! 皆、力を貸してくれ!!」


 一人でやると言っておきながら舌の根も乾かぬ内にそれはありなのか? ありなのだ。

 事情を知る者らは言わずもがな。知らぬ者らにでもこれぐらいは通ることを顕如は理解していた。

 事実、知る者知らぬ者関係なく僧兵は即座に動きカールへ攻撃を仕掛けた。

 カールはするりするりと攻撃を回避し、顕如の側に兵が集まるよう立ち回り、告げる。


「酷い茶番だ」


 カールの心に焦りはない。

 何せ最初から演説を聴いていたのだ。

 このペテン師ならばこれぐらいのリカバリーはしてのけるだろうと想定済みだ。


「いい加減、化けの皮を剥がしてやらないとな」


 ダン、と大きく舞台を蹴って真上に飛び上がったカールが左手を顕如に向けて突き出し叫ぶ。


「――――破邪顕正!!!!」


 瞬間、光が爆ぜた。

 突然のことに皆が目を閉じるなり手で光を遮るが、


「……?」

「何ともない」

「窮したか! くだらぬハッタリを!!」


 顕如を守る僧兵らが口々にカールを罵る。

 だが、一部の者らは違和感を持っていた。

 今、一瞬とは言え視界を奪ったのだ。逃げることも出来たはずでは、と?


「そりゃお前らには何もないよ。だが、後ろの奴はそうでもないみたいだな」


 全員の目が顕如に向けられる。


「う、うぅぅ……あぁああああ……!!」


 全身に脂汗を浮かべ、頭を抱えて呻く顕如。


「顕如様!? 貴様、顕如様に何をした!!!」

「化けの皮を剥ぐって言っただろ? そら、あんまり近くに居ると危ないぜ」


 言いつつカールは懐から取り出した符を舞台の四方にばら撒く。


「け、顕如様! しっか――――」


 介抱しようとした僧兵らの首が一つ、二つ、三つと宙を舞う。


「ふひ……ふへへへへへ……あぁあああああああ嗚呼あああああああああははははははははははは!!!!!」


 狂ったように哄笑を上げる顕如の剥き出しの上半身に蛇のような鱗が浮かび上がる。

 異変はそれだけではない。ぎょろぎょろと忙しなく動き回る瞳がこれまた蛇の如く縦に裂けている。

 明らかに常軌を逸した様を見て、僧兵や顕如と共に舞台上に居た高僧らが恐慌状態に陥る。


「あぐぅ?! か、壁? 結界か!?」

「にげ、逃げられん!!」

「うわぁああああああああああああああああ!!!!」


 顕如の身体から触手のように無数の蛇が生え首のない骸を貪り始める。


「すすすすす素晴らしい! こ、こここのちか……力ァ! 凄いヨォ!!? さ、ささ流石はオロチ様ァ!!!!!」


 顕如の狂態を冷ややかに眺めながらカールは思った。

 ま、こうなるわなと。

 顕如の突然の変貌。その原因は当然の如く、カールにある。

 と言ってもそう難しいことはしていない。将軍職に宿った櫛灘姫の力を用いて八俣遠呂智の力を更に注ぎ込んだだけだ。

 シールと同じだ。貼るのは簡単だが剥がすのには手間がかかるように、八俣遠呂智の力も与えること自体は簡単なのだ。

 カールはジャーシンで八俣遠呂智の力を大量に注ぎ込まれた者がどうなったかを知っている。

 ゆえにそれを利用した。顕如を誰の目にも分かる悪役に仕立てるために。


「け、顕如様! たす……助け……!!!」

「クッ……顕如様、申し訳ありません!!」

「あ、ああ! ダメだ! 攻撃が通じない!!」


 屍を喰らい終えた顕如が次はまだ生きている者に手を出し始める。

 僧兵らも黙って喰われる度胸なぞあるはずもなく抵抗をするが、当然の如く通じない。

 幾ら刃を突き立てても即座に傷が塞がってしまう。


「よォ顕如! 随分はしゃいでるじゃねえか!!」

「く、くくく草薙の男ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」


 矢の如く放たれた無数の蛇は一本足りとてカールには届かず切り伏せられた。

 そして、斬られた蛇らは再生しない。


「奪わせはせん! 奪わせはせんぞこの、ちちちち力ァアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

「俺を殺したいってんならトコトンまで付き合ってやる。だが、その前に腹ごしらえをした方が良いんじゃねえか?」


 餌はまだまだ残ってるぞと。

 息のある僧兵や幹部の高僧らを見渡す。


「お、お助け! お助けを!!」


 僧兵の一人がカールに駆け寄り助けを求める……が。


「あぁん? 俺ぁ帝を傀儡にして葦原を乗っ取ろうとする邪悪なんだろ~? 邪悪に助けを求めてんじゃねえよ!!」


 襟首を掴んで持ち上げ、思いっきり顕如に投げつける。

 顕如は放られた餌をパクリ。嬉しそうに笑っている。


「御仏の加護があるんだろ?」


 舞台の隅で震えている枯れ枝のような老僧に近付き、襟首を掴んで持ち上げる。


「ひぃ!?」

「帝の決意に胸打たれて命を賭して邪悪を討つ覚悟を決めたんだろ?」


「ちが、違いますぅううう! すべて、すべて嘘偽りなれば!!

しょ、将軍様も御存知の通り顕如めの力は邪神の力!! 帝の言葉など嘘っぱち! 捏造!!

だ、だから助けて! 金でも人でも、幾らでも捧げますゆえ! どうか、どうかお助けあれ!!!!!」


 その言葉は――否、カールが姿を現してから今に至るまでの全ての会話は信徒に届いていた。

 壇上に居る人間の声を隅々にまで行き渡らせるニセイメイ特製の符を頭巾を放り投げる際に仕込んでいたのだ。

 ちなみに先ほど使った結界の符もニセイメイ謹製のものである。


「人を殺そうとしておいて、随分とまあ都合の良いことを。だがまあ、良いさ」


 すぅ、と息を大きく吸い込みカールが叫ぶ。


「征夷大将軍カール・YA・ベルンシュタイン! これより仏の名を騙る邪悪を成敗仕る!!!!」

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[良い点] こういう戦闘の入り最高にかっこよくて好き
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