千両役者①
1.来ちゃったよ……
九月一日。
普通は上洛して来た大名と個別で会って祝いの言葉と品を受け取ったりだとかやるんだが、俺は気を抜いていた。
だってやって来るのはどうせ知った顔なわけじゃん?
だったら形式ばったことなんかしなくても良いかなって。
だから俺は事前に来た奴は全員、謁見の間に通しておけって言っておいたんだが……。
「遅ればせながら此度の将軍御就任、心より御喜び申し上げまする」
綺麗に剃った頭が眩しい若者が俺に祝いの言葉を述べている。
誰かって? 順慶だよ順慶。筒井順慶。
久秀が大和を手に入れる過程で散々、ヘイトを稼いだ相手の一人だぞ。何でここに居るんだよ。
いや、俺包囲網に参加してないってのは知ってたけど……えぇ……?
「あの、えーっと……君、筒井くんで良いんだよね?」
「はっ。筒井順慶に御座る」
一応確認してみると何か? みたいな目を向けて来るけどおかしいだろ。
「何でここに居るの?」
訳が分からないからストレートに聞いてみた。
すると順慶は上洛命令に従ったまでのことと返した。
その通りなんだけど――ああいや、もっと直球で行くべきか。
「久秀に恨み骨髄のあんたがここに居る理由を知りたいんだよ。まさか怨恨は捨てたとは言うまいね?」
「無論。未だ彼奴への恨み辛みはこの胸を焦がしております」
その言葉に嘘はないように思う。
順慶の瞳には隠し切れない憎悪が――いやこれ隠してねえわ。
バレても問題ないと思っているのか?
「ならば何故?」
「異人が征夷大将軍の座に就く。これだけでも異例だと言うのに、帝が直接その任を授ける。
あまりにも異常でしょう。加えて御身の正当性は世に知られる大大名が保証してくれると言う。
何を馬鹿なと思いましたが就任の折、彼奴らは誰一人として声を上げなかった。
にも関わらず今になって密書などを送って来て共に偽りの将軍を討とうなどとのたまう」
コイツ……いや、知ってはいたよ?
包囲網に参加こそしていないが誘い自体は来てたってさ。
それを馬鹿正直に口にするとは思ってもみなかった。
「客観的に見てやましいのはどちらか。考えるまでも御座いませぬ。
が、殿下にやましい部分がないのなら如何なる正当性があるのか。
乱世を生きる一大名として見極めねばなりますまい。筒井の御家を守るためにも」
カースを発動させているのだが、まったく声が聞こえない。
パッと思いついた理由は二つ。
一つは俺のことなんてどうでも良いと思っている。
内側に入り込んで久秀を後ろから刺すのが目的だから俺には何一つとして求めることがないから声が聞こえない。
もう一つは言葉通りに俺を見極めようとしているから。
主観を排し俺という個人がどう受け答えするのかを見たいから自分に都合の良い言葉を望まない。
(う、うぅん……)
前者なら恨みを隠そうとするだろう。
ならば後者? 多分、そうなんだろうけど微妙に何か引っ掛かるんだよな。
俺に害を成すような嫌な感じはしないんだが……うーむ?
「いや――――うん、分かった。そういうことならこれ以上は何も聞かねえよ」
「……よろしいので?」
驚いたような顔をする順慶に俺は言ってやる。
「敵になりそうなら殺す。味方になりそうなら歓迎する。結局のところこのどっちかだしな」
順慶が俺を見極めると言うのなら俺も順慶を見極めるだけの話だ。
元々、久秀絡みで味方になることは期待してなかったからな。殺しても惜しくはない。
一時とは言え内側に入れるわけだからリスクは付き纏うが、それは必要経費だ。味方になる可能性もあるわけだしな。
「ああでも一つだけ言っておこうか。俺は徹頭徹尾“私情”の人間だ」
「……その言葉が正しいのならば……」
「そう。帝が認めたのは俺の私情が公の益に繋がると判断したからだ。利害の一致よ」
だがその公の益が万人に通じるものかどうかはまた別の話。
言うて帝も人間だ。価値観ってものがある。
リスクを犯してでも本当の意味で明日を、爆弾を抱えながらも現状維持を。
どちらにも一定の正しさがあって、帝は前者がこの国の益になると判断したから俺に力を貸してくれた。
「まあそこはどうでも良い。俺が私情の人間だって言ったのはそういう意味じゃない」
順慶の言葉につい乗ってしまったが俺が伝えたいのは公の益がどうたらとかそういうことではないのだ。
しかし、順慶はイマイチ分かっていない御様子。
「……?」
俺、分かっちゃった。黙って俺らの会話に耳を傾けてる信長らもあー、って顔してる。
順慶は優秀だ。多分、それは間違いない。だが致命的に屑さが足りてない。
人間としてはそれが正しいのかもしれないが大名としては……ねえ? 大事よ、畜生さ。
だから久秀に良いようにやられちまったんだろうなあ。
でもなまじ優秀だから完全に滅びるようなこともなくて、そのせいで今もメラメラ憎悪を燃やし続けている。
「手段を選ばない屑ってこった。百万の無辜の民草と愛するたった一人。
どっちかしか選べないなら俺は躊躇なく後者を選べる。葛藤なんて微塵もありゃしねえ」
重要なのはどちらを選ぶかではない。選ぶ際に迷うかどうかだ。
最終的にどちらかを選ぶにしても結論を出すまでに大概の奴は迷う。
「迷わない奴は厄介だ。死ぬまで止まらないからな」
ブレーキを踏むって発想がないのだ。常にアクセル全開で突っ走っている。
自滅の可能性も伴うが、それに期待する時点でそいつはもう負けたようなもんだ。
「だからまあ、敵になる時は気をつけな」
「……承知」
「じゃ、一先ずはよろしくってことで」
つーわけで次に気になってるとこを見て行こう。
「お前ら……何で居るの? 家は大丈夫なのか? いやまあいざとなれば式神で送るけどさあ」
酒を酌み交わしている島津家の長男次男に話を振る。
信長や家康、順慶はまだ良い。家康は本拠地から近いわけでもないが島津に比べりゃ常識的な距離だしな。
兵を連れて来ては居るがそれも最低限で、いざとなったらクロスに抱えてもらって単身帰還するって手もあるし。
でも島津は九州だぞ九州。しかも二人旅。コイツら兵も連れずに二人でぶらりと上洛して来やがった。
実力的には心配ないけどフットワーク軽過ぎんだろ。
「御心配なく。親父殿が留守中は私の代わりを務めてくれますので」
「それに弟達も居ますからね」。
「そうか……まあ、大丈夫なら良いけどさ」
しかし、そうか。信長と家康だけならともかくこの二人が居るなら見学ツアー開いても良さそうだな。
「悪い顔をしておるなカール。ええおい、いい加減悪巧みについて教えてくれても良いんじゃないか?」
「織田殿の仰る通り。殿下の上洛命令を機に何もかもが動き出すとは聞いていましたが、一体何をされるおつもりなので?」
信長と義久がニヤニヤしながら聞いて来る。
何とはなしに感じているのだろう。これから起こるイベントを。
「待て待て。折角だ。俺から聞くより直接、その目で確かめてみないか?
その方がずっと面白いぞ? まあわりと真剣に命の危険も伴うがお前らはそういうの気にする性質じゃなかんべ?」
十万を超える潜在的な敵に囲まれるようなものだが、コイツらはそれで尻込みするタイプじゃない。
信長は物理的な戦闘力はあんまりだが気軽に生死を賭けられる胆力がある。
義久も肝は据わってるし、いざって時は逃げに徹すれば何とかなる程度の実力はある。
「直接、ねえ。良いな。何をする気かは知らんが楽しい予感がする。なあ島津の」
「ええ。また殿下のカッコ良い御姿を見られる予感がひしひしと」
「殿下殿下。それは家を仕切る当主しか参加出来ないのでしょうか?」
「んー? いや別にそんなことはないが」
むしろ当主は参加させちゃいけない枠だと思う。常識的にね?
だがまあ、コイツらに常識を説くぐらいなら野良猫に説法する方がまだ有益だ。
「では拙も参加させて頂きとう御座います」
義弘がそう告げると家康と順慶も、であれば私もと手を挙げた。
「う、うーん……お前らも?」
「何か不都合がおありで?」
順慶の鋭い視線が俺を射抜く。
「いや不都合っつーか。何だろ。真面目な奴を危険に巻き込むのはちょっと気が引けるなって。
俺が失敗して諸々バレたら最悪、十万以上の敵の中で孤立することになるけど大丈夫? 大丈夫そうなら連れてくけど」
「……元より危険は承知の上なれば」
「竹千代も同じに御座ります」
十万の敵に、そう言われて冷や汗を浮かべているが順慶は逃げなかった。
家康の方はわりと平然としてるな。
「そう? じゃあ全員参加ってことで」
早速準備をと立ち上がったところで俺の眼前の空間が歪み幽羅が姿を現す。
これからって時に何だよと思いながら話を聞いてみると、
「珍しいお客さんが来てはりますけど、どないしましょ?」
「客~? 誰だか知らんがお前がわざわざ伝えに来るぐらいだし――うん、会おう。通してくれ」
ほな、と幽羅が指を鳴らすと男女二人が謁見の間に現れた。
「おや?」
「まあ」
どこかぽけーっとした天然っぽい男。
上品な美人さん。
共に農民が着るような粗末な服を着ているが貴人っぽいオーラを感じる。
誰だ? と思っていると、
「う、氏真殿……?」
「はぁ!?」
うじざね……え、マジか氏真!?
順慶は普通に驚いてるし信長でさえ微かに目を見開いている。
島津兄弟は再び酒をかっ食らい始めてるがまあコイツらはね?
「竹千代――おっと、家康殿と呼ぶべきだね。
いやはや、京に来たは良いがどうやって目通り願おうかと思って往生していたら……これこの通り。びっくりしたなあ」
「ですわね。突然、視界が暗転したと思ったらこれですもの」
ふふふ、あははと笑い合う氏真と女。
多分、正室の早川殿なんだろうが――コイツマジか。嫁さん同伴で来たの!?
「そ、そうですか……それより氏真殿。殿下の御前なれば」
「おっと。そうだねえ」
氏真と嫁さんが俺に向き直り、跪く。
「今川氏真に御座ります。御無礼の段、平に御容赦を。」
「妻の早川で御座います」
いやさあ。確かに言ったよ?
分からないなら試そうってさ。でもいざ来られるとやっぱビビるわ。
「……その格好を見るに家の者にも黙って来たみたいだが何故、そこまでして俺に?」
「勘ですな」
「ほう」
「昨今、父が死んだり異人が将軍に就いたりと目まぐるしく情勢が変わっておりますが……どうにも引っ掛かる。
乱世ゆえ何が起きても不思議ではないと、そう思う気持ちがないわけでもありませぬ。
ですが一連の流れを眺めていて思ったのですよ。乱世は乱世でも、これまでとは別の理由で世が乱れておるのではないかと」
コイツ……自然と口角が吊り上がる。
「大名同士の単なる権力争いから、もっと大きな流れに変わっているのだとしたら知らねばなりませぬ。
気付けば足を取られ沼の底……などと笑えもしませんからな。
臆病だと思わなくもありませんがどうにも嫌な予感が止まらないのです。
実際、家臣が私に黙って事後承諾で他勢力と盟を結んだりと不穏な動きもちらほら。
そんな折、唐突に出された上洛命令。ここを逃したらもうどうしようもなくなってしまうのでは?」
そう思ったから何か知っていそうな俺に会いに来たのだと言う。
つーか事後承諾で盟を――将軍包囲網、氏真に黙って話を進めたのか。
話を鵜呑みにするのは危険だと思わなくもないが……氏真の言葉に嘘は感じない。多分、事実なんだろう。
幽羅がアダムにやっていたような記憶を消して自覚を失くすやり方をしていたのなら話は別だがな。
だがまあ、それもなさそうだ。こっちは完全に俺の勘だけど。
「なるほど理解した」
当たりだ。俺はコイツを味方に引き入れるべき人間だと判断した。
間違っていた場合は――うん、その時はその時だ。
順慶と同じようにこっちが致命傷を負う前にサクッと殺るしかねえ。
「では……」
「まあ待て。その前に自己紹介だ。名乗ってもらったのに名乗り返さずじゃ無礼が過ぎるだろ」
とりあえず、
「俺の名はカール・YA・ベルンシュタイン」
ちょっとぶっこんでみるか。
「――――お前の親父を殺した男だ」
氏真が息を呑む。
とは言え飄々とした態度が崩れたのは一瞬。直ぐに取り繕ってみせた。
だが一瞬でも確かに奴は心を晒した。見えたのは悲しみ。憎悪よりも深い深い悲しみが見えた。
もうちょい、揺さぶってみるか。
「一発ぐらい殴らせてやろうか? んん?」
「……殿下は」
「ん?」
「殿下は父を心底くだらない男だと思っている御様子」
氏真の声はひどく穏やかだ。
一体何を言いたいのか沈黙を以って先を促す。
「それはその通りなのかもしれません。晩年の父しか知らぬ殿下には無理からぬこと」
ですが、と氏真は閉じていた目を開け真っ直ぐに俺を見つめる。
「かつては立派な人でした。大名として天下に覇を唱え和を成す。それは僕には理解出来ない道だ。
それでも威風堂々と己を全うするその背は今もこの目蓋に焼き付いている。
殿下がご覧になった愚かな父を否定は致しませぬ。けれど最初からそうであったわけではないのです」
どうかそれを理解して頂きたい。そう言って氏真は深々と頭を下げた。
また一つ、氏真という人間を理解出来た。
「分かった」
真実を知ってどちらを選ぶかは分からない。
だが、この男には真実を知る権利がある。
「氏真」
「はっ」
「親父の心変わりについて知りたいか?」
「……教えてくださるのであれば是非に」
「命を懸ける覚悟は?」
「ありませぬ。危なくなったら逃げます。僕にとって一番大切なのは妻ですから」
俺好みの返答だ。
「結構。じゃあお前も参加決定な」
「は?」
「危ないと思ったらケツ捲くって逃げて良いから安心しろ」
「いや、あの、何の話を……」
よーし、んじゃ準備をしよう。




