本番前③
1.俺のチャートがガバガバなんだが……
一先ず謁見の間に移動した俺達。
御所で内緒話っつったらまずはここだよな。幽羅が防諜施してくれたから安心して話せるし。
どっこらせっと上座に腰を下ろし、改めて家康と向き直るがコイツ……。
「何かちょっと痩せた?」
「…………ちょっとうちの領土で一向一揆が多発しておりまして」
煤けた笑顔に罪悪感が沸く。
悪政敷いた結果の一揆なら自業自得だが一向一揆。
主導してんのは一向宗だろ? ならそれ十中八九、俺のせいだわ。
帝を表に引っ張り出したりと派手に動いたから向こうも地盤固めに必死なんだろう。
俺としては目論見通りなんだが、こうして直接被害を受けてる家康見ると申し訳なさが……。
まあだからと言ってアイツらと和解するのは天地が引っ繰り返ってもあり得んがな。
「とりあえず……あれだ。直ぐにとはいかんが、連中を大人しくさせる算段はついてるからもうちょい頑張ってくれ」
「はあ」
「それより本題に入ろう。俺に相談ってのは?」
「先だって今川家、現当主氏真が徳川を訪ねて来たのです」
「ふむ――ん?」
訪ねて来た? 今川のボスが?
「えっと。勘違いじゃなければ徳川と今川は敵対関係だよな?」
「はい。火事場泥棒のような形で独立したので大層恨まれております」
「だよな。え? なのに氏真が?」
「はい。本人が一人で直接、お忍びで」
ちょっと意味が分からないですね。
「あ、アレか。氏真個人は徳川との敵対に旨味がないから秘密裏に和議を……」
「いえそういうことでもなく。聞きたいことがあるからと」
流石の俺もこれには困惑。
無能ではないがやる気がないってのが桶狭間で聞いた氏真の評価だが、やる気どうこう以前にちょっと感性がおかしくない?
聞きたいことがあるからって現在、バリバリ対立関係にある家に一人で行くか?
「氏真に何を聞かれたんだ?」
「氏康と信玄が何か変なんだけど心当たりない? と」
ぶっ、と思わず茶を噴いてしまう。
「加えて生前の父も今の氏康や信玄と似たような感じだった――とも」
「おま……ちょ、おま……それ……」
氏真の問いは実にふんわりしたものだが、聞く者が聞けば深刻な意味合いを持つ問いになる。
氏康と信玄が変。この時点で両者に共通するものを知る俺らからすればちょっと無視出来ない。
そこに義元も加わればこれはもう八俣遠呂智関連だと確信を持てる。
だがまあ、ここまではまだ良い。
氏真は義元の息子で後継者だ。知らされていても不思議ではない――が、何故家康の下を訪れた?
今のところ家康と俺に表立った繋がりは存在しない。機を見て上洛させ、旗色を示させはするがまだ先の話。
桶狭間で裏切ったから勘付いた? それも考え難い。
家康が独立したのは敗戦後だ。桶狭間以前から繋がっているのなら絶好のタイミングで裏切ることが出来た。
ならば独立後、俺に接触したという情報を掴んでカマをかけに?
(それも……うーん)
都は幽羅にとって自分の胎の中と同じようなものだ。
紛れ込んでいる間諜の数だって正確に把握している。
今川の間諜が何か動きを掴んだっぽいなら俺に報告が来るはずだ。
ってかそもそも俺の推測のどれを取るにしても、やっぱ一人で敵地に赴くのはおかしいだろ。
「ですよね。そうなりますよね」
「ちなみに」
「あくまで竹千代の私見ですが氏真は八俣遠呂智関連については何も知らないと思います」
「マジかよ……」
だとすれば尚更こえーわ。
言葉通りに疑問を解消しに来たのだとしたら、だ。氏真は感性の赴くままに正解を引き当てたってことになる。
おかしいと感じた→正解。家康に聞く→正解。
前者はまだ良いよ。鋭い感覚の持ち主なら身近で接してりゃ八俣遠呂智の気配に気付ける可能性もあるしな。
だが後者に関してはどう考えても普通じゃない。
前々からパパおかしいんだけど~って相談されてたなら分かるよ?
だが家康の様子を見るにその線はなさそうだし……。
「何と言うか、彼は芸術家肌と言いますか――万事、感性で生きているような感じでして」
やべえなオイ。
義元の言うように大名としては微妙かもしれないが一個人としては半端なくすげえぞ。
「しらばっくれて追い返すか、そのまま殺してしまっても良かったのですが」
「分かる。その気持ちはよーく分かる」
対応に困るよな。
今川は後々、完全にすり潰す予定だったがこんな行動に出られるとね。
氏真を引き入れれば武田攻めや北条攻めで役に立ちそうだし、何よりその勘が惜しい。
この手の勘働きに優れた人間は勢力とか抜きにして個人でも頼りになるからな。
「その、氏真の人格はどうなんだ?」
「飄々としていて掴みどころはありませんが根本にあるのは善性かと。それと愛妻家ですね」
愛妻家か。それはポイント高いな。
「御家の存続には特に興味もなく、義理で当主を務めているのが現状かと」
「義理て……」
「皆が着いて来てるし、それなら自分も最低限責任は果たさないとなあ……みたいな?
家臣らが他所へ仕えると言うならそれで良し。金と感状ぐらいは渡そうとか普通に思ってますよ、多分」
感状……あれか。
コイツはこれこれこういう活躍をした出来る奴ですよって書類。履歴書兼推薦状みたいなもんだっけ?
「ただ今のところそういう流れもなく、むしろ今川は一丸となって家を建て直そうとしているようでして」
「主導してるのは……」
「ええ、事情を知る古くからの重臣連中です。彼らは誰が義元公を殺したか知っていますからね」
普通の奴には殺せないからな。
殺せるのは草薙持ちか、同じように八俣遠呂智の力を宿した者だけ。
異人が草薙を持ってるのは知ってるだろうし、こんなタイミングで異人が将軍になったとなれば馬鹿でも察するわな。
俺の正当性はお前らが認める、みたいなことも言ったし。
「彼らは殿下を恐れている」
だろうな。
客観的に見れば俺、訳が分からないもん。
何で義元殺したん? 何で異人でありながら将軍になれたん? 何で帝を引っ張り出せたん?
そんな訳の分からない奴が自分とこの当主ぶっ殺して以降、特にアクション起こしてないんだもん。不気味過ぎるわ。
仮に俺の目的が分かっていたとしたら尚更だ。
「そしてそれは武田も」
「武田?」
「氏真殿が違和感を覚えた切っ掛けは武田、北条との会見の席だったそうで」
曰く、会見の席を設けたのは信玄らしい。
で、その席で三国同盟はこれからも継続――いやむしろ、これまで以上に強固なものとして互いに助け合おうみたいなことを言ったとか。
まあそうだよな。信玄ならまだしも信玄が約定ぶっちしても上手く立ち回れんだろうし、ぶっちしたところで旨味もない。
上杉とは立場上、和解は不可能だが今川と北条は別だ。
事情を知らない今川は精々、盾代わりにしか思っていないだろうが北条はな。
八俣遠呂智の力を持つ者同士、上手いことやらなきゃいけない。
「ちなみに氏真は同盟についてはどう考えてんだ?」
「これも義理ですね。まあ、そういうことなら付き合うよ……みたいな?」
「氏真……」
やばいな。氏真の野郎、ちょっと面白いぞ。
大名らしからぬ生き方をちっとも改めようとも思わず自分を貫く姿に俺はロックンロールを感じた。
「一応、聞いとくが何も説明しないまま引き込むのは……」
「不可能でしょう。利益で転ぶような御方ではありません」
家中の者が支持すればあり得るかもしれないが、と家康が付け加える。
でもそれは望み薄だろう。重鎮連中が皆、俺を警戒してんだもん。
「事情を知らせれば転ぶ目算は高いですが」
「うん」
氏真が惜しい人材だと言うのは認める。
だがそれは本当に勘働きだけで何もかもを掴んでいたという推測が正しい場合だ。
現状、判断する材料は家康の話しかない。
奴が相容れない敵で俺らには読み切れぬ思惑の下にアクションを起こしたんなら懐に入れるのは危険過ぎる。
うんうん頭を捻る俺と家康をよそに着いて来たティーツとクロスのアホは隅っこで酒盛りなんかしてやがる。
俺もそっちに……ん?
「あ、そうだ」
ぽんと手を叩く。
「殿下?」
「分からないなら“もっかい”試してみれば良いじゃんよ」
氏真の感性が本物かどうかをな。
惜しい人材つっても元々、予定にはなかったんだ。
ダメなら武田や北条諸共に滅ぼせば良いだけの話。
「どうやって?」
「そう遠くない内、俺は諸大名に正式に上洛の命令を出す」
義元がやろうとした上洛する側が天下に権勢を示すためのそれではない。
上洛させる側が権勢を示すためのものだ。俺はこんだけの人間を従えられるんだぜ~? ってな具合でな。
とは言え俺はそこまで期待しちゃいない。
俺に敵意を抱いているか否かに関わらず大体の家は無視するだろう。当たり前だ。上洛は金がかかるからな。
訳分からん将軍に構ってる暇あったら戦争か内政に勤しむのが大名の正しいあり方だろう。
呼んで確実に来るのは既に関わりのある三家だが島津に関しては参加は自由と言ってある。距離が距離だからな。
来たいなら幽羅を迎えに寄越すとも言ってあるがその場合は当主と最低限の護衛の少人数。
権勢を示すとはとてもとても……言えんわなあ。
「もしも奴の勘が本物だってんなら……ああ、一人ででも俺の下に来るだろうぜ」
「…………一体、何をされるおつもりなので?」
家康はもとより信長でさえ俺の次の一手は知らない。
上洛を切っ掛けに何もかもが動き出すから心の準備をしとけとしか言ってないからな。
俺の謀を知ってるのは幽羅と久秀だけだからまず情報漏えいはあり得ん。
何せ探らせているトリニティ三好にも教えてないぐらいだからな。
「それを言っちゃ意味ないだろ」
「……そうですね。申し訳ありません」
別に家康を信じてないわけじゃない。
だが氏真を試すという意味ではな。その方が家康としても氏真が本物であるとの確信を持てるだろう。
「上洛の時期に関しては何時頃を予定しておられるので?」
「正確な日付は決まってない」
信長も美濃を平定して今か今かと待ってるらしいが、こればっかりはな。
受動的にならざるを得ないのだ。まどろっこしいと思わなくもないが今は我慢の時である。
「まあでも、連中だって何時までも――あん?」
謁見の間の襖が開かれ三人の男が入って来る。
コピー&ペーストでもしたの? ってぐらい似通った容姿の彼らは三好三人衆。
守人の一族出身の三つ子で小さい時から何をするのも一緒だったとか。
まあ野郎のプロフなんざどうでも良いか。
「御歓談中」
「申し訳」
「ありません」
「一々分けて喋るな。別に気にしちゃいねえから本題に入れ」
すると三人は音もなくこちらに滑り寄り、それぞれが懐から封書を差し出した。
中を検めてみると、
「――――遂にか」
俺に報告が届いたってことは大体、出揃ったわけか。
予想通りのも居れば、意外なのも居るな。何にせよこれで準備は整ったわけだ。
うへへへへ! こりゃあ笑いが止まりませんなぁ! 楽してズルして(金と名声)いただきかしら!!
「おい見てみいクロス、カールが悪い顔しとるぞ」
「ああ、めっちゃ悪い顔してるね。正義の人斬り的にアレは良いのかい?」
ダ マ レ。




