第1章:闇と鉄の響き
世界は、暴力的なまでの「音」で満ちていた。
目蓋のない暗闇の中で、少年はそれを聞いていた。
叩きつける雨が、自分を閉じ込めている鉄のゴミ箱を打つ、重く低い振動。
遠くで響く、誰かの無関心な足音。
そして、つい数分前まで自分を腹に宿していたはずの、あの「女」の心音。
女の鼓動は、恐怖と嫌悪で激しく波打っていた。少年がゴミ袋に包まれ、冷たい鉄の底に放り込まれた瞬間、その心音は遠ざかり、やがて夜の雑踏にかき消された。
「……あ、……う」
少年の口から漏れたのは、言葉ではない。手足のない肉塊が、泥水に浸かりながら発した、微かな、しかし鋭い共鳴だった。
彼は「見えない」のではない。音の跳ね返りですべてを把握していた。
雨粒がゴミ箱の壁に当たる角度。自分の横に積まれた、腐った生ゴミの密度。そして、すぐ近くまで迫っている、重い、引きずるような足音。
鉄の蓋が、軋んだ音を立てて開いた。
「……なんだあ? 宝探しにしちゃあ、外れだな」
聞こえてきたのは、酒と煙草で焼け焦げたような、カサカサに枯れた男の声だった。
男の心音は、ゆっくりとしていて、どこか壊れた時計のように不規則だった。片腕と片足を失い、杖をついて歩くホームレスの男。
男の「音」が、ゴミ箱の中に差し込んできた。
「げっ……なんだ、これ。人間か? 腕も足も……それに、その顔」
男の声に、明らかな困惑と、わずかな「吐き気」が混じるのを少年は聞き取った。世界中の誰もが自分に向けた、あの不浄なものを見る音だ。
少年は、喉を震わせた。
泣こうとしたのではない。ただ、目の前にいる「音の主」を、もっと深く探ろうとした。
「……あ、あ、ああ……」
少年の喉から発せられたその音は、雨音に混じり、男の耳に不思議な響きとなって届いた。それは、この世の悲しみをすべて集めて濾過したような、透明で、あまりに純粋な一音だった。
男は、差し出しかけた杖を止めた。
ゴミを漁るはずの手が、震えている。
「……お前、そんな体で、まだ生きたいってのか」
男の心音が、わずかに速くなった。それは嫌悪ではなく、もっと別の、男自身も忘れていた「熱」のような鼓動だった。
男は、たった一本残された腕をゴミ箱の底へ伸ばした。
泥と雨水にまみれた少年の体を、ボロ布ごと、宝物でも扱うかのような手つきで抱き上げる。
「俺も片腕だ。お前は全部ない。……お似合いだな、クソったれ」
男は吐き捨てるように笑った。
少年の耳に、男の服の擦れる音と、温かい吐息が届く。
生まれて初めて触れた、他者の体温。
降り続く雨の中、二人の歪な影が路地裏に溶けていく。
それが、命を削り、音を紡ぐ、地獄のような日々の始まりだった。
悲しい物語です。散歩してる時に思いつきました。
自分で書いて泣いてしまいます。
なので更新が遅くなるかもしれません。
すいません




