Episode5.地下の隠れ家
大きな通りに出てからは、シンシアは目隠しをされ貨物馬車の荷台に潜り込むよう言われた。食料を運ぶ馬車は街では一日5台は見かけるありふれたものだ。
しかしなにも目隠しをしなくても道順を記憶したりしない、と訴えるシンシアに、イグニスは頑として譲らなかった。
「俺たちの隠れ家は敵には絶対に見つかってはいけない場所だ。レジスタンスに入って3年以内のメンバーにも目隠しをして場所を隠している」
「そうそう、新人の頃俺なんか、こっそり目隠し外して外の景色見てたら隊長にしこたま怒られたぜ。次からは手錠も付いたもん」
「やるなと言われたことを何でやるかなお前は……。シア君、これは君を信用してないからじゃないんだ。念には念を入れて隠れ家を守ってるんだよ」
アルフレッドにも優しく諭すように言われて、シンシアは渋々承知した。
それから馬車に潜んで30分ぐらいした頃だろうか。「着いたよ」とアルフレッドの穏やかな声がかかる。シンシアは目隠しが外れないようにしながら食材の山から這い出た。なんだか身体中が青臭くなって少し落ち込んだ。
「あの、まだ目隠ししなきゃいけませんか?」
「もうちょっと我慢してね。……階段、降りなきゃいけないんだけど。手を引けば歩ける? それともおぶろうか?」
「い、いえ。手を引いてもらえれば進めます」
シュナイダーがからかってこないあたり、アルフレッドのこの態度は彼の通常運転なのだろう。
しかし今まで周りの男子に優しくされたことのないシンシアにはいささか刺激的すぎた。変にどきどきして、彼の手を素直に掴むことができない。
結局アルフレッドの人差し指だけ掴ませてもらって、シンシアは階段を降りていった。シュナイダーはそんな様子を見て「兄貴って人たらしだよな」と小さくこぼした。
階段は予想以上に長かった。しかも階段の造りもあまり精巧とは言えず、不自然にできた出っ張りやくぼみに何度も躓きかけた。その度にアルフレッドが「やっぱりおぶろうか?」と心配げに提案してくれるが、シンシアは固辞した。
この目隠しが3年もとれないのであれば、外に出る度誰かに背負ってもらうわけにはいかない。なんとかこの道に慣れなければ。
階段が終われば、ようやく目隠しを外していいというイグニスの許可が出た。シンシアはすぐに目隠しを外し、ぱちぱちと瞬いて目を慣らす。
そこは暗い地下倉庫のようなところだった。辺り一面に木箱があり、頼りない明かりが数個だけ部屋を照らしている。
イグニスは一番奥の木箱の前に立つと、横開きになっているらしい木箱の蓋を開ける。そこから出てきたのは鉄製の檻だった。
「えっと、これは?」
「うん、うちの優秀な科学者の発明品。エレベーターっていうんだ。これに乗って、更に地下まで降りる。……慣れないうちは気持ち悪いかも」
「へ?」
アルフレッドの言葉の意味はすぐに分かった。鉄の檻に4人が入ると、檻の扉、木箱の扉が順に閉まる。ヂン、と鐘のような音を鳴らした後、“エレベーター”は垂直に落ちた。
内蔵が浮くような浮遊感にシンシアは恐怖を覚え、甲高い声を上げる。なんだこれは!
“エレベーター”が動いていた時間は実際にはほんの数秒だったが、シンシアにとっては悪夢の時間だった。
カタカタと震えたまま“エレベーター”から飛び出すシンシアを、不思議そうなシュナイダーの声が追った。
「そんなに怖がんなくても。楽しいじゃんこれ」
「しょっ、正気じゃない!」
「うーん、僕もこの感覚は嫌いだな。こんなに短い距離なら梯子とかでもいいと思うんだけど、うちの科学者が“作りたがり”でね」
これに毎回乗るのかと思うと泣きたくなった。な、慣れるのだろうか、こんなものに……。
「隠れ家はこの道を少し歩いたところにある」
ずっと沈黙を決め込んでいたイグニスがそう教えてくれた。
平坦な道ではあったが、道の上に敷き詰められているものが変だ。これは……鉄? 丸みを帯びた細長い鉄が延々と向かう先に数本伸び、その間に等間隔の木の板が挟まっている。なんだか不思議な光景だ。
数分歩くと、道の先にぼんやりとした光が見えてきた。……あれが、隠れ家。
隠れ家は赤茶けた鉄の塊でできていた。一見狭いが、奥行きがある。両サイドにある薄汚れたソファーに座っていた若い女性が、ぱっと顔を上げ溌剌とした笑顔を見せた。
「お帰りなさい、隊長」
「ああ、ただいま」
「ジョーカーの子、隊長が保護したんですよね? あっ、その子ですか? やだ可愛い! ジョーカーはみんな美形ってほんとなんですね!」
イグニスを押しのけてシンシアに近づいた女性は、無遠慮にシンシアの顔を両手で挟むと、骨董品の壺でも見るかのように上下左右じっくり見始めた。ぐぎっ、と首が嫌な音を立てた。
顔はおしとやかで大人しそうなのに、なんだろうこの距離感ゼロな感じ……。なんだか誰かを思い出すような……。
「おいリコ! そいつはお前の玩具じゃねぇんだぞ。離してやれ」
「はぁぁ? そんなことシュナイダーには言われたくないんだけど。可愛いものを愛でるのは女の子の特権なんですぅ。それを邪魔する男ってなんて野暮なのかしら」
「リコ。新人の子が困ってるよ。離してあげて」
「はぁいお兄ちゃん!」
会話からすぐに合点がいった。この女性は双子の妹なのだ。見た目はアルフレッド似で、性格はシュナイダー似の。名前はリコと言うらしい。
「兄貴にだけ媚びへつらった態度取るんじゃねぇよブス!」「はぁぁ? ブスとは何よブスとは! 言っとくけど私とお兄ちゃんはそっくりの顔してるんだからね、私がブスならお兄ちゃんもブスなのよ?」「兄貴は綺麗な顔立ちしてるだろうが!」「はっ、まじブラコンきもい。あんたホモ? 男でそんなに兄弟にべったりとか、まじきもいよ?」「てっめぇにだけは言われたくねぇんだよビッチ! いっつも隊長と兄貴に下手な媚び売りやがって!」「そりゃあイケメンには優しくしたくなるもんなんですぅ。あ、あんた? あんたは除外。顔はそこそこでも中身ガキじゃねぇ」……云々と、兄を取り合う醜い争いに発展したところで、イグニスに手招きされた。
あの争いには関わりたくなかったシンシアは気配を殺して二人の隣をすり抜けた。
アルフレッドもこっそり抜けようとしたが、すかさず「どこ行くんだよ兄貴!」「どこ行くのよお兄ちゃん!」「兄貴はこんなビッチより俺の方が好きだよな?」「いーえお兄ちゃんは私と結婚するのよ!」とよく似た二人に両脇を取られて阻まれた。
絶望感にあふれたアルフレッドの顔がシンシアに「助けて」と言っていたような気がするが、気付かなかったことにする。兄弟喧嘩は犬も食わない。
「……あの、彼女は」
「ああ、お察しの通りあの双子の妹だ。ここの治療班を率いてくれてる。いつもはもう少し大人しいんだがな……三人が集まるとああなる」
「あ、愛されてますね、シュナイダーさん……」
「あいつ自身弟と妹を溺愛してるからな。下手に甘やかしすぎたのが悪い」
ばっさり斬り捨てたイグニスは、きっとあの二人の喧嘩を何度となく見てきたのだろう。対応も実にそつがなかった。
イグニスはシンシアを連れて奥へ奥へと進んでいく。二枚の厚い鉄製扉を開けて閉めると、もう二人の喧噪は聞こえてこなかった。
先ほどの部屋と全く同じ構造の部屋だ。横に狭く、奥行きがある。両サイドには長いソファーが続いている。
部屋の真ん中のソファーに腰掛けたイグニスは、隣を叩いてシンシアを座るよう促す。半人分空けて、シンシアもソファーに座った。
ふっふっふっ、誰が状況の説明回と言った? 残念行き方の説明回だ!
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もうやだこの鈍行。はやく特急に乗りたい。
そしてヒーロー:シュナイダー、ヒロイン:シュナイダー状態。なんだこれ。
あの3人は集まると変な化学式が発生します。書くのは楽しいが話が進まん。
つぎ、こそ、せつめい……(血反吐)
※以下追記
4話と5話でイグニスをイドリスと書き間違えていた箇所をいくつも発見。訂正しました。
イドリスって……私がハマっているスマホゲームのキャラの一人じゃないか……(遠い目)
一応置換機能でやったんで大丈夫だとは思いますが、イドリスさんがまだいたらこっそり教えてください……。




