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ミニチュアガーデン  作者: ルイ(ヤンデレ好き)
第二章 血の覚醒
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Episode13.狡猾な手口

 前を行く伯爵と呼ばれた吸血鬼はひどく上機嫌だ。イグニスはぎらぎらとした目でその背中を睨みつける。


「お前、この間うちの人間を10人も食った吸血鬼だろ。まだ食い足りないのか」

「んー、美味しいものはいくら食べても飽きないよ。それに僕はジョーカーの血も飲んでみたかったんだ。どんな味がするのかなぁ、楽しみ!」

「……さっきのは、俺を捕まえるための仕込みか。同族を囮に使うなんてどういう神経してるんだ」

「囮だなんて人聞きが悪い。僕は餓えてた地方の弱小吸血鬼に、中央の方がいっぱい餌があるよーって言っただけだよ。同族からは・・・・・守ってあげるって保証してあげたし、きっと感謝されてるんじゃないかな」


 今頃ナイフの猛毒で動けなくなっているところを、レジスタンスに見つかって生け捕りにされてもか。

 伯爵は何の悪びれもなく笑う。


「彼、地方で安穏と餌をとってたんだけど、流れてきた強い同族に全部横取りされちゃったんだって。可哀想だから餌場の紹介ぐらいしてもいいと思わない?」

「俺たちレジスタンスが張ってるのも知ってただろ」

「もちろん。いやー、よくやってくれたよ。この地区の吸血鬼は君のこと知ってるから不用意にナイフ受けてくれないじゃん? どうしても世間知らずの雑魚をもってくる必要があったんだよね」


 吸血鬼の世界も所詮は弱肉強食の世界なのだろう。強いものが弱いものから搾取し、狡賢いものが愚者を利用する。

 そのことについてどうこう言うつもりはないが、何の罪悪感もなく同族を捨て駒にしてみせるコイツの卑しい根性には顔を顰めたくなった。


 イグニスは何とかこの状況から脱することができないか、思考を巡らせた。

 情報の通りクリーチャーは5体いる。自分を運んでいるのが1体、最後尾に2体、吸血鬼のすぐ後ろに2体……丁度イグニスを四角で囲む形に配置されている。

 麻縄と鉄鎖であれば、イグニスの特殊能力で何とかできないこともない。ついでに自分を抱えている1体ぐらいは始末できるだろう。

 だが今は仕込んできた武器を根こそぎ取られている状態だ。残りの4体と吸血鬼1匹をそんな状態で応戦するのははっきり言って無謀だ。


 ……機会を待とう。

 この吸血鬼が自分の血を吸うつもりならば、必ずその機会は訪れる。

 自分の血も、また――。



*  *  *



『こちら、ネスト。緊急事態だ。イグニスの姿が見えない。通信機器と隠し武器の残骸から見るに、敵に拉致されたらしい』


 イグニスの通信が一方的に切れて、およそ15分。現場に着いたというネストの報告に、シンシアは戸惑った声を上げた。


「こちら、シンシア。状況が飲み込めません。詳しく説明してください」

『了解。対象者2の自宅の周辺で怯えている対象者2を保護。外傷はなし。自宅に男が押し入ってきて首を掴まれたところで黒髪の男、おそらくイグニスが乱入してきたと話している。自宅に入ってみると、対象者2を襲った吸血鬼が毒を食らって倒れているのを発見。捕獲した。だがイグニスはその場におらず、彼の武器がすべて壊されて床に散乱している。おそらく、別の吸血鬼がイグニスの不意を突いて襲い、彼を拉致したと思われる』

「わ、かりました。ありがとうございます」


 ネストの説明は確かに分かりやすかったが、感情という感情がすべて排除されたようで正直気味が悪かった。

 シンシアは通信を切ると、目の前にある鉄扉を強く叩く。数回叩いてようやく振動が伝わったのか、外からアルフレッドの声がした。「シンシアです、開けてください」と一言言うと、重い錠が外れる音がして扉が開いた。

 わずかな隙間からするりと身体を滑り込ませ、外に出ると、再び鉄の扉を閉める。中に監禁する対象者は全員寝静まっているが、万が一逃げ出されると不都合だからだ。

 外で護衛をしていたアルフレッドとシュナイダーも、シンシア同様厳しい顔をしていた。


「別の吸血鬼がいたってどういうことだよ。偶然通りかかったのか?」

「いや……おそらく最初から待ち伏せしてたんだろう。油断した隙を突くこのやり方、もしかしたらこの間の奴かもしれない。今度はジョーカーを標的にしたんだ」


 口元に手を当て冷静な意見を出すアルフレッドも、こめかみには冷や汗が伝っており彼なりに焦りを感じているのだと分かる。


「あの、イグニスさんってどれぐらい強いんですか? 吸血鬼と一対一で戦っても勝てますか?」

「それは……隊長は確かに強いけど、吸血鬼にはクリーチャーがいるから正面から戦うと苦戦する場合が多い。それに今の隊長は丸腰だ。どんな怪我を負ってるのかも分からない。この状態で一人で抜け出すのは無理だと思う」

「えっ……じゃあすぐに助けに行かないとダメじゃないですか!」


 倒れてた吸血鬼はイグニス一人が倒したのだから、吸血鬼とサシで戦っても勝てるのではないかというシンシアの淡い期待はアルフレッドによってあっさり打ち破られた。

 シンシアの言葉に二人ともすぐに同意してくれるのだと思ったが、予想外にも苦々しい顔で首を振られてしまう。


「多分、それは許可が下りない」

「きょ、許可って……隊長イグニスさんが攫われたんですよ?!」

「今回のような合同ミッションの場合、一方隊長が指揮できない時はもう一方の隊長に全指揮権が預けられる。ネスト隊長だ。あの人のことだからきっと……」


『こちら、ネスト。周辺を捜索したがすでに吸血鬼とイグニスの姿は見つからなかった。おそらく既に吸血鬼の屋敷に連れて行かれ、救出は絶望的と思われる。ともあれ、吸血鬼の捕獲には成功した。ミッションは完了だ。全員引き上げろ』


「は……はぁ?!」


 シンシアは自分の耳を疑った。全員、引き上げ? それはイグニスを見捨てろということか。

 通信機器のマイク部分のスイッチをオンにして、シンシアは感情のままに怒鳴る。


「ちょっと待ってください! どういうことですか、イグニスさんは拉致されたままなんですよ?! 今すぐ救出しに行くべきです!」

『はぁ……青臭い新人のために一度だけ説明してやる。屋敷には何人もの人間の使用人がいる上、周りは貴族バンパイアの屋敷だらけだ。我々が攻め込んだとしても勝ち目はない。隊長クラスのジョーカーが欠けるのは確かに惜しいが、救出先で我々全員が捕まるよりかはマシだ。……イグニスも兵士だ。敵の捕虜になった時の最後の手段ぐらい、奴も知っている』

「最後の手段って……まさか……」

『自害だ。“洗脳”されてこちらの敵にでも回れば、厄介だからな』


「ちっ……このマニュアル人間が」


 シュナイダーが、マイクのスイッチを切っていることを良いことに小さく悪態をつく。

 彼女は意識のどこか遠くでその言葉を反芻していた。――マニュアル? これが、組織のマニュアルだというのだろうか。このネストという隊長は組織に従っているだけだというのか。

 ふざけるな。沸々と湧き上がってくる怒りは、シンシアの小さな体では抑えられそうもない。


「それが、組織のやり方ですか」

『なに?』

「一般人を生餌・・に使いましたよね。一度嚙まれれば助からない、それを知りながらあなたは噛んでから突入しろとイグニスさんに命令した」

『おい、何の話を……』

「イグニスさんはあなたを無視して対象者の命を優先させました。それが原因で拉致される結果になったかもしれない。自業自得ですか。どうでもいいんですか。捕まったら仕方ない敵に回る前に自害するだろう、それだけですか」

『ちっ、新人、お前の言ってることは……』

「あんたたち何のために組織に入ったんですか! 何を成し遂げたいんですか! 吸血鬼の餌食になってる人たちを助けたいんじゃないですか?! 何も知らない一般人を生餌に使って、仲間をかんったんに見殺しにして……人の命を軽んじるのもいい加減にしろよお前ら!!」

『新人! 青臭いんだよお前!』

「うるさい!! もげろ腐れ眼鏡!!」


 これ以上ネストの不快な言葉を聞きたくなくて、シンシアはヒートアップした怒りのままに通信機を耳から外してポケットに突っ込んだ。

 ふーふーと獣のように肩で息をするシンシアを、アルフレッドは半笑いの表情で背中をなでる。どんな言葉をかければいいかわからずしばし逡巡した後、彼にしては頭の足りない言葉で宥めた。


「もげろはちょっと、はしたないんじゃないかな」

「す、みません。ちょっと、自分でも、よく分かんなくなるぐらい、ふー、ムカついて……」

「いやもっと言ってやれシア! 腐れ眼鏡でも禿げ眼鏡でもぽんこつ眼鏡でもいいや。あいつのマニュアル一辺倒って感じには俺もムカついてたんだよ! けっ、ざまみろ。今通信機の向こう側でギャアギャア喚いてるぞ」


 シュナイダーがこんこんと耳の通信機を指させば、確かにいつもより雑音がひどい気がする。

 雑音にしか聞こえなくてよかった、とシンシアはほっとした。ネストは口達者だし、陰険そうだ。きっと今頃聞くに堪えない嫌味の連発をしているのだろう。


 息がようやく落ち着いたころを見計らって、シンシアは双子に向かってあくどい笑みを浮かべた。

 初めて見る彼女の悪人顔に二人はどきりとする。もちろん好意的な意味でのどきりではない。


「あの人、ミッション完了って言いましたよね」

「あ、ああそうだね」

「合同ミッションは終わり。あの人はもう私たちの指揮官じゃないし、当然私たちを止める権限もない……。隊長がいない場合って誰が私たちの指揮官になるんですか?」

「えーっと、それは一応、僕、かな?」

「じゃあ、アルフレッドさん」


 ――命令してください。


 満面の笑みを伴ったシンシアの命令おねがいに、アルフレッドはぶるりと震えた。


 ようやくシンシアが主人公っぽいことを言ってみた。青臭くたくましく。

 なんだろう、この状況だとイグニスがヒロインっぽいんだけど。攫われちゃったイグニスちゃんを助けるため、シンシア君は上司(腐れ眼鏡)の命令に逆らってお供(双子)とともに屋敷へ……。

 次は囚われのヒロイン視点かな。


 ネストさん、今後出す予定特にないけど、とりあえず生真面目でマニュアル人間で眼鏡ってだけ紹介しときます。新人・若者からはやたら嫌われますが、同期(隊長クラス)には一応の理解は示されてます。

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