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ミニチュアガーデン  作者: ルイ(ヤンデレ好き)
第二章 血の覚醒
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Episode11.外法の作戦


 その日、帰ってきたイグニスはとても暗い顔をしていた。

 イグニスの服は血でべったりと汚れ、彼と一緒に地上に出ていた戦闘員は皆一様に様子がおかしかった。


「ど、どうしたんですか! け、怪我してるんですか?!」

「……いや、これは俺たちの血じゃない。遺体を運んだんだ」

「い、遺体……」


 吃驚して駆け寄るシンシアにイグニスは淡々と答える。彼の声には動揺は見られない。こんな状況に慣れているようだった。

 震えて泣き出す後ろの男達に、隠れ家で帰りを待っていた女達が次々と駆け寄り介抱する。怪我をした人間はいないし、いなくなった人間もいない。


「あの、亡くなった方って……」

「中央C地区の奴らが10人、な。敵のクリーチャーに殺されていた。……直に双子たちも帰ってくる。任務は失敗だ。作戦を練り直す。シンシア、お前も参加しろ」

「はっ、はい」


 10人。あまりの数の死者にシンシアは血の気が引いた。この作戦の人数は昼夜合わせて126人だったはずだ。たった一夜で12分の1もの人間が殺されてしまった。

 イグニスと一緒に帰ってきた戦闘員の何人かは怯えきっていて「作戦を外れたい」と懇願した。また何名かは闘志を漲らせて「殺してやる」と呪詛を口にする。誰かが「耳から離れない」と呟くと、その隣の誰かが頷き両耳をガリガリと掻き毟る。……とても朝、「今日も何もないだろう」とぼやいてた男たちとは思えなかった。


 やがて帰ってきたアルフレッドとシュナイダー、それに従う戦闘員たちも、暗い顔をしていた。

 イグニス以上に血で汚れている人もいて、彼らは急いで服を脱ぎ捨てる。それを咎めるものはいなかった。


 イグニスと双子、シンシアの4人は別室に移り、作戦会議を始めた。


「あの、やっぱり吸血鬼の生け捕りは難しいんじゃないですか?」


 最初に口火を切ったのはシンシアだった。今回の作戦はシンシアのために行われた。その作戦が失敗し、死者が出た以上大人しくしているわけにはいかない。

 ――吸血鬼を生け捕りにして、安全な場所でシンシアを覚醒させる。それがこの作戦の要だったのだが、吸血鬼は殺す気で対峙してようやく自分が生き残れる存在だ。この作戦が難しいということは、イグニスたちだって最初から知っていた。


「私、外に出て戦います。一般の戦闘員に混じれば今回のように襲われる可能性もあるんですよね? その時に噛まれれば……」

「今回仲間を殺したのはクリーチャーだ。クリーチャーに襲われれば、お前はなすすべもなく死ぬぞ」


 シンシアの提案をイグニスはばっさりと斬り捨てる。シンシアは言葉に詰まるも、それでもここでじっと待っているというのには納得できなかった。

 完全に自分のための作戦なのに、本人は安全な場所に閉じこもり、その他の人間が死んでいく。そんなことがあっていいはずがない。


「それに今回の作戦は生け捕りが困難だから失敗したわけじゃない。その前段階の問題だ。相当厄介な吸血鬼がいるぞ」

「そうですね。10日目で集中力が切れているときにこの襲撃……相手もこちらを狙っていたとしか思えません。むしろレジスタンスの襲撃が主目的だったのでは」

「……レジスタンス狩りか」

「なんですか、それ」


 シンシアが疑問を投げかけると、アルフレッドが丁寧に教えてくれる。


「一般人じゃなく、レジスタンスのメンバーの血を狙う吸血鬼が時々いるんだ。そういう吸血鬼は大抵戦闘能力が他より高く、クリーチャーも4,5体持ってる。一通りその地区のレジスタンスを食い荒らした後は他の地区に住居を移して、またレジスタンスを狙い始める……。この地区にも来てるのかもしれない」

「何でレジスタンスを……普通の一般人の方が、なんというか、襲いやすいんじゃ……」

「レジスタンスのメンバーは若い人たちが多いから、……血が美味しいんだ。それにそういう奴は自分の強さを自慢に思ってるから、あえて難しい獲物を狙う」


「今回は随分慎重だったみたいだけどな」


 イグニスは苦々しげにこぼした。レジスタンスを狩るってだけでも厄介なのに、今回は吸血鬼特有の傲慢さがない。普通ならレジスタンスを自分より下と見て、弱るまで待つなんて面倒なことせずに直接狙う。

 それが今回は10日間かけて弱らせた。その上狩りを実行するのは本人ではなくクリーチャーときたんだから、吸血鬼のお高いプライドなんてものはない。あるのは異常なまでの慎重さと狡猾さだけだ。


「……厄介だな。今後同じ作戦を続けても犠牲者を出すだけだ。いっそジョーカーだけで見張るか?」

「監視する対象者は14人いるんですよ。中央C地区と合わせてもこっちは6人しかいません。どうやっても無理です」

「だよな……」

「なら相手の本丸を攻めようぜ。貴族の屋敷の場所は分かってるんだし」


 シュナイダーの強気な提案にアルフレッドとイグニスは共に首を振る。


「ここの地区は吸血鬼が少なくとも10人はいる。奴らは普段孤立主義を貫いてるけど、さすがに屋敷に直接攻め込むなんて派手な真似したら他が救援に来るよ。レジスタンスの人間なんて知ったら御馳走だと思ってもっとたくさん来るかも。僕らはあくまで陰に隠れながら奇襲しないといけないんだ」

「それに貴族の屋敷には人間も大勢雇われてる。クリーチャーとの見分けもつかない。まさか全員殺して回るわけにもいかないだろ」

「そうだけどよぉ……」


 口惜しげにシュナイダーは黙り込む。血気盛んな彼のことだ、正面突破できるならそうしたかったのだろう。

 しばらくの間沈黙が落ちた。作戦実行には参加するなと厳命されているシンシアも必死に考える。

 ジョーカーの数が足りない。対象者の数の方が上回っていて監視がどうやっても行き届かない。一般戦闘員に戦わせるのは危険すぎる。陰に隠れて行動する。対象者の数が多い……。


「……あ……」

「なんだ?」


 浮かんできた一つの案に、思わず声を上げる。そうしてから即座に「それは外道すぎる」と考えを打ち消そうとしたが、既に遅かった。

 イグニスが期待を込めた目でこちらを見ている。


「あ、いや、何でもないです」

「何か思いついたんだろ。言ってみろ」

「いやでも、私みたいなひよっこが考えた作戦なんて、うまくいくはずがないですし……」

「それはこっちが考える。とにかく言え」


 イグニスに強く言われて引っ込むに引っ込めなくなったシンシアは、小さくなりながら「ものすごく外法な作戦とは思うんですが」と前置きをした。


「対象者の数が多くて監視しきれないなら、数を減らせばいいかなと思いまして……」

「なに?」

「あの、対象者を10人誘拐して、どこか堅牢な場所に数日間監禁すればいいのかなと。10人はまとめてジョーカーが2人で守って、他の4人に1人ずつ、つけば……だっ、ダメですよねさすがに!」


 誘拐監禁なんてまんま犯罪だ。誘拐した相手にどんなトラウマを植え付けるかしれない。

 そんな人を傷つける案をなぜぽっと思いついてしまったのだろうか。自分の性格の悪さにシンシアは暗い気持ちになった。


「…………」

「…………」

「…………」


 ち、沈黙が痛い。先ほどまでの沈黙とは違う、きっとこんな案を出した自分を軽蔑しているのだ。

 シンシアは作戦を話す前よりも更に小さく縮こまった。いつもは明るいシュナイダーまで真剣な顔をしてこちらを見てくるのがいっそう辛かった。


「……アルフレッド。お前は監禁場所を探せ。入り口は一つで、窓も小さいところがいい」

「はい」

「シュナイダーは俺と一緒に中央C地区のジョーカーと打ち合わせだ。誘拐の段取りを決める」

「うっす!」

「シンシア。お前にも手伝ってもらうぞ」

「は、はい?!」


 ど、どういうことだろう。もしかして、今の案を採用されたのだろうか。どう考えてもやってはいけない作戦なのに。

 自分の考えながらあまりに非人道的な案に、半泣きになっているシンシア。イグニスは彼女を慰めるでもなく、真剣な口調で言った。


「お前の作戦は人の心を傷つける。何も知らない人たちに誘拐と監禁の恐怖を植え込むんだ。そのことは分かっているな?」

「は、はい……」

「だからお前は監禁部屋の中にいろ。なんとか彼らの恐怖を軽減し、心に傷を残さないように真摯に話すんだ。必要とあらば吸血鬼のこともレジスタンスのことも説明してもいい。信じてもらえないとは思うがな。とにかく、あらゆる手を尽くしてお前は彼らの心を守れ。……あと、この作戦が外法だろうと、俺たち三人も賛成したんだ。自分一人を責めるな」

「……はい!」


 厳しいながらも真摯な言葉に、シンシアは先ほどとは全く別の理由で目を潤ませた。

 明朝7時、ジョーカー6人とシンシアは外法の作戦に取りかかった。


 作戦会議だけで1話かよと思わなくもない。

 あとシンシアとイグニスが書きづらくて仕方ない……。こういう誠実さ以外特徴ないキャラってどうにも書いててぶれるんですよね。主人公なのに。

 比べてシュナイダーの書きやすさよ。もうこいつが主人公でよくね?と思ってしまう。

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