83.意外な感謝と情報
朝も遅くの王都。
斜め上からの日差しが街並みを温める。
俺はリリシアを連れてダンジョンで亡くなった冒険者たちの遺品を届けて回った。
俺の言うことは決まっていた。
『東のダンジョンを攻略した時、遺品を拾ったから届けに来た』
俺が東ダンジョンを攻略したと知っている人はいたし、知らない人もいた。
でも遺品を受け渡した人すべてが、涙ながらに喜んでくれた。
「ありがとう、アレクさま」「もう会えないかと思ったわ」「頑張って生きた証拠を持ち帰ってくれて……ありがとうな、勇者様!」
老若男女、みんな目を潤ませて受け取った。喜んでくれた。
俺は単純に嬉しく思いながらも、心の中では混乱していた。
――死んだことを伝えるなんて、悲しいだけだと思っていた。
伝える側としても面倒なだけだと思っていた。
でも、泣いて喜ぶ人がいたのか。
……他人任せにしないほうがよかったか。
どうも、『東ダンジョン攻略した元勇者のアレク』が届けることに意味があるみたいだ。
なんとなくそう感じた。
役所の人間が事務的に渡しただけじゃダメだったのかもしれない。
……悪いことしたな、今まで。
そういったことをリリシアに言うと、彼女は太陽のような笑みを輝かせた。
「それに気が付いただけでも、ご主人様は立派な勇者様ですっ」
「どうだかな。かいかぶりすぎだ」
「いえ、違いますっ」
リリシアが嬉しそうに俺の腕に飛びついてきて、大きな胸を当てつつ腕を組んで歩きだす。
その優しい柔らかさが、俺の心を支えていてくれるようで頼もしかった。
その後も50人近い人々に、遺品を配って歩いた。
服屋ではお礼がしたいと言って引き留められた。
「持ってきただけなんだ。気にしないでくれ」
「いやいや! この刺繍入りの服は特殊な仕立てなんだよ。その方法教わる前に親父が亡くなっちまって……これで勉強できる! ほんとうにありがとうよ!」
服屋の男は目を真っ赤にはらして何度も俺に礼を言った。手を両手で握りしめて。
そして放してくれなかった。
結局はリリシアが若い奥さんと一緒に服を選んだ。
その間、親父からいろいろ聞かされた。
王都の商店の旦那たちの間でダンジョン潜りが趣味として流行って、その後1パーティーまとめて帰ってこなかったらしい。
……不動産屋の旦那アンガスもいたそうだ。
帰ってこなかったのはショックだが「あーあ、やっぱりな」という反応がほとんどだったそうだ。
素人の火遊びほど危険なものはないからな。
話が終わるころ、リリシアが服の入った袋を持って戻って来た。
「では、こちらをいただいてもよろしいのでしょうか?」
「そんな少なくていいのかい? もっと旦那さんを喜ばせる……」
「あんた、大丈夫よ」
なぜか奥さんが、親指をぐっと立てると白い歯を見せて笑った。
親父も指を立て返して、グッジョブ! 返事していた。
よくわからないけど、なんだかんだで仲がよさそうな夫婦だと思った。
昼時の食堂にも届けた。
店の中では邪魔になるので、裏口で店で働く娘と話した。短髪の威勢の良い娘。
「あぁ……やっぱり、おじさんダメだったんだね……グレートボアの肉をよく届けてくれる、優しいおじさんでした」
悲し気に微笑む娘は、いつもの威勢の良さがなくなって、か弱そうに感じた。
「助けてやれなくて済まなかったな」
「いえ! おじさんがいなくなったのはだいぶ前ですし、こうして生死がわかっただけでも、心の整理がつきますから! 本当にありがとうございます!」
娘は短髪を揺らして何度も頭を下げた。
すると店の方から注文を叫ぶ客の大声がした。
娘が、はっと顔を上げる。
「えっと、ぷちエリというポーション屋をしてるアレクさま、ですよね?」
「ん? そうだが?」
「話したいことがあるので、夕方ごろお店に行きますね」
「ん? ああ? よくわからないがわかった」
「では、ありがとうございました!」
娘は何度もお辞儀しながら、店へと戻っていった。
大声で叫ぶ客に対して「常連ならちょっとぐらい、我慢しなさい!」と怒鳴りながら。
なかなかの豹変ぶりだった。
俺はリリシアを見た。
「じゃあ、次の人に行くか」
「はい、ご主人様っ」
可愛い声に促されつつ、俺はリリシアと手を繋いで遺品配りを再開した。
◇ ◇ ◇
夕暮れ時の王都。
遺品を配り終えた俺は店番をしていた。
今日はもう特にすることがなかったので。
テティはリリシアと、ぺガサス仔馬のシエルと一緒に薬草探しに森へ行っていた。
ソフィシアは休憩中。
俺は、ぼーっとカウンターに座っていた。
遺品を届けるためにたくさんの人と会って気疲れしていた。
でも、なんだか心地よい疲労だった。
文句の一つでも言われるかと思ってたのに、みんな想像以上に感謝してくれた。
――やってよかったな。
暇を持て余しながらも妙に心が高揚していた。
これでも一回だけ接客はした。
本当に12本単位でぷちエリを買っていく奴がいた。
――もっと転売に対処した方がいいんだろうなぁ。
でも、予算がなくて動けないな。先に若返りたい。
まあ、あと500万だし、若返った後でいいか。
そんなことを考えていると、店に人が入ってきた。
昼間会った、食堂の娘だった。
短い髪を揺らして快活に入って来る。
俺を見つけると笑顔になった。
「アレクさん、こんにちは! 昼間はありがとうございました!」
「いや、いい。ついでだったからな。喜んでもらえてよかったよ」
「はい! 前に進ませてもらって、ありがとうございます!」
娘は勢い良く頭を下げた。
俺は意味が分からず、尋ねる。
「前に……? どういうことだ?」
「それは、生きてるか死んでるかわからないと、いつまでたっても過去にすがっちゃうじゃないですか。きっと死んでるんだろうなぁとは思ってたけど、ふんぎりがつかないっていうか。遺品を持って帰ってくれたことで、私たち家族は前に進めます! アレクさん、ありがとうございます!」
もう一度、娘は勢い良く頭を下げた。明るい短髪が、ふぁさっと揺れた。
――そんな大したことしてないのにな。ついでぐらいなのに。
でも、遺族にとっては、それぐらい重要なことだったんだ。
俺は勇者として何をしてきたんだろうか……。
なんだかむず痒い感じになりつつ、俺は言った。
「いや、そこまで気にしなくていいから。気持ちは分かった、ありがとう。……で、何か言いたいことがあったんじゃないのか?」
「あっ、そうでした!」
娘は、ガバッと顔を上げた。
そしてカウンターに座る俺に近寄ると、密談をするような怪しい小声で語り出す。
「うちに来た客が話してたんですよ。ここのぷちエリのこと」
「ほう?」
「ひそひそ話してるのが聞こえたんですけど、この店で売ってるぷちエリを水で薄めて売り捌こうなんて話をしてたんですよ!」
「えっ、マジか!?」
「マジですっ。アレクさん、製法登録とか、偽者と本物を区別する方法なんてやっておられますか? このままだと大ごとになるかも……」
娘は心配そうに眉を寄せた。
俺は答えられない。
「すまん。何もしてない……転売ぐらいなら目をつむろうかと思っていたが……水で薄めるのはダメだな。危険すぎる」
「はい! そんなのもう、偽造品ですよ! 生きるか死ぬかの冒険者が、ぷちエリの模造品をつかまされたら本当に死んじゃいますよ!」
娘は真剣な表情で、声を張った。
――冒険者のおじさんを失ったためか、どこまでも真摯な心が伝わってきた。
俺はうなずくしかない。
「わかった。教えてくれてありがとう。明日にでも対処する」
「わぁ、よかったです……では、帰りますね。ありがとうございました!」
娘はペコっと頭を下げると店を出て行った。
俺はカウンターに頬杖を突きつつ考える。
――今のは相当重要な情報だ。
下手すると俺の信用までガタ落ちする。
ぷちエリを使うのは人やパーティーが危機的状況のはず。
それでもし偽物だったら、間違いなく死人が出る。
周りから白い目で見られるだろうし「このぷちエリは本物だ」と訴えても、まったく売れなくなる可能性もある。
……どうする?
ただ製法特許とやらを取ろうにも、ダンジョンマスターであることをばらす必要が出てくるはずだ。
ダンジョンの能力を使って作っているのだから。
それは無理だ。
コウが討伐対象になりかねない。
「あ~! ひょっとして『自分の意思で生きる』って、めっちゃ面倒くさいんじゃないか!?」
俺は頭を抱えて唸った。
言われるままに動いていればよかった勇者時代。
何も考えずにすんだから楽だった。面倒なことはみんな回りがやってくれた。
今は違う。
欲しいものを手に入れていこうとすると、次々と『大変』が襲い掛かる。
諦めればいいだけの話だ。儲けもコウも、リリシアとの末永く続く暮らしも……。
――でも、諦めたくない。リリシアとずっと一緒にいたい。
でもでもどうすれば。
――と。
俺が悶えていると、店に人が入ってきた。
見ると、ぼさぼさ髪の長身痩躯な男、エドガーだった。
彼の姿を見て驚くしかなかった。調査早すぎだろ、と。
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次話は明日更新
→84.エドガーの報告と命名




