115.より快適な暮らしを求めて(第四章プロローグ)
第四章開始です。
勇者をクビになった俺は、生活ができなくて途方にくれたが、可愛い奥さんであるリリシアの手助けもあって快適な住処、稼げる手段を手に入れた。
さらにリリシアとずっと一緒にいるために必要な、若返りにも成功した。
――若返りの大変さに比べたら、残りの問題は片手間に片付く程度だろう。
リリシアの奴隷解放も簡単に違いない。
もう後はリリシアと一緒に、のんびり屋敷で暮らすだけだ。
おとぎ話によくある「二人は末永く暮らしました、めでたしめでたし」になるはずだ。
森の朝。
屋敷に爽やかな朝日が降り注ぐ。
俺は朝食を食べるため、リリシアを連れてキッチンに面した食堂へ向かった。
朝日が照らす廊下を歩くだけなのに、とても気持ちがいい。
というか久しぶりに体力が全快した気分だった。
おっさんになると、一晩ぐっすり寝てもなぜか疲れが取れない。若いころに比べて体力の最大値が80%ぐらいになっている感じ。どんなに寝てもあの100%回復したすがすがしさは味わえない。
俺は、にやける笑みで思わずつぶやく。
「――ああ、若返りって最高だな」
「はい……若いご主人様もすてきですっ」
リリシアが胸を弾ませて腕に抱きついてくる。
俺は少し驚きつつリリシアを見る。
「どうした? 朝から大胆だな?」
「幸せ、ですから」
リリシアはうっとりと、指にはまった指輪を眺める。
なんだか照れてしまい、ごまかすように言った。
「悪かったな。勝手に選んで。今度一緒に選ぼう」
「ご主人様が私のために選んでくれたことが、嬉しいんです」
整った顔をにやけさせつつ、抱きつく腕に力を込めた。ますます腕が谷間に埋もれる。
「そうか、喜んでもらえてよかったよ」
「はいっ」
俺は満たされた気分でゆるゆると廊下を歩いた。
そして食堂に入った。
焼いたパンやソーセージのいい匂いがする。
見ればすでにテーブルの上には、パンと炒り卵、焼いたソーセージに野菜スープが載っていた。三角に切ったチーズも皿の端に乗っている。
簡単ながらもおいしそうな朝食。
キッチンのテーブルにはすでに僧侶のソフィシアとエルフ少女のテティが座っていた。
入ってきた俺を見るなり、目をまん丸にして固まった。
子供用イスに座った聖白竜のラーナもじっと見つめてくる。
俺は不思議に思いつつ挨拶した。
「おはよう」
「お、おはようございます? アレクさま?」「おはようございます……?」「きゃい!?」
俺はテーブルの向かい側に座りながら苦笑する。
「なんでみんな疑問系なんだ。アレクだぞ」
「ほんとに若返ってるっ!」「若いアレクさんも聖なる力にあふれてて素敵です……」「きゃぁい!」
ソフィシアが悔しそうに唇を噛んで、俺とリリシアを見た。
「出会ったのは私のほうが先だったのに……」
「きっとソフィシアさんの守るべき勇者は別にいますわ」
「イケメンだといいけど……」
はぁっと美しい顔をゆがめてため息をはいた。
俺は気にせず朝食を食べ始める。
パンをちぎり、ソーセージをほおばった。
「ん! なんか味も鮮明だな! 昨日よりうまい!」
「それはよかったですわ」
リリシアが笑顔で喜んでくれる。
しかしテティはジトっとした目で見てきた。
「それは若返ったのが嬉しくて、なんでもよく感じてるだけじゃないの?」
「ああ、そうかもしれないな。一番苦労すると思っていた目的がかなったわけだし。家、収入、可愛い嫁。あとはリリシアを無条件奴隷から解放すれば、すべての問題は片付く!」
俺はすがすがしい気分で笑った。
ところが、ラーナが指で小さな輪を作って訴えてくる。眉間に可愛いしわが寄っていた。
「れくっ、たま! きゅいっ!」
「ああ、ドラゴンの宝珠か。リリシアを奴隷解放してから、新婚旅行がてらに探そうと思っていたんだが……」
テティが首を振った。金髪が揺れる。
「ん~、二人で旅行するのはいいんだけどさぁ。屋敷を留守にするなら、店の従業員とダンジョンの戦力を増強しといたほうがいいんじゃないの?」
「それもそうだな。安心して家を空けられるようにした方がいいか。戦力と従業員……それこそラーナを成長させた方がいいかもしれないな?」
「きゃぁい!」
見た目が七歳ぐらいのラーナが笑顔で両手を上げた。椅子の上で跳ねたため、白髪がふわりと広がる。とても喜んでいた。
宝珠を一つ与えると2歳ほど成長したので、全部は無理でも2~3個ぐらい与えれば10歳は超えそうだった。
俺は横にいるリリシアに尋ねた。
「残り5つの宝珠はどこにあるかわかったか?」
「はい、全部ではありませんが。世界地図で調べたところ、鉱山に1つ、海に2つ、大陸の北の方に1つありました」
「鉱山は土の宝玉か。海に2つってわからないな。片方は水の宝玉だろうけど。――近いのはどこだ?」
「鉱山は南西にあるフォルティス王国のドワーフ公爵領です」
「なんだ同じ国なのか。近いな……よし! 旅行の下見がてら、今から行くか! 移動はコウの通路を使うことになってしまうが」
「はいっ、楽しみですわ」
リリシアが銀髪を揺らして嬉しそうに微笑んだ。
けれどテティが形の良い眉を寄せた。
「待って。コウちゃんが不穏なこと言ってたよ?」
「不穏? なんだ?」
「昨日ちらっと聞いただけだから。詳しくはコウちゃんに聞いて?」
俺は片手でカップスープを飲みつつ、子機を取り出した。
子機を耳に当ててコウと話す。
「コウ、昨日、なにかあったのか?」
『おはよーです、ますたー。大きなことは特には? ただ、屋敷の近くまで人間さんが来てたです』
「え? 冒険者か?」
『それっぽい感じです。が、なんだか聖域を探っているようでしたです?』
「むぅ……。部外者か……」
聖域認定されて、それでもなお探ってくる奴らがいるとは。
金目の物を探しに来たのかもしれない。
――まったくそういう点を想定してなかったな。
「う~ん、誰かに屋敷周辺や聖域を警備してもらうしかないか。――フェンリルに頼んで狼を雇ってもらうって出来るだろうか?」
『それは良い考えだと思うです、ますたー!』
「そうか、そうしよう」
コウの賛同もあって、狼たちに屋敷と聖域を守らせることにした。
子機から顔を離してテティに尋ねる。
「なあ、テティ」
「なあに?」
「フェンリルに狼を使って聖域を警備してもらえるよう頼めるか?」
フェンリルの主人はテティなので、彼女に頼めば大丈夫だろうと思った。
ところがテティは嫌そうに鼻の頭にしわを寄せた。
「え~、あいつのことなんて知らな~い。アレクさまが自分で頼んじゃって~」
「え? お前の従者になったんだろ?」
「あいつ嫌い。口も聞きたくない」
つんっと顎を上げて、テティはチーズや卵の具を挟んだパンをほおばった。
とりつく島もない様子。
――なにかあったのか。
俺は子機に耳を当ててコウに訪ねる。
「フェンリルはどこにいる?」
『庭の岩屋にいるです?』
「わかった」
俺は通話を切った。
ふと思う。
――住む場所、愛する相手、収入、若返りなどの大きな目標は達成したけれど。
聖域の警備、竜の宝珠、リリシア奴隷解放など、生きていくために対処しなくてはいけない問題はまだまだ山積みになっている気がした。
「ああ~、ぷちエリの全国販売も委託先を探さないとダメか……生きるって面倒だなぁ」
「一つ一つこなしていきましょう、ご主人様」
リリシアが優しい笑みを浮かべて俺を見る。
この笑顔を見るだけで頑張れる気がした。
「そうだな。頑張ろう。――じゃあ、まずはフェンリルのところへ行ってくる」
急いで朝食を食べると、俺は立ち上がった。
「ま、待ってくだひゃい、ごひゅじんしゃま」
リリシアが急いで食べ始める。
俺は苦笑しつつ、可愛い彼女を待ってから、食堂を出た。
遅くなってすみません。
次話は明日更新。
→116.いじける氷魔銀狼




