43 妖精の正体
リュウ達が進む洞窟は突然にその広さを増し、地面や石柱から出る色とりどりの水晶の塊が光を乱反射させる、幻想的な空間へと変わっていた。
「「「わ~、綺麗~!」」」
「はあ……吸い込まれそうです……」
「すげえな……」
女性陣はその光景をうっとりと眺め、リュウもしばしその光景に見入った。
我に返るリュウが探索を再開させても、女性陣は陶然とした表情でキョロキョロしながら付いて行く。
そうすると、石柱が壁の様に並ぶ、まるで一つの部屋になっているかの様な場所にリュウは辿り着き、その奥の台座に横たわる一人の女性を発見する。
「どうやら、ここの主さん……かな……」
リュウの声にアイス達もその女性に注目し、物怖じせず歩を進めるリュウの後を付いて行く。
「ようこそ、会えて嬉しいわ。可愛らしいお嬢さん達、そしてそのナイトさん、こんな姿でごめんなさいね……」
横たわったままの女性は首だけをリュウ達の方に向け、にっこりと微笑んだ。
初老の様に思える女性は、その端正な顔立ち故に年齢が今一つはっきりしないが、悪い人ではなさそうだとリュウは思った。
「初めまして。リュウ・アモウと言います。実は森で妖精を見かけて付いてきたら、ここの入口を見付けまして……あの、お邪魔じゃないですか?」
リュウは女性の前で片膝を突いて目線を下げると、挨拶とこの場所を訪れた経緯を話し、最後に迷惑でないかを訊ねた。
「丁寧にありがとう。私はエルノアール・デア・アウラ……あの妖精は私の力で創り出したものなの。だけどもう力が無くてね、あれが精一杯だったの。ごめんなさいね……」
エルノアールと名乗った女性の話にリュウ達はただ驚くのだが、アイスはある事に気付いて口を開く。
「リュウ、この人、アイスと同じ星巡竜だよ……」
「え、マジで?」
「うん。だってコアが見えるもん……」
アイスの言葉にリュウが更に驚くと、アイスは今見たばかりの事実を答えた。
だがアイスが見たエルノアールのコアは今にもその輝きを失いそうな程に弱々しく輝くだけであり、彼女の死期が近いと知ったアイスの声は、暗く沈んでしまった。
「アイスちゃんって言うのね。ごめんね、嫌な物を見せてしまって……」
「う、ううん……」
それを察したエルノアールの謝罪に、アイスは首を横に振る。
「このまま生を終えるつもりでいたのだけど、森であなたを見て……ついお話しをしたくなって……」
「うん……」
エルノアールの言葉で、リュウ達も何故アイスに元気が無いのかを理解した。
そして頷くだけのアイスに代わって、リュウが口を挟む。
「すみません、エルノアールさん。少しだけ質問してもいいですか?」
「ええ、どうぞ?」
「外でヴォルフと戦闘していた兵士が居たと思うんですが……」
「私が何とか焼き払ったわ……彼らの行為はあまりに酷いものだったから。でも、ヴォルフ達を守ってはあげられなかった……」
「魔人族に妖精様と慕われていたのは、あなたという事でいいんですか?」
「そうね、彼らには正体を偽る事になってしまったけど……」
「では、ずっとここに?」
「ずっとではないけど、数百年は居るかしら……」
リュウの質問に静かに答えるエルノアールは、遠い目をしながら自身の事をぽつりぽつりと話し始めた。
エルノアールが伴侶と共にこの星、ウィリデステラにやって来たのは今から五百年程前の事だと言う。
その時にこの洞窟を見付け、夫と二人で暮らす様になったエルノアールは、ここで娘を生み、幸せな一時を過ごしていた。
だがまだ娘が幼いある日、夫の下へとやって来た旧知の星巡竜に乞われ、夫と共に泣く泣く娘を置いてこの星を離れる事になってしまう。
その結果、夫は落命し、自身も相当の傷を負ったエルノアールは失意の中、何とかこの星に戻って来る事が出来た。
だがその時には既に二十余年の月日が経っており、人間族の間では幾つもの戦争が行われていた。
エルノアールは必死で娘を探したが、娘はおろか預けた人間族の夫婦すら見つける事は出来なかった。
それでも何とかエルノアールが知り得た事とは、人間族領に娘が成人した時に破壊してしまったであろう山がある事と、その山に娘の名が付けられている事、そして、別の星巡竜と共にこの星から旅立ってしまった、という事だけであった。
「もしかしたら戻って来てくれるかも知れない、許して貰えないかも知れないけど、会って謝りたい……そう思っていたのだけど、叶いそうにないわね……」
そこまでを話すとエルノアールは、寂しそうに笑った。
リュウは何と声を掛けていいのか分からなかったが、女性陣が涙ぐんでいる為に、今聞いた話を頭の中で整理し、更に質問してみる事にした。
「娘さんのお名前は何と仰るんですか?」
「エルシャンドラよ……エルシャンドラ・デア・アウラ……」
「「「「ッ!!」」」」
エルノアールの答えに、リーザを除く全員が目を見開く。
「か、母さまだ……母さまの名前……エルシャンドラ・エール・ヴォイド……」
「ほ、本当に!? じゃあ、あなたは……」
アイスが震える声で母の名を告げるとエルノアールもまた目を見開き、震える手をアイスに伸ばした。
ようやく事態を飲み込めたリーザが、口元に手を当てて目を見開いている。
「マジか……じゃあ、エルノアールさんはアイスのお婆ちゃんって事じゃん!」
「お、お婆……ちゃん……」
驚愕の事実に思わず興奮するリュウの声に背中を押され、アイスがその言葉を繰り返しながらエルノアールの手を取る。
「アイスちゃんが、あの子の娘……私の、孫……」
「ア、アイシャンテ……です……お婆ちゃん……」
「そう、とっても良い名前ね……」
噛みしめる様に呟くエルノアールに、少し顔を赤らめて本名を告げるアイスが涙をポロリと溢し、そんなアイスに微笑むエルノアールもほろりと涙を溢した。
女性陣が感動に浸る中、リュウが初めて知るアイスの本名に、最初に言っとけよ、こいつ……とジト目になるものの、場の空気を読んでぐっと我慢している。
「エルノアールさん、アイス様にちょっと似てるかなと思ったんだけど、そうか、エルシャンドラ様に似てたんだ……当たり前だけど……」
「あら、小さなお嬢さんはエルシャンドラを知ってるのね?」
見つめ合うエルノアールとアイスを見て、ミルクが独り言の様にぽつりと呟くと、エルノアールが涙を拭いながらミルクに問い掛ける。
「は、はい。ご主人様とナダムという星でお会いしました……」
「ご主人様?」
「あー、えっとですね……どっから説明すりゃいいんだ……」
ミルクの答えをきょとんと聞き返すエルノアールを見て、リュウの顔が赤くなる。
だが照れてばかりでもいられないので、リュウは冷や汗混じりに自分達の経緯をどうにかこうにか手短に話して聞かせるのだった。
「そう、エルシャンドラとはぐれてしまったのね……」
「だ、大丈夫です! 母さまはきっと探しに来てくれます!」
握るアイスの手をもう一方の手で優しくさすりながら、エルノアールが悲しげに呟くと、アイスはエルノアールを励ます様に声を張り、ニカッと笑った。
その笑い方は、リュウがアイスを心配させない様にする時の笑い方だ。
アイスはそのリュウの笑い方に、頼もしさを感じていたのかも知れない。
「あ、ミルク、等身大で映像と音声も出せるか?」
「はい、出来ますよ……ココア、リサイズをお願いね?」
「はい、姉さま」
「エルノアールさん。エルシャンドラさんに今はまだ会えませんけど……現在のお姿なら、お見せ出来ますよ……」
「え……」
リュウはふと記憶を映像化出来る事を思い出してミルクに確認を取ると、困惑するエルノアールの前でプロジェクターを起動させた。
ミルクが主人の記憶から、エルシャンドラが一番良く映っているアイスとの再会の場面を抽出し、ココアがプロジェクターの規模と出力を調整する。
そしてリュウがエルノアールの目の前の空間に手を翳すと、エルシャンドラの姿がくっきりと空間に現れる。
「これが……私のエルシャン……こんなに大きくなって……」
アイスとリーザに体を支えられ、僅かに身を起こすエルノアールの瞳から涙が溢れ出し、女性陣がもらい泣きしている。
これにはリュウも涙腺がヤバいのか、しきりに鼻を指で擦っている。
「これは、アイスちゃんね? こんなに小さくて可愛いのね。私はエルシャンの竜化を見る事は出来なかったから、見られて嬉しいわ……それにエルシャンの夫、とても素敵な人の様ね……」
しばらくの間、映像を繰り返し見ていたエルノアールだったが、疲れたのか映像を止めさせると、再び横になった。
「リュウさん……だったわね、ありがとう。少しだけあなたの事を聞かせて貰えるかしら?」
「は?」
エルノアールは横になって体が楽になったのか、リュウに礼を言うとリュウの事について尋ねる。
「さっきはご自身の事は端折って説明していたから良く分からなくて……あなたがどうしてコアを三つも持っているのか教えて下さる?」
「あ、はい……分かりました……」
それがリュウのコアについての質問だと分かると、リュウはエルノアールに自身に起こったこれまでの事を話して聞かせた。
それはアイスやミルク達と話し合った、推測の域を出ない部分をも含んでおり、リュウに説明できない部分は、アイスとミルク達が補足した。
「そんな事が……人の身で大変だったでしょう……ミルクちゃんとココアちゃんも、とっても頑張ったわね……」
エルノアールはリュウの身に起こった出来事に同情すると、いつ死んでもおかしくなかったリュウを懸命に守って来たミルクとココアを労った。
「きょ、恐縮です……」
「ありがとうございますぅ……」
主人を守るのは当然だと思っていた事を労われ、ミルクとココアは顔を赤く染めて頭を下げた。
その瞳は感激で涙が滲んでいる。
「リュウさん、あなたが今生きてるだけでも奇跡的だと言うのに、あなたはまだ完全ではないけれど、破壊のコアの力を引き出せる様になっているわね。これは驚くべき事なの……そして、とても危険な事でもあるの……」
「……」
エルノアールは改めてリュウを見つめると、静かに話を再開する。
その最後の言葉に、リュウはごくりと唾を飲み込んだ。
「星巡竜と言っても、その個体差は様々で人と同じなの……中には人が星巡竜の力を使う事に我慢ならない者も居るでしょう……だから、あなたがそのコアを完全に制御できる様になるまでは、誰にも知られない様になさい……」
エルノアールの警告は、リュウがコアの力を使う事自体ではなく、それを良しと思わぬ星巡竜が存在する、という点にあった。
「分かりました。あの、因みに三つのコアを制御出来る様になったら、どうなるんですか?」
その危険性を理解したリュウは素直に警告を受け入れるのだが、仮に三つのコアを制御出来る様になった場合の事についても興味が湧き、尋ねてみる。
「三つと言わずとも、一つのコアを完全に制御出来る様になれば、あなたは星巡竜と見分けがつかなくなるでしょう。そうなれば、あなたに不満を抱く者はぐっと減るでしょう……個人的に恨みを買う様な事さえ無ければね……」
その答えはリュウだけでなく、その場の誰もが驚いていた。
それはリュウが星巡竜となる事を意味しているのではないのか、と。
「マジか……それって、俺が星巡竜になってしまうって事なんですか?」
「ごめんなさい、それは私には答えられないわ……何せ人がコアを有する事が出来るなんて初めて知ったのだから。リュウさんのコアが不完全だったから、私もあなたを人だと思っただけで、コアが完全であれば星巡竜だと思っていたでしょう……」
だがリュウの問いに、エルノアールは答えられなかった。
星巡竜の歴史に於いて、コアは星巡竜だけが有する物であり、人が手にした事など一度も無く、唯一の例外である侵食者から偶然リュウが奪い取ったのだから、誰にも答える事など出来はしないのだった。
「ふう……疲れました……最後に貴方達に出会えて本当に良かった……」
エルノアールは大きくため息を吐くと、心の底から安心した様にポツリと呟く。
「お婆ちゃん、最後だなんて言わないで! もうすぐ母さまも来るから!」
「アイスちゃんもう良いの。お婆ちゃんはさっきの映像を見られて、そしてあなたに会えただけでとっても満足しちゃったの……」
そんなエルノアールの最後を悟った呟きを聞いて、アイスが何とか元気付けようと声を上げるが、エルノアールは小さく首を横に振り、アイスに優しく微笑んだ。
アイスの目に、エルノアールのコアの輝きが失われていくのが見える。
「そんなの、やだあ……」
「泣かないで、アイス……いえ、アイシャンテ。あなたは成人したばかりでしょう? 今はとてもコアが不安定ね。お婆ちゃんがね、いつもあなたを見守ってあげるから、泣き止んだら精一杯生きなさい。お婆ちゃんみたいに後悔しない様に、ね?」
エルノアールの目前に迫った死に、アイスがぽろぽろと涙を溢す。
エルノアールはそんな可愛い孫の、成人したばかりと思われる不安定なコアが心配だった。
なのでエルノアールは、アイスの胸にそっと手を触れる。
「あっ!? お婆ちゃん!」
「これでいいの。お婆ちゃんはもう十分生きたから……これからはあなたの為に使いなさい……愛しているわ、アイシャンテ……」
その時アイスは、自分のコアに寄り添う様にエルノアールのコアが入って来た事に気付いて非難めいた声を上げるのだが、エルノアールは満足そうに微笑むとアイスの頭をそっと撫でた。
「う……う……っく……」
「リュウさん、この子をお願いね? それと……エルシャン……ドラに会ったら伝えてくれるかしら――」
アイスが止め処なく涙を流しつつも、懸命に声を出すまいとする姿を愛おしく感じながら、エルノアールはリュウにアイスの事を頼むと、エルシャンドラへの伝言を託そうとした。
「だったら、直接こっちに……そのままをお見せしますから……」
「ああ、そうだったわね……」
そのリュウがエルシャンドラの映像を目の前に映し出すのを見て、エルノアールはなるほど、と微笑みながら頷いた。
そうしてエルシャンドラの映像に向かい合うエルノアールは、寂しい思いをさせて済まなかった事、今も愛している事、幸せを願っている事など、その心に秘めてきた想いの丈を涙を流しながら紡ぐのであった。
「あなた……ようやく会えますわね……」
言葉を紡ぎ終え、エルノアールが最後に消える様に一言を呟いて瞳を閉じる。
次第に姿が薄れゆくエルノアールは、やがて無数の粒子となって消えていった。
リュウ達が呆然とその儚げな光景を見守る中、エルノアールの居なくなった台座にしがみつくアイスの慟哭だけが、いつまでも洞窟に響くのだった。




