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星を巡る竜  作者: 夢想紬
第二章
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40 新たな目的

「なんと……そうであったか、余が間違っていた。容赦願いたい、守護者殿」


 リーザから話を聞き終え、ジーグはリュウに軽くではあるが頭を下げた。

 そんな魔王の姿を見た事の無い魔導士達は、またもぽかんと口を開けている。


「いやぁ、分かって貰えて何よりです、魔王様……」


 態度を改めたジーグに一安心出来た様で、リュウも素直に頭を下げる。


「で……肝心の星巡竜様は、どちらに……」


 リュウが謝罪を受け入れた事で、ジーグの関心はすでに星巡竜に移っていた。


 五百年以上もの昔から、代々の王によって語り継がれてきた伝説の星巡竜。

 王城には当時の魔人族を救った星巡竜を称える石碑や、絵画が掲げられており、再び星巡竜が訪れた際の設備まで用意されていた。

 それらは全て、再び訪れるであろう星巡竜に感謝を尽くそうと代々の王が用意したものであるが、ジーグにもその想いはしっかりと受け継がれているのである。


「魔王様、こちらです……」

「は、初めまして……アイスです。魔王……様?」


 ハンナがアイスを抱えてジーグの下へと歩み寄り、アイスは緊張しながらも、腕の中からジーグに向かって挨拶する。


「おお……なんと美しく愛らしい……して、何と申されておるのかな?」

「アンポンタン……言葉が通じてねーぞ?」


 思いの外に小さいアイスに、これまでとは打って変わって相好を崩すジーグであるが、アイスの言葉が通じておらず、リュウが呆れた表情をアイスに向ける。


「あ、忘れてた……みんなとお話しできる様にな~れっ!」


 ちょっと顔を赤らめたアイスは、気を取り直して竜力を放つ。

 その力はオーグルトで放った時よりも広範囲に影響しており、アイスの竜力の底が上がっている様だ。


「む!?」

「え!?」


 アイスから爆発的に広がる光に、ジーグや魔導士達は一瞬緊張するが、すぐに光が収まって何も変わらぬ光景が現れ、呆気にとられている。


「初めまして、アイスです……これで、聞こえたかな?」

「ご配慮に感謝を! このジーグ・レガルト・アデリア、魔人族を代表し、アイス様のご来訪を心より歓迎致します!」


 おずおずとした様子のアイスに、ジーグは跪くと声を張り上げ、魔導士達や王子も一斉にその場で跪く。


「良かったな、アイス。魔王様の下で保護して貰えば、そのうち父ちゃん達にも会えそうだな!」


 そんなに危惧を抱いていた訳でも無いが、ジーグ達のアイスへの対応を見る事が出来てリュウは安堵し、アイスに向けてニカッと笑った。


「うん、リュウのお蔭だよ……ありがとう」

「魔人族の人達のお蔭だろ? リズさんに出会って、オーグルトの人達に助けて貰わなきゃ、俺も死んでたかも知れないんだから……」


 これまでの色々な出来事を思い出しながら、アイスはリュウに礼を述べるのだが、リュウは礼を言う相手が違うと苦笑する。


「そ、そうだね……」

「魔王様。いつになるか俺にも分かりませんけど、アイスの両親が迎えに来るはずなんです。なので、それまでアイスの事を頼みます」


 アイスが零れそうになる涙を我慢して頷くとリュウはジーグに向き直り、アイスの保護をお願いしてみる。


「うむ、心得た。だが――」


 それにしっかりと頷くジーグだが、リュウの言葉に引っ掛かりを覚えた。


「リュウ!? リュウはどうするの?」


 そしてジーグ同様にそれに気付いたアイスが、ジーグが二の句を告げるより早く、不安そうな声を上げる。


「俺は、人間族領に行ってくる。この人の事もあるけど、ロダ少佐とドクターゼムの情報を探してみる。だから、それまでは別行動だ……」


 リュウは少し言い辛そうにしながらも、しっかりアイスを見つめると、先程決めた自身の今後の方針を話して聞かせた。


「嫌だよ! だったら、アイスも行く!」


 だがリュウにアイスを連れて行くつもりが無いのだと分かると、アイスは声を大にして憤慨し、リュウに同行すると叫ぶ。


「ダメだ。これ以上お前を危険な目に遭わせる訳にいくか。俺一人なら、この人を担いで移動も戦闘もできるが、お前まで来たら守り切れない……それに、向こうに辿り着けば、待っているのは軍隊なんだぞ?」


 だが、リュウはそれには反対だった。

 大切な友達だからこそ、危険な目には遭わせられないのだ。


「じゃ、じゃあ、その人もここに残れば――」

「それもダメだ。この人はここを襲撃した生き残りだ。俺は情報が欲しいから生かしてるけど、ここの人達はそうじゃない。ここに残すのは殺すのと同じだ」


 それでも尚言い募るアイスに、リュウは決して首を縦に振らず、アイスの瞳に涙が(あふ)れんばかりに溜まっていく。


「ご主人様! もっと優しく言ってあげて下さい!」

「アイス様、ご主人様も準備が必要ですし、今すぐという訳じゃありませんよ」


 そんな中、今にも泣き出しそうなアイスを見かねてミルクとココアが姿を現して主人に抗議し、アイスを宥め、ジーグ達を再び驚愕させる。

 すぐさまリーザがジーグの耳元でミルク達の説明を行った為、ジーグは首振り人形みたいになっている。


「へいへい、まぁココアの言う通り準備は必要だな……あんたも最低限の装備は必要だろ……」


 抗議に肩を竦めるリュウは、やれやれとでも言いたげにのそりとエルナダ兵の下に行くと、その手を掴んで立ち上がらせる。

 そしてエルナダ兵を背中に庇う様にして、再びジーグに向き合った。


「魔王様。この人を許せないのは分かりますが、本当に許せないのはこれを指示した上の連中です。俺は俺の目的の為に、この人を生かして連れて行きます」


 リュウはジーグの目を見て、言いたい事をきっぱりと言う。

 わがままなのは百も承知だが、ロダ少佐達がこの星に来ている可能性が有る以上、リュウはそれを確かめずにはいられないのだ。


「そうか……ならば仕方あるまい。その者は諦めるしか無さそうだ……守護者殿を突破してその者を殺せるとは思えぬからな……はっはっは」


 リュウの目に揺るぎない決意を感じ取ったジーグは、大してがっかりした様子もなく、豪快に笑う。

 ジーグのそんな姿に、リュウが静かに頭を下げた時であった。

 ジーグの背後で鋭い音を立てて地面が弾け、リュウの背後のエルナダ兵がリュウの背中に力無くもたれ掛かった。

 リュウはそれを支えられず、エルナダ兵と共に前のめりに倒れる。


「ぐっ!?」


 同時に、リュウの正面のジーグが倒れ、左の脇腹を押さえていた。


「陛下!?」

「ご主人様!?」


 突然の出来事に、その場の誰もが混乱した。

 それは生き残ったエルナダ兵からの情報流出を阻止しようとした、支援部隊からの攻撃であった。

 支援部隊のスナイパーが、山脈の尾根からエルナダ兵の体内に有る生体チップから発する信号を頼りに、引き金を引いたのだ。

 そんな数キロ離れた距離からの攻撃には、さすがにミルクやココアと言えども感知出来なかったのだ。


「余はかすり傷だ! 狼狽えるな!」

「はっ! しかし……」


 魔導士達が駆け寄って治癒の魔法を施す中、ジーグが声を張り上げる。

 ジーグの左脇腹は命には別状は無さそうだが、かなり出血している。


「ミルク……狙撃か?」


 リュウは倒れながらもミルクに問い、右腕に砲身を形成する。


「推定ですが表示します! 尾根です!」


 着弾点とジーグや主人の位置関係から、推定される攻撃地点を大まかながら瞬時に割り出して叫ぶミルク。


「リュウっ!」


 そして第二射を感知してアイスも叫ぶ。

 叫びと共に張られた障壁が、かん高い音を立てて銃弾を阻む。


「があああっ!」


 事切れてしまっているエルナダ兵を押し退けて立ち上がるリュウは、雄叫びと共に目標点に向けて無理矢理右腕を向ける。

 直後に放たれた怒り任せの一撃が数キロ先の山脈の尾根を吹き飛ばすが、リュウも反動に耐え切れず、後方に吹き飛んでしまう。


「リュウ!」

「リュウ様!」

「ご主人様!」


 アイス達が叫ぶ中、吹き飛び再び倒れたリュウが、ぶるぶると震える両手を地面に突いて体を起こそうとしている。


「う……ぐ……ぶはあっ!」


 (おびただ)しい血を吐き出しながら立ち上がるリュウ。

 その右胸に三センチ程の穴が開き、こちらも夥しく出血している。

 エルナダ兵を貫いた弾丸に、リュウもまた貫かれていたのだ。


「ミルク……敵……」


 それでもリュウは、反撃の為に再び右腕を伸ばす。

 ジーグ達が、そんなリュウを呆然と見上げている。


「ご主人様、細胞を戻して下さい! 傷口を塞げません!」

「リュウ様っ!」


 これ以上は無理だと傷口の修復を訴えるミルクと、真っ青な顔でリュウに飛び付くリーザ。

 リュウにもしもの事があったら、そう思うとリーザは恐ろしくて仕方なかったのだ。


「リーザ――」

「直ぐに治します! それまで動かないでっ!」


 リーザは起き上がろうとするリュウに覆い被さる様にして、両手でリュウの傷口を押さえていた。

 それはハンナが撃たれた時とは違い、パニックになっての行動では無かった。

 その証拠に、リーザの両手が黄金の光を放っている。


「許せない……よくもリュウを! 絶対に許すもんかっ!」


 そしてアイスは、かつてない程の苛烈な怒りに呑まれていた。

 それは、リュウを撃った者達への怒り。

 そして、いつまでも弱い自分への怒り。


 アイスはリュウに別行動を告げられ、足手まといなのだと悲しかった。

 もっと自分が強ければ、どこまでも一緒に行けるのに、と。

 だが悲しんでいても、ただ願うだけでも駄目なのだと気付いた。

 だからアイスは変わる。

 もう守られるだけの自分は嫌だ、その想いが心を満たす。


「させないっ!」

「アイス様っ!」


 再び狙撃を感知したアイスが飛び出し、咄嗟に叫ぶミルク。

 リュウの反撃は着弾点がズレていたのか、狙撃者を倒すには至らなかった様だ。

 そして三度放たれた銃弾は、アイスに届く遥か前方で蒸発してしまった。

 それを成したアイスは今、かつてない巨大な光と化していた。





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