38 襲撃者
男は久し振りに高揚していた。
ここに配属されて四カ月、最初は鉱山での哨戒任務だった。
だがその鉱山を領地に持つ国の王を、上層部がその国の大臣と結託して追い出した事で方針が変わり、魔人族という種族の本拠地である魔都への偵察任務に回された。
大きな山脈を越えて馬鹿みたいにだだっ広い森に入り、ひたすら西へ移動すれば魔都に着くらしいのだが、その行程は容易な物ではなかった。
森には様々な危険が潜んでいたからである。
鉱山で炎を発する豹という存在を知っていた男ではあるが、森では更に水を発する巨大な猪や、風に乗る異常に素早い猿、雷を奔らせる狼などと、次から次へと新たな脅威に遭遇した。
男の所属する小隊は、負傷者を出しては後方の支援部隊と人員を入れ替えながらも脅威を排除し、とうとう森を抜ける事に成功する。
森を抜け、比較的低い山脈の頂上から再び小さな森を見下ろす男の目は、その先に有る魔都に釘付けになっていた。
四方を城壁で囲まれたその都市は、その中央に丸い湖が有り、更にその中央に城が聳える美しい都市であった。
男は仲間達と共に山を下って森に踏み入ると、城壁の上に人が確認できる位置まで木々に身を隠しながら接近していた。
すると突然、城壁の方で鐘が鳴り、城壁下部の門から人影が溢れ出し、男達を包囲する様に展開を始めた。
魔人族が風の魔法で敵の位置を知る事が出来るなどとは知らない男は、木陰で息を潜めて隠れていたが、突如響いた銃声に凍り付く事になる。
負傷者と交代で入って来た経験の浅い兵士が、緊張に耐えられなかったのだ。
男は舌打ちしつつも、仲間達と共に瞬時に包囲する魔人族達に向けて発砲し、その場を制圧してのけた。
倒れた魔人族は誰もが革の服を身に着けるばかりで、武装と言える物は腰に下げたナイフくらいであった。
仲間の一人が魔人族の生存者の女を発見した。
女は肩に銃弾を食らって怯えてはいたが、命に問題はなさそうだった。
その女の容姿に男は興奮を覚えた。
整った顔立ちに豊満な胸、何より故郷の女達の様な贅肉が無いのだ。
その女を発見した仲間が、バックパックから救急キットを取り出して近付き、男は心の中で舌打ちした。
そうして怯える女が遠慮する様に右手を仲間に伸ばすと、仲間が炎に包まれる。
だが緊急消火装置が作動し、仲間の炎はあっという間に掻き消された。
その様子に目を見開く女は、誰かが放った銃弾を受けて、目を見開いたままの姿で動かなくなっていた。
男と仲間達はこの時初めて事前に聞かされていた、魔人族の魔法というものを実際に見た。
その上で支援部隊と連絡を取り、魔都への侵攻を進言する。
魔人族の魔法を見ても尚、自分達の方が圧倒的に有利だと判断したのだ。
支援部隊を合わせても五十名に満たない部隊ではあるが、豊富に弾薬が有る限り、余程の油断をせぬ限り、橋頭保を築いて本隊の到着を待つくらい訳が無い、と思ったのだ。
そして本隊が到着するまでは、魔人族の生殺与奪は思いのままだとの思いも有ったからだ。
男は圧倒的な力の差を見せつけて、命乞いする魔人族の女を組み敷く事を想像しながら、仲間達と共にグレネードを発射する。
城壁が破壊され、建物が燃え盛り、魔人族達が右往左往している。
城壁の上に居た魔人族達も、機銃掃射を受けて既に居ない。
血気に逸った仲間の一人が森を抜け、破壊された城壁へ念の為に手榴弾を投げ込みながら突入し、男も援護の為に仲間と共に森を抜ける。
そして先行する仲間が城壁を抜けるその時、ずんぐりとした何かが仲間を跳ね飛ばし、そのまま男に向けて加速して来た。
咄嗟に男はグレネードを腰撓めに放ち、ずんぐりとした何かは盛大に水しぶきを上げて爆発した。
しかし前面を破壊され僅かに減速しただけのそれに、男は食い千切られる様にしてその欲望を散らすのであった。
破壊された城壁から侵入した男を車両が非情に跳ね飛ばして外へと躍り出た直後、リュウも城壁を飛び出して疾駆する。
ミルクとココアによって視界に反映される敵の数を確認しながら、リュウは手近な者から排除を開始する。
銃を掻い潜ったリュウの拳が男の顔面を粉砕し、リュウは即座に移動する。
「なんだ!? 早いぞ!」
車らしき物に二人を殺され、更に別の場所で仲間が倒れ、男達は一斉に警戒する。
しかしリュウの圧倒的なスピードを捉えられず、男達の銃弾は木々を撃つのみで、一人、また一人と倒されていく。
「くっ、密集しろ! 全滅するぞ!」
誰かが叫び、リュウの位置から離れている者達が集まり始め、リュウは木陰で息を潜めて様子を伺う。
『ご主人様、連中はエルナダ軍ですね……』
『ソートン大将麾下の部隊ですよ!』
「はぁ!? マジで!? あ、ほんとだ……腕に銃がくっついてる……」
主人が動きを止めた為、ミルクは確認の意味を込めて話し掛け、ココアからは部隊章の検索結果がもたらされるのだが、リュウは素っ頓狂な声を上げて、改めて倒した兵士を見つめると能天気に呟いた。
『え……今、気付いたんですか?』
「う、うん……で、ローソンって誰?」
呆れた様なミルクの口調にちょっと赤面するリュウは、照れ隠しに話題を変える。
『ソートン大将です……ご主人様。エルナダ軍のトップだったんですが、ご主人様がエルナダに来られる数か月前に左遷され、ヨルグヘイムに資源採掘の任務に回されたとか……』
「そ、そうか……んじゃ、どっちにしてもレジスタンスの敵なんだよな?」
ミルクの説明を聞いて、リュウは連中を侵略者から倒すべき敵へと認識を改める。
未だエルナダでの戦闘終結や、ヨルグヘイムの消滅を知らないリュウ達にすれば、当然の判断と言えよう。
ただ、名前を間違えたせいでミルクの声が更に呆れた様に感じ、リュウの顔が更に赤くなっている。
『そうですね……推測ですが連中は鉱物資源を本国に送る為に、この星の鉱石を採り尽くすつもりなのかも知れません……』
「んな事させるか……これ以上、魔人族に犠牲者は出させねえぞ……」
主人の問いを肯定し、ミルクが更に連中の目的を推測すると、リュウの決意に呼応するかの様に、リュウの胸が、腕が、黒く染まり出す。
『ドラゴンモードで一気に殲滅ですね! ご主人様!』
リュウの変化に気付いたココアが嬉しそうな声を上げる。
ココアは最初こそ怯えたものの、リュウが破壊の力を制御出来る様になると、この無敵とも言える状態のリュウに心がときめいてしまうのだった。
「お……ちょっと格好良いかも……どうせなら……っと!」
そんなココアに気を良くしたリュウは、人工細胞を右腕に集める。
するとリュウの右腕の外側に拳大の口径を持つ太く短い砲身が瞬く間に形成され、その内部が光で埋め尽くされていく。
「食らえ!」
そしてリュウは敵の姿が見えないにも関わらず、木々の合間から視界に表示される目標点に向けて心のトリガーを引く。
砲身から放たれた光は、発射とほぼ同時に密集する敵が隠れる木々を貫通し、目標点に到達すると破壊の力を撒き散らす。
だがリュウの意思が込められているのか、その力は絶大であるにも関わらず、効果範囲は半径五メートル以内に留まっていた。
ただし爆発の余波はその限りにあらず、周囲に土砂や肉片を撒き散らし、巻き込まれた木々が轟音を立てて倒れ、地面もごっそりと抉れていた。
「そんな馬鹿な!?」
「何が起こっ――ッ!?」
一瞬で密集していた仲間達が爆発四散し、密集できなかった二人が驚愕の声を上げるが、その内の一人は叫び切る前に隠れる大木ごと切り裂かれた。
切断された大木がメキメキ、バサバサと大きな音を立てて、周囲の木々に寄り掛かりながら倒れていく。
その光景を呆然と見やる最後の男は、背後に気配を感じて慌てて振り向き様に右腕の銃を向けるのだが、実際にはただ欠損している腕を前に向けているだけであった。
リュウの右腕から伸びる剣が、既に男の銃を根元から切り落としていたのだ。
「ぐえぇっ!」
銃を切り落とされたと気付くよりも先に乱暴に胸倉を掴まれる男は、リュウの拳に喉を圧迫されて呻き声を上げた。
「おい、おっさん! お前らの仲間はこれで全部か?」
「た、助けてくれ!」
左腕一本で軽々と男を掴み上げるリュウが男に質問するが、男の口からは反射的に命乞いが漏れた。
「答えろ! 仲間はまだ居るのか?」
「い、いない! 俺がこの小隊の……最後の一人だ!」
質問に答えない男に、リュウが左手に力を込めて下から突き上げて揺すりつつ再度問いかけると、多少冷静さを取り戻したのか、男は必死の形相で答えた。
「おっさん、エルナダ軍だろ? 何でこの町を襲った?」
「な、なんで知ってる!? あんたは……一体……」
だがリュウが自分の所属を知っている事で、男はつい答える事を忘れて聞き返してしまう。
そしてまるで見覚えのない、まだ少年と言えるリュウをまじまじと見つめた。
「だから、答えろって!」
『ご主人様、この男の左足の膝から下は武装された義足です』
「答えないなら、全身こうするぞ?」
質問を質問で返されてイラっと来るリュウにミルクの報告が届き、リュウは右手で男の左足の膝下を掴むと力を込める。
「ぐああっ!」
メキメキという音を立てて男の義足がひしゃげ、神経に痛みが伝わったのか、男が短く叫び声を上げた。
「ココア、義足って神経繋がってるのか? 外せるか?」
『はぁい、神経接続を解除しまーす』
機械部分を壊しただけなのに男が脂汗を流すのを見て、リュウがココアに質問すると、ココアは主人の右手から人工細胞を義足に侵入させ、神経接続を簡単に解除してしまった。
男は突然消失してしまった膝から下の感覚に唖然とし、ゴクリと喉を鳴らす。
自分を掴み上げる少年に逆らう事はできない、と本能が理解したのだ。
「理解したか? もっかい聞くぞ……何でこの町を襲った?」
「ほ、本当は偵察だったんだ……けど魔人族と交戦して、俺達だけでも十分に勝てると……ほ、本隊が来るまで橋頭保を築き、物資を確保しようと……」
大人しくなった男にリュウが質問を再開すると、男は震える声で答え始めた。
「ふーん……」
『本隊……ご主人様、後続が居るかも知れません。全体の規模も聞く必要があるかと思います』
リュウがその答えを聞いて次に何を聞こうか考えるよりも早く、ミルクから助言が成され、リュウは素直に従う。
「で、後続の部隊は居るのか? お前達の規模は?」
「本隊はまだ人間族の地に居る……規模は二個中隊と小隊が幾つか有るだけだ」
リュウの問いに男は正直に答えながらも支援部隊の事は伏せ、脱出の道を探る。
少年に太刀打ちはできないだろうが、逃げる事なら出来るかも知れないと。
そんな男の思惑通り、リュウだけでなくミルク達もが、後続の部隊が本隊であると勘違いさせられてしまう。
「人間族の……何でそんな所に居るんだ?」
「そこにヨルグヘイム様が作った……転移装置が有るんだ……」
勘違いに気付かぬままリュウは質問を続け、男は表情を変えずに答える。
その答えは、リュウの興味を大いに惹く事になった。
「! それって、研究施設の地下に有る池みたいなやつか?」
リュウが興奮気味に質問する。
リュウは転移装置と聞いて、真っ先に行方不明になったロダ少佐とドクターゼムの事を思い出していた。
もしかすると彼らは、崩壊する研究施設でそこに辿り着いたのかも知れない、と。
「そうだ……あ、あんた、エルナダの人間だったのか!?」
リュウの質問に、男は別の驚きを覚えた。
自分達を全滅に追い込んだ少年が、まさかエルナダの研究施設の事を口にするとは思ってもみなかったからだ。
だがエルナダ軍や研究員にしては若過ぎ、レジスタンスであれば研究施設に入れる訳が無い、と男はリュウの存在を訝しむ事しか出来なかった。
「あ? いや、そういう訳じゃねーよ。まぁ、関係者みたいなもんだけど……」
「なあ、あんた! 俺をエルナダに帰してくれ! 頼むよ! 帰りたいんだ!」
驚愕する男に、リュウは自分の事をどう答えるべきかに困って言葉を濁すのだが、男は左手で胸倉を掴んだままのリュウの腕を力強く握りしめ、必死に訴え始めた。
「いや、帰してくれって言われてもな……」
「もうこんな所は嫌だ! お願いだ! 何でもする! 帰して……頼む……」
突然の男の懇願に困惑するリュウは、必死の訴えに負けて腕を降ろしてしまう。
そして地に足を付けた男は、そのまま頽れて泣き出してしまった。
屈強な兵士だった男のそんな姿を見てつい同情してしまうリュウは、それ以上男をどうこうしようという気は無く、ただ立ち尽くすのみであった。




