2-7 冒険者ギルド
常に開かれた入り口には木の扉が付いていて、誰でもどうぞと歓迎しているようだった。
正面から見える範囲でわかる事は、剥き出しの土の上に木の板が敷かれて、そこが床になっているという事。
窓が少ない為なのか冒険者ギルドの中は薄暗く、あまり建物内の様子は窺えないようだった。
喧騒が表にまで聞こえて来るので、結構な人数が中にいておそらくは酔っ払っているのだろうな。これはよくある酒場と一緒のタイプのギルドだと予想した。
お約束として、新人に絡んで来る柄の悪い冒険者なんかも見られるかもしれない。
不謹慎ではあるが、ちょっと期待してしまったぞ。
絡んで来たら、返り討ちにしてあげよう。
まあそんな僕の事など気にも留めず、ブレンダは中へと踏み込んで行く。
後に続くレイシア達はちょっと身構えた感じだな。
躊躇しないのは慣れているからなのかな? それとも性格的なものかな?
そういえばブレンダは貴族出身だったか。
学校でも優等生で、エリートって感じだったから、自然に堂々と行動出来るのかもしれないな。自信に満ち溢れているな。
そのブレンダの後に続いてレイシアが、それを慌てて追うようにランドルと、フェザリオが続く。
後ろの男二人はちょっとおっかなびっくりだな。
じゃあ僕も中に入らせてもらおう。
やっぱり異世界に着たら、一度は冒険者ギルドに行ってみないとな!
大いに期待したい。
入って正面、左右の空間を仕切るように掲示板が配置されていた。
騒がしい喧騒が一瞬止まり、複数の視線がこちらへと注がれる。主に右側からだな。
そちらに視線を向けてみると、もはやファンタジー世界のお約束の設定になった、ギルド内にある酒場のようだった。
今も多くの冒険者達が複数あるテーブルに着き、朝も早くからお酒を飲んでいるのがわかる。
おい、仕事しろよ!
さてそうすると反対の左側は、受付だろうな。
そっち側を窺うとカウンターが配置されていて、ギルドの職員だと思われる職員が三人座っていた。
ちなみに男性が二人に女性が一人だ。
これもお約束だろう。二十歳過ぎくらいの女性職員の前には、冒険者達が並んで順番を待っているのが見える。
男性の方はベテランっぽい中年職員と、若手の男性だな。
こちらの二つはがら空きだ。
そんな事を確認していると、ブレンダはカウンターの方へと歩いて行った。もちろん他の三人もそっちに向かう。
ブレンダが受付に向かうと同時に、ギルド内の喧騒が戻って来たかのように、騒がしくなる。
残念なのかどうなのか、お約束の新人いびりイベントは発生しなかったようだな。
まあないならないで、面倒がなくていいのだが、なんとなく物足りなく感じてしまった。
「養成学校の生徒さんだな?」
「ええ。討伐系の依頼を見せてください」
一番手前のベテランっぽい男性がいる受付カウンターに行くと、男性から話しかけて来た。それにブレンダが対応する。
どんな依頼を受けるのかは、あらかじめパーティー内で相談して決めてあった。
相手次第にはなるけれど、僕という戦闘能力があるので、良い成績が狙えそうな討伐系を受けようと話し合っていた。
全てを僕だけに任せられるのも困るのだが・・・・・・おそらくたいていのモンスターなら何とかなるだろう。
だってイフリートだからな!
お気楽にそんな事を考えている間、男性職員は羊皮紙を漁っている。たぶん依頼書か何かなのだろうな。
その作業を見つつ待っていると、酒場となっている右側の方から話し声が聞こえて来た。
特に内緒話って訳じゃないからなのか、集中して聞こうと思えば普通に聞き取れてしまったのだ。
内容はこんな感じ・・・・・・
「お、おい見ろよ。あの学生達、上級精霊を連れているぞ」
「確かに、あれは上級の精霊だな。って事はあの中に優れた精霊使いがいるって事か」
「そいつは掘り出し物だな。ぜひ内のパーティーに入れたいものだぜ」
勧誘合戦が始まるのか?
彼らは四人の中の内、誰かが精霊使いだと思っているようだな。
でも僕を呼び出したのって、精霊使いじゃなくて召喚術士だったりする。
そして元はスライムからの進化だって、誰も予想出来ないだろうな・・・・・・
確かに下級中級の精霊使いとかは、ゲームなどでもよくいる。
だけど、流石に上級の精霊を使う精霊使いっていうのは、かなりの素質が必要とされているのがどのゲームや小説、物語でも共通した認識だ。
改めてレイシア達を見てみると、堂々としているブレンダ辺りが精霊使いに見えるかもしれないな。
どちらにしても、いちゃもんをつけて来る者はいないが、次に多いのは引抜ってパターンだろう。
ここは少し警戒しておいた方がよさそうだ。
しかし、またもや定番イベントは発生せず、いつまで待ってもベテラン冒険者はこちらに干渉しないで騒ぐだけだった。
ひょっとして冒険者養成学校がある関係から新人いびりや勧誘など、そういったマナー違反については厳しく注意を受けるのかな?
冒険者っていったら荒くれ者が集まっていて、日常的に喧嘩しているようなイメージもあったのだが・・・・・・
どうやらここのギルドには、まともな冒険者ばかりだったみたいだ。
つまらなく感じるものの、しょっちゅう暴れ回っていれば、治安維持の為に捕まってしまうのかもしれないから、そういうものなのかもしれないな~
結局これといったイベントがないまま、受付の男性が引っ張り出した羊皮紙を、ブレンダが代表して受け取った。
羊皮紙だ!
やっぱり異世界って言えば羊皮紙だよな!
何気にテンションが上がってしまった。
別にただの紙代わりなのだが、大昔にはあったのだが消えてしまったという物を見ると、どこか浪漫を感じずにはいられない。
だが使うとしたらやっぱり普通の紙がよさそうだな。
たいした枚数でもないのにかさばって、よれよれとしていて持ちにくく扱いにくそうに見える。
これでは紙が出て来たら、廃れるのは当たり前だよな・・・・・・
「現在学生が参加出来そうな討伐依頼は、そこに書いてある通りだ」
内容はわからないが、羊皮紙には依頼リストみたいなものが書かれているらしい。
その中から選べって事だな。
学生用の依頼リストなんて準備されているのだな。
ちらりと横を見れば、ギルドの中央に掲示板があり、さまざまな羊皮紙が貼り付けられている。
おそらくあれが本来の依頼表なのだろう。
ベテランと思われる冒険者の内、何人かはそこで依頼を吟味している姿が見受けられる。
おそらく学生の実力では難しい依頼ばかりなのだろうな。
だから受付で学生でも問題なさそうな依頼を、あらかじめ準備しているのだと思う。
というか、学生があっちの掲示板にあるような依頼をこなすのは、まだ無理があるのだろう。
いや、薬草採取とかなら問題ないかな?
学校があるのに、そんなランクの低い依頼が張り出してある訳ないか。
ベテランなら、もっと割りのいい依頼をこなしているだろう。最低でもゴブリン討伐とかだろうね。
さてイベントは特に発生しないみたいなので、真面目に依頼の事でも考えようか。
おそらく暗黙の了解みたいなものがあって、ちょっかいをかけて来ないのだろう。
面倒がなくていいのだが、異世界に来て冒険者ギルドに来たら始まる、お約束イベントが無いのは期待外れだ。
だが今日の主役はレイシア達なので、我慢しておこう。
とうの主役達は討伐リストを吟味しているようで、周りを見る余裕は無いようだ。
というよりは周りの視線のほとんどが僕に向いているので、あまり気にならないだけかもな。
僕の方が注目を集めている。
ただし、戦力として利用したい下心のある人気だろうが・・・・・・そういう人気は勘弁してもらいたい。
それにしてもなかなか討伐対象が決まらないようだな。
いったいどんなモンスターの討伐が載っているのだろう?
すごく興味はあるものの、字が読めないというこの状態。何とか出来ないものだろうか・・・・・・
後ろから高度を上げて覗き込んで見るのだが、やっぱりわっからねー
駄目元で文字を習得するのにも、教材や指導してくれる教師が必要だからな。
それすらも喋れないので頼む事が出来ない。
まあそこまで頭は良くなかったので、覚えられないだろうがな。英語も苦手だ。
いや待て、そういえば翻訳の魔法とかってゲームなら大体出て来るものじゃなかったか?
翻訳のシステム手帳って感じのやつとか?
ちょっと試してみるか。
イメージとしてはテレビの字幕みたいなやつでいい。
こういう便利なものが魔法で補えたのなら万々歳だろう。
確か魔法はイメージが大切だと授業で言っていた。
出来ると信じれば出来可能性は高かくなる!
前提条件としてレイシアの魔力を少々貰い、魔法を発動させてみよう。
「キュルルル(リードランゲージ)」
「あ、こら、何の魔法を使った!」
ブレンダが慌てて僕と周囲を見回す。
だが残念。特に周りに変化は起こらない。
僕が使ったのは、ゲームでいうところの自己バフに当たる補助魔法だ。周囲に影響は出ないぞ。
その効果は、文字を理解出来るというもので、暴発とかしなければ何も問題ない。
そもそも補助魔法の失敗で、爆発なんて起こらないと思うがな。
さてさて、こちらの文字を読めるようになったかな~
ブレンダは周囲を窺いながらも羊皮紙は手放さなかった。
手に持ったまま動くのでちょっと見え辛いけれど、手の炎を消してブレンダの肩に捕まれば、一緒に動いて多少は見やすくなる。
改めて羊皮紙を覗き込んだ。
一応魔法が発動した手応えはあったので、期待していいだろう。
警戒しているブレンダをよそに、確認してみたところ。
おーおー、読める、読めるぞ! ちゃんと目には日本語になったように映っているので、普通に見やすいよ。
これは今後、さまざまな知識を手に入れることが出来そうだ。
そして今の過程で理解出来たことだが、イメージがあればいろいろな魔法を使えそうだ。
洞窟で使った氷の魔法のように、日本の科学知識が役に立つだろう。
つまり、魔法万能説!
今後生活して行くうえで、魔法はいろいろな場面で役に立ってくれそうだ。
おっと感動してばかりじゃなく、せっかく文字が理解出来るようになったのだ。
リストの内容を確かめねば!
羊皮紙に目を向けてみれば、案外分厚くてごわごわしているのがわかる。
内容ではなく、羊皮紙に自体に興味が出てしまった。
受付の男性の手元にもいくつかの羊皮紙があるのだが、それらもかなりかさばっている。
たぶんそこにあるのは、リストに書いてある依頼の詳細なのだろう。
自重でくにゃって歪んでいる。やっぱ紙の方が使い勝手がよさそうだな。
えっとそれで内容はどうなのだ?
ブレンダがなかなか決めなかった内容を確認せねば!
何々、あーなるほどな。
どれもこれもランクが低いのだ。
おそらくは掲示板に張り出されるような強いモンスターの討伐は、避けているのだろう。
いや一部なら張り出されているのかな。
たぶん新米の練習用のモンスターってイメージの依頼だった。
どうせ過去に良い成績を狙って無謀な依頼に挑戦して、帰って来なかったとかそんな感じなんじゃないか?
だから掲示板ではなく受付にリストがあり、討伐リストも無難だと思われるモンスターのみになってしまったのだろう。
なんてはた迷惑な!
――――――
今年も学校の生徒がやって来る時期になったようだ・・・・・・By ギルド職員
今年もまたいつものひよっこ共が、明日をも知れぬ冒険の世界へとやって来る。
本当なら引き返して別の職を勧めたいんだが、まあ無理だよな。
なんせ俺はギルド職員で、荒くれ共を死地へと率先して送らなきゃならない立場なんだから。
果たして今度のガキ共は、生きて余生過ごせるのかねー
どいつもこいつも希望と夢に目を輝かせ、甘っちょろい新米共がギルドに入って来る。
そんな中、異質なパーティーが一つ。
ありゃ、イフリートじゃねえか! 何でこんなところに上位精霊が・・・・・・
いや、そうじゃねえ。
ありゃ似ているが、精霊じゃねえな。
ベテラン連中も見分けられねえか・・・・・・まあ仕方ないだろう。
上位精霊が人前に姿を現す事なんて、めったにないんだからな。
しかしそうすると・・・・・・あの四人の中に召喚したやつがいるって事になるな。
こりゃ久々に、大物新人の予感がするぜ!




